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出会い編

吹雪の中 3

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『二時の方向に、王太子殿下が狩猟の際に以前使われていた古い屋敷がある。嵐で一部壊れて、修復をしないままに放置しているんだが――』

 カイルが飛ぶと言った時、王太子の部下がそう説明してくれた。
 アルフレートがいるとしたら、そこだ。
 王太子の部下に教えられた方角へ飛ぶように、ニニギに頼んで眼下に何か目印になるものがないか探してもらうが、視界は全くの白で探せそうになかった。
 そろそろ頭上を飛んでいるはずだが……

「一度、地上に降りて建物がないかさがしてみようか?」
『無理よ、一度地上に舞い降りたら飛び上がれないわ!上から探さなきゃ』
「そうか……」
『ひょっとしたら、あれじゃないかしら……。でも、確かかはわからないわ』

 ニニギが地上に目を凝らす。カイルはゴーグルをはずしたが、もちろん見えるはずもない。どうするか、と
 悩んでいるとニニギが『カイル』と名を呼んだ。

「どうした?」
『……あなた、私の意識に入ってこれない?言葉のわかる魔族なら出来ると思うわ』
「……意識の中に、入る?」
『カイルなら出来るでしょう?』

 カイルは唾をのみこんだ。

『前に、私の意識に干渉したじゃない?』

 あまり思い出したくないが、以前、カイルがハインツに襲われたとき、ニニギが助けてくれた。――ニニギが自発的に助けてくれたのだと思い込もうとしていたが、あれは……やはり、カイルがニニギの意識を操っていた、ということか。

「……あれは、俺がやったことだったのか。ニニギ、すまない」

 ハインツは嫌いだが、ニニギはハインツを慕っていた、それに、ニニギはあの時に卵を失っている。項垂れたカイルにニニギはあっけらかんと言った。

『大丈夫よ!卵はまだ何も宿っていなかったもの』
「宿っていない?」
『空っぽだったの!だから気にしないで。ハインツ坊やのことも気にしないで良いのよ。あの子はまたきっと私が恋しくて帰ってくるわ!』

 卵が空っぽとはどういうことか、とカイルは首を捻った。よくわからないが、お腹にいる卵に魂はないのよ、とニニギが当たり前のことのようにいうので、カイルはへえ、とうなずいた。ドラゴン的には、そうなのだろう。
 ハインツには帰って来てほしくないが、ニニギはそう信じているなら、そうなると良いなとニニギの耳の辺りを撫でた。

「それで。その意識の中に入るっていうのはどうするんだ……」
『簡単よ!私とあなた心をつなぐの!えいっ!って』
「――えい……?」

 前も思ったが、ニニギは無邪気でかわいいが、いろんなことにちょっと説明が足りない。
 それじゃ全然わかんねーよ!と思ったが、言ったらシュンとされそうなので、カイルは質問をしてみた。

「えいっ!のところをもう少し詳しく教えてくれないか?」
『うーん、そうねえ。昔私が乗せてた魔族は私を抱きしめて呼吸を合わせていたわ』
「こうか?」
『そう!上手ね、カイル!』

 遊戯ができた子供を褒めるような口調でニニギが喜ぶ。カイルは笑って目を閉じた。
 雪の中危ない気もするがそんな事を言っている場合ではない。カイルはニニギの首にかじりついて、息をなおも整えた。

 ――目を閉じて。
 まぶたの裏に、なにか闇のような。そして淡い光のようなものが見える。
 ――呼吸を合わせて。
 消えそうな光に追いつくように、息を細く形作って吐いていく。
 あの光を手繰って、身のうちに取り込めば良いのだ。



 ぐにゃりと。
 体が歪む気がした。――それから、まるで反動のようにぐんと体が伸びて膨張していく。
 目を開くと、普段よりも視界が明るく広い。

(――これは)
『できたじゃない!!カイルはやっぱりすごい子ね!』

 ニニギがカイルの頭の中で喜ぶ。
 カイルは唐突に理解した。これは、カイルの視界ではない。ニニギの体の中にいて、ニニギが見ているものを見ている。

 ――俺は、魔族だったんだな。本当に。

 妙な感慨を抱きながら空を旋回する。

 雪の礫も風もドラゴンの身体では強く感じない。雪の向こう、カイルはニニギの目で館を探した。――いや、それよりも、ヒロイの気配を探せないだろうか。
 カイルはヒロイの気配を思い出した。
 気性の荒いヒロイはキラキラと、どこか尖った水晶のような気配がする。


 ヒロイ、どこにいる?
 アルフレートと一緒にいるか?お前の相棒を、守ってくれているか?

 カイルは意識を集中させて探す。
 チカり、と。
 頭の中で何かが光った。いまのカイルには直感的にそれがヒロイなのだとわかる。

(降下するぜ、ニニギ!ヒロイを見つけた)
『わかったわ、あそこね!』

 横殴りに風が荒れ狂う中、ニニギとカイルはヒロイの気配の元へ舞い降りる。
 次第に雪に埋もれた屋形の輪郭が見えてきて、カイルはその館に降りた瞬間、ニニギから意識を切り離した。

「―――っぷ!人間に戻ると雪がすごいな――」
『大丈夫?』

 転がるようにニニギから飛び降りたカイルを、ドラゴンが心配そうに伺う。
 カイルは笑った。

「問題ない」

 それよりも、と館を見上げた。
 嵐であちこち壊れている、という館は確かにあちこちがその形を崩しているようだったが、雪に埋もれてよくわからない。
 ヒロイの気配はすることに安堵しながら、カイルはニニギを連れて玄関ホールに飛び込んだ。問題は、アルフレートがヒロイと一緒にいて、怪我などしていないかどうか。なのだ。
 玄関ホール扉に身を滑り込ませて吹雪が舞い込まないように慌てて扉を閉め、荷を下ろすし、テオドールから持たされた荷から松明を引っ張り出す。
 夜目がきくのが幸いして、難なく松明に灯火することが出来てカイルはなんだかおかしくて笑った。

 今まで。

 自分が半魔族に生まれたことを心底、運がないと思っていた。
 だが、ドラゴンと会話をし、意識を繋げ、こうやって、アルフレートを探しに来ることが出来た。

「なんだ。得することだって、あるじゃねえか」

 おかしいなと思って松明をかかげると『キュイ?』と聞きなれた鳴き声がした。ニニギが耳をぴょんとたて、声の方向を向く。

「ヒロイ!――ヒロイか!」

 松明をむけると、見慣れた体の大きなドラゴンがいた。

『カイル!』

 カイルをみつけるとヒロイはゆっくりと立ち上がり尾を振る。よく来たねと言わんばかりの悠然とした態度に笑ってしまう。心配したと言うのに……、ずいぶんと気楽な出迎えではないか。

「ばあか。心配したのになんだよ、お前……」

 松明をかかげて近づくと、ヒロイの後ろから人影が見えた。
 カイルは息を呑んで松明をかかげる。

「……カイル?」

 呆然としたような声がする。
 弾かれたように上げた顔の視線の先、驚いた顔のアルフレートが見えて、カイルは思わず泣きそうになった。
 大丈夫だろう、大丈夫だろうと思ってはいたものの……、顔を見ると安心する。
 カイルは松明を壁の器具にさすと肩で大きく息をした。

「カイル、お前どうしてここに……」

 近づいてくるアルフレートを見て、次に扉の側にこんもりとしている雪に視線を移した。
 しゃがみこんで雪玉をつくると――

「こんっの!馬鹿副団長!!団の責任者のくせに行方不明になるやつがあるかよ!」
「っぷ!何を――」

 アルフレートの顔面に向けて思い切り雪玉を投げつけた。

「大馬鹿アルフ!心配ばっかりかけさせやがって!!」
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