I Still Love You

美希みなみ

文字の大きさ
上 下
34 / 59
知りたくなかった

第1話

しおりを挟む
昨夜の崎本のことも、今日からの壮一との出張も、すべてが気が重く日葵は足取り重く駅へと向かっていた。

ぼんやりと歩いていると、車のクラクションが後ろから聞こえた。
その音に振り向くと、横に静かに壮一の車が止まる。

「長谷川」
ハンドルに片手を掛け、窓から呼ぶ壮一に日葵は何とも言えず複雑な心境が覆う。

「おはようございます。チーフ」
なんとか仕事用の笑顔を張り付けると、壮一の顔をみることなく頭を下げた。
そんな日葵の様子に、小さく壮一が息を吐いたことなど日葵は知らない。

「おはよう。今日は悪いな。乗ってくれ」

「大丈夫です」

無意識に零れ落ちた自分の冷たく低い言葉に、日葵は後悔しても遅い。

チラリと壮一を伺えば、表情を変えることなく日葵をみていた。

「そんな訳に行かないだろ? 急に柚希の代わりに無理を言って行ってもらうんだから」
その言葉に日葵の心の中はザワザワと音を立てる。
本当は柚希と行きたかったのではないか? 自分とはいきたくないのではないか。
そんな子供のようなことを思ってしまった自分が情けなくなる。

グッと唇を噛んだ日葵に、壮一は静かに声を発した。

「じゃあ乗ってくれ。頼む」
私情をいれているのは自分だとは日葵もわかっていた。でも駅までなら電車でも変わらない。その気持ちも譲れなかった。

このざわつく気持ちで壮一と同じ空間にいたくなかった。

「でも、電車でもさほど変わりませんし」
その言葉に、壮一は視線を外すと大きなため息を吐いて呟いた。
「やっぱりな……」
その言葉に、日葵は運転席の壮一を見た。
「急遽、簡易的だがブースを出すことになって、昨日も遅くまでノベルティとかの確認があって、俺と柚希は車で行く予定だったんだよ」
その言葉に日葵は啞然とした。

「そうだったんですか……申し訳ありません。お手伝いもせず帰って」
崎本と食事をしていたころ、柚希はずっと仕事をしていた。
そして体調を崩したと知り、日葵は罪悪感が広がった。

そんな思いで俯いた日葵に、壮一が運転席から降りるのがわかった。


「お前の仕事じゃないだろ。気にするな」
そう言いながら、壮一は日葵のもとへと来ると、日葵から荷物を取り上げ、さっと後部座席に乗せた。

そこまでされてはもう何も言うことなどできなかった。
日葵は諦めたように、壮一の車に乗り込んだ。

しばらく無言の車内に、最近聞きなれた音楽が響く。

「悪かったな」
車が高速に入ったところで、壮一の静かな声に日葵は首を振った。

「柚希ちゃん大丈夫ですか?」

「ああ、疲労と風邪だそうだ。休養をとれば大丈夫だ」
その言葉に、日葵もホッと息を吐いた。
「よかった」

「お前には悪いことしたな。夜遅くに連絡して……あの時……」
そこまで言って、壮一が言葉を止めたのがわかった。

日葵は正直に崎本と一緒にいたと言えばいい、そう思うもなぜか言えず視線をさまよわせた。
別に悪いことをしているわけでもないし、崎本と何をしようが壮一には関係ない。

壮一にしられたくないと思ってしまった自分が嫌になりながらも、壮一の言葉を遮るように、強引に言葉を発した。

「いえ、全然大丈夫です。それより資料は?」
「ああ、後ろに」
壮一もこれ以上この話を追求する気はないようでホッとして、日葵は後ろから資料を手に取り目を通した。


「本当に完璧な資料」
零れ落ちるように言った日葵の言葉に、壮一は小さく息を吐いた。

「そうか。ならよかった」
ホッとした様子に、日葵は意外そうに壮一をみた。
「いつも完ぺきじゃないですか。そんな安心したようなチーフは意外です」

少しだけ笑みを浮かべてしまった日葵は、ハッとして表情を元に戻した。

「昔も今も必死だよ」
「え?」
その言葉に驚いて、視線をまっすぐ前に向けた壮一の横顔を日葵は見た。

「今だから言えるけど、あの完璧な両親たちの息子ってきつかったよ。だから遅くまで勉強してたし、今も社長の期待に応えるのに必死だ」
初めて聞く壮一の言葉に、日葵はポカンと口が開いたままになっていた。

「日葵、バカみたいに口開いてるぞ」
クスリと笑って髪をかき上げた壮一に、日葵はハッとして前を向いた。

「そんなこと知らなかった」
「日葵には隠していたからな」
「どうして?」
敬語も忘れ日葵が壮一に問いかけると、一瞬考えるように首を傾けた。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...