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70、似ているようで違うふたり

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 翌朝、いつもの通りヒナタさんは日も出ないうちから目覚めており、弓をもって出かけていった。私とキャルヴァンさんはその装っている後ろ姿を何も言わず見送る。

 いよいよ昨日考えた作戦を実行するときがきた。

 「ウェダ君、そちらの首尾はいかがでしたか?」

 いつも通りで変わらないように見えるウェダ君に声をかけ、作戦の第一段階がどうなったか確認する。ここで見失ったら元も子もないわ。

 「バッチリだよセズちゃん! ヒナタにぃもまさかお母さんが僕から離れて、しかも空から尾行するなんて思っても見ないんじゃないかな!?」

 「そうね、私でも良かったのだけれど肌の色でばれる可能性もあるから、より風景に馴染みやすいファンテーヌさんは適任だと思うわ」

 そう、この作戦は実に簡単で、私達が無理なら見えない存在である原始種属のウェダ君のお母さんが、尾行してしまえばいいのでは? というもの。それだけではなく空から尾行するので万が一見失っても探しやすいので、私達が尾行するよりも遥かに向いていると昨日は皆で盛り上がった。
 これでヒナタさんがこそこそしている理由が分かる。そう思うだけで私は嬉しくなってしまうのは、いけないことかしら?

 昨日は私達の事を不審がっていたヒナタさんだけれど、何をしようと私たちはただ宿でウェダ君のお母さんが戻ってくるのを待っているだけ。待つだけというのも辛いけれど、私に出来る事がほかにないのだからと自分に言い聞かせ、私たち三人はじっと時を待った。

 「セズちゃん……大丈夫だよ! 絶対今度こそ成功間違いないよ! だからヒナタにぃの目的が分かったら、僕たちもこっそりお手伝いしちゃおう?」

 ウェダ君が私の両手を温めるようにそっと握り、励ましの言葉を掛けてくれる。そうよね、もうあの頃の何も出来ないと嘆いていた私とは違うはずだ。だからもう怯えてただ黙り込むのはやめて、今度は私がヒナタさんを助けるために動くの。

 「あら、そうこうしているうちにファンテーヌさんが帰ってきたわよ。ふふっ、なんだかご満悦の様子ね」

 キャルヴァンさんの言葉に私も心臓が高鳴り、水の気配がする方向へ顔を向ける。私にはみえない原始種属も二人には見えるのが寂しく思えるが、今そんな事どうでもいい。

 「お母さんどうだった? ……………わぁ!!やったね! セズちゃん、お母さんヒナタにぃが行った場所を突き止めたって!! 早速その人に会いに行こう!!!」

 「あらあら、ウェダちゃん。それじゃセズちゃんに伝わらないわ。もっと仔細を話してあげないと」

 早く早くと急かすウェダ君をよそに、何も聞こえない私の為に、キャルヴァンさんはファンテーヌさんの見たものを事細かに話してくれた。
 それによると、ヒナタさんは弓練習を終えた後正門とは違う別の入り口から街の中へ戻り、驚く事に私達がいる宿の隣にある別の宿へ入っていき、そこで見知らぬ少女と言葉を交わしていたのだという。
 灯台下暗しとはよく言うけれど、たかだか隣の宿に行く為だけに大仰なことをするヒナタさんはどうかしているわ! なぜそこまでして私達を煙に巻こうとするのかしら、もう!!

 「腹立たしいのは分かるけれど、まだ詳しい事が分からない以上ヒナタを責めてはダメよ、セズちゃん」

 キャルヴァンさんに諌められ、私は必死に自分の感情をおさめようとするが、なぜだかいつもより上手くいかなかった。心の奥底に火種が残っているような感覚を覚えながらも、事情を掴むために早朝にも関わらず隣の宿へと向う。

 隣の宿は私達が身を置いている宿より、遥かに豪華な造りになっており、今度はどんな人がヒナタさんを巻き込んでいるのだろうかと色々想像を膨らませてしまう。
 そうして妄想に近いイメージを抱えたまま私たちは、例の少女がいるであろう扉の前まで訪れ、軽いノックを二、三回繰り返す。


 「………」

 声を出すとばれてしまうので、誰一人言葉を発さず中にいる人物の行動を待つが、動く気配がないためもう一度すこし強めにノックをする。

 「……なによ、ヒナタ。あたし、誰にも会いたくないってさっき言わなかった? 下僕の癖に私をおちょくろうなんていい度胸してるわね。いいわ、分かったわよ……扉を開ければいいんでしょ? 待ってなさいよ………って、あんたたち誰っ?!!」

 横柄な言葉と態度の少女が扉を開けた隙を見逃さないよう、私たちはすばやく身を部屋の中へ押し込み、ヒナタさんを巻き込んでいるであろう渦中の人物と対峙する。

 「いきなりなにすんのよっ!!! あんたたち何者?! あたしが誰だか分かっての所業なの?!!!」

 突然の出来事に驚き、わめき散らすかのような言葉を投げかけてくる少女に私はすこし頭にきてしまう。確かに私たちは彼女からみたら不審だとしても、どうしたらこんな乱暴な態度をとれるのかしら。

 「突然こんな形で対面を試みてしまい、申し訳ありません。私はヒナタさんと旅を同じくする仲間でセズと申します」

 「僕もヒナタにぃの旅の仲間! ウェダルフっていうんだ!」

 「私はキャルヴァン。強引な手に出てしまってごめんなさいね。……ところで貴方の手につけているそれは……ヒナタが盗まれたって言っていた腕輪ではなくて?」

 キャルヴァンさんの言葉に、私とウェダ君も彼女がつけている腕輪に注目する。言われてみればあの造詣といい、宝石の燃えるような輝きといい、ヒナタさんの腕輪にそっくりで私は思わず彼女の左腕を掴み、問いただす様な口調で話しかけてしまう。

 「これをどうして貴方がつけてるんですかッ?!! もしかしてこれを盗んだ犯人というのは貴方なんですか??!!」

 そんなに力をこめてはいないのだけれど、私の言葉に顔を大きく歪め、無言の肯定をする。その姿に私は心の奥底で燻っていた火種が大きく燃え上がり、さらに口調を強く質問を投げかける。

 「なにが目的なんです?! なぜ貴方がこれをつけてヒナタさんは貴方のところに通っているんですかっ??!!」

 怒りで止まれなくなってしまった私を、キャルヴァンさんやウェダ君が止めようと必死に追い縋ってくるが、初めての感情に私自身制御が出来なくなっていた。

 「なによ、それがどうしたって言うのよッ!!!? こんなの盗まれるマヌケが悪いだけでしょッ?!! それにあたしはここの国の王様よ!! ここではなにしたって許されるんだから!!!」

 彼女のその言葉に私は怒りで目が熱くなり、今までした事もない暴力、平手打ちを全身の力をこめて彼女にしてしまう。

 パァン! と乾いた音が部屋中に響き渡り、キャルヴァンさんやウェダ君、そしてその原因である私ですら驚き動けなくなってしまう。

 「……っな、何するのよっ!!!! あんた、あたしに何したのか分かってるのッ??! この国の王であるあたしに暴行なんて、ただじゃすまないんだからね!!!」

 痛みのせいか、それとも怒りでそうなっているのか分からないけれど、目にいっぱい涙を浮かべ睨みつける彼女に私は急激に頭の中が冷めていくが、それでも彼女の言動には耐えることができず、ポロリと言葉を零してしまう。

 「……あ、貴方はまだこの期に及んでそんな事を…………。貴方は王なんかじゃないわ!! そんなの、王様だなんて誰も認めてくれないわ!!!」

 本当の本心からでた私の言葉に、彼女はさっき以上に傷ついた表情を浮かべ、下を向いて思い切り目を瞑ってしまう。その姿はまるで過去の自分を見ているかのようで、ひどく動揺する。
 もしかして彼女自身……。そう思って声を掛けようとしたとき、先程のやりとりを見かねたキャルヴァンさんが私の手を取り、扉へ有無を言わさず引っ張っていく。

 「セズちゃん、さすがに今回は貴方が悪いわ。貴方が頭に来るのも分かるけれど、何も知らない私達が彼女を責めるのは間違っている。……それは普段のセズちゃんなら分かるでしょう?」

 普段と変わらないキャルヴァンさんの口調だけれど、顔は一つも笑っていなかった。その様子を伺っていたウェダ君も、私の代わりにいまだに俯いたままの彼女に駆け寄り、非礼を詫びる。

 「お姉さん、突然の訪問したにも関わらず、こんなことになってごめんなさい。でも普段のセズちゃんはもっといい子なんだよ………。それだけは分かってほしいな……」

 俯いたままの彼女だったが、何かを察したウェダ君は普段自分が使っているハンカチをそっと手渡し、私のところまで戻ってくる。その一連の流れをみてやっと冷静になった私は、自分がしでかしてしまった事を心から後悔する。


 まだ名前も聞けていない彼女を私は無遠慮にも傷つけ、あまつさえ暴力を働いてしまった。なんて事をしでかしたのか。なんでこんなことになってしまったのか、そんな考えが今日一日ずっと支配し、私の心を苛み続け流のであった——
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