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89、太陽と月の恋

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 長い話し合いがサリッチの気まぐれで、しばしの休憩をとる羽目になったそのすぐ後のこと。

 「失礼いたします。ここにソルブ老師がおられると聞いたのですが、まだいらっしゃるでしょうか?」

 コンコンという音が静かな部屋に響き渡り、そばに控えていたメイドさんがそっと扉を開けると、そこには年若い男性が大慌てといった様子で立っており、ソルブさんのことを待っていた。

 「ヒナタ様、大変申し訳ございませぬが、昨日の件で少しばかり城の者が騒がしくしておりましての……。ちいとばかり私も席を離れてもよいかのぉ?」

 「そんな、俺たちこそお忙しいのにお時間を頂いてしまいすみませんでした。"忌まわしき血戦"については図書室みたいな本がたくさんあるところでも聞いて自身で調べてみるので気にしないでください!」

 俺がそういうと何かに気づいたのか、ソルブさんはおぉそうじゃったと声を上げ、メイドさんに何事かを伝えていた。

 「図書室、というのはないのですが、歴代の王や家臣が調べものをするときに使う書物室があるので、後程このメイドから場所を確認してくだされ。ではわしはこれで失礼いたしまする」

 よろよろと立ち上がり、メイドさんの介助を受けながら部屋を出て行ったソルブさんを、俺たちも頭を下げその後姿を見送った。
 そうしていつの間にか昼食の時間となり、外で思う存分遊び倒した三人はまだまだしたいことがあるのか、俺たちには分からない話を夢中で話していた。

 「ねぇねぇ! 今度はあの通路を冒険しようよ!! あそこの奥なんだけれど、すっごいいっぱい土の種属がいるんだぁ~!! きっと何かあるよ!」

 「えぇー?! あの真っ暗なところ行くってあんた馬鹿じゃないの! あそこに行くならランタンとかないと無理よ!」

 「わぁー、いいですねぇ! 冒険してるみたいでワクワクします! ランタンだったらヒナタさんが使っている狩り用のがありますよ! ヒナタさん、貸していただいてもいいでしょうか!?」

 今まさに料理を食べようとしていた俺は、突然の呼び声に対応しきれず、間抜けな格好で答えてしまう。

 「ほあっ?! べ、べつにかまわないけど使い方とか大丈夫か?」

 奇声を上げてしまった俺は、それを隠すため聞く必要もないことを聞き誤魔化しをいれてしまう。そんな俺の意図に気づくこともないセズは朗らかにバッチリです! と笑顔で答え再び三人の会話に没頭していった。
 そうして賑やかな昼食は瞬く間に過ぎていき、キャルヴァンと俺は忌まわしき血戦を知るべく、書物室へと向かい手分けして探すこととなった。

 「それではヒナタ様、私は一足お先に迎賓室へ戻りますので、夕食までにはお戻りいただきますようお願いいたします」

 「あ、ここまでの案内ありがとうございました!」

 常に物静かなメイドさんは俺の言葉にもクールに答え、音もたてず部屋を出ていき、俺とキャルヴァンは書物のあまりの多さにお互いの顔を見合わせてため息をついた。

 「書物室とは言っていたけれど……まさかこれほどの広さと蔵書量とはね。一応本の題名を聞いたとはいえ、私たち二人で探し出せるかしら?」

 「そうだな……。いや? もしかしてフルルージュなら何か題名以外でも知ってるかもしれない。………おーい、フルルージュさーん?」

 俺は一縷の望みにかけ、フルルージュが潜んでいる腕輪を軽く叩き呼んでみるが、それにこたえる声はない。
 それでも俺は暫く声を掛けるが、フルルージュの意思は固く結局二人で探すこととなった。……ていうか呼んだら出るって大嘘つき! 呼ばれても飛び出ないし、ジャジャジャジャーンもしてくれないのはどうなの?! フルルージュさん!!

 「それで、ソルブさんが言ってた題名ってなんだったっけ? なんか御伽噺っぽい感じだったけど……長くていまいち覚えてないんだよな」

 なんだっけ……? 確か月とか太陽っていう単語が出てきてた気はするけど、上手く単語をつなげることが出来ないのは俺が物覚えが悪いせいか? いや、そんなわけは無い、断じて聞いそびれたわけじゃない!
 確かあの時すっごい雑音がずっと両耳で響いてて、聞こえ辛かっただけだ!!

 「もう、ヒナタってどっか抜けてるのよね。ソルブさんが話してた時もどこかぼんやりしてて、耳半分って感じだったわよ?」

 「えっ? そうだったっけ?? いや、俺あの時雑音が気になって仕方なかっただけで、ぼんやりしていた覚えは……?」

「……??? そんなにうるさかったかしら? まぁ、その時のことをとやかく言っても仕方ないわね。えーっと本の題名は『胸焦がす太陽と月色の涙』だったはずよ。なんでも御伽噺調に書かれた話だけど、ソルブさん曰く、この話が一番史実に近いのではないかとのことよ」

 なんでもない本の題名だが、腕輪についた燃える宝石はそれに呼応するかのように炎は揺らめき、その身を小さくした……気がしたが、それも一瞬のことで、俺は気のせいだろうと納得させ、なんとか夕食前までに目的の本を探すことに成功させるのだった。




✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



 「や…………やっと解放された!! もう当分湯船につからないぞッ!! ソルブさんもだけどそれに付き合えるどころか、俺よりも前に入ってたウェダルフはどっか可笑しいんじゃないか?!!」

いまだに湯船に浸かり楽し気に話しているウェダルフの底知れなさに恐怖しつつも、夕食のあとずっと手付かずだった目的の本をベットの上で広げ、流し読みつつも気になる文面を探していく。

 「……改めて思うけど、違和感なくこの世界の文字読んでる俺って神様なんだなぁ………。ん? ここの一文、なんか可笑しくないか?」

 いままで流し読みしていたせいだと思っていた、ほんの少しの違和感が、正体を現すようにはっきりとその一文に示されていた。
 ほかの人物の心理描写は憶測や推測が多いのに、ある人物の描写だけ妙に細かで丁寧な地の文は、一人称ではないのにも関わらずまるで著者自身が見てきたかのような書き出し方だ。

 「内容は太陽がとある男性に一目ぼれしたところから始まり、その恋がやがて世界を巻き込み、激しい戦争の火蓋となってしまう話……。恐らくこの戦争というのがブラウハーゼが言っていた"忌まわしき血戦"なんだろうけれど、この本には戦争の発端どころか、その結末すら書かれていない」

 そう、この本のメインテーマはあくまで悲恋が中心で、太陽の恋以外にも、月に惚れた一途な女の子の話も書かれており、短いけれども御伽噺というに相応しい内容だ。だけどそれでは何故ソルブさんはこの本を俺にすすめたのか? 確かに太陽が惚れたという男性の心理描写には目を見張るが、俺が求めている答えではない。

 「この本には"忌まわしき血戦"は神様同士の戦争とだけで、あとはそれが引き起こす悲惨な結果の描写だけ……。というかその部分だけ変にぼかされててまるで……」

 まるで語りたくない、とでもいっているかのようとふと思い、俺はやっとソルブさんの意図を理解する。
 そうか……!! この著者こそが戦争を引き起こした張本人であり、そして神様だった人物なんじゃないか?! そしてそれは太陽と称されるフルルージュが惚れた男性で……。フルルージュはこれを知られたくなかった? だから俺が何度呼んでも彼女は答えなかったのか?


 「それに月っていうのはもしかしなくてもブラウハーゼか? ……なんだか読めてきたぞ。前の神様候補はフルルージュが惚れた男性とブラウハーゼに惚れた女の子で、この二つの恋がどういうわけか戦争の引き金になったんじゃないか? 結末が書かれていないのはまだ戦争が終わってなかったから書けなかったとすれば……結局どういうこった??」

  一瞬分かったような気もしたが、やはり肝心のところがぼかされていては意味がなく、この推理を確定させるにもいまだフルルージュは隠れたまま答えることはなかった。
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