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50、子育て幽霊
しおりを挟む結局日が落ちるギリギリまで待ってはみたが、誰一人として俺の迎えには来なかった。もしかして俺、忘れられてる? なんて事も考えたが、あの三人に限ってそんないじめじみた事をする理由もなければ、意味もないはずだ。
となれば、そのほかに考えられる理由は間違いなく、三人になにか不測の事態が起こったのだろう。なにが起きるか分からない、ましてや入るなと言われてきたリッカの街にはいるのは、不安しかないけれど、仲間になにかあったのならば放ってはおけない。
そう覚悟を決めた俺は門の前に立ち、気合をいれ一歩踏み出す。その時だった。
「……ッヒナタ!! 何をしているの?!!」
悲鳴のような叫び声に、上手く地面を蹴ることが出来なかった俺は顔面から転げてしまう。
「ったあ……! えーっとその声はキャルヴァンさん、ですか?」
鼻の頭をさすりながら後ろを振り向きその姿を探すが、一向に姿が見えない。それもそうだ、太陽は沈み辺りは真っ暗闇に包まれている。こんな中では人影を見つけるのすら困難だろう。
「ご、ごめんなさい……貴方が街の門にいるのが見えて思わず大声でとめてしまったわ、思い切りこけていたけれど……怪我はない?」
心配そうな声とガサガサ音で俺に近づいているのが分かり、体を起しそちらをじっと見つめる。なにか違和感が頭を掠めるが、それどころではなかった俺は、薄らぼんやりと見えるキャルヴァンさんに声をかける。
「大丈夫です、鼻をちょっと擦りむいちゃいましたけど、他はなんとも……それよりどうして俺のこと止めたんですか?」
暗闇からすうっと現れたキャルヴァンさんに、分かってはいるのに悲鳴を小さくヒッとあげてしまったが、別段気にする様子もないキャルヴァンさんは、とりあえず小屋で詳しく話そうとその場を後にした。
キャルヴァンさんに先導してもらいながら、俺はこけそうになりながらも温かい火が灯る小屋へ招かれた。その優しい光に混乱しかなかった頭の中にも光が灯るようで、やっと息をついた心地がした。
椅子を引かれそこに腰掛けると、キャルヴァンさんはキッチンに向かい、温かいお茶を淹れてくれた。
「それで、さっきは何をしようとしていたのかしら? リッカの街にヒナタが入るのは危ないって、仲間に言われなかったかしら?」
俺の行動を咎めるような声音で話す、キャルヴァンさんの顔はいつか見たお袋の顔を思い出させ心が痛くなる。
「それは、たしかにいわれましたけど、でも今日会うって約束した仲間が迎えに来ないなんてありえないんです! 絶対何かあったんだと思うんです!!」
焦りが俺の不安を煽り思わず声を荒げてしまったが、キャルヴァンさんは気にする様子もなく、お茶を俺にさしだし話を続ける。
「そうね、ヒナタの心配は私も理解しているつもりよ。でも、だからといって見えない貴方があの街に入るのはやっぱり危ないわ。不安だけれど待つしか……」
「それはできないッ!!! 仲間になにかあったのなら俺も助けにいきたいんです……!!」
キャルヴァンさんの話を強い言葉で遮ってしまうが、後悔はなかった。このまま聞けば必ずここで待つことを提案されるのが分かっているし、おそらく俺もそれを受け入れてしまうだろう。そのくらい無謀な事を言っているのは理解していた。だけれど心が納得をしてくれない。
「……わかったわ。ヒナタが仲間を思う気持ちをとめる事は私には無理なのね………。それならお茶だけでも飲んでいきなさいな。ずっと外で待っていて寒かったでしょう?」
しょうがないと言わんばかりの表情で、まだあったかいお茶をすすめるキャルヴァンさんの厚意を汲み取り、俺は何の疑いもなくお茶を啜る。この数日で慣れたキャルヴァンさんの美味しいお茶に、不安でいっぱいだった心も少しほぐれたような気がする。
そう、俺は気を抜いてしまったのだ。
「……ヒナタは本当にやさしい子ね。絶対引かないって分かってはいたけれど、こんな方法しかないなんて……。本当にごめんなさい」
不自然に重くなる瞼を無理やりこじ開け、キャルヴァンさんを見る。だまされた俺の心は怒りで一杯だったのにもかかわらず、何故かだました側のキャルヴァンさんの目は涙で一杯だったのだ。
**********************
どこからか赤ちゃんのお母さんを呼ぶような泣き声が聞こえてくる。普段ならその泣き声は何の痛みも伴わない、日常の一つなのに何故、俺はこんなにも辛くて悲しい気持ちになるんだろう。 まるでこの泣き声が自分のように感じるのはなんでなのか。
これらの感情を理解するのにそう時間はいらなそうだった。
——眠れよい子よ、愛しいわが子——
穏やかでやさしい歌声が聞こえる。何も見えないはずの目に光が宿るようで、自然と気持ちも落ち着いてくる。
——母の腕に抱かれ、今は温かな夢を見なさい——
——月は優しく、現は朧。涙は雨に、どうか太陽を隠しておくれ——
——今はただ夢見て眠れ、愛しいわが子よ——
ゆっくりとしたテンポは聞いたこともないメロディなのに、何故か安心感を与えてくれる。それは赤ちゃんも同じだったようで、さっきまで大泣きだった声も今は微かだがすうすうと寝息をたてて、眠りについている音がする。
そんなことを朧ながらも気付いたときだった。先程までは何も写すことがなかった目は、今ははっきりとした視覚で持って俺に現状を伝える。
…………そうか、俺キャルヴァンさんに騙されたんだ。今何が起きているのか半分も理解していないけれど、これだけははっきりとした事実で、俺の心に突きつけられる。
恐らくはあのお茶に睡眠薬か何かを混ぜられていたのだろう。それを知らずに飲んでしまった俺は今、どうやってここまで運んだのかは謎だが、キャルヴァンさんのベットの上に横たわっていた。
もっと詳しい情報を得るために体を動かそうとするが、ピクリとも動かす事が出来ない。……おかしい。
右手をあげようと意識を集中させるが、一向に挙げられそうになく、まるで自分の体ではないような感覚に陥りそうになる。
例えるなら体と意思が接続されていない状態で、繋げるにはなにかが欠けているようだ。なんだこれ、何が起きてんだ?!!
内心大汗をかいているのにもかかわらず、体には何の変化もないのがまた恐ろしい。かろうじて動かせる目だけを頼りに、俺は辺りを見渡し、こんな事をした犯人を一生懸命探す。
「あら……やっぱり貴方の魂を全て抜く事は出来ないのね……なったばかりとはいえ流石は神様ってことかしら?」
ぎぃぃ、と木がきしみながら一つしかない扉が開かれる。その扉を開けたのは勿論キャルヴァンさんで、手には布に包まれた赤ちゃんが眠っていた。俺は精一杯の抵抗として睨みつけると、一瞬悲しげな表情が見えたような気がした。
「な、んで? いって、ない」
搾り出すような声しか出なかったが、それでもキャルヴァンさんには伝わったようで、そうよね、と一言つげ俺に近づき膝を折る。
「なぜ私が貴方にこんなことしたのか、なぜ私が赤ちゃんを抱えているのか…………そしてなぜ、ヒナタが神様だと分かったのか。それはね、ヒナタ。貴方を守るためなのよ」
穏やかな顔で、事も無げにいうキャルヴァンさんに怒りを覚えたが、それもすぐに驚きへと変えられてしまった。
「この赤ちゃんはヒナタ、貴方の魂の姿。そして私は本来なら見えないはずの精霊。これがどういう意味か分かるかしら?」
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