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48、懐かしさと切ない気持ち
しおりを挟むつい今しがた出会ったキャルヴャンさんは、西の大陸にはいないこの異世界での人間で、肌の色も栗色でアジアンな魅力を漂わせていた。そしてなにより! 布面積の少ない服装と、覆うものが少ないふくよかな胸部は、男性なら誰もが目を奪われるのではないだろうか……!
「先程は失礼しました。改めて俺はヒナタといいます。仲間と一緒に旅をしていたのですが、俺はその、精霊とか見えなくて……。キャルヴァンさんさえ良ければ……少しの間だけここにいてもいいですか?」
「え……?」
予想外の戸惑いの声が聞こえ、恐怖と羞恥で外れていた目線を、キャルヴァンさんに向けて様子を伺う。なにか変な事を言ってしまったのか……口元に右手を添え何かを考える仕草で、俺の目をじっと見つめているキャルヴァンさんに、不謹慎ながらもドキドキがとまらない。
「えっと、何か失礼なこと言っちゃいました……かね?」
「え、あ……そんな事ありませんわ。まだお若いのに旅だなんて、感心してしまいましたわ! ところで貴方は西の大陸出身でして? 私と同じ人間は本当に久しぶりだから、なんだかお話したい事ばかりだわ!!」
心底嬉しそうに俺の両手を握り、綺麗な笑顔はどこか懐かしさを感じさせた。なんだろう……ずいぶん昔に感じたような不思議な感覚。
「とりあえず今日はもうおやすみしましょう? 夜更かしは体に障るわ」
そういって一つしかないベットへと案内されたが、俺は寝袋があるからと丁重にお断りした。少し粘られはしたけど、ただでさえお世話になっているのに、家主を差し置いてベットで寝るのは気が引けるし、そこまで図々しくはなれない。
俺の遠慮っぷりに、キャルヴァンさんは寂しそうにしながらも、子供にするみたいに頭を軽くなでて、それぞれ寝床につきその日は終わった。
翌朝、懐かしい音と鼻をくすぐる、おいしそうな匂いで目が覚めると、いつ起きたのかキャルヴァンさんが朝ごはんを準備していた。
「おはよう、ヒナタ。お客さんなんて久しぶりだから朝なのに作りすぎちゃったみたい。食べきれるかしら……?」
そういわれテーブルを見ると、色とりどりの料理がぎっしり並び、テーブルが見えないくらいだった。しかも並んでいる料理はどれも豪勢で、一体どこで調達したのか心配になる。
「俺のためにここまでして頂けるなんて、ありがとうございます! これ全部作るのたいへんでしたよね?」
申し訳なさそうに聞くと、キャルヴァンさんはそんな事気にしないでと、またもや頭を一撫でして椅子へと案内をした。向かい合わせに座ったキャルヴァンさんは食べる事なく、俺が食べる姿をそれは嬉しそうに眺めていた。
「キャルヴァンさんは食べなくて大丈夫なんですか?」
一向に食べる気配のないキャルヴァンさんが気になって聞いてみたが、作る途中で味見をしすぎて満腹になったので大丈夫だと、困り顔で話してくれた。まぁ、確かにこれだけ作ればおなかも一杯になるか。
大量に用意された料理を何とか全部腹へと詰め込んだ俺は、腹ごなしにと考え、小屋の周辺を探索することにした。キャルヴァンさんはキャルヴァンさんで用事があるらしく、リッカの街の近くにある村へ行くといって別れることとなった。夕方には戻れるそうなので、それまでには仕掛けておいた罠を見に行ったほうがいいだろう。
小屋の周りは予想以上に草木が生い茂っており、少し離れるだけで見失ってしまいそうなくらいだ。俺は以前アルグに教えてもらった通り、目立つ木々に通った証としてナイフで傷をいれ慎重に歩いていく。今日までには水場を見つけておかなければ、と思考を過ぎらせていたが、ある疑問が頭を擡げた。
キャルヴァンさんどうやってあの大量の料理を作ったのだろうか?
考えてみれば不自然なことばかりだ。食べているときは気付かなかったけれど、あの料理の中にはスープ類も含まれており、なおかつ食器類も全部綺麗に洗われていた。料理の食材に関しても、あんなに大量にある食べ物を準備するなんて、そう簡単には出来ないような……。
ホラーに良くある展開が俺の脳内によぎり、恐怖に支配される前に思いっきり頭を振って思考を外へ逃す。あんなに優しくて綺麗なキャルヴァンさんに限ってそんな事はないと信じたい、いや信じる!!
その証明のためにはなんとしても水場を見つけないと……ッ!!
ルートが悪いのか、中々使えそうな水場が見つからない俺は、ジリジリと追い詰められるような気持ちになってくる。最初に入れた木の傷を斜めにいれて、バッテンのようにしていく。これは何もなかったというマークにもなるため、後でもう一度行く場合の見分けやすさに繋がるとアルグは言っていたが、今はそれが憎らしく思える。
かれこれ二時間近く歩き、確認していないところも僅かになった頃だった。小屋から歩いて数十分のところで水の流れる音が聞こえ、俺は目印も忘れその場所へと駆け寄り、新鮮な水の香りにやっと安堵のため息がこぼれた。
「灯台下暗し……ってやつかぁ」
そうつぶやき、 喉もからからだった俺は慌てて焚き火の準備をし、持ち歩いていた鍋で川の水を掬う。これもアルグの教えで、生の水は必ず沸かして飲むよう言われていた。その理由はとても簡単で殺菌と寄生虫の予防のためだ。
歩き通しだった俺は休憩も兼ねて丁度いい岩に腰をおろし、数十分沸騰させたお湯を布でろ過し、何もいれずに白湯で飲む。その後は軽い昼食をそこで済ませて、昨日仕掛けておいた罠へと赴いた。三つもあれば十分だとアルグが言っていた通り、問題なく上手くいった食料の確保は、明日の分まで用意できた。もう罠を仕掛ける必要もないだろう。
夕方になる前に小屋へ戻った俺はそのまま肉を捌くため、先程発見した水場へむかう。そうして何時も通り顔を真っ青にしながらも捌き終えることができ、小屋に戻る頃にはキャルヴァンさんも戻っていた。俺の様子にキャルヴァンさんも同じように真っ青にして出迎えてくれた。
「あらまぁ! どうしたの、そんなに具合悪そうにして……!! 朝ごはん食べ過ぎちゃったせいかしら……」
「あ、いえ……。そうじゃないんです。ただちょっと歩き疲れてしまって」
あはは、と乾いた笑いで誤魔化す俺だったが、それでは誤魔化されてくれないキャルヴァンさんは、何か薬は無いかしらと家中のタンスを開けてはこれじゃないわと、うんうん唸っていた。なんだか申し訳ない気持ちになった俺は、何度も大丈夫ですよと伝えるが、それでも納得してくれなかった彼女は最終的には家の外で薬草を摘み、料理に混ぜて俺に振舞ってくれた。 その気持ちと温かさはまるでお袋のようで、自然と涙がこぼれる。
「あら、そんなに喜んでくれるなんて。本当に……あの子がいたらこんな感じだったのかしら…………?」
寂しそうに、悲しい笑顔を浮かべるキャルヴァンさんの目には俺ではない、誰かが映っているようで俺の心がキュッと締め付けられた。もしかしてキャルヴァンさんには子供がいたんじゃないだろうか?
随所で感じる懐かしさは母の愛情そのもので、だからキャルヴァンさんといるこの空間は居心地がいいのだろうか……。
——でも、そうだとしたら。彼女の子供は今どこにいるのか? それが気掛かりで仕方が無い——
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