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128、愛ゆえに喰らいあう正義と破壊
しおりを挟むもはや開き直ったとも取れる伝言に、俺たち三人は開いた口が塞がらないまま、使用人の女の子が申し訳なさそうに続ける話をただただ呆然と聞いていた。
そうして得られた話では、昨日ルイさんにずっとつき従っていたデビットさんもルイさんに付きっきりなので、当分の間会えないだろうことを伝えてほしいとのことだった。そのうえで女の子はデビットさんからあるものを託されたらしく、おずおずと俺たちの前に差し出してきた。
「これは……?」
「デビットさんは永らくルイ様に仕えておりました。だからルイ様がどんな事をなされるのか、一番わかっているのだと思います」
そう彼女は言い終わると、頭を静かに下げ何故かそしらぬフリで玄関口を開けたまま、俺たちの前から去っていく。
そんな不可思議な様子に俺も急いで手紙を開けて内容を確認すると、そこには一言『夜迄には帰られるように』とだけ書かれていた。
「夜迄には帰れ……ね。これってどういう意味だと思う?」
「そうねえ……この手紙だけでは全く意味をなさないけれど、今のこの状況と合わせて考えれば、ねぇ? ウェダくん」
「そうだねえ、僕達全員同じ考えなんじゃないかなぁ?」
二人も俺と同じ考えらしく、顔を見合わせ大きく頷くと、それぞれやるべき事をするべくキャルヴァンとウェダルフは一緒に屋敷の中へ、俺は一人庭へとそれぞれ目的を果たす為に向かっていくのだった。
**********************
二人と分かれて屋敷の裏へと向かった俺は、未だ冬のままの姿を保った庭が気になり奥へと進むが、人影は見当たらずあたりを見渡すと屋敷より離れた場所にある建物に気がつく。
それは所謂温室というものなのだろう、日本の一戸建てぐらいの広さがある建物に俺は興味津々で近き、質素な扉の前で誰かいないかと声をかける。
「ご、ごめんくださーい! どなたかいませんかぁー?」
耳を澄ませるつもりで時々、無意識に能力を使ってしまうクセが付いてしまった俺は、この時も半分癖みたいな感覚で能力を使っていたが、あたりは草木の囁きの如く爽やかな音と、原始種属達のざわめきのみで人がいる様子がなかった。
そう判断をした俺はしょうがないと思いながらも気になって仕方がないため、恐る恐る扉に手を伸ばしノブを回そうとした時だった。
「誰の許可を得て入ろうとしている? 何故部外者がこんな所で彷徨っている?」
直前まで気配……いや“音”すら感じさせなかった、大地までも響かせそうなくらい低い声の男性は、俺に気付かれることなくすぐ真後ろまで迫り、そして声をかけてきた。
「ッ………!! す、すみません勝手にお邪魔して……ええっと俺は別に怪しいものじゃあ………」
いや余計怪しいわっ! と自分自身思いはしたが、いざこんな場面に出会すと出てくる言葉は相当陳腐になるものだな、とへんに感心してしまい苦笑い浮かべる。
そんな俺をやはり信用できないのか、未だ警戒を解くことない背後の男性だったが、突如何かに納得したかのように、あぁ……と何事かを呟いたあと興味が逸れたかのように俺から離れていく。
「え……えぇぇ? ちょ、ちょっと待ってください! えーといいんですか? こう、見るからに不審者を放っておいて………」
あまりの無関心さに思わず後ろを振り向き、先程の男性を見やると、そこに立っていたのは俺を遥かに超える背と、大木のようなガタイの良い大男で、その気配に圧され後ずさるが、ここで引くわけにはいかない気がして男性の前へと進みでてその足を止める。
「……………どうせデビットの差し金だろう? あいつはいつだってそうだ。…………一番ルイ様の側にいながらいつだって……」
男性の目には深い慈悲と、ほんの少しだけ苛立ちが混じった感情が見えたが、それも一瞬で俺を押し退け自身の仕事に戻る。
その後は何を問いかけても答えることなく俺は諦めてその場を後にするのだった。
そうしてキャルヴァン達のいる屋敷の中へと入った俺は、先程の事があった為、びくつきながら他の使用人たちに声を掛けるが、あの庭にいた男性にように邪険にされる事なくルイさんについてや、屋敷の使用人たちの内情を知れた俺は、夕方になる頃には屋敷を離れて宿へと戻り、同じタイミングでキャルヴァン達も戻ってくるのを見計らい、俺達三人は夕飯の前に見聞きした話をまとめる為部屋に篭ることとなった。
「さて……とんだ番狂せだったけど、俺と別れた後二人は屋敷の中では一緒に行動していたのか?」
「いくら招かれたとはいえウェダちゃんだけじゃお話聞くの難しいかと思って最初は一緒に行動してたのだけど……」
「僕とキャルヴァンさん別々の方がお話が聞けそうだったからキャルヴァンさんが迎えに来てくれるまでお姉さん達とお話ししてたんだ!」
成る程……ウェダルフの純真さは将来女たらしとして進化を遂げる可能性がある……と。こりゃエイナ大変だなぁー。
なんて、そんなどうでも良いことを頭の片隅で考えながら二人の話を聞くに、今ルイさんについて使用人達の間では二つの考えに分かれており、それぞれ反発しあっているとの事だった。
一つはルイさんの為に無理を強いてでも吸血行為をしてもらおうというデビットさん支持の勢力と、もう一つは本人の意思を尊重して本人が望むまでは吸血行為を強いてはならないという、俺が庭で出会ったあの不思議な男性で、昔から庭師をしているタヴォットさん支持の勢力とで分かれているのだという。
「正直なところ、それぞれがルイさんを思っての事だからお互いが引くに引けない状態みたい。ウェダ君が言うにはその中立の立場である使用人達もいるにはいるらしいけれど……」
「そうなんだよ~……後でこそっと教えてくれたお姉さんによると、その事を言っちゃうとルイさんに対して無関心とか、薄情者って言われちゃうからってあんまり大きな声では言えないみたい」
なるほど……これは面倒な事態になったな。
往々にしてこういった正しさがぶつかり合ってしまう事態というのは混迷を極めやすい。
正しいというのは言ってしまえば結果論でしかないのだ。物事が片付いて俯瞰で見た時に、やっとどれが正しかったと判断できるものであって、過ぎ去ってしまうまではどれも正しいまま、お互いを潰しあってしまう。
そうして残った正しさは当初あった物事自体を破壊し、最後に残るのはどちらも望まなかった結果のみで虚しい。
「……だからお婆さんは俺達にルイさんの事を頼んだんだな。言ってしまえば俺達が望まれているのは打開ではなく破壊………という事だろう」
普段の俺だったら仲裁が真っ先に思い付くしそれが一番平和的でいいのだろう。だけど今回ばかりはそれも望めそうにないのは先程の結論を鑑みれば一目瞭然だ。
そう思い至った俺と同じなのか、二人も静かに頷き合い再び深い沈黙が訪れる。
状況はわかった。そしてその為に俺達がするべき事も。だがそれに気付いた所で一体全体何をすれば良いのか、その結論が出てこなかった。
いや、出てこないは少し違うな。正しくは“全てを破壊”する手は思いついても”綺麗に破壊“する手が思いつかないことが問題だった。
全てを壊すだけなら簡単なのだ。お互いのヘイトを最大限まで俺たちが煽り立てて、壊れるまでやらせてしまえばい良いのだから。
でもそれでは意味がない。
ここで望まれる破壊というのは滞っている流れを、俺達が多少強引にでも原因を壊して滞っていた流れをきれいにするための“破壊”がいま求められている。
「もう一度明日……私とウェダ君でルイさんのお家を訪ねてみるわ。何をするにも使用人の人たちの協力が必要だと思うもの」
「そうだね。仲良くするのはいいと思うな! だって誰でもケンカしたくてしてるわけじゃないもんね」
確かに二人のいう通りで、今回の事に関しては事を大きく動かしやすい俺が屋敷の中でうろつくよりも、柔和で受け入れやすい二人が動くほうが今後を考えてもプラスに働きやすい。そんな結果の答えなのだろう。
じゃあ俺がするべきことは………。
「そうだな、俺は今回の事を知っていて俺に振ってきた相手、サラさんの所に行ってなにか知っていることがないか聞いて来ようと思う」
俺の決断に二人はなぜだか嬉しそうに笑みを浮かべて、明日の段取りや現状について細かく話し合い、この日は終えるのだった。
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