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51、かなわぬ願いと変えられない夢

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 俺の意思とは関係ないかのように安らかな寝息を立てる赤ちゃんをまじまじと見つめ、キャルヴァンさんの言っている意味を理解しようと必死に考える。どう意味か、なんて聞かれても状況把握すらままならない俺には疑問符しか浮かばない。

 「そうね、そういわれても困っちゃうわよね。順を追って説明するわ。そう……最初はヒナタが神様だなんて思っても見なかったの。魂を抜いたのだって、貴方が是が非でもリッカの街に入ろうとしたから……こうする他なかっただけ」

 苦しそうな表情を浮かべ、赤ちゃんを抱っこしていない手で俺の頭を軽く撫でる挙動は母親そのもので、心が緩みそうになる。

 「ヒナタが神様だと気付いたのは魂を抜くときよ。ねぇ、ヒナタは知っているかしら。なぜ自分が自分であると認識できるのか、その意味を。………ふふ、私も精霊になって初めて知ったのだけれど、魂ってね、記憶で出来ているのよ。だから私は私だと自信を持って言う事ができるの」

 口調はとても穏やかで、わが子に話しかけるように話しかけてくるが、その目には俺は写っておらず、ただ俺の姿を反射するガラス玉のようで、俺は薄ら寒さを感じた。

 「ヒナタの魂を抜いたときに貴方の記憶を覗かせてもらったわ。大部分はいまだに貴方の中に残っているようだけれど、それでもヒナタの特殊さは御伽噺として聞いていた通りなのね」

 「ッ……!! かっ、てにのぞ、くなッ!!」

 キャルヴァンさんの悪趣味さに苛立ちを覚え、力の限り大声で怒鳴ろうとしたが、依然として体に力が入らず消え入りそうな声になってしまった。

 「そうね、それについては申し訳ないことをしてしまったわ。でも貴方が神だと分かった以上、リッカの街は入ることは反対よ。あの街はヒナタには危険すぎるもの」

 そういったきり、キャルヴァンさんは俺から離れ俺の魂だという赤ちゃんをあやめながら部屋を出て行ってしまった。どうする事も出来ない俺はただその背中を見送り、そしてやっと気がつくのだった。
 キャルヴァンさんの足元が、俺の良く知っている幽霊のように消え失せている事に。

 何故今まで気がつかなかったのか、それも謎だったがそれ以上にその事実を知っても、恐怖を一切感じない自分自身に驚いた。あれだけ幽霊を怖がっていたのに………なんでだろう?
 さっきのキャルヴァンさんの時だってそうだ。普段の俺なら間違いなく恐怖を感じるし、冷静でなくなるだろうに何故なのか。それは幽霊以上の驚きや怒りがあったから? それともキャルヴァンさんだから……?

 「…………」

 みんなは大丈夫だろうか……。俺がこうしている間にセズやウェダルフに何かあったらとか、アルグがいるのになんで……。 見えない不安で一杯になるのを必死にこらえ、俺は目を閉じる。動かない体にもどかしさを覚えるくらいなら、目を閉じてこれからどうするのかを考えるほうがましに思えた。

そうしていつの間にか眠ってしまったのだろう、懐かしい声が聞こえたような気がして俺は後ろを振り返っていた。

 『ヒナタお兄ちゃんっ……!! いっちゃやだよ……!』

 幼い朝緋が両目に涙を浮かべて、俺の後を追いかけてくる。今なら絶対にこんな事しないのに、あの時の馬鹿で幼かった俺は朝緋の煩わしさから一刻も早く開放されたい気持ちで一杯だった。

 『お前がいるとみんなで野球が出来ないんだよ! いい加減お前も俺以外の遊び相手見つけろよっ!!』

 こんな事本当は言いたくないのに、絶対妹が泣くって分かっているのに、こんなひどい事をいう自分に腹立たしさが募る。これは夢だ、分かっている。なのに過去に戻れるなら戻って、この馬鹿野郎を殴りたくてしょうがなくなる。この先何が起きるのかちっとも理解していないこの馬鹿な自分を。

 『……オイッ!!! あれお前の妹じゃないかッ?!!』




**********************



「……ッ!!」

 久しぶりに見た悪夢に俺は息が詰まる思いがして、勢いよく目を開ける。眠りすぎたせいなのか、それとも別の要因があるのかは分からなかったが、再び暗闇が広がっているのみで、何も目に映ることがない。

 「いやな、ゆめ……。ごめ、あさ、ひ」

 いまだに覚めやまぬ夢の中の妹に、引きずられるままに謝罪の言葉を告げると、またも遠くから赤ちゃんの鳴く声が耳に届く。

 「あらあら……どうしたのかしら、さっきまでおとなしくしていたのに。何かいやな夢でも見たのかしら?」

 叫ぶように泣く赤ちゃんに、話しかけるようにあやすキャルヴァンさんの声音は少しも困ってはおらず、嬉しさが滲み出ていた。なんでそんなに嬉しそうに……なんて考えもしたが、理由ははっきりしていた。
 いつぞやか話していた時にぼそりといっていたあの言葉。

 『あら、そんなに喜んでくれるなんて。本当に、あの子がいたらこんな感じだったのかしら…………』

 これは間違いなくキャルヴァンさんの子供と重ねての発言だ。 ならば今嬉しそうに俺の魂、いや赤ちゃんをあやしているのはなんでもない。おそらく……それが叶わなかったからだろう。子供がいない理由までは分からないにしろ、いまその叶わなかった願いを俺で果たそうとしている。

 「それ、は、ちがう……だろ!!」

 俺はキャルヴァンさんの子供にはなれないし、なっちゃいけない。だって間違っているやり方でなったとして、それがずっとそのままに事が進む事なんてことは許してはいけない。俺もそれを望み、キャルヴァンさんも同じ思いで家族になるのならなんの反対もないが、俺はそんなのちっとも望んではいやしない。
 いつまでこうしている気かは分からないが、アルグたち仲間の事もある。悠長にはしていられない。

 意を決したそのときだった。

 「おーい!! ヒナタァー!!! いたら返事しろー!」

 アルグの俺を探す声が小屋の近くで響き渡るのが聞こえ、声も出せないのに必死になってアルグの名前を呼ぼうと息を荒げる。

 「ア、ルグッ……!! セズッ!!……こ、こだ……!! ウェダ……ルフきづ、いて……ッッ!!」

 「ヒナタさーん!! いたら返事をしてくださーいッ!!」

 「ヒナタにぃー!!! どこにいるのぉ?!!」

 セズとウェダルフも無事だったようで、俺の事を必死に探し回っているようだった。俺もみんなの名前を必死になって呼ぼうとするが、言葉にも声にもならず、三人の声はどんどん遠のいていく。
 みんな、俺はこの小屋にいるのに何で気付いてくれないんだッ!!

 全く言う事をきかない体と、目立つ場所にあるはずの小屋に気付かない仲間に見当違いの怒りが湧いてしまう。
 それも見通してか、すっかり聞こえなくなってしまった頃を見計らうように、俺のいる場所へと入ってくる音が聞こえ、なにも見えないのに目を大きく開きキャルヴァンさんに怒鳴る。

 「なん、でっ!!! きづかな、かった?!!」

 ぜぇぜぇと胸を大きく動かし必死に呼吸をする俺に、キャルヴァンさんも宥める様に、優しくゆっくりと頭を撫でる。

 「仲間をせめては駄目よ、ヒナタ。普通は気付くはずないんだから。貴方は神様だから見えたのでしょうけど、この小屋はリッカの街と同じく結界が張られているのよ。気付きようもないわ」



 初めて聞かされる衝撃の事実に俺は何もいえなくなってしまった。
 どうなってんだ? 幽霊なんて今まで一度も見る事が出来なかった俺が、キャルヴァンさんも見えて、あまつさえウェダルフにすら気付けない結界に気付けたなんて……?
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