上 下
123 / 163

122、仮拠点と不穏な噂

しおりを挟む





 一時間ほどでフィーロさんの手伝いを済ませた後、すっかり心を開いてくれた彼女の話によって村の端にあったあの山が、なんだったのか知ることが出来た俺は、確認する気さえ失せた複雑な心境のままウェダルフ達のところへ戻ると、この日は早々に村を離れてフィーロさんが教えてくれたモンスター避けが施されている監察達の仮拠点まで急ぎ気味で向かうこととなった。

 「結局あの山は村を襲ってきたモンスターの死骸だったけど、さすがエルフって感じだったよ。襲ってきたとはいえ捌けそうなら自分たちの食料にしたりするから、あの山は腐ってたり食べられない部位みたいであの後すぐ燃やすって言ってたよ」

 ウェダルフがいるとはいえ話を聞くため待って貰った手前、説明しないわけにもいかなかったので、俺はある真実——村の被害状況とその埋葬方法——を隠したまま、そう説明するとウェダルフは複雑そうな顔で俺の手を握っていた。
 勿論キャルヴァンにはそれもお見通しだったようで、俺の顔を見るなり目を伏せて死を悼んでいる様子だった。

 「何しろヒナタに何事もなかったから良かったけれど、村での様子を聞くかぎり個別行動は避けた方がいいわ。その女性の話ではこの先の道では監察の加護は望めないのでしょう?」

  キャルヴァンの心配はもっともで、何しろここまでモンスターに出会すことなくここまでこれたのも監察の加護あってのことだったのだが、フィーロさん曰くフェブル国はマウォル国と比べると状況が違うらしい。
 それというのもフェブル国のモンスターはマウォル国に比べると段違いに強く、またリンリア教会があるアプロダの国からも地理的に遠いため、普段から限られた監察しかこの国に訪れることがなかったそうだ。そのためこの国に住む村々も、監察よりも魔属のギルドを頼ることが多く、先ほどの村のように少ない監察で応援を待つ状況が続いているとのことだったが、土地勘がない監察ばかりでそれも村人達が苛立ちを募らせる要因になっていた。

 「今日はひとまず監察達が仮拠点として残したままの場所があるらしいからそこで一夜を過ごすとして……この先が問題だな。ここからウィスまでの距離なんだけど、前は一週間近くかかった覚えがあるから、単純に考えても後六日間野宿する場所を見つけないといけない」

 「それについてなんだけど、エイナに案内された月食いが生い茂ってた林のこと覚えてる?」

 ウェダルフが俺を見上げ尋ねてくるので、勿論覚えているという意味で肯くと、安心したように話を続ける。

 「ヒナタにぃがくる前にエイナから僕聞いたんだけど、あの森って実は一つだけじゃなくてシュンコウ大陸にも色々なところにあるんだって。だから野宿に困ったらそこを早めに見つけて森の真ん中で一夜過ごすのがいいって……そう言ってたの」

 なる程……それは確かに盲点だった。が、生憎ここには様々な植物に詳しいサリッチはおらず、またあの林は夜以外はなんの変哲もない林で、見分ける方法はさしてなかったように思うが。

 「いい案だとは思うけど、今の俺たちじゃどの林が月食いでどの林がなんの変哲もない林かどうか見分けがつかないよな?」

 「確かに僕たちだけじゃ無理だと思う……。けどヒナタにぃも僕も…そしてキャルヴァンさんも“彼ら”は見えるわけだし、意思疎通はできるんじゃないかな?」

 「………あぁ、そういうことねウェダちゃん。つまり私たち以外の人……いいえ原始種属の力を借りれば見つけられるって、そう言いたいのよね?」

 言われてみればそうだった。俺もウェダルフもキャルヴァンに至っては精霊で、上空から探すことも可能だったことに気づき辺りを見渡すとちょうどよく風にそよぐ原始種属が遠くにいることに気がつき、キャルヴァンを見やる。

 「えぇ……ちょっとあの人に話しかけてみるから2人はここでちょっと待っててね」

 「2人ともありがとう。キャルヴァンの方は出来たらでいいから月食いがこの国にどのくらいあるか聞いてもらえると助かる」

 「僕もお母さんにお願いして後どのくらいで野宿先に着くか確認してもらうね!」

 そう言って何言か喋ったあと、ファンテーヌさんは空高くまで浮かんでゆき見えなくなるのを確認した。
 そんな安堵感からウェダルフのおかげでなんとかなりそうだと一息ついた時だった。鋭い気配が真後ろから音もないまま左後ろに移動した気がして、俺はとっさにウェダルフを庇うように弓を構える。

 「……ウェダルフ、そのまま動かずしゃがんでいてくれ。何かがいる」

 「う、うん………」

 緊張が走り、俺は神の能力である耳を使ってあたりを警戒するが、獰猛なモンスターらしい音は聞こえずその代わり聞いたこともないシャンシャンという音が、先ほどの方向から聞こえてきた。

 「モンスターじゃないみたいだけど、万が一襲われたらウェダルフはなりふり構わず仮拠点まで逃げる事を考えろ。俺は気にしなくていいからな……」

 殺気はないからといって油断はできない状況のまま、ただひたすらに弓を構えていたが内心このままどこかへ逃げてくれるのを願っていた。
 そんな俺の内心を知ってか知らずか、先程まで感じていた気配が気を抜いた訳でもないのにふっと消え、シャンシャンという音も風に紛れるかのようにどこかへかき消され、俺はどっと詰めていた息を吐き出す。

 「……ヒナタにぃ大丈夫? もういなくなった?」

 「そう……みたいだ。ごめんな、怖かっただろ?」

 未だにあの時の恐怖を乗り越えられていない事をウェダルフに悟られまいと、震える手を抑えつつウェダルフに手を差し伸べるとウェダルフも大人しくその手をとり立ち上がりあたりを見渡していた。

 「あ、お母さん戻ってきたみたい! どうだった?」

 『この道をまっすぐ後2時間も歩けば着くと思うわ。……それよりも何かあった? 2人ともなんだか顔が青いわ』

 「ううん? 何もなかったよ!」

 何もなかったかのように振る舞うウェダルフだったが、不安そうにファンテーヌさんが俺に目線を送り何かを考える仕草を見せたが、深く追求する事なくならよかったわ、と一言のみに済ませ何事もなかったかのように2人は楽しそうに会話をするのを、俺も適度に関わりながらキャルヴァンを待つのだった。



✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



 「それで聞いてきた話しをまとめると、ウィスの街に行くまでの間には確かに幾つか月食いが生息する場所があるみたい。だけどそのひとが言うにはあまりお勧めはしないとも言われたわ。なんでもタイミングによっては危険だとかなんとか………」

 「危険って……どんなタイミングの時が危険なのか全くわからないんだけど…………」

それはキャルヴァンも同じだったのだろう、困り顔で首を横に振ってそれ以上聞けなかったことを伝えると、隣で大人しく聞いていたウェダルフも口を噤みファンテーヌさんを見上げるが、何も知らないのか眉根をただ下げるのみで答える様子がない。
 
 「ただ一つ気になるのはエイナちゃん達が今まで無事だったことなのよね。ウェダくんに勧めるくらいだから何も知らなかったのだと思うけれど……」

 言われてみれば確かにそうだ。
 警戒心の強いエイナ達が何某かの危険が潜んでいる場所をウェダルフに勧めるはずもないし、第一何かあったとするならもっとその情報が広まっていてもおかしくはないはずだ。
 それに比べてここら辺のモンスターについては以前軽くアルグに教えてもらったことがあり、それによると昼間行動しているモンスターと夜間行動しているモンスターとでは大きな違いがあるらしい。
 
 だいぶ前の記憶ではあったが、俺が弓を習い始めたころにいわれた言葉なので今でもよく覚えており、昼間行動しているモンスターは大抵が場所移動か、もしくは日陰や水場のある狩場などを探しているのが主らしく、昼に狩りを行うことは滅多にないらしい。
 というのも肉食モンスターの多くは厚い毛と肌で覆われており、刃や牙を通さない頑丈なやつらも多いのだが、その弱点として暑さに弱く、また分厚い毛のせいで熱を逃がしにくいとのことで、太陽の下では長距離の移動や激しい運動はすぐにばててしまうのだ。
 なので肉食モンスターの本領は昼ではなく、夜であり夜の移動は極力避けるよう、あの頃口酸っぱくいわれたのを思い出して少し苦笑いを浮かべてしまう。

 「そうだな………原始種属の情報は無視できるものじゃないけどその危険というのも滅多に起こるものじゃない。それはエイナ達の様子からして明白だし、なりより避けなければいけないのは夜通し歩く事や火のの確保ができないことだろう。これらのデメリットを考えても月喰いがある場所を野宿場所にしてもいいんじゃないかと俺は思うんだけど二人はどうだ?」

 俺の出した結論に二人も納得したように肯くと、今日の野宿場所である仮拠点まで急いで向かうのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

転生させて貰ったけど…これやりたかった事…だっけ?

N
ファンタジー
目が覚めたら…目の前には白い球が、、 生まれる世界が間違っていたって⁇ 自分が好きだった漫画の中のような世界に転生出来るって⁈ 嬉しいけど…これは一旦落ち着いてチートを勝ち取って最高に楽しい人生勝ち組にならねば!! そう意気込んで転生したものの、気がついたら……… 大切な人生の相棒との出会いや沢山の人との出会い! そして転生した本当の理由はいつ分かるのか…!! ーーーーーーーーーーーーーー ※誤字・脱字多いかもしれません💦  (教えて頂けたらめっちゃ助かります…) ※自分自身が句読点・改行多めが好きなのでそうしています、読みにくかったらすみません

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

Lunaire
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

あの、神様、普通の家庭に転生させてって言いましたよね?なんか、森にいるんですけど.......。

▽空
ファンタジー
テンプレのトラックバーンで転生したよ...... どうしようΣ( ̄□ ̄;) とりあえず、今世を楽しんでやる~!!!!!!!!! R指定は念のためです。 マイペースに更新していきます。

だってお義姉様が

砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。 ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると…… 他サイトでも掲載中。

才能は流星魔法

神無月 紅
ファンタジー
東北の田舎に住んでいる遠藤井尾は、事故によって気が付けばどこまでも広がる空間の中にいた。 そこには巨大な水晶があり、その水晶に触れると井尾の持つ流星魔法の才能が目覚めることになる。 流星魔法の才能が目覚めると、井尾は即座に異世界に転移させられてしまう。 ただし、そこは街中ではなく誰も人のいない山の中。 井尾はそこで生き延びるべく奮闘する。 山から降りるため、まずはゴブリンから逃げ回りながら人の住む街や道を探すべく頂上付近まで到達したとき、そこで見たのは地上を移動するゴブリンの軍勢。 井尾はそんなゴブリンの軍勢に向かって流星魔法を使うのだった。 二日に一度、18時に更新します。 カクヨムにも同時投稿しています。

処理中です...