上 下
1 / 9

負けられない戦いの火蓋は切って落とされた

しおりを挟む
薔薇が咲き誇る庭園に立つ黒髪の青年の姿はまるで一枚の絵画のようだった。
精悍な顔つきもさることながら、我が国が誇る魔獣討伐部隊の所属する青年は肩書にたがわぬ体躯をしていた。

そこに近づく気配を感じ、青年は蕩けるような笑みを見せながら振り向き……おや?と不思議そうに形の良い眉毛を上げた。

「────ロアン・グレイデン様、ですね。初めまして、わたくしマリアお姉様の妹のアンナと申します」

ロアンの待ち人は白金に青い瞳の、癒しの光を平等に照らす女神ともいえる静謐な月のように美しい令嬢──マリア・シュナウザー侯爵令嬢だったはずだ。

しかし、この場に現れた妹のアンナは豪奢な金の髪をふわふわと揺らし、若草色の瞳は好奇心旺盛な猫のような瞳を輝かせ、姉の婚約者の前に現れた。

妹のアンナは、姉のマリアとは異なり勝るとも劣らない魅力を持った女性だった。
太陽のように輝き目が覚める美しさの中に、どこか危うさがあり、人目を惹きつける魅力がある。

ロアンは、そういえば【シュナウザー侯爵家には月と太陽に例えられる美しい姉妹がいる】という噂があったと思い出す。

どうやらその噂は真実だったようだ。

「アンナ嬢。ご挨拶をありがとうございます。マリア……お姉さんはどちらに」
「ふふ。残念ですが、姉は少し遅れるそうです。ロアン様に少しでも美しく見られたいと髪型を整えていますので、もう少しお待ちになって」

早く婚約者に会いたいと急いていた気持ちをからかわれ、少し顔が朱に染まる。
クスクスと笑う令嬢に少し言い訳がしたくなり、逸らしていた視線をアンナへ戻そうとして────

「あっ……」

アンナが想定より近くに立っていたことにロアンは驚いた。
魔物討伐隊の長であるのに、アンナがすぐ傍に立った気配を感じ無かったからだ。

よろめいたアンナの背中に腕を回し支えれば、華奢な身体がロアンの胸に飛び込んできた。

「やっ……すみません……っ」

あまりの距離の近さに驚いたようにアンナはロアンの胸を押し返した。
その手は少し震えていて、男慣れしない仕草に思わず目を丸くする。

「あぁ、悪い」

ロアンも支えていた手をそっと離し、一歩下がる。

「いえ……っ、助けてくださったのですよね。ありがとうございます……失礼な態度を、ごめんなさい。あの、男の人とこんなに近づいたのが初めてで……少し、怖くて」

アンナは泣きそうなほど瞳を潤ませ、必死に弁明しようとしている。

「あぁ、いや大丈夫だ。妹君がケガをしたりなんてしたらマリアに怒られてしまうからね」

落ち着かせようと姉の名前を出せば、アンナは濡れた若草色の瞳でロアンの濃紺の瞳を見上げた。

「……でも、ロアン様は怖くなかった」

その小さな言葉を聞き直す前に、薔薇の庭園へ待ち人がやって来る。

「────ロアン、いつの間に来ていたの? アンナもここにいたのね」
「お姉様ったらやっと来たのね。その髪飾り、素敵だわ」

マリアは飛びついてきた妹を慣れたように抱きしめ、ロアンに微笑む。
そして、ロアンの後ろ────少し離れたところに立つ、栗毛の青年にも会釈をした。

「お姉様も到着しましたので、わたくしは下がります。ロアン様、お姉様をよろしくお願いしますね」

「ふふ。アンナったら、もうロアンと仲良くなったのね」
「ええ。ロアン様は優しいのですね」

ね?とアンナはロアンを見上げ、猫のように目をしならせた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完結 お飾り正妃も都合よい側妃もお断りします!

音爽(ネソウ)
恋愛
正妃サハンナと側妃アルメス、互いに支え合い国の為に働く……なんて言うのは幻想だ。 頭の緩い正妃は遊び惚け、側妃にばかりしわ寄せがくる。 都合良く働くだけの側妃は疑問をもちはじめた、だがやがて心労が重なり不慮の事故で儚くなった。 「ああどうして私は幸せになれなかったのだろう」 断末魔に涙した彼女は……

義妹を溺愛するクズ王太子達のせいで国が滅びそうなので、ヒロインは義妹と愉快な仲間達と共にクズ達を容赦なく潰す事としました

やみなべ
恋愛
<最終話まで執筆済。毎日1話更新。完結保障有>  フランクフルト王国の辺境伯令嬢アーデルは王家からほぼ選択肢のない一方的な命令でクズな王太子デルフリと婚約を結ばされた。  アーデル自身は様々な政治的背景を理解した上で政略結婚を受け入れるも、クズは可愛げのないアーデルではなく天真爛漫な義妹のクラーラを溺愛する。  貴族令嬢達も田舎娘が無理やり王太子妃の座を奪い取ったと勘違いし、事あるごとにアーデルを侮辱。いつしか社交界でアーデルは『悪役令嬢』と称され、義姉から虐げられるクラーラこそが王太子妃に相応しいっとささやかれ始める。  そんな四面楚歌な中でアーデルはパーティー会場内でクズから冤罪の後に婚約破棄宣言。義妹に全てを奪われるという、味方が誰一人居ない幸薄い悪役令嬢系ヒロインの悲劇っと思いきや……  蓋を開ければ、超人のようなつよつよヒロインがお義姉ちゃん大好きっ子な義妹を筆頭とした愉快な仲間達と共にクズ達をぺんぺん草一本生えないぐらい徹底的に叩き潰す蹂躙劇だった。  もっとも、現実は小説より奇とはよく言ったもの。 「アーデル!!貴様、クラーラをどこにやった!!」 「…………はぁ?」  断罪劇直前にアーデル陣営であったはずのクラーラが突如行方をくらますという、ヒロインの予想外な展開ばかりが続いたせいで結果論での蹂躙劇だったのである。  義妹はなぜ消えたのか……?  ヒロインは無事にクズ王太子達をざまぁできるのか……?  義妹の隠された真実を知ったクズが取った選択肢は……?  そして、不穏なタグだらけなざまぁの正体とは……?  そんなお話となる予定です。  残虐描写もそれなりにある上、クズの末路は『ざまぁ』なんて言葉では済まない『ざまぁを超えるざまぁ』というか……  これ以上のひどい目ってないのではと思うぐらいの『限界突破に挑戦したざまぁ』という『稀にみる酷いざまぁ』な展開となっているので、そういうのが苦手な方はご注意ください。  逆に三度の飯よりざまぁ劇が大好きなドS読者様なら……  多分、期待に添えれる……かも? ※ このお話は『いつか桜の木の下で』の約120年後の隣国が舞台です。向こうを読んでればにやりと察せられる程度の繋がりしか持たせてないので、これ単体でも十分楽しめる内容にしてます。

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

婚約破棄おめでとう

ナナカ
恋愛
「どうか、俺との婚約は破棄してほしい!」 公爵令嬢フィオナは、頭を下げる婚約者を見ながらため息をついた。婚約が破談になるのは通算7回目。嬉しくとも何ともないが、どうやらフィオナと婚約した男は真実の愛に出会ってしまう運命らしい。 もう完全に結婚運から見放されたと諦めかけたフィオナに声をかけてきたローグラン侯爵は、過去にフィオナの婚約を壊した過去がある男。あの男にだけは言われたくない!と奮起したフィオナは、投げやりになった父公爵の許可を得て、今度こそ結婚を目指すことにした。 頭脳明晰な美女なのに微妙にポンコツな令嬢が、謎めいた男に邪魔されながら結婚へ向かう話。(全56話) ※過去編は読み飛ばしてもほぼ問題はありません。

【完結】脇役令嬢日記~私のことよりメインストーリーを進めてください!~

コーヒー牛乳
恋愛
私、脇役(モブ)令嬢。 今日も今日とて主役たちの波瀾万丈な名場面を見守っているの。 なぜか主役級王子様も隣にいますが、私たちの方はメインストーリーに関係ないのでこれ以上は大丈夫です! 脇役令嬢VS主役級王子 ============ 他に書いているもののストレス展開が長くて気晴らしに書きました。ラブコメです。完結まで書きましたので、気軽にどうぞ

さよなら、英雄になった旦那様~ただ祈るだけの役立たずの妻のはずでしたが…~

遠雷
恋愛
「フローラ、すまない……。エミリーは戦地でずっと俺を支えてくれたんだ。俺はそんな彼女を愛してしまった......」 戦地から戻り、聖騎士として英雄になった夫エリオットから、帰還早々に妻であるフローラに突き付けられた離縁状。エリオットの傍らには、可憐な容姿の女性が立っている。 周囲の者達も一様に、エリオットと共に数多の死地を抜け聖女と呼ばれるようになった女性エミリーを称え、安全な王都に暮らし日々祈るばかりだったフローラを庇う者はごく僅かだった。 「……わかりました、旦那様」 反論も無く粛々と離縁を受け入れ、フローラは王都から姿を消した。 その日を境に、エリオットの周囲では異変が起こり始める。

『奇跡の王女』と呼ばないで

ルーシャオ
恋愛
サンレイ伯爵嫡子セレネは、婚約の話が持ち上がっている相手のジャンが他の伯爵令嬢と一緒にいるところを目撃して鬱々していた。そこで、気持ちを晴らすべく古馴染みのいる大兵営へと向かう。実家のような安心感、知人たちとおしゃべりしてリフレッシュできる……はずだったのだが、どうにもジャンは婚約の話を断るつもりだと耳にしてしまう。すると、古馴染みたちは自分たちにとっては『奇跡の王女』であるセレネのためにと怒り狂いはじめた。 元王女セレネが伯爵家に養子に出されたのは訳があって——。

「おまえを愛している」と言い続けていたはずの夫を略奪された途端、バツイチ子持ちの新国王から「とりあえず結婚しようか?」と結婚請求された件

ぽんた
恋愛
「わからないかしら? フィリップは、もうわたしのもの。わたしが彼の妻になるの。つまり、あなたから彼をいただいたわけ。だから、あなたはもう必要なくなったの。王子妃でなくなったということよ」  その日、「おまえを愛している」と言い続けていた夫を略奪した略奪レディからそう宣言された。  そして、わたしは負け犬となったはずだった。  しかし、「とりあえず、おれと結婚しないか?」とバツイチの新国王にプロポーズされてしまった。 夫を略奪され、負け犬認定されて王宮から追い出されたたった数日の後に。 ああ、浮気者のクズな夫からやっと解放され、自由気ままな生活を送るつもりだったのに……。 今度は王妃に?  有能な夫だけでなく、尊い息子までついてきた。 ※ハッピーエンド。微ざまぁあり。タイトルそのままです。ゆるゆる設定はご容赦願います。

処理中です...