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99、最愛の思い出と募る想い

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 キャルヴァンの子供の行方の第一歩を掴んだその日の深夜。
 俺はみんなが寝静まるのを待ちながら、これからのことについてとめどなく考えてしまう。

 それというのも自身の、神としてするべきことがいまだにはっきりしていないからだ。俺はここまで仲間のするべきことに流されてこのリッカの街まで来たが、俺は神としてなにをするべきなんだろうか?

 一番初めの何もわからない時の俺は、神としての目的はこの世界の全人類が一日一善出来るようとのことを言われて、自分なりにやってきたつもりだったが、今はそれだけじゃ足りない気がするのはなぜだろう。
 神としての能力が入ったからか? 神として覚悟が足りなかったから?

 どれも違う。確かに覚悟も能力もいまだに一人前とは言えないが、それは現状に対する言い訳だろう。
  ……そうか、俺は恐らく答えが欲しいのだ。一日一善としてやってきた自分の行為について答え合わせがしたい。それに気づいた途端、無性に今までの一日一善が利己的で自己満足に溢れた偽善に見えて、俺は気持ち悪さでいっぱいになる。
 なんだろうか。神としての正しい善行為とはなんなんだろうか。

 『ヒナタ、そろそろ行きましょう』

 いつの間に時間になっていたのかノック音にも気づかずに、フルルージュの控えめな声で現実に呼び戻された俺は、慌てて出る準備を済ませてみんなに気づかれないようそっと屋敷を出るが、今更になって無断で外に出ていいものなのか不安になった。

 「何も言わずに出てきちゃったけど良かったのか?」

 『大丈夫です。念のためヒナタに会う前に屋敷の使用人には言付けておきましたので』

 準備のいいフルルージュに一安心した俺は、先ほどよりも遅い歩みに変え、夜空を見上げる。

 「……今ここに見えている星も太陽や月のようになってるのか?」

 『星というのは見る場所によっては全く違います。星空に想いを込めた死者や精霊というのも多く存在し、それが未練の一端となる場合もあります。ですから今見える星空は見る者によって違う輝きを放つのです』

 「へーそりゃすごい仕組みだな。……ところでさっきの話し合いで聞き逃してたことがあるんだけど、死者と精霊って分けられてるけどどう違うんだ?」

 正直星空の仕組みについて聞いてみたいともおもったが、どうせ聞いても彼女ははぐらかすばっかりで答えてはくれないだろう。それならとずっと気になりはしていたが、そのことを聞く以上の話題ですっかり忘れていたことを今更聞いてみる。

 『そうですね。簡単に言うなら死者は死んでこの国に来た者を指し、精霊はこの国で生まれた者を指します。そしてそれらとはまったく異なる種属である原始種属が、この街に住む資格のあるものとみなされているのですが、ほかの国の者たちは精霊と一括りに呼んでいるのでしょう』


 「それもそれで紛らわしい気もするが……」

 そんな他愛のない話をしている内に、街の門前にたどり着いた俺は少し緊張気味に、フルルージュに何も起こりはしないか確認するが、覚悟を決める前に押し出され、入る前にも感じた薄い膜を突き破って外へと出ると、先ほどまでは感じなかった湿気が俺を包んだ。

 「フルルージュ……戻るときも同じ調子で押し出すつもりか?」

 『必要とあればいつでもそう致します。それよりもヒナタが私に聞きたい事はオールとの取引内容で無駄話をしている時間はないのでは?』

 「そうだけど、そうなんだけど! ……まぁいいよ、話をきかせてくれ」

 久しぶりのフルルージュの嫌味はさておき、このマイヤの国の掟に縛られた状況ではむやみやたらに質問はできないだろう。そもそも話したくないとフルルージュが判断してしまえば、その内容が掟に触れてなくともだんまりされる可能性だってある。ここからはお互いの腹の探り合いになるかもしれない。

 『そうですね……どこからどう話すべきなのか。ずっと考えあぐねておりました。そもそもオールとの取引の内容を語るだけでは到底ヒナタの理解を得ることはできません。ですからまず初めにヒナタがユノ国で読んだ御伽噺を私が知ったところからお話いたします』


 ――まずあの御伽噺はこのユノ国で書かれ、当時検閲が厳しかった最中でも売り買いされていたのは、相当に著者が苦労したからに違いありません。
 なぜ断言できないのかと申しますと、私は当初その存在すら知ってはおらず、どういった経緯で書き上げたのかについても記録として残ってはいないのです。
 ただ誰がこの御伽噺を書いたのか、それはすぐに分かりました。ヒナタはこの御伽噺の著者を当時の神様候補では、とおっしゃっておりましたがそれはあり得ません。
 ……なぜなら私とブラウハーゼの神様候補は、死者の国の滞在を一日として許されなかったのですから。

 どうして死んだのか、何故前の神様候補は死ななければいけなかったのかについてはこの国の掟によって語ることが出来ません。ですが、ひとつだけお伝えするならば、私とブラウハーゼはそれぞれの神様候補の死に目に会うことは叶わなかった、ということです。
 だから前の神様候補達が彼の親友に今までのことを書き記した手記を手渡したことも、その彼の親友がそれをずっと待っていたことも私は知らなかったのです。
 ただ私は生前から彼の親友が物書きをしていることは聞き及んでいたので、それからずっとずっと後になって死者の国を訪れ死に物狂いで彼の親友を何年も書けて探し続けました。……もう何百年も時が経ってしまっていたのに、です。

 勿論私は彼の親友に会うことも、あの御伽噺が書かれた経緯すらも掴めずじまいで、それでもあきらめきれなかった私はリッカの街の傍らで小屋を建て、幾日にも幾日も精霊たちに話しかけ続けていました。
 そんなある日のことです。

 もう街の中では私のことを知らない者はいないくらいになっていたのですが、そんな姿を憐れに思ったとある精霊が私のためにと、古くから存在しているご自身の倉庫を隅々まで調べてくださったのです。
 ですが、そうはいっても私も何を探せばいいのか分からないまま闇雲に聞いて回っていたので、最初それを差し出されたときは相当困惑いたしました。
 確かに相当古くからあったであろう鍵付きの箱は、特殊な細工が施されており、どんなに落としても叩いても壊れることはなかったのですが、肝心の中身が見えないその箱は私が求めていたものかどうかすら判断がつかなかったのです。しかもこの箱に合う鍵などはなかったとのことで、鍵を探すがそれとも無理やり開けるかの二択のみとなった私は、無理やりにでも開けるという選択を致しました。

 その日から箱を開けるための研究に日々を費やすこととなり、この時から私がただ寝泊まりしていた小屋は研究の為、掟に邪魔されないようにリッカの街で使われていた神の能力を流用し、現在のようなごく一部の人間のみにしか認識できない小屋へと変えました。

 神の御使いとしての使命も役目もかなぐり捨てた行為ではありましたが、その頃の私はそれすらどうでもよくなっていたのです。それほど愚かになってまで解明した箱の細工は、鍵がなければ決して開けることが出来ないということと、この箱の細工ができるのは神のみという、肩の力が抜けるような事実だけでした。

 それからはまた何年もかけてこの箱の鍵探しを始めましたが、当然何百年も前の箱の鍵など誰も覚えておらず、また手掛かりも一切掴めないと諦めかけていたのですがそんな折、どこから話を聞いたのか私はオールに話しかけられ、自分の家に代々伝わる用途もわからない鍵と交換条件でキャルヴァンのことを助けてくれないかと持ち掛けられたのです。
 手掛かりならどんなことでも求めていた私はもちろんその話を受け、そうしてキャルヴァンに実体化と憑依、そして彼女にだけ小屋が見えるよう段取りをし、念願の鍵を手に入れ神様候補達の手記を読むことが叶ったのです――

 『……以上がオールとの取引内容となりますが、何か質問などはございますか?』

 「…………神様候補達ってことは二つ手記があったってことだよな? 内容とは……どんなのだったんだ?」


 フルルージュの過去について聞くの初めてといっても過言ではないのに、どうしてだろうか。
 彼女の思い出を語る言葉は、今も募る思いが秘められているような気がして落ち着かなかった。
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