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107、俺の利用価値と脱出計画

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 突然現れたハーセルフという少女はごく自然にそれが当たり前かのように従え、嬉しそうな様子でエイナのそばへ駆け寄る。俺たちは腰が引けつつもなんと聞いたらいいのか逡巡させるが、恐怖からか声が出ない。

 「エ……エイナ。その子の側で大人しくしているそれは……以前君たちから聞いたモンスターの仲間かな?」

 モンスターを驚かせない様に恐る恐る声をかけるレイングさんの声は震えていたが、それも仕方がないだろう。俺だってこのモンスターの前では恐怖から身動ぎ一つ出来やしない。

 「この子の名前はオウセちゃん~! 僕の大親友でおいかけっこではライバルなんだ~! 名前で呼ぶと嬉しいみたいだからぜひ呼んであげてね!」

 「そ、そうか。それだなんてレディに失礼な言い方をしてすまなかった。許して欲しい」

 レイングさんの言葉に気を直したのか、ふんと鼻を鳴らし警戒を解いたオウセは、誰に言われたでもなくその大きな躯体をハーセルフの側で伏せて、ゆるりと広間を見渡すと興味なさげに目を閉じ顔を傾ける。

 オウセという名のモンスターは地球で言うと狼のような見た目をしたでも俺が知っている狼よりも一回りか二回り大きな体をしている。毛色は薄茶にも灰色にも見えるふわふわとした毛並みは、呼吸に合わせて揺れてるが愛らしくも思えるが、どこかでまだ俺の心はたじろんでいる感覚がした。

 「それで本題だが、オウセとハーセルフがなぜ今頃現れたのかについて話していくが、その前に軽く自己紹介をさせてくれ。まずハーセルフ。こいつはウェダルフよりも幼くて背も小さいが、地頭の良さと機転は灰色の兄弟の中でも一目置かれている。そして何よりこいつの能力はモンスターとの交流で、オウセもハーセルフが群れにはぐれて死にかけていた所を発見したんだ。以来こいつらは兄弟のように西大陸全土を”おいかけっこ”しながら育った……といえばもうわかるだろ?」

 西大陸全土って……つまりシュンコウ大陸とカカ大陸をどうやってか知らないが渡り歩いたってことか?!
 いくら獣人の身体能力が高くたってこんな小学校低学年ぐらいの子がやるにはあまりに無茶無謀で俺は思わず半笑いでエイナに聞き返してしまう。

 「………冗談だろう?」

 「俺も最初はそう思ったんだけどな……ハーセルフ、今日の土産はなんだ?」

 エイナがそういってハーセルフに手を差し出すと彼女はこれまた嬉しそうに目を輝かせ、ズボンのポッケに閉まっていたものを出し薄桃色の小さな花をみた俺とセズは思わず声をあげ驚いてしまう。

 「エッ、エイナさんそれは……!! もしかしなくともその手にあるのは私の桜の花では?!」

 「いやいやいや!! そんなのどうやって取ってるんだよ?! だってここからセズの桜があるところまで短く見積もっても2週間は掛かるんだぞ?! 空とか超特急で海を泳いでこれないと無理………ってまさか」

 「そうだ。こいつの能力はモンスターとの交流、つまり会話は勿論のこと、こいつが交渉すれば空を飛ぶモンスターだって力を貸してくれる。それを物心ついた頃やってるから地頭と機転が利くんだ。まぁおいかけっこというには色々規格外すぎるがな」

 所謂天才というやつなのだろうか? 天真爛漫に見えて交渉が得意とか、灰色の兄弟のブレーンを名乗っていたエゼルは内心面白くなく感じていてもおかしくは無いのでは? と思ったが、ハーセルフと灰色の兄弟とのやりとりを見る限りは……成る程、彼女の性格上欺瞞や嘘というのは得意じゃなさそうだ。つまり腹黒くないので嘘にはめっぽう弱い。

 「これでハーセルフについてわかったかと思うが、これらの能力を使い俺たちが始める仕事それは……」

 そこまで言って言葉を区切ったエイナに俺たちも生つばを飲んで次の言葉を待つ。これだけ凄い能力を有した子供達なのだ、そりゃあ仕事の内容だってビックに違いあるまい!

 「手紙をメインに西大陸中どこに居ても素早く届ける配達業だ!」

 「はっ!! は………? 配達業って商人達が移動ついでに手紙とか届け物を預かって旅してるあの配達業?」

 妄想が過ぎてしまったのだろう俺は、既にこの世界でもある仕事で少しガッカリしてしまう。……いや、それは違うな。ガッカリだなんて頑張っている彼らに失礼だし何より勝手に期待してしまった自分が恥ずかしい。ただ……それでは一つ問題がある。

  「……流石のヒナタも気付いたみたいだな。そうだ、現在商人達がやっている内容ままでは俺たちがどう頑張っても分が悪いし、見向きもされないだろうな。だけど……これからは違う。俺たちがエルフや世界を変えてやるんだ!」

 そう息巻くエイナだったが、今ひとつ掴めないままの俺達にレイングさんとティーナさんが詳しい説明をすべく身体をこちらに向ける。

 「ヒナタは旅してるから分かっているとは思うけれど、俺たち商人が安全に旅が出来るのは、各国の中心街に存在している魔属のギルドが有料で護衛をしてくれているからなんだ。つまり彼ら魔属が居なければ俺たち商人は旅する事すら命がけになってしまう」

  この話はかつてアルグから旅の合間に聞いた事があったが、この西大陸を端から端まで旅してきた今、旅がどんなに危険かは心得ているつもりだ。俺だってアルグがいなかったら今こうして生きては来れなかったと思うし、もっと心も荒んでいたのかもしれない。

 「確かに今までは商人達のやり方でも良かったと思うし、それ以外の方法では手紙や荷物のやりとりは出来なかったんだ。いや、正しく言えば魔属に頼めば配達も出来るが、その分だけ料金は高くつくし、しかも大方貴族や国の根幹に関わるような者達が独占していて一般庶民や商人には使えない、かな?」

 「魔属の配達は早いからどうしても、ね。それで話を戻すけれど商人達の配達にはデメリットもあり、場所にも寄るけれど手紙が相手に届くのが早くて十日程、大荷物を抱えた行商人だと二、三週間と遠ければ遠いほど掛かってしまうの」

 それで最初にハーセルフが言っていた“追いかけっこ”に繋がるのか。魔属と同等の配達スピードでしかも一般市民にも手が出やすい値段となれば、そこにどんな差別意識が働いてもエイナ達の利益や価値を無視できる商売人はまずいないだろう。
 それに、だ。エイナ達をサポートしていたのは何でもない若者を中心とした商人達の組織ソニムラガルオ連盟で、レイングさん達が最初の仕事になるのは間違いない。
 
 「その隙を突いた仕事なのは分かったけど、配達にはモンスターを使うんだよな? 確か人に慣らされた大人しいモンスターが荷台を付けて旅してる所は見かけたけど、正直オウカみたいな人と争ってるようなモンスターだとまともに届けられるかどうかも……」

 見たところ他のモンスターと区別するためのものを着けられていないオウカで配達に行ったとしても、他の村や街の人達は襲撃としか思わないだろう。その事に付け加えて先程から気になっていた点がある。

 「それにさっきからずっと気になっていたんだが直ぐにでも仕事が始められるって割には服装とかもそんなに変わってないみたいだけど制服とかがあるのか?」

 店を出すというからには店舗は用意できたのだろうが、以前と殆ど変わらない服装というのは、制服が有ったとしてもエルフを遠ざける理由になったりはしないのだろうかと心配になるが、それはレイングさん達も同じ様だったらしく少し顔色を濁らせる。

 「やっぱり、ヒナタもそう思うだろう? モンスターに関しては慣れるまではハーセルフや変身が出来る子が同伴、慣れてきたら彼等の体の一部に布を巻くなどの方向で話は纏まったんだが、問題は服装……もっと言ったら制服などは必要ないとエイナが聞く耳を持たなくて、我々もどうしたものか悩んでいたんだよ」
 
 「当たり前だ。ただでさえ良い土地を随分と融通して普通より安く借りられるようにしてもらったのに、制服もだなんて甘えたら灰色の兄弟の名折れだ! 服なんぞ後回しでいい!!」

 「なるほど……エイナらしいっちゃあらしいけど、そうは言っても第一印象とか、清潔感っていうのはやっぱり大事だと思うぞ? 増してやエルフはエイナ達に厳しい目を向けてるんだ。どんなに優れていても見た目で断られるなんて事態、勿体無いと……」

  そこまで言ってはたと気付き俺は部屋の隅に置かれた大荷物の中を漁り、手ぬぐいの様な薄い布に包まれたそれをエイナの前に置き広げて見せる。

 「ついさっき思い出したんだけどこれがあったんだ~。結構重たいしかさばって仕方がないけど良い品っぽいし、出店祝いって事でエイナ達灰色の兄弟の服とかに出来ないか? まぁ貰いものでお祝いってのも申し訳ないけど……」

 以前ユノ国で貰った反物を思い出せてよかった。これさえあれば後は型を取って縫い合わせるだけの金額で済むし、なりより感謝の印である反物を、お金に変えるというのはどうにも気が引けて売るに売れなかったのだ。

 「俺達はもうヒナタから感謝してもしきれないほど世話になった。出店祝いとはいえこれ以上なにかを受け取るわけには」

 「じゃあ今後の取引も考えて前払い料金を含んだ品物、なら受け取れるか?」

  「いや……ヒナタとは取引なしでも依頼は受けるから気にしないでくれ」

 俺の提案にも揺らぐ事のない意思の固いエイナを後一押しすべく、先程の騒動で目が覚めていたウェダルフにアイコンタクトでフォローをお願いするとウェダルフも心得たとばかりに立ち上がりエイナを説得にかかる。

 「どうしてもダメなのエイナ? 僕エイナが制服着て働く姿楽しみにしてたのに残念だな……」

 「そ、そう言われてもお、俺は受けとらねぇぞ! 絶対に!!」

 「どーーしても? ぜっったいに? 友達としてお願いしても?」

 ウェダルフの友達発言に複雑な表情を浮かべ、うぐっという呻き声を小さく漏らす。そりゃ好きな相手からの友達宣言は地味に効いちゃうよな。嬉しい反面胸が恋で痛むって……思考が逸れてしまった。
 兎にも角にもウェダルフの言葉に意思が揺らぎ始めたエイナを逃すまいと俺は最後の一押しとばかりに言葉をかける。

 「そうだぞエイナ! この品物はなにも俺だけじゃない。ウェダルフやセズの気持ちもこもっているんだ。友達のよしみで受け取ってくれ、な?」

 なにこの説得の言葉。まるで悪徳業者の押し売りみたいでちょっといやだな……。100%善意が時には悪意になる、そんな典型的な例を見た様な気持ちになりつつ、俺達はエイナを見つめ次の言葉を待つ。

 「~~~っっ!!! あーーーっもう、受け取る! 有り難く使わせて頂くからそんなに見つめんなっ!!!」

 「ありがとう、エイナ! じゃあ早速ですがレイングさん。この反物を使って灰色の兄弟全員の制服作成をお願いしても良いでしょうか?」

 「ん、あ、あぁ勿論お受けするが……ただここにある分だけでは全員は難しいだろうな。………ちなみに何だがヒナタ。この反物は一体どういう経緯で貰ったんだい?」

 少し驚いた様子のレイングさんは何故かそんな事を聞き、意図が掴めないまま俺はユノ国での騒動を掻い摘んで話し、そのお礼で貰った事を伝えると彼は納得がいったかの様になるほど、と呟き人差し指を口に添え黙り込んでしまう。……なんだ?

 「ヒナタ……それにエイナ。頂いて早々悪いんだが俺の提案としてはこれを売った元手に制服を作るのが賢明だと考えているんだが、どうだろうか?」

 「俺としてはもうエイナに譲ったものなので好きにして頂いて構わないですが……これってもしかして相当………?」

 何となく事態を把握した俺は内心冷や汗をかきながらレイングさんに尋ねるとレイングさんは神妙な顔つきで頷き俺を見つめる。




 「これは市場でも滅多に出回らない幻の一品で、エイナ達の制服にしたら寧ろ命が狙われる危険性すらある。そのぐらい相当高い品物だよ、ヒナタ」

 謀ったなーーーーーーーーーーーーーー!!!!! ソルブッッ!!!
 なんちゅうもん俺に差し出しちゃうの、もうっ!!!!!
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