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21、胡蝶の夢
しおりを挟む夢の中でひらりひらりと舞う蝶は、自分であって自分ではない何者かになってるようで、段々と自我の境界線が曖昧になってくる。
——これはここ最近俺がみる夢の話だ。夢の中の俺は蝶であったり、植物であったり、時には風になったりもしていた。そうやって自分ではないものになる夢は、見ている間は恐怖はなく、むしろ全能感というのだろうか……まぁ、実際神だからあるのが普通なのだろうけど、ともかく自分という存在を悟るのだ。何をすべきで何者なのかを。でも目が覚めたら、また曖昧な自分に戻る。そのとき感じる寂しさのような気持ちが、俺は恐ろしくてたまらない。
そのうち俺が俺でなくなる、そんな未来が来るようで——
**********************
俺達は今、カカ大陸についてはじめての国、アプロダの港町で長旅に向けての準備をしている。船旅は散々だった、主にセズが。
春の種属のせいか、船酔いに次ぐ船酔いで降りた直後なんかは青ざめた顔で嬉し泣きしていた程だった。それ以外は何事もなく過ごせたのだけれど、帰りの船旅が些か不安だ。酔い止めの薬があったら買っておいた方がいいかな。
そんなこんなで、かなしきかなアルグと二人だけで散歩がてら、買い物と首都がどこにあるかを聞いて回っていた。皆、アルグに怯えた様子だったが、逃げることなく話を聞いてくれた。シュンコウ大陸があんな感じなので旅人は増えたのだろうが、それでもやっぱり魔属って珍しいんだろうな。船の中でもアルグを避ける人が多かったし、差別とまではいかなくとも、そういうのを見るのはあまり快くない。
町の人達の話をまとめると、アプロダの首都、シェメイはエルフの有力貴族達が多く住まう、シュンコウ大陸とカカ大陸をつなぐ商業都市だそうで、多くの国は王やそれに相応するものが国を治めているのだが、この国は王は立てずに貴族達の議会によって治めている。なんでもエルフの王たる存在は神であり、それはいわゆる自然崇拝とかなんとか。
そんな話を滾滾と話してくれたお婆さんが、思い出したかのようにアルグの顔を見て変なことを言い出した。
「ありゃ、お前さんこの間もわしと話さなかったかいな。そさな、この間は啓示を受けるには何処に行けばいいかと聞いとらんかったかい?」
お婆さんの言葉でアルグの顔つきが変わる。驚いたような顔を隠したかったのか、眉間のシワは何時もより険しかった。長く一緒に旅していたのにそんな表情は見たことがない。
「ご婦人!それは何日前の話か覚えてらっしゃるだろうか!!」
いつものアルグらしくなく声を荒げ、肩がわなわなと震えていた。
「わしゃそんなボケとらんよ! ありゃ五日、いや六日前かのう? そのとき一週間はいるつもりだって、お前さんいってたじゃないか!! ボケるにはまだ早いよ!」
「……ッ!!ということはまだ……!!」
そういってお婆さんにろくに挨拶もせず、手に持っていた買い物袋を俺に渡して、何処かへ走り出してしまう。あんなに焦ったアルグは本当にはじめてみた……。前言ってた探し物にまつわるものだろうか? 気になりはしたが、お婆さんに相棒の失礼を謝り、俺も早々にその場を離れた。
アルグの焦りも分かるが、探すならこの大量に残っている買い物を済ませてからにしてくれ、と俺は心の中で文句をたれる。まぁ、それだけアルグにとって大事なんだろうと納得し、まだまだある買い物をするため、一旦宿に戻ることにした。
その後、無事買い物を終わらせた俺はなんとか復活したセズと共に、アルグ探しと夕食を済ませるため町に出かけた。そこそこ広いこの港町は、人を探すのも大変そうだったが、魔族は目立つためすぐ探せると油断していた。
…………おかしい。全然見つけられないじゃないか。
なんで?! そうそう高身長で、角二本生やした人がいくら広いからといって、簡単に紛れるなんてあるわけない! そうおもって大通りだけじゃなく、裏道や店の中、屋根の上と至るところを見て回ったが、アルグがいる気配が一切なかった。まさか町を出たのか?!
足下を見ながら考えていたら、ふと目線を感じそちらを見上げる。
そこにいたのは表情の見えない仮面を着けたアルグによく似た誰かだった。
彼には額に一本の角があり、肌がアルグとは違い青かった。アルグは二本の角に赤い肌だから見た目はそこまで似てはいない。でもなぜだろうか。それを覆す位、彼の纏う雰囲気がアルグに酷似しているのだ。言葉では表せない感覚、本能がこれはアルグだと錯覚をおこしている。
近付こうと一歩足を踏み出すが、目を離したつもりもないのにその人は消えていなくなった。なんだ? 一瞬だけ彼が認識できなかった……ような。そんなことあるのか? と思い一緒にいたセズをみると、ぼんやりとその存在を眺めており、何度かの呼び掛けで何事もなかったかのように俺に話しかけてきた。
「あ……アルグさん見つかったんですか?」
「いや……見つかってはないけど、さっきの男アルグっぽいなって思ってさ」
「さっきの男の人? そうでしたっけ? 私には普通の方にみえましたよ」
小首を傾げうまく思い出せないのか、どうでしたかね? と答えるセズに背筋に冷やりとする。も、もしかして幽霊だったのか? そういった部類が一切苦手な俺は、それ以上考えるのが怖くなり忘れることにした。
そんなことがあった俺は、夜を歩くのが嫌になってしまい宿でアルグを待とうと、セズを半ば強制的に戻らせる。
見えない存在に怯えて帰った宿にはアルグも帰って来ており、俺達を見るなり謝罪の嵐だった。確かにアルグらしくない行動だったので、吃驚はしたが怒ってないよと伝え、お腹も空いてたので酒場で食事をした。
そうしてその日は終わったのだが、事件は次の朝におきた。
「最近ヒナタは夜中に抜け出してどこにいってるんだ?」
アルグが不審げにそんなことをいってきた。
「んんっ? 最近ってどういうこと? 昨日もその前も普通に眠ってたけど……?」
朝食時だったので、危うく喉をつまらせそうになりながらも、それ以上ない答えを返す。だがアルグは納得してはくれず、顔をしかめながら俺の知らない事実を突きつける。
「それはあり得ない。船の時も昨日だって寝ていたと思ったら、ふと気配が消える時があるし、ベットも裳抜けのからなんだが?」
えぇー、俺知らぬ間に夢遊病になってたのかなぁ……? アルグが寝てるようで寝てないのは、前からなんとなく気づいてたけど、それを出し抜いて居なくなるって、相当高度な事が俺にできるのか?
「アルグ、今度そんなときがあったら全力で俺のこと止めてくれ……。俺は普通に寝てるつもりだったし、何かあっても困るからさ」
「……それができるならオレの方でも頑張ってみるが、多分難しいかもしれん」
アルグがやる前から弱気とは、益々不安になってくる。そこまでひどいのか? セズはなにか俺に対して気付いたことはなかったか、後で聞いてみよう。
——そんなことを呑気に考えていたオレの横で、険しい顔つきをして俺を見ていたアルグの異変に、この時の俺は気付けずにいた。それが後のアルグとの離別に繋がると分かっていれば、もっとなにか出来たんじゃと今でも後悔している——
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