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105、誇り高き獣たちの讃歌

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 俺は目を閉じゆったりとした気持ちで彼らの心の声に耳を傾ける。やわらかな風の音と共に聞こえる大地や空を駆ける獣たちの息遣いは、言葉にならないまま咆哮をあげ、自由を謳っているように楽しそうだ。きっと彼らの心はこの地下から遠く離れたまだ見ぬ地へ向かって、今走り出しているのだろう――



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 「……そのエイナのお願いは、灰色の兄弟全員が話し合って決めたことなのか? ちゃんと全員の意思で決めたことか……疑うみたいですまないが教えてほしい」

 エイナたち一部の人間出来決めたことなら申し訳ないが賛成出来ない。なにせ俺がしたことが全員にとって是とも限らないし、事態を全て把握しきれていない幼い子にとっては俺は生活を引っ掻き回した張本人でしかない。

 「それはッ!! ………エイナ?」

 俺の言葉にとっさに反応したレイングさんを制止する所作一つで言葉を遮ぎったエイナは俺を真正面に真顔で見据えたかと思え ば、次の瞬間今まで見たこともない笑顔で笑い出した。

 「ふは、はははは!! ……ヒナタお前って予想を裏切らないというか、寧ろお人よしが増したというか!!! まぁ、お前がそんなんだから俺達も変わろうとおもえたんだよな……。勿論、今回の話は灰色の兄弟全員で何回も話し合った結果のことだし全員が納得して決めた。これでいいか?」

 「………うん、ありがとうエイナ。みんなで決めたならいいんだ。今まで通りの灰色の兄弟ならさ!」

 「何言ってんだ、ヒナタ? 俺たちは自身の牙や爪に灰色の誇りを誓った獣人だぞ! お前が心配することなんて起こり得ない、だろ!?」

 エイナの号令と共に猛き声を上げる灰色の兄弟達の声がこの地下中に響き俺の、俺たちの鼓動を強く震わせこれから訪れるであろう彼らの自由に想いを馳せる。
 そんな感動の最中、俺は彼らの咆哮に混じって聞こえる風の音に気がつき目を閉じ意識を集中する。それは最初柔らかい風の音の音と草木を踏みしめ低く唸るような獣の息遣いのみで、この地下深い場所で風は吹くわけもなくましてや爽やかに薫る大地なんてあるはずもない。
  だのにもかかわらず到底地下にいるとは思えないほど自然豊かな音が俺を包み、次第に自分が今の今まで居た場所が分からないくらい辺りの音や匂いそして雰囲気までもが変わり、おかしなことに俺は自分が目を閉じているのか開けているのかすら分からなくなってしまう。そう俺は目を閉じているはずだった。

 「……なんだ、これ? どうなってんだ??」

 俺は素直に疑問を声に出すが応えてくれる声はない。それもそうだ。なにせ俺がいる場所は地下ではなく夕空が広がる果てない大地で、しかも目の前には野を駆けまわる灰色の兄弟と、モンスターが楽しそうに俺の体をすり抜け通けていく……現実ではあり得ない世界だ。

 『ここは……彼ら灰色の兄弟の心の中、心象世界といえば分かりよいでしょうか?』

 誰も答えないと思っていた言葉に返事がワンテンポ遅く帰ってきた事に俺は驚きのあまりその場に突っ伏しどこかにいる声の主を探すが、その人は何処にもいない。

 「フルルージュ……か? 声だけで姿が見えないけど、どこに隠れてるんだよ」

 『隠れてなどいませんよ。先ほどもお伝えした通りこの世界は心と記憶で出来ているのです。その中に私が存在しては可笑しいとはおもいませんか?』

 「妙に説得力のある言葉を使うけど……その理屈で言ったらなんで俺は彼らの心象世界? に入ることが出来たんだよ? てかそもそも心象世界って抽象的過ぎてもやっとするんだけど?」

 俺の言葉に対して暫し沈黙で返すフルルージュだったが、さぞ説明が面倒だったのだろう、わざとらしいくらい
のため息をついた後言葉を続ける。

 『心象世界とはヒナタの能力である【世界を正しく見る目の能力】と【囁き言を聞く聴覚能力】この二つの能力を使い発揮された、とここまで言えば何故ヒナタがいるのか理解していただけるかと思いますが正直な所、聴覚能力に関しては未だ上手く扱えていないのに、こんな高度な応用が出来るとは思いも依らなかったです。きっかけはやはり……彼らの言葉、ですか?』

 「色々聞き捨てがたい事を言われたけど……なにきっかけか、なんて俺にも分からないよ。ただ……俺のしてきた一日一善ってこれでいいのかも? とは思えるようになったのは確かかな。まぁ人に肯定されただけで気が楽になるのもお手軽過ぎて嫌だけどな!」

 でも彼らの言葉のおかげで俺のしたい事、一日一善の真意ないし意義に気づかせてくれたのも本当で、ただそれだけで良かったのかもしれないと俺はこのひどく自由な世界で大きく伸びをする。

 「あーあ……俺って本当に単純な男だよなぁ!! この世界を見たらもうそれだけでなんだか世界がよくなる気がしてるんだもんなぁ~!!」

 『それで……それでいいのですヒナタという人は。世界を複雑に見るというのは意外に簡単なのです。そしてそれは人の思考を雁字搦めにする。だからヒナタは単純でいてください。単純で、人の言葉に耳を傾けることのできる、そんな男でいてくださっていいのです』

 「…………なんだよ、それ」

 フルルージュの優しい言葉とともに俺はこのオレンジが滲む空と地平線をうつらうつら目を瞬かせ眺める。そうかここは彼らの、誉れ高き灰色の兄弟の心なのか――




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 『ォォオーーーーーーーーーーーーン!!!!!』


 高い猛り声とともに俺ははっと今自分がいる場所が地下であることを認識し、慌てて辺りを見渡すがそんな長い時間心象世界にいたわけではなようで皆エイナの咆哮を最後に拍手を送っていた。
 よかった……誰にも気づかれずにすんだ。

 「みんなすまない、意思表示とはいえうるさくしちまったな……まぁそれも神様であらせられるヒナタには関係なかったたみたいだけど、な!」

 「ぎっくぅ……!! って俺も別にただ居眠りしてたとかじゃないんだぞ!! 寧ろ堪能に堪能を重ねた結果そうなってしまったというだけで!!」

 「いや……どう堪能したら居眠りという結果につながるんだよ。まぁなんでもいいさ、ヒナタの名前が頂けるなら居眠りなんて安いもんだ」

 てっきりもっと怒られるものだと思っていた俺は、彼女の拳を受ける覚悟で目を瞑っていたのだか、それも無駄に終わり俺は大人しく彼女に聞きたかった事を投げかけることにした。

 「えーと……居眠りに関しては本当に済まなかった。それで話を続けるのもあれだけど、恐らくセズもウェダルフも気になっているだろうから聞くが……灰色の兄弟がこれから始める事業って一体何なんだ?」

 俺の質問にセズもウェダルフも大きく頷きエイナたちを見つめるが、もったいぶっているのかエイナはにんまり笑ったまま答える気配がない。
 そのなんとももどかしい様に思わずレイングさんたちも見やるがこればっかりは彼も肩をすくめ苦笑いを浮かべるだけで答えるつもりがないのは一目瞭然だ。くっそ~!! もしかして突然なぞなぞとか始めるつもりじゃないよな?!

 そう考えていたその時だった。

 「はいはーい!! エイナ様おっまたせしました~! お待ちかねのハーセルフちゃんご到着ですよ~!!」

 突然可愛らしい声が広間に広がり、俺達はそのまだ女の子と傍で控えるあまりに異質な存在に皆驚き立ち上がるのだった。

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