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清算
しおりを挟む「おめでとう~!」
「いつの間にそんなことになってたのっ!もう言ってよー」
「安定期なの?意外と目立たないね。目立たないからって頑張っちゃだめよ~」
彩さんは幸せそうに輪の中心でお腹を撫でていた。
彩さんが最近体調を崩していたことは知っていたが、まさか妊娠とは!と驚く気持ちと一緒に、なにも知らされていなかったと知り気持ちがギクシャクしてしまう。
ちょっと深くまで相談する仲だと思っていたのは自分だけだったんだろうか、と。やっぱり妊娠というセンシティブな話題は言いづらいよな……という気持ちがないまぜになる。
そもそも、そういう相手がいたとは全く知らなかった。私ばかり相談していて、彩さんのプライベートな話は聞いていなかったと思い至る。
ぎこちなく笑う私をよそに、彩さんと仲の良い営業の中村さんや、孫までいるパートの佐田さんたちがめでたい話題に盛り上がっている。
「旦那さんは、どんな人なの?」
わくわくと好奇心が抑えられないような声に応え、彩さんが照れたように目を伏せた。そしてゆっくり持ち上がる時に、なぜだか目があったような気がして肩が跳ねる。
それも一瞬のことですぐ視線は取り囲む人々へ戻った。
「実は、取引先の人で。今まで内緒にしてたんだけど……」
”取引先”という単語にドキリ、とまた変に心臓が跳ねた。
「え~会社に来たことある?写真ないの?」
彩さんは慣れたようにスマホを操作し、差し出した。
取り囲む人々が頭を寄せ、小さなを覗き込む。
「イケメンじゃない~!しかもまあ素敵な写真」
「これは、この間テーマパークに行った時ので」
彩さんの声がザラリと背を撫でた。
テーマパーク。
私の頭の中では、辰巳がテーマパークの写真をSNSにあげていたことがチラついていた。
取り囲んでいた女性陣が他にも共有しようと振り返り、私を見つける。そして当然のように彩さんのスマホの画面が私の方に向けられた。
「ほら、森田ちゃんはもう見た?」
緊張していた気持ちが、ピタリと止まり
脱力する。
「映えね。映え。うちの子もSNSに一生懸命写真乗せてるわよ」
「もう今は”映え”じゃなくて、”演出”らしいですよ」
「えんしゅつ~~~?全くわからないわ」
パートの佐田さんの明るい声がどこか遠くで聞こえた。
「───この人、三山さん、ですね」
声は震えなかっただろうか。
どこか全部他人事で、受け止められない。
私の方に向けられているスマホには、彩さんと辰己が肩を寄せ合い楽しそうに映っている。
呆けたように彩さんの方を見れば、彩さんは綺麗な笑顔でほほ笑んだ。幸せそうに。
「えっ、森田ちゃん知ってるの?近々、営業部にダンナさん来る予定ある?見れるまで外回りしないで内勤しておこうかな~」
中村さんがはしゃぐ声の裏で、彩さんとじっと目を合わせる。彩さんは何も後ろ暗いことは無いと言わんばかりに目を逸らさない。
つまり、辰巳の子どもを、妊娠してる?
「彩さん、妊娠って」
「そう。やっと安定期にはいったから会社にも報告したんだ」
安定期とは何か月のことだっただろうか?
え、でも、辰巳と私たちは2か月前に距離を置いたはずだ。
「ということは、いつの間に入籍したのよー!み.や.ま、さぁん」
「先月、入籍したの」
慰謝料の振込がちょうど先月で、辰己からの連絡もなくて、だから、まだ協議中なんだって
そう、思ってて。
「めでたいことは重なるね~。ね、お祝い何がいい?被らせないようにしないと」
「ルクルーゼとか?」
「ね、森田ちゃん。最近の子はどういうの贈るのかしら?」
輪からはみ出す私に彩さんはうっとりと笑いかけた。
「森田ちゃんからはもう”お祝い”もらったし、いいよ。”清算”してくれて、ありがとう」
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