8 / 31
人災
しおりを挟む「すみません。この資料は───」
聞こえていないかのように無視をされて、三度目の問いかけだった。
苛々としている様子が伝わってくるような溜息ののち、近寄るなと言わんばかりにシッシと手を払うように振られる。
「見てわかりませんか。置いておいてください」
「……はい。確かに机の上に置きましたから。よろしくお願いします」
手に持っていたファイルを無愛想な彼女の机の端に置く。この資料はつい二時間前に投げ渡されたものだ。その拍子にバラバラに床に落ち、かき集め、まとめ直した。
この資料は午後イチに戻すように言われたから、まとめ直す時間も含めかなり急ぐ必要があったためまだ昼食はとっていない。
そして、前回は彼女が戻る前に机に戻したのにも関わらず「戻されていない」とトラブルになったため、こうして無視されようが三度も話しかけるに至っている。
「なにあれ、嫌味?」
「うわぁ……」
去り際、そんな囁き声が聞こえた。実際、聞かせているのだろう。
今度は三期前の企画書の原本が必要になった。未だデジタルに対応していない営業が注釈を手書きで入れている可能性があり、紙で保管している物を確認しにいかなければならない。これは資料室にある。
資料室なら一人になれる、とやや期待してしまった。最近よくある事象が頭をよぎる。まさかな……と思いつつ資料室の鍵が納められているキーボックスを開けるが、あるべき場所は空だ。
やっぱり。
「倉庫の鍵、どなたがお持ちですか」
業務で資料室に用事があるのはほぼ営業アシスタントだ。丁度、昼休みが終わった直後で全員着席しているが返事はない。皮肉にもこれは想定内だ。
ここ最近、資料室の鍵は終業後にしか戻されない。だから必然的に私は終業後にしか資料室を使うことが出来なくなっている。
誰も鍵の在りかを探そうともしない様子を見れば、嫌でもわかる。鍵を誰かが持っていて、知らないふりをしている。
───これは嫌がらせだ。
資料室に入れないと確定した今は、とりあえず昼食代わりの飲料でも飲もうとオフィスを後にしようと背を向ければ「資料室でナニするつもりだか(笑)」という声が聞こえた。
*
どうやら私は営業アシスタントの皆さんから嫌がらせを受けているようだ。
原因に身に覚えがあるかと聞かれれば、思い当たるのは先日の彩さんとの一件だと思う。でも核心はない。タイミングが揃っているだけだ。
非常階段で彩さんから話を聞いた次の日からはほぼこんな感じで、どこかみんなよそよそしい。
もちろん営業部の全員が嫌がらせをしている訳でも、冷たい訳でもない。以前と変わらず接してくれる人もいるし、心の中で何を考えているかはわからないが、業務に支障が出るようなことはしない人もいる。
ただ、やりにくいのは事実だ。
皆さんが誰から何を聞いたかはわからないが、突然始まった嫌がらせに弁明の機会はもらえていない。
嫌がらせをしている人は本当のところはどうかなぞ関係なく、悪意のある噂が”丁度良かった”のだろう。嫌がらせをしてしかるべき、良い免罪符になったのだと思う。
落ちそうな思考に蓋をして、顔をパンッと両手で叩く。
嫌がらせを受けてへこんでいる顔だけは見せなくなかった。そんなもんで喜ばせたくなかったからだ。
0
お気に入りに追加
87
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
どうして隣の家で僕の妻が喘いでいるんですか?
ヘロディア
恋愛
壁が薄いマンションに住んでいる主人公と妻。彼らは新婚で、ヤりたいこともできない状態にあった。
しかし、隣の家から喘ぎ声が聞こえてきて、自分たちが我慢せずともよいのではと思い始め、実行に移そうとする。
しかし、何故か隣の家からは妻の喘ぎ声が聞こえてきて…
私が死ねば楽になれるのでしょう?~愛妻家の後悔~
希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢オリヴィアは伯爵令息ダーフィトと婚約中。
しかし結婚準備中オリヴィアは熱病に罹り冷酷にも婚約破棄されてしまう。
それを知った幼馴染の伯爵令息リカードがオリヴィアへの愛を伝えるが…
【 ⚠ 】
・前半は夫婦の闘病記です。合わない方は自衛のほどお願いいたします。
・架空の猛毒です。作中の症状は抗生物質の発明以前に猛威を奮った複数の症例を参考にしています。尚、R15はこの為です。
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
【完結】夫もメイドも嘘ばかり
横居花琉
恋愛
真夜中に使用人の部屋から男女の睦み合うような声が聞こえていた。
サブリナはそのことを気に留めないようにしたが、ふと夫が浮気していたのではないかという疑念に駆られる。
そしてメイドから衝撃的なことを打ち明けられた。
夫のアランが無理矢理関係を迫ったというものだった。
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる