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別離編
楽園を去る 2
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「身内に、立て続けに不幸があってな」
「……聞いた。とても……つらい、と思う……」
アルフレートはどこか他人事のように淡々と続けた。
遠くを見ながら言葉を紡ぐ。
「父はまあ、私には甘かったな。遅く出来た子供だし、爵位と関係ない三男だから気が楽だったんだろう。母にベタ惚れだったというのもあるが……」
アルフレート母君は後妻で、平民だったから正式な結婚はしていないのだと聞いたことがある。黙って聞くとアルフレートは続けた。
「母親が違うから、兄とは腹を割って話す間柄ではなかったが……歳も離れていたしそれなりに良くしてもらったよ。小言は多かったが……」
流石に、とアルフレートは苦い表情のまま、俯いた。
「一度に皆をなくすとつらい。こんなにも……」
「……アルフ」
カイルは何も言えなかった。
けれど憔悴した表情から、アルフレートがどれだけショックを受けているかは伝わる。
カイルは握られた手にもう片方の手を重ねた。
「――私は騎士団を辞して、爵位を継ぐことになると思う。兄の娘が大きくなるまでの繋ぎだが、少なくとも成人するまでの数年間は、そうなると思う」
カイルは頷いた。
それから続く言葉を思って、カイルは自分からサッと血の気が引くのがわかった。
どくん、と心臓の脈打つ音が聞こえた気がする。
アルフレートが王都を去る。
辺境伯という高い地位につく。
だから別れを告げに、わざわざ時間を割いてくれたのなら、カイルは笑って聞き分けるべきだ。だって、傷心の彼にカイルは何も出来ないのだから。
しかし、アルフレートが言ったのは別の事だった。
「私が辺境伯の地位にあるのは、長くとも、十年のことだ。カイル。お前は嫌かもしれないが……一緒に来てくれないか」
「え……」
「……家族をなくして、このまま、お前まで失ったら私はきっと耐えられない」
カイルは予想外の言葉に驚いた。逆の言葉を考えていた?と苦笑されてカイルは頷いた。
「北部は魔族の領地も近いから、理解のある者も多いし、逆に忌み嫌う者もいる。……王都を離れるのは、辛いと思うが……、カイル。どうか、私と一緒に来てくれないか」
カイルは赤い瞳でじっとアルフレート見た。
それから視線を彷徨わせて、言った。
「……俺は、なんの役にも、立たないよ」
「お前は優秀な騎士だよ。カイル・トゥーリ。真面目で剣の腕も立つ。それに、ドラゴンと意思を交わす事ができて……ドラゴンとして空を飛ぶことが出来る人間など、ほかにどれだけいると思う?お前を雇いたい貴族なら両手で足りないほど知ってる」
そんな話は知らない、と。
カイルが驚いているとアルフレートが少しだけ笑った。
「私が許さないけどな」
「……ばか」
アルフレートはカイルの手からそっと自分の指を離してそっと首筋に当てると、素早くキスをした。
「――でも、私は。お前が誰でも。半魔でなくても、ドラゴンに乗れなくても、剣など扱えなくても、お前がいい。カイル。お前に、そばにいて欲しい……他愛のない事で笑って、怒って、同じ景色を見て……お前がどう感じているのかを教えてほしい。今までのように。これからも」
「アルフ」
「お前を愛している。……どうか、私と一緒に来てくれ」
真剣な顔で言われて、カイルは……うなづいた。
「俺で、いいなら。アルフレートの力に少しでもなるのなら、どこへなりと行くよ。貴方の、望むままに」
騎士団にもどって、カイルはドラゴンの厩舎にいた。
ヒロイにアルフレートに会ったよ、と言うと。ヒロイはどうして自分のところに来ないのか、不満を述べた。
『カイルには会いに来て、相棒の俺に会いに来ないなんて。アルフなんか、ばか!』
「機嫌をなおせって……アルフレートは忙しいらしくて。一月後にはヒロイを迎えにくるよ」
『家族が居なくなる。アルフレート可哀想。でも、俺もアルフレートに会いたい。寂しい』
「うん」
別れ際にアルフレートが少し言いにくそうに言った。
「キース神官には聞いたぞ。お前を連れていっていいか、と」
「キースに?」
「だって、兄なんだろう。お前の」
なんだかいつもあんまり会話をしない二人というイメージがあるのでカイルには想像しづらいが。アルフレートはちょっと笑った。
「好きにしろ、別に俺の持ち物じゃない、だと」
「あいつらしいけど……また年上に乱暴な口を」
旅装のアルフレートは、また、そのまま領地に戻るのだと言った。
国王陛下への子細の報告を終えたその足で、領地に帰るのだという。一月後には迎えにくるとアルフレートが言い、カイルはそれを待つと誓い、二人は別れた。
……本当に、ついて行っていいのかという。疑念は心にあるが。
あんなに、見たこともないほど憔悴して、傷ついているアルフレートを初めて見たし。その彼に必要だと言われるならば。僅かでもいい。力になりたかった。
もしも、立ち直った彼が、いつか、カイルを必要じゃないと言えば。
その時に去ればいい。
元から失うものなんか何もないのだし。
『カイルも一緒に北部行く?』
「たぶんな」
『カイルが一緒!俺も楽しい!』
カイルは、ヒロイに抱きついて、うん、と自分自身に言い聞かせるように
アルフレートをひっそりと待つうち、あっという間に十日が過ぎ。
非番だからと街へ生活用品でも買おうか、と出かけようとしていると、同僚カノ呼ばれた……。
「カイル!お前に客人が来てるぞ。同郷だというご婦人が」
「同郷の?名前は?」
「会えばわかるから、って名乗られなかったけど……身なりの良い人だったよ」
故郷の神殿関係者かなとカイルは客間に足を運ぶ。
失礼します、と扉をあけてーー
「あんたは……」
「騎士団では、ずいぶんと良い暮らしをしているのね」
コンスタンツェは優雅にカップを口元に運びながら挨拶もせずに切り出した。
「何をしに、きた」
立ち尽くしたカイルに、コンスタンツェは微笑んで言った。
「借りを返してもらいにきたのよ」
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続きは明日。
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「……聞いた。とても……つらい、と思う……」
アルフレートはどこか他人事のように淡々と続けた。
遠くを見ながら言葉を紡ぐ。
「父はまあ、私には甘かったな。遅く出来た子供だし、爵位と関係ない三男だから気が楽だったんだろう。母にベタ惚れだったというのもあるが……」
アルフレート母君は後妻で、平民だったから正式な結婚はしていないのだと聞いたことがある。黙って聞くとアルフレートは続けた。
「母親が違うから、兄とは腹を割って話す間柄ではなかったが……歳も離れていたしそれなりに良くしてもらったよ。小言は多かったが……」
流石に、とアルフレートは苦い表情のまま、俯いた。
「一度に皆をなくすとつらい。こんなにも……」
「……アルフ」
カイルは何も言えなかった。
けれど憔悴した表情から、アルフレートがどれだけショックを受けているかは伝わる。
カイルは握られた手にもう片方の手を重ねた。
「――私は騎士団を辞して、爵位を継ぐことになると思う。兄の娘が大きくなるまでの繋ぎだが、少なくとも成人するまでの数年間は、そうなると思う」
カイルは頷いた。
それから続く言葉を思って、カイルは自分からサッと血の気が引くのがわかった。
どくん、と心臓の脈打つ音が聞こえた気がする。
アルフレートが王都を去る。
辺境伯という高い地位につく。
だから別れを告げに、わざわざ時間を割いてくれたのなら、カイルは笑って聞き分けるべきだ。だって、傷心の彼にカイルは何も出来ないのだから。
しかし、アルフレートが言ったのは別の事だった。
「私が辺境伯の地位にあるのは、長くとも、十年のことだ。カイル。お前は嫌かもしれないが……一緒に来てくれないか」
「え……」
「……家族をなくして、このまま、お前まで失ったら私はきっと耐えられない」
カイルは予想外の言葉に驚いた。逆の言葉を考えていた?と苦笑されてカイルは頷いた。
「北部は魔族の領地も近いから、理解のある者も多いし、逆に忌み嫌う者もいる。……王都を離れるのは、辛いと思うが……、カイル。どうか、私と一緒に来てくれないか」
カイルは赤い瞳でじっとアルフレート見た。
それから視線を彷徨わせて、言った。
「……俺は、なんの役にも、立たないよ」
「お前は優秀な騎士だよ。カイル・トゥーリ。真面目で剣の腕も立つ。それに、ドラゴンと意思を交わす事ができて……ドラゴンとして空を飛ぶことが出来る人間など、ほかにどれだけいると思う?お前を雇いたい貴族なら両手で足りないほど知ってる」
そんな話は知らない、と。
カイルが驚いているとアルフレートが少しだけ笑った。
「私が許さないけどな」
「……ばか」
アルフレートはカイルの手からそっと自分の指を離してそっと首筋に当てると、素早くキスをした。
「――でも、私は。お前が誰でも。半魔でなくても、ドラゴンに乗れなくても、剣など扱えなくても、お前がいい。カイル。お前に、そばにいて欲しい……他愛のない事で笑って、怒って、同じ景色を見て……お前がどう感じているのかを教えてほしい。今までのように。これからも」
「アルフ」
「お前を愛している。……どうか、私と一緒に来てくれ」
真剣な顔で言われて、カイルは……うなづいた。
「俺で、いいなら。アルフレートの力に少しでもなるのなら、どこへなりと行くよ。貴方の、望むままに」
騎士団にもどって、カイルはドラゴンの厩舎にいた。
ヒロイにアルフレートに会ったよ、と言うと。ヒロイはどうして自分のところに来ないのか、不満を述べた。
『カイルには会いに来て、相棒の俺に会いに来ないなんて。アルフなんか、ばか!』
「機嫌をなおせって……アルフレートは忙しいらしくて。一月後にはヒロイを迎えにくるよ」
『家族が居なくなる。アルフレート可哀想。でも、俺もアルフレートに会いたい。寂しい』
「うん」
別れ際にアルフレートが少し言いにくそうに言った。
「キース神官には聞いたぞ。お前を連れていっていいか、と」
「キースに?」
「だって、兄なんだろう。お前の」
なんだかいつもあんまり会話をしない二人というイメージがあるのでカイルには想像しづらいが。アルフレートはちょっと笑った。
「好きにしろ、別に俺の持ち物じゃない、だと」
「あいつらしいけど……また年上に乱暴な口を」
旅装のアルフレートは、また、そのまま領地に戻るのだと言った。
国王陛下への子細の報告を終えたその足で、領地に帰るのだという。一月後には迎えにくるとアルフレートが言い、カイルはそれを待つと誓い、二人は別れた。
……本当に、ついて行っていいのかという。疑念は心にあるが。
あんなに、見たこともないほど憔悴して、傷ついているアルフレートを初めて見たし。その彼に必要だと言われるならば。僅かでもいい。力になりたかった。
もしも、立ち直った彼が、いつか、カイルを必要じゃないと言えば。
その時に去ればいい。
元から失うものなんか何もないのだし。
『カイルも一緒に北部行く?』
「たぶんな」
『カイルが一緒!俺も楽しい!』
カイルは、ヒロイに抱きついて、うん、と自分自身に言い聞かせるように
アルフレートをひっそりと待つうち、あっという間に十日が過ぎ。
非番だからと街へ生活用品でも買おうか、と出かけようとしていると、同僚カノ呼ばれた……。
「カイル!お前に客人が来てるぞ。同郷だというご婦人が」
「同郷の?名前は?」
「会えばわかるから、って名乗られなかったけど……身なりの良い人だったよ」
故郷の神殿関係者かなとカイルは客間に足を運ぶ。
失礼します、と扉をあけてーー
「あんたは……」
「騎士団では、ずいぶんと良い暮らしをしているのね」
コンスタンツェは優雅にカップを口元に運びながら挨拶もせずに切り出した。
「何をしに、きた」
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