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出会い編
飛竜騎士団 5
しおりを挟む「副団長、テオドール班長がそろそろ戻ってきてほしいそうですよ」
「あと一日待てと言え」
「困ります。明日朝には団長が返ってくるから。幹部会議があるでしょう」
「テオドールに代理出席しろと伝えろ」
にべもない。カイルはため息をつくとアルフレートに近づいて書類をとりあげた。背後の執事がぎょっと無礼な若者を見る。
「何が気に入らなくて家出してるのかわかんないですけど、あんたがいないと、テオドールが困るでしょう。そのうち班長が禿げますよ」
「それは気分がいいな。あいつは、すかした顔してあの金髪が自慢なんだ。さっさと禿げろ。ほら、書類を返せ、カイル」
「それは知っていますけど……返しませんよ。団に戻ってください」
アルフレートの目が厳しくなる。
「私に、命令するな」
「命令じゃない、お願いです」
「大体あいつも自分でくればいいんだ、いちいちお前を……」
アルフレートがふと、動きを止めた。何を思ったのか立ち上がって近づいてくるので何事かと思っていると、胸元を掴まれた。襟に手を添えられる。
「アルフ?」
「カイル。これはどうした?」
指で首元をなぞられて思わず視線を泳がせてしまう。先程の男に噛まれた痕だろう。
「き、昨日女に――」
「彼女と別れたのに?」
半眼で聞かれて思わずカイルは赤面した。
「なっ……んで知って」
「色々とな。振られたって?半年間もったのは新記録だったのにな?」
「何でそこまで知っているんだよ!どうでもいいでしょうが!そんなんは!別に彼女じゃなくても……いろいろ……」
「娼婦を買うのが嫌いなお前が?」
カイルはうっと言葉に詰まった。
別に他人をとやかく言うつもりはないが、どうも人を金で買うという感覚が苦手でカイルは娼館に足を運ばない。「……言いたくない」と言うと、アルフレートはため息をついた。部屋の隅で控えていた執事に合図をして「帰る」と短く告げた。
執事が畏まりましたとアルフレートの衣服を取りに退室する。
「戻る支度をする、少し待っていろ」
「え、本当に?」
それは嬉しいが、急に気が変わった理由はなんなのか。アルフレートはカイルの髪をぐしゃぐしゃと乱すと、茶でも飲んでいろとテーブルを示した。背中を見送りながら所在なくたって待つことにする。
「座ってちょうだい。お茶は嫌い?」
「……お邪魔しています、イリーナ」
アルフレートと入れ替わりに屋敷の主である歌姫が現れた。それでは遠慮なく、と頭を下げてちょこんと椅子に座ると彼女はくすくすと笑う。
王都一の歌姫と名高い彼女はアルフレートの馴染みでもある。アルフレート曰く「別に相手は俺だけじゃないだろう」とのことだが絵にかいたような美男美女でお似合いだった。
歌の事はよくわからないカイルでさえ、彼女の歌はこの上なく甘美に聞こえるし、心に残る。そのうえ銀色の髪に青い瞳はつくりものめいていて、本当に美しい。その彼女が普段着で、しかも薄化粧で側にいるのだから柄にもなく緊張してしまう。
「とって食いやしないわっていつも言うのに。カイルはちっとも私に懐いてくれないのね?」
侍女に茶を注がせてイリーナが横に座る。カイルは固まった。ショールを羽織ってはいても、肩の出る服を着ているせいで、目のやり場に困る。歌姫の肌は白くて雪のようだ。
「アルフレートを連れて帰ってしまうから、あなたの事が本当は嫌いなんだけど」
「仕事なので、……申し訳ありません。イリーナ」
赤い唇が近づいてきてカイルは固まったまま俯く。
ほんのりといい匂いが鼻孔をくすぐり、ますますどうしていいかわからなくなる。赤くなった耳を揶揄うみたいにイリーナはつついた。
「ずるいわ。貴方、可愛いんだもの」
「……可愛くは、ないですけど……ありがとうございます」
「綺麗な赤い目ね。ルビーみたい」
「はあ」
「はい、お茶。花の香りがするのよ」
カイルはありがとうございますとカップを受け取った。
可愛い、とは女神のように美しい女性に言われると複雑になる言葉だ。
どうせならかっこいいとか言ってほしい、と思うが――絶対無理だろうなと思う。彼女の相手はアルフレートや噂によれば信奉者には王族もいると聞いた。
これだけ美しく、自分の実力で今の地位にある女性なのだ。
地位と財力があり、容姿のいい男しか眼中にないだろう。こんな風に揶揄われるのさえ幸運だと喜ぶべきかもしれない。
「テオドールは嫌な人ね」
「は?はい?」
「貴方を寄越せばアルフレートは絶対にお願いを聞いて団に戻るって、わかっているんだもの。アルフレートはどうして貴方に甘いのかしらね」
「……そんなことは」
否定しようとして彼女をみると、薄青い目が細められて、すぐそばにある。カップを落とさないようにテーブルにおいて、カイルは首を振った。
「あら?甘やかされている自覚くらいはあるでしょう?」
「……っ、それは」
イリーナは、カイルが思うより不機嫌なのかもしれなかった。アルフレートはまだ滞在する予定だったのだろうし。カイルは彼女を見つめたまま、はあ、と曖昧に頷いた。
「イリーナ、あまりこいつを苛めるな」
「あら?私より彼を選ぶの?浮気者」
「そうだな。おまえよりずっと素直で可愛い」
戻ってきたアルフレートはきっちりと服を着こんでいた。カイルはほっと息をついて立ち上がる。イリーナがつんと横顔を逸らしてカイルの腕にぶらさがった。胸が当たって、カイルは思わずイリーナを見た。妖艶な笑みを浮かべた彼女に微笑まれ、また赤面してしまう。
「だけどカイルは私のことのほうが好きみたいよ?残念ね、アルフレート。片思いだわ」
「今はな」
イリーナが挑発し、アルフレートが鼻で笑う。痴話げんかに巻き込まないでほしい。
「あ、あの……」
「ねえ、カイル。今度はアルフレートがいない時にいらして?鍵は空けておくから。アルフレートが貴方のどこを気に入っているのか、隅々まで確かめてあげる」
アルフレートは呆れた顔で二人を引き離し、行くぞと促した。屋敷を出た所で頭をなぜかポカと殴られる。
「面食い」
「……誰だって緊張するだろ!あんな美女とよくアルフは……」
うっかり卑猥な事を口にしそうになって、カイルは口ごもった。
面食いなのは、アルフレートとかテオドールとか、ついでにキースとかを見ているからだ。多分。
屋敷の前には馬車が用意されていた。アルフレートは馬車で帰るのだろう。
カイルが「では、副団長、俺は馬で――」―と言おうとしたら待て、と呼び止められた。
馬は他の人間に戻させるから馬車に同乗しろと言う。
「副団長をひとりで戻らせる気か?同乗して護衛をしろ」
「……必要ないでしょうに」
アルフレートは腕も立つ。しかし、まあ副団長を一人にするのはどうか、というアルフレートのいう事も一理あるのでカイルはその場を離れて門番に馬を託し、引き返して二頭立ての豪華な馬車に乗り込んだ。
向かい合った位置に座ろうとしたのに、手を引いて横に座らされる。引き寄せられて、また首筋に手が添えられた。ぞくりと背中にわけのわからない感覚が走ってびくりと震えた。指が、多分噛まれたであろう箇所をなぞる。
「で?誰にされた」
「……いうほどの事じゃない。ふざけあってつけただけだよ」
アルフレートはふーん、と目を細め、あろうことか、痕を上書きするみたいにがぶりとカイルの首筋を噛んだ。
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