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うちの子は思春期ですか?

うちの子は思春期ですか? 5

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「──それで?」

なっちゃんの指が、熱くぬかるんだ道に押し入る。勝手知ったるとばかりに蹂躙する指が、ある一点を押すと体が意志とは関係なく反応してしまう。

「もう少し、気持ちよくならないとお話しできないかな?」

天使のように清廉な面差しが色を湛え、蠱惑的に微笑んだ。
反応してしまった、そこを執拗に刺激し快楽で判断を鈍らせようとするのだった──


なぁーんてね。

現実逃避終了。
現在、私の腕の中にいるのは快楽責めをする天使、ではなく。怒り狂った大型犬、でも無く。
今にも泣きだしてしまいそうな悲壮感でいっぱいの、なっちゃんがいた……。

「ぼくも……っ、みほちゃんと、同じ年がよかった! 一緒に文化祭やりたかった……!」
「ワォ……」
「そしたらっ、お姫様だっこだって……なんだって、ぼくがしたのに!」
「ワァ、ウレシイ……」

先ほど、仕事が出来る写真部の構内展示テロによって、ヤキモチ焼きなっちゃんの心に点火してしまった。蘇る今朝見た夢。マフィアなら死。焦った。誤魔化した。しかし、小手先のスットボケでは誤魔化されなかった。そりゃそうだ。写真の前でアタフタしていると、また人が集まってきたので、急遽私たちは空き教室に入ることにしたのだ。

別に約束したわけでもないのに、やっぱりなんだか気まずい。ちゅーをする親分と子分ってだけなのに。もしかして快楽責めでもされちゃうのかしら(優子から借りた小説にそういう描写があった!)と、思っていたのは私だけだった。

なんと、なっちゃんは責めるでもなく、耳をペターンと伏せ(幻覚)尻尾をくるんと足の間にしまいこみ(幻覚)全身でションボリしていたのだ。可愛い。ちがった。可哀想。

責められた時の準備しかしていなかった私の心の守備兵も、武装解除で「あらあらどうしたの~!」となっちゃんをナデナデからの抱擁だ。そんな顔をするんじゃない! と、ばかりに悲しみに暮れるなっちゃんの頭を胸に抱え込んでいる。申し訳ない気持ちはあるけど、可愛い。

「──もしかして、他にも、あの眼鏡の人と何かあった?」

腕の中から聞こえてた涙声とは違う、一段低い声と内容に、ナデナデしていた手が止まる。止まってしまった。やばい。

「あ~……。あったっちゃ、あった。けど、なにもなく過ごしているというか……」

なっちゃんは、腕の中からガバリと顔をあげた。

「なにがあったの。なんで。どうして」
「あー、んー……キスした、かな。いっか……」

一回だけ、と余計なことを言いそうになった口は、なっちゃんの唇に塞がれた。それは前回の別れ際に、私がなっちゃんに送ったような「キス」だった。

ちゅ……と、音を残して唇の熱が離れていく。瞼を上げると、まつ毛が触れてしまいそうなほどの近距離で、なっちゃんと目があった。不思議と、先ほどまでの罪悪感や申し訳ないという気持ちがどこかに飛んでいき、代わりに体の力が緩んだ。

また、どちらからともなく顔を近づけ、キスをした。

私がなっちゃんの形の良い唇を舐めると、なっちゃんも私の唇を舐めた。クスクスと喉奥で笑いながら好きなキスを送り合う。まるで、キスのレッスンをしているようだった。

少しだけ顔を離すと、すがるように追ってくるなっちゃんが可愛くて、自然と笑みがこぼれた。

「みほちゃん、余裕だね」

なっちゃんは焦れたような不満そうな顔をしているが、目は熱くとろけている。

「そんなことない。なんだか、くすぐったい気分」
「なにそれ」
「──舌、出して」

れー、と舌を出して見せると、なっちゃんも戸惑いがちに舌を出した。差し出されたピンク色の舌の縁を、そっと舌でなぞるように這わせていく。縁をゆっくりとたどったら、舌をパクリと口の中に招き同じ動きを促した。

綺麗なものを汚している背徳感なのか、ゾクゾクとしたものが背筋を走る。
天使だったなっちゃんが普通の男になるような、変な感覚だった。

唇を離すと2人の間に銀糸が残った。
銀糸を舐めとるようにチュッと軽くキスを送ると、なっちゃんは両手で顔を覆いうずくまってしまった。

「……みほちゃんエロい」
「エロくありません。こんなこと普段しません」

「しないの?」
「……しないよ。今は」

「今はってなに!」
「嘘はつきたくないんだもん!」

「んも~~~!」

なっちゃんに抱きしめられる。額を肩口にグリグリと擦りつけて、何か考えているようだ。なんてあざとかわいい仕草を! けしからん! もっとやれ!

「──ぼくだけじゃダメなの?」
「ん?」

「キス、するのも。その先も。ずーっと、ぼくだけじゃダメなの?」

ポツリと、小さな声だった。

「どうかな。想像できるような、できないような……」
「ぼくは、みほちゃんだけだよ!」
「今は、ね」
「ずっと!」

ハイハイ、と落ち着かせるように明るい茶色の髪を撫でた。

「──私ね自信が無いの。なっちゃんだけって決めたら、きっと私もなっちゃんに同じことを求めちゃう」
「いいのに。求めて」

明るい茶色の髪が、窓のカーテンの隙間から漏れる光を反射させている。

「なっちゃんが想像してるより、私の愛は重いんだから。きっとお互い潰れちゃうよ。まだ、私たちは子どもなんだよ。どうなるかわからないんだよ。これからたくさん出会って、別れて、生きていくんだよ」

いつの間にか、撫でていた手が止まっていた。

「──始めちゃったら、終わりがあるんだよ。私、終わるものなら最初から欲しくないよ」

いつの間にか涙が溢れていた。涙が次から次へと溢れては流れ、また視界を濁らせていく。

前世の父と母も私を置いて逝ってしまった。どうして、なんで、何がいけなかった。いくら考えても泣いても怒っても謝っても、戻っては来なかった。本当の意味では誰も助けてくれず、また、自分の中で暴れる喪失感や怒り、悲しみを抑えることに必死で、誰かに助けを求めることが出来なかった。

ずっと側にいてくれた愛犬がいなかったら、私は。
そして、やっと手に入れた家族……夫も、私たちを残して逝ってしまい、私は息子を置いて、逝ってしまった。

私はまだ、あの喪失感を乗り越えられていないのかもしれない。新たな生を受けても、まだ。

誰かを心の内にいれると、愛して「特別」だと思ってしまうと、期待してしまうと。
同じように失った時。また、あの時感じた喪失感や怒り、悲しみ、苦しみがやってくるのかと想像してしまう。

結局、怖いのだ。
怖くて、誤魔化して、逃げてしまう。

「──ぼくは側にいるからね。今までも側にいたし、これからもずーっとそばにいるよ。これから一生かけて嘘じゃないことを証明するから見ててね」

なっちゃんの、低く甘やかな声が私の体の中に響いた。

「一生かけて、なんて重すぎよ」

真に受けないように、期待しようとした自分の心を馬鹿にするように笑った。

「ふふ。あのね。みほちゃんが誰かとキス、したりするのは嫌だけど。ぼくが大人になるまでは、みほちゃんの好きにしていい。ほんとは嫌だけど。みほちゃんが、大人になったぼくを選ぶまで、信用してもいいなって思えるまでちゃんと待てるよ。……みほちゃんにもし、もしでも嫌だけど! 好きな人が出来ても邪魔しないで待つ。でも、死ぬときはぼくが側にいる」

「死ぬときのことなんて約束できないわ」

「結婚したら最期まで一緒の一蓮托生だよ。だから結婚するのは、ぼくとだね」

「するなんて決めてないけど」

「するの。みほちゃんは、ぼくが嘘つきじゃないって確かめなきゃいけないんだからね」

「ふーん」

「……ちゃんと覚えておいてよ」

「忘れないわ」

「うん」

なっちゃんと言葉を交わす度に零れ落ちる涙は、なっちゃんの肩に吸い込まれていった。

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