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一緒に過ごしてきた時間は存在しない
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──「星野。先輩は星野のことを心配してるのに、それは冷たすぎるよ」
遠藤君の言葉が頭の中で反響する。胸が苦しくなって、ほんの少しの諦めが私を撫でる。
姉のこちらを支配してくるような、まとわりつくような気持ち悪さを。どうしたらわかってもらえるのか。もしかして、本当に私が冷たいだけで姉は優しさでやっているのだろうか。私の気持ちを無視して。押し付けるのが優しさなのだろうか。姉の気持ちを受け止めない私が冷たいのだろうか。
二人は私が反省し、謝ることを望んでいる。その視線は、慣れたものだった。
もうそういうことにして、前のように、もう諦めてしまえば。楽になるのだろうか。でも。
──私はもう、一度目の私ではない。
家を出て気づいたのだ。こういったことは生きていく上で何度だってあるし「そういう雰囲気だったから」「そういう答えを望まれていたから」と流されても、結局誰も責任をとってはくれないし自分の意志と見られるのだ。
このまま流されてしまえば楽だろう。この場で従うふりをして心で舌を出すのもいいだろう。でも。そうやって折れるふりをして、逃げて、「結局自分が選んだことだから」とまた流されて。
──私はもう、うんざりだ。
このまま言い返して、何か状況が良くなるんだろうかと迷う心と。
伝えることをサボったから、逃げたから、こうして何度も何度も絡んでくるのだと自分を責める心と。
なぜわかってくれないのだと、他人を責める気持ちが混ざる。
擦れる喉を開き、こちらを見つめる二人に「でも」と口を開こうとした瞬間。
保健室の扉が勢いよく開き、派手な音を立てて斗真と、続いて保健室の先生が入ってきた。
季節外れの指定の半袖姿の斗真はちらりと遠藤君とお姉ちゃんを見てから、私を真っすぐ見て走り寄って来る。身長の高い斗真が入り口から奥のベッド前まで来るのは一瞬だったし、何より大きくて威圧感があるので走り寄られるとちょっと怖い。
「もう起きて平気なのか?」
私の方へ、ずいと距離を縮め、顔を覗き込んでくる斗真のおかげで先ほどまでの空気はガラリと変わってしまった。壁のように立ちはだかる斗真に戸惑っていると、先生がやれやれと大きく手を叩いた。
「ほらほら、保健室は休憩所じゃないわよー。三年はもうすぐ試合が始まるわよ、怪我した? してない? じゃあ早く行きなさい、先生は忙しいんですよー」
ほらほら、と先生に追い払われるように退出する姉は去り際に遠藤君の体操服の袖を掴み、保健室の外へと連れ立って出て行ってしまった。遠藤君は戸惑った顔をしつつも姉に連れられるまま、足を動かした。
二人が出て行った扉を見つめていると、先生にカーテンの内側へと引き込まれて、ボールが当たった背中を見てもらうことになった。
ジャージを脱ぎ、体操服を捲り背を向けると先生の温かい手が背中に触れた。
「……あの子たちとケンカでもしてたの? 浅田くんったら先生のこと、もう大慌てで呼びに来てね、さっき話したって言ってるのに話も聞かずに先に走って行っちゃってねー。やっと追いついたと思ったら扉の前で突っ立ってるし、中には泣いてる女子たちと間に男子! まー青春ねー!」
たいして返事もしていないのに先生の口は止まらない。先生の突然の暴露に驚いたのか、斗真の「ちがう」だの「そうじゃなくて」だの慌てる声がカーテンの向こう側から聞こえた。
えっと、じゃあ、グラウンドで倒れた時に運んでくれてジャージをかぶせてくれたのは斗真で? 扉の前で話を聞いていて? あのタイミングで入って来たのは偶然じゃなくて?
もしかして、助けようとしてくれた……のかな?
「うーん。これは明日、もっと派手な色になりそうね。うん、顔色はよさそうだし、どうする? あ、戻るの? そうね、もし何かあったらすぐ病院行きなさいねー、はいじゃあ解散!」
浴びせられる情報量が多すぎるせいで整理のつかないまま、台風のような先生の勢いに圧され保健室を追い出されてしまった。
「──すげー勢い」
ピシャリと閉まった扉を見て、自然と斗真と目が合って、どちらともなく笑い合った。
「えっと……じゃあ、戻るか」
「うん……」
廊下に斗真の上履きの音と、私のペタペタと靴下で歩く音が鳴った。
「──あの、運んでくれたの浅田くんだったんだね。ありがとう」
「斗真でいいよ」
人気が無い薄暗い校舎の中だと半袖姿は更に寒々しく見えた。畳んだジャージを渡すと、やっぱり寒かったのかさらりとそのまま着なおした。腕を通して、袖を軽く引っ張る仕草がなんだか懐かしくて目が離せなかった。
視線に気づいたのか、斗真がチラリと私の様子を伺うように見た。
「……なんか話し合ってただろ。タイミング悪かったな。乱入してごめん」
どこまで踏み込んでいいのか伺うような、バツの悪そうな表情に、さらに懐かしさを感じた。そうだった。斗真はこういう人だった。
「まあ、あそこから私のターンだったからね。言い返せなくて残念! ……でも、斗真が来てくれて助かったよ。ありがとう」
今の斗真とは、私たちが一緒に過ごしてきた時間は存在しないけど。斗真の中にある優しさに触れて、心が温かくなった。
「そっか」
「うん」
そのまま、何も言わず並んで歩いた。
遠藤君の言葉が頭の中で反響する。胸が苦しくなって、ほんの少しの諦めが私を撫でる。
姉のこちらを支配してくるような、まとわりつくような気持ち悪さを。どうしたらわかってもらえるのか。もしかして、本当に私が冷たいだけで姉は優しさでやっているのだろうか。私の気持ちを無視して。押し付けるのが優しさなのだろうか。姉の気持ちを受け止めない私が冷たいのだろうか。
二人は私が反省し、謝ることを望んでいる。その視線は、慣れたものだった。
もうそういうことにして、前のように、もう諦めてしまえば。楽になるのだろうか。でも。
──私はもう、一度目の私ではない。
家を出て気づいたのだ。こういったことは生きていく上で何度だってあるし「そういう雰囲気だったから」「そういう答えを望まれていたから」と流されても、結局誰も責任をとってはくれないし自分の意志と見られるのだ。
このまま流されてしまえば楽だろう。この場で従うふりをして心で舌を出すのもいいだろう。でも。そうやって折れるふりをして、逃げて、「結局自分が選んだことだから」とまた流されて。
──私はもう、うんざりだ。
このまま言い返して、何か状況が良くなるんだろうかと迷う心と。
伝えることをサボったから、逃げたから、こうして何度も何度も絡んでくるのだと自分を責める心と。
なぜわかってくれないのだと、他人を責める気持ちが混ざる。
擦れる喉を開き、こちらを見つめる二人に「でも」と口を開こうとした瞬間。
保健室の扉が勢いよく開き、派手な音を立てて斗真と、続いて保健室の先生が入ってきた。
季節外れの指定の半袖姿の斗真はちらりと遠藤君とお姉ちゃんを見てから、私を真っすぐ見て走り寄って来る。身長の高い斗真が入り口から奥のベッド前まで来るのは一瞬だったし、何より大きくて威圧感があるので走り寄られるとちょっと怖い。
「もう起きて平気なのか?」
私の方へ、ずいと距離を縮め、顔を覗き込んでくる斗真のおかげで先ほどまでの空気はガラリと変わってしまった。壁のように立ちはだかる斗真に戸惑っていると、先生がやれやれと大きく手を叩いた。
「ほらほら、保健室は休憩所じゃないわよー。三年はもうすぐ試合が始まるわよ、怪我した? してない? じゃあ早く行きなさい、先生は忙しいんですよー」
ほらほら、と先生に追い払われるように退出する姉は去り際に遠藤君の体操服の袖を掴み、保健室の外へと連れ立って出て行ってしまった。遠藤君は戸惑った顔をしつつも姉に連れられるまま、足を動かした。
二人が出て行った扉を見つめていると、先生にカーテンの内側へと引き込まれて、ボールが当たった背中を見てもらうことになった。
ジャージを脱ぎ、体操服を捲り背を向けると先生の温かい手が背中に触れた。
「……あの子たちとケンカでもしてたの? 浅田くんったら先生のこと、もう大慌てで呼びに来てね、さっき話したって言ってるのに話も聞かずに先に走って行っちゃってねー。やっと追いついたと思ったら扉の前で突っ立ってるし、中には泣いてる女子たちと間に男子! まー青春ねー!」
たいして返事もしていないのに先生の口は止まらない。先生の突然の暴露に驚いたのか、斗真の「ちがう」だの「そうじゃなくて」だの慌てる声がカーテンの向こう側から聞こえた。
えっと、じゃあ、グラウンドで倒れた時に運んでくれてジャージをかぶせてくれたのは斗真で? 扉の前で話を聞いていて? あのタイミングで入って来たのは偶然じゃなくて?
もしかして、助けようとしてくれた……のかな?
「うーん。これは明日、もっと派手な色になりそうね。うん、顔色はよさそうだし、どうする? あ、戻るの? そうね、もし何かあったらすぐ病院行きなさいねー、はいじゃあ解散!」
浴びせられる情報量が多すぎるせいで整理のつかないまま、台風のような先生の勢いに圧され保健室を追い出されてしまった。
「──すげー勢い」
ピシャリと閉まった扉を見て、自然と斗真と目が合って、どちらともなく笑い合った。
「えっと……じゃあ、戻るか」
「うん……」
廊下に斗真の上履きの音と、私のペタペタと靴下で歩く音が鳴った。
「──あの、運んでくれたの浅田くんだったんだね。ありがとう」
「斗真でいいよ」
人気が無い薄暗い校舎の中だと半袖姿は更に寒々しく見えた。畳んだジャージを渡すと、やっぱり寒かったのかさらりとそのまま着なおした。腕を通して、袖を軽く引っ張る仕草がなんだか懐かしくて目が離せなかった。
視線に気づいたのか、斗真がチラリと私の様子を伺うように見た。
「……なんか話し合ってただろ。タイミング悪かったな。乱入してごめん」
どこまで踏み込んでいいのか伺うような、バツの悪そうな表情に、さらに懐かしさを感じた。そうだった。斗真はこういう人だった。
「まあ、あそこから私のターンだったからね。言い返せなくて残念! ……でも、斗真が来てくれて助かったよ。ありがとう」
今の斗真とは、私たちが一緒に過ごしてきた時間は存在しないけど。斗真の中にある優しさに触れて、心が温かくなった。
「そっか」
「うん」
そのまま、何も言わず並んで歩いた。
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