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36、ウェダルフの母
しおりを挟むジェダスの風の種属の加護だと、気付いたときにはすでに遅く、俺の体は地上から離れふわふわと浮かんでいた。今まで旅してきたがここまでの力は見た事がなく、人さえも浮かせることが出来る監察の力は底知れない。
「ヒナタにぃッ!!! イヤだ、 イヤだよッ!!」
大粒の涙をボロボロこぼし、俺を助けようとなんとかジェダスの足に纏わりつくウェダルフ。それに苛立つジェダスだが、相当集中しているのだろう、先程までお喋りだったのに今はそれもなく、ただ煩わしそうに足を振っている。
だがそれが運悪くウェダルフの顔面に当たり、綺麗な顔から赤が滴るのが見えた。
「ウェダルフッ!! やめろ! いいんだ、俺は何とかなる!! だけどおまえが傷ついちゃ意味がないんだ!! だから危ないことはしないでくれ……ッッ!!」
言い聞かせるように言うが、ますますウェダルフはそれに抵抗して、ついにはジェダスの足に噛みついてしまう。
流石のジェダスもそれには堪えたのか、ウェダルフを振り切り、自身の体も浮かばせウェダルフの攻撃を避けた。
「ッ……!! クソガキがッ、俺が無抵抗なのをいいことに噛み付いてきやがって! 本当ならここで処分してやってもいいが、それも面倒だ。お前は大人しく、そこで大好きなおにいちゃんが攫われてるのを見てろ!!」
余裕がないのか、さっきまでとは違う口調で声を荒げるジェダスに、俺も限界が近く意識を朦朧とさせてしまう。先程まではアドレナリンのせいで今まで気にならなかった眩暈が、ここにきて一気に俺の頭を締め付ける。
「うっ……!! ヤだっ! お母さんッ!!!」
ウェダルフの叫び声と共に、さっきまで下に流れていた涙が宙に浮き、瞬く間に人の……成人女性のようなシルエットへと変わっていく。
朦朧とする意識の外で、悲鳴のような驚きの声を上げるジェダスがパニック状態のまま、俺のショルダーバックを掴んで、急ぎその場を離れようとするが、その水のような女性が俺とバックを引きちぎり、優しく抱きとめる。その体は透けており、下には未だに泣き続けるウェダルフが見えた。そんなところで俺はとうとう限界を迎え意識を飛ばしたのだった。
**********************
「……ぃ! ッナタにぃ!! 目を覚ましてよぉ!」
冷たい水の感覚と、たくさんの呼び声が聞こえて意識が急速に浮上する。んん? たくさん? 待って、今俺どんな状況なんだ。
気になるのに、なかなか思うように目が開けられず、幾度目かの挑戦でやっとぱっちり目が開き、辺りを確認する。そこは先程の古びた協会施設ではなく、だからといって見慣れた宿の天井でもなかった。
「ヒナタさん! 良かった……! もう目を開けないのかと……!! 皆さんヒナタさんが目覚めましたよ!」
「こ、こは……? そう、だ。ウェダルフ、ウェダルフは無事なのか?」
ぼんやりとする視界で、さっきまで聞こえていた声の主を探して首を動かそうと試みる。だが全身がまるで筋肉痛になったかのような鈍い痛みが走り、俺の頭はより一層混乱する。一体全体どういうことだ??
理解が追いつく前にウェダルフが覆いかぶさってきて、そのあまりの痛さに情けない声が出てしまう。
「ウェ?!! ッ痛……! ウェ、ウェダルフぅ~、感動してくれるのは嬉しいけど、俺、今あちこち痛いんだ……。だからもっと慎重に、ね?」
涙ながらにそう告げると、呆れた声でアルグが現状を説明してくれた。
「そりゃそうだろうさ。全身で風の種属の加護をモロに食らったんだ。ただで済むわけないだろう。寧ろこんなもんで済んだのが奇跡ってもんだ」
そうなのか、これで済んでよかった……!! なんて当然思えず、俺はひっそり心で泣いた。それでも痛いものは痛いのよ。
きわめて慎重に辺りを見渡し、やっと自分の居場所を理解した。それもそうだ、まだ終わってなんかいない。だからここ、エイナたちの住処に俺が寝かされているのだ。
「起きれますか? 私達が駆けつけてから、未だそんなに経ってませんのであまり無理はせずに……」
「いや……大丈夫。二人ともごめん、心配かけちゃったな……」
俯きセズとアルグに呟く。恥ずかしいから顔を上げれないのではなく、今度こそ見切られるのではという恐怖から、二人の表情を見るのが怖かった。
「俺たちは怒っちゃいないさ。ただ残念なんだ。仲間なのにあんな行動とられちゃ……俺たちの、ヒナタへの気持ちはどうなるんだ。信用はあっても、信頼がないんじゃ俺たちだってやるせない。だから二度目はなし………だろう?」
「そうですよ! 今度同じことが起きても、二度とこんな悲しい選択しちゃ嫌ですからねっ! わかりましたか、ヒナタさん!!」
二人はそういってぐしゃぐしゃと頭を撫で回す。二人ともごめんな、おれだって二人にそんな行動されたら悲しいのに、あのときの俺はそれが分からず行動してしまった。気をつけてどうにかなるのかは分からないけれど、今回の事は心に刻みつけよう。
二人の支えでエイナたちが待つ食堂へと足を運ぶと、そこにはいつの間にやらウェダルフの父親がおり、それだけではなくウェダルフを攫ったシーラとエゼルまで揃っていた。
エイナは俺たちを待ちわびていたのか、苛立った様子で用意されている席に着くように促す。
「さて、これでやっと役者が揃ったんだ。話を聞かせてもらうおうか? おおっと……しらねぇ奴らもいるから、一応説明しとくが、ここでの話は絶対に外に漏れ聞こえることはねぇ。安心して洗いざらし話しやがれ」
そんなエイナの脅しとも取れる言葉で、俺たちは長丁場の話し合いを時間も忘れ続けた。そうして見えてきた今回の事件は、ふたを開けてみたらなんともお粗末な仕上がりで、俺は飽きれてしまった。というのも本当に急場の計画だったのだ。というのもジェダスが何故、獣人の子にウェダルフを攫わせ、なおかつその罪をソニムラガルオ連盟に被せたのかというと、俺を攫った後、実はソニムラガルオ連盟と獣人はグルで、街の転覆を図ったテロ行為に仕立て上げる気でいたのだ。しかもエゼルとシーラが、ウェダルフにいい感情を持っていないのも把握済み。
そしてこの計画に加担したエゼルとシーラは勿論、そんな事とは露程も知らず、目障りな俺とウェダルフをエイナから引き離すぐらいにしか考えていなかったらしい。ブレーンなのになんと安直な。
ただ今回の件は考えさせられるものがあり、一見すると無茶苦茶な計画で、普通ならやろうとも思わないみすぼらしい計画は、裏を返せばそれを実行出来る権威と権力が、協会にはあることを示している。そう考えるとこの計画は薄ら寒く、気味が悪かった。
こうして長かった話し合いはおわりを迎え、よろめきながら立ち上がると、真剣な面持ちでアカネが俺に駆け寄ってきた。
「ねぇ、あの方をどこにやったの? なんで今貴方だけなの?」
相変わらず意味深なことを言っているが、何を指しているのかが分からずに相変わらず彼女との会話では、はてなマークが飛んでしまう。
「……石。もしかして無くした?」
「あっ! そういえばジェダスに持っていかれたままだ!! うわっ……どうしよう」
途中で意識が飛んだからはっきりとはしなかったが、俺の荷物が落ちていたらそのままにしていくわけが無い。だからあの石や俺の所持金はあいつが……ッ!!!
てか、この子さっきあの方って言ったよな? え、どゆこと?? もしかしてフルルージュの事知ってる?
「ッ……!! バカッ!!!」
何を言っても変わらぬ表情だったアカネが、目を怒らせ俺の胸を軽く叩く。そしてエイナが止める間もなく、どこかへ走り出し闇夜に消えていった。なんだっていうんだ……?
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