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気になっちゃう、でしょ? 2

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先日、ロアンに色目を使うアンナをいつものように遠ざけようと、仲間だと仄めかし目的を聞き出そうと────

クレインは本来の目的を思い出した。
アンナに振り回されていたが、何がどうなってこうなったのかを聞かなくてはならない。

もしかしたら、アンナは政敵の駒なのかもしれないのだから。こうして油断させ補佐官である俺の警戒をかいくぐる密偵なのかもしれないのだから。たぶん。可能性は捨てきれない。万が一ってこともある。

気を取り直し、失恋した男の顔を作る。
クレインは産まれてこの方、失恋などしたことがなかったので想像だった。

「やはりアンナにはわかってしまったよね。敬愛する隊長……ロアン様なら俺も身を引こうとしていたんだが」
「ええ」

アンナの真っ直ぐな瞳がぶつかる。
その表情がどこか幼く見えて、頬が緩みそうになるのをぐっと堪えた。

「少し、気になることがあってね」
「やっぱり……! 女? 賭博? 隠し子? 実は人に言えない趣向がおありとか? 愛人は国内に何人いるのかしら?」

ひどい言いぐさである。
しかし、ここで突っ込んでしまったら負けである。

クレインは己の職務に誇りを持っている。
ロアンの補佐官として、負けるわけにはいかないのだ。

クレインは眉をぐっと下げ、弱ったように口端を持ち上げた。

「アンナは気付いているんだろう……?」

ゴクリ、と喉が鳴った。




「…………確証はないの」

証拠があったならば、すぐさまマリアお姉様につきつけるもの。

「でも、ロアン様は……騎士は信用出来ない。わたくしはお姉様に幸せになってほしいの。騎士ではだめだわ」

ギリッと音が出るまで歯を食いしばり、目の前に立つ騎士、クレインを睨みあげる。

「なぜ騎士はだめなんだ?」

クレインは不可解だとでもいうように顔を曇らせる。

「そうね、クレインは派閥は違えど神は同じ。お姉様の幸せを願うならば知っておいた方が良いわ────

あれは幼い日のことだった。
私には騎士の叔父がいた。

叔父は偶然にも魔獣討伐部隊といわれる、第3騎士団に所属していた。

強く、たくましく、国のために戦う
物語の騎士のような叔父を私は尊敬し、それはそれは深く慕っていた。

幼い頃は叔父のお嫁さんになるのだと父を泣かせていたほどだったし、叔父もそんな私を可愛がってくれて、毎回爽やかな笑顔で応えてくれたのだ。
『アンナが大人になったらね』と。

そして運命の日。
私がまた一歩大人に近づく誕生日を控えた雨の日だった。

東の森に魔獣の群れの報が入り、私よりも大きなプレゼントを持ってパーティに参加すると言っていた叔父は『パーティまでには戻る』と約束して討伐に出立した。

もちろん、私は駄々をこねなかった。
叔父は国を、民を、守っているのだもの。
それに、私と約束したのだ。『パーティまでには戻る』と。

────だから私は待ったわ。大きなプレゼントを抱えた叔父が私のところに戻ってくることを。何年も、何年も」

今にも泣いてしまいそうなアンナに、なんと声をかけたらよいのか。
上滑りする言葉をかける気になれず、仲間を励ますようにアンナの華奢な肩に手を置いた。

クレインは内心、少しアンナを見直していた。

魔獣討伐部隊とは騎士団の中でも危険な職務である。
血生臭く、危険極まりなく、有事の際は留守にすることから高位の貴族令嬢からはあまり人気がない。

クレイン自身も見習いの少年だった頃、良い仲だった令嬢がいたが1月ほどの遠征から帰ってきたら別れたことにされていたことがあった。自分を待っていたのは実家にいる犬だけだ。今でも犬は俺のことを忘れず、遠くの方から走ってきては飛びついてくる。

────クレインは犬好きだった。

いくら幼い頃とはいえ、アンナは叔父の職務を理解し、尊重し、帰りを健気にも待っていたのだ。それも何年も。

健気に帰りをじっと待つ犬のように、アンナがじっと待ち人の帰りを待つ姿を想像してしまい胸が痛んだ。

────クレインは犬好きだった。無類の。

「それは……気の毒に」

しかも、アンナの叔父は……もう……。
何年も何年もじっと待ち人の帰りを待つ忠犬、もといアンナの一途さに胸打たれたクレインは本心から痛ましげに労りの言葉をかけた。

「あなた……優しいのね」

アンナは柳眉を下げ、潤んだ瞳をクレインに向ける。

「あの浮気者の叔父とは大違いだわ」
「…………ん?」

クレインの脳内に思い描いていた忠犬アンナが急に闇落ちした。

「それから5年ほど経ってやっと聞いたのだけれど、叔父は討伐に向かった現地の村で家庭を作ったのですって! わたくしが大人になる前に……!!

プレゼントなんてこの際いらないから、せめて命だけはと祈り、来る日も来る日も手紙を、叔父の帰りを待ったわ。ひたすら待ち続ける私を励まし、側にいてくださったのはお姉様よ。
そして真実を知り嘆き悲しむわたくしを優しく慰めてくれたのも、もちろんお姉様。安定のアンナお姉様よ!

『帰らぬ人をじっと待てるのはアンナの長所よ。今回は帰らなかったけれど、運命の人は必ずアンナの元に戻ってくるわ』と、お姉様は……っ!」

「……ここまで君の思い出の話だったけど、お姉さんにとってロアン様……騎士がダメな理由って?」

「もちろんお姉様も叔父の帰りを待っていたのです! お姉様は気丈にお過ごしでしたが、きっと心の内では悲しみ傷つき絶望したにちがいありません。あんな気持ちをお姉様に二度と味わってほしくないもの。いつまでもわたくしがお姉様のお傍にいるわけにはいかないもの。だから、わたくしの代わりにお姉様をお守り出来る方でなければ……!」

胡乱げだったクレインの胸ぐらを、アンナの白い指が掴んだ。

「ロアン様は隊長だわ。ロアン様は誰よりも勇猛果敢に先人を切ると、そして先日は伝説の魔獣を仕留め、国を守ったと」

若草色の瞳からポロポロと涙が落ちていく。

「あぁ。そして報奨としてマリア嬢を希ったと」

クレインは自然に動いた手を一瞬止め、諦めたように再び今度は意志を持って涙を拭おうと手を伸ばす。

「ひどいわ。ロアン様は有事の時はお姉様の時にはいない。ロアン様の1番は国、お姉様は1番ではないの!そんなのってないわ!」

ぐいぐいと胸ぐらを揺さぶられるが、クレインは動かない。制服が崩れてしまうのでそろそろ引っ張らないで欲しいと小さな頭を胸に抱き込んだ。

先ほどの話を聞いてアンナがきゅいんきゅいんと鼻を鳴らす犬に見えてきたし、それに人間のアンナの泣き顔が見ていられないからだ、と無意味に言い訳を思い浮かべ……やはり今の自分の顔も見られたくないからだと付け加える。

「……アンナは本当にお姉さんが好きなんだねぇ」
「好きじゃないわ。…………これは愛ね」

振り絞るような声に、つい笑ってしまう。
アンナには振り回されてばかりだ。

「…………疑って悪かったよ」
「お姉様への愛は本物よ。ロアン様と違って」
「種類が違うんだよな、愛の」
「うるさいわ!慰めなさいよ!」

もっと気合い入れて撫でなさい! と、言われるまま華奢な背を撫で続けた。
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