上 下
26 / 30

一緒に過ごしてきた時間は存在しない

しおりを挟む
──「星野。先輩は星野のことを心配してるのに、それは冷たすぎるよ」


遠藤君の言葉が頭の中で反響する。胸が苦しくなって、ほんの少しの諦めが私を撫でる。
姉のこちらを支配してくるような、まとわりつくような気持ち悪さを。どうしたらわかってもらえるのか。もしかして、本当に私が冷たいだけで姉は優しさでやっているのだろうか。私の気持ちを無視して。押し付けるのが優しさなのだろうか。姉の気持ちを受け止めない私が冷たいのだろうか。

二人は私が反省し、謝ることを望んでいる。その視線は、慣れたものだった。
もうそういうことにして、前のように、もう諦めてしまえば。楽になるのだろうか。でも。

──私はもう、一度目の私ではない。
家を出て気づいたのだ。こういったことは生きていく上で何度だってあるし「そういう雰囲気だったから」「そういう答えを望まれていたから」と流されても、結局誰も責任をとってはくれないし自分の意志と見られるのだ。

このまま流されてしまえば楽だろう。この場で従うふりをして心で舌を出すのもいいだろう。でも。そうやって折れるふりをして、逃げて、「結局自分が選んだことだから」とまた流されて。

──私はもう、うんざりだ。

このまま言い返して、何か状況が良くなるんだろうかと迷う心と。
伝えることをサボったから、逃げたから、こうして何度も何度も絡んでくるのだと自分を責める心と。
なぜわかってくれないのだと、他人を責める気持ちが混ざる。

擦れる喉を開き、こちらを見つめる二人に「でも」と口を開こうとした瞬間。

保健室の扉が勢いよく開き、派手な音を立てて斗真と、続いて保健室の先生が入ってきた。

季節外れの指定の半袖姿の斗真はちらりと遠藤君とお姉ちゃんを見てから、私を真っすぐ見て走り寄って来る。身長の高い斗真が入り口から奥のベッド前まで来るのは一瞬だったし、何より大きくて威圧感があるので走り寄られるとちょっと怖い。

「もう起きて平気なのか?」

私の方へ、ずいと距離を縮め、顔を覗き込んでくる斗真のおかげで先ほどまでの空気はガラリと変わってしまった。壁のように立ちはだかる斗真に戸惑っていると、先生がやれやれと大きく手を叩いた。

「ほらほら、保健室は休憩所じゃないわよー。三年はもうすぐ試合が始まるわよ、怪我した? してない? じゃあ早く行きなさい、先生は忙しいんですよー」

ほらほら、と先生に追い払われるように退出する姉は去り際に遠藤君の体操服の袖を掴み、保健室の外へと連れ立って出て行ってしまった。遠藤君は戸惑った顔をしつつも姉に連れられるまま、足を動かした。

二人が出て行った扉を見つめていると、先生にカーテンの内側へと引き込まれて、ボールが当たった背中を見てもらうことになった。

ジャージを脱ぎ、体操服を捲り背を向けると先生の温かい手が背中に触れた。

「……あの子たちとケンカでもしてたの? 浅田くんったら先生のこと、もう大慌てで呼びに来てね、さっき話したって言ってるのに話も聞かずに先に走って行っちゃってねー。やっと追いついたと思ったら扉の前で突っ立ってるし、中には泣いてる女子たちと間に男子! まー青春ねー!」

たいして返事もしていないのに先生の口は止まらない。先生の突然の暴露に驚いたのか、斗真の「ちがう」だの「そうじゃなくて」だの慌てる声がカーテンの向こう側から聞こえた。

えっと、じゃあ、グラウンドで倒れた時に運んでくれてジャージをかぶせてくれたのは斗真で? 扉の前で話を聞いていて? あのタイミングで入って来たのは偶然じゃなくて?

もしかして、助けようとしてくれた……のかな?

「うーん。これは明日、もっと派手な色になりそうね。うん、顔色はよさそうだし、どうする? あ、戻るの? そうね、もし何かあったらすぐ病院行きなさいねー、はいじゃあ解散!」

浴びせられる情報量が多すぎるせいで整理のつかないまま、台風のような先生の勢いに圧され保健室を追い出されてしまった。

「──すげー勢い」

ピシャリと閉まった扉を見て、自然と斗真と目が合って、どちらともなく笑い合った。

「えっと……じゃあ、戻るか」
「うん……」

廊下に斗真の上履きの音と、私のペタペタと靴下で歩く音が鳴った。

「──あの、運んでくれたの浅田くんだったんだね。ありがとう」
「斗真でいいよ」

人気が無い薄暗い校舎の中だと半袖姿は更に寒々しく見えた。畳んだジャージを渡すと、やっぱり寒かったのかさらりとそのまま着なおした。腕を通して、袖を軽く引っ張る仕草がなんだか懐かしくて目が離せなかった。

視線に気づいたのか、斗真がチラリと私の様子を伺うように見た。

「……なんか話し合ってただろ。タイミング悪かったな。乱入してごめん」

どこまで踏み込んでいいのか伺うような、バツの悪そうな表情に、さらに懐かしさを感じた。そうだった。斗真はこういう人だった。

「まあ、あそこから私のターンだったからね。言い返せなくて残念! ……でも、斗真が来てくれて助かったよ。ありがとう」

今の斗真とは、私たちが一緒に過ごしてきた時間は存在しないけど。斗真の中にある優しさに触れて、心が温かくなった。

「そっか」
「うん」

そのまま、何も言わず並んで歩いた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。

海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】 クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。 しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。 失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが―― これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。 ※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました! ※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。

処理中です...