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10、思い出は遠く

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 前に立ち寄った街ウィスを出て早くも一週間が過ぎていた。最初は旅慣れていない俺は、何をするにもたじたじだったが、今では聞くこともなく、てきぱきと動けるようになってきた。とあることを除いてだが。
 情けない話だが未だ命を狩ることも、そして自分たちのためにそれを捌くことにも躊躇いがうまれ、それを自分の中で上手く処理しきれずにいた。それが甘えからくるものだと理解はしているが、心が伴ってくれない。アルグはそれについて何も言わず、得手不得手があるから、気にするなと言うが自分自身がそれを許せずにいる。

 そんな悩みを抱えつつ、雪道をアルグと歩いていたら、少し先でなにやら立ち往生しているらしき人影を見かけ、急ぎ足でその人に近づく。その行動に少し驚いていたアルグだったが、何も言わずついて来てくれた。近づいてみると、どうやらここから近くの村に住む年配の男性で、荷物を運んでいたらしいが、それも難しくなって困っていたようだった。
 確かに荷車に積まれたものはとても男性一人では難しかろう量で、しかも足場が悪い雪道。見かねた俺は、ここ最近発揮されることがなかった、一日一善の精神に則り手伝いを申し出た。
 男性はよほど困っていたのか、少し警戒心を露にしていたが、有難いと申し出を受け取ってくれた。その様子をみていたアルグは、俺にしか聞こえない声の大きさで諌めてきた。

 「ヒナタ、ここいらじゃ俺らみたいなのは異質なんだ。俺がお前にしたみたいなことは、普通だったら素直に受け取ってもらえない。ご老人も言葉ではああいっているが、大分警戒している。一歩間違えたら、お前が罪人扱いを受けるから、気をつけたほうがいい」

 顔を顰め、忠告してくれたアルグもそれがいいとは思ってはいないのだろう、大分つらそうだった。俺を慮って言ったであろう、その言葉に俺は不謹慎だが嬉しくなった。以前生きてきた地球でも、俺のモットーは異質で変人扱いは常だった。それが今こうして誰かと共有できると言うのはなんだか心強い。

 「心配ありがとうな、アルグ。でも一日一善は俺の生きる意味みたいなもんだから、やめるのは難しいかも。アルグにはたびたび迷惑をかけるかも……その時はごめん」

 するとアルグは意外な一言に反応を示した。

 「イチニチイチゼンってなんだ? 聞いたことない言葉だな」

 「え、ないの? 四文字熟語って翻訳難しいのか? そうだな、意味としては一日に一回だけでも善行しようぜ! って感じかな?」

 それを聞いたアルグは思うところがあったのか、考え込んでしまう。なんだろうかと気にかかったが、とりあえず今は荷車を引くためアルグを呼んで二人ががりで、数キロ先にある村まで男性を乗せ、そのまま村まで駆け抜ける。いや、アルグ力強すぎだろ! 最初から最後まで俺片手で荷車を追いかけるのがやっとだったのが情けない。着いた頃には息が上がり、その場に座り込むほどだった。勿論アルグはケロッとした様子で、肩を回していた。
 なんだろうか、アルグもしかして要らん事した俺にお冠だったりする? さっきから目も合わせず、何かを考え込んでるし……
 アルグの様子が気になり声をかけようとしたら、荷車で目を回していた男性が、落ち着いたのか俺に恐る恐る声をかけてきた。

 「あの、旅の方…………ここまで荷を運んで下さりありがとうございます。今日はもう日も落ちかけている事ですし、たいした礼は出来ないが、良かったら我が家へ一晩泊まってくだされ」

 何か見返りを求めての行為ではないが、こうして気持ちを返してもらえるのは素直に嬉しい。ここは男性の優しさ甘え、かわりにと、もう一仕事をさせてくれとお願いした。
 そうして俺たちが運んだ荷物を各家に届けることとなったのだが、村は年配の方ばかりで、若者はいない様子。気になりつつも、時間はそんなに残されていなので、アルグと分担で急ぎ届けに回る。最初はやはり警戒されたが、男性の名のもとに荷物を渡すと、皆優しくもてなしてくれたのだった。
 そうして届け終わった俺たちは合流し、男性の家へ向かう道中、俺が気になった話をするとアルグも同じだったようで、届け先の年老いた女性に話を聞いていた。その内容は、もう訪れてもいい春が今年は未だこず、そのせいで村全体の食糧が切迫、若者はその危機を回避するため、皆出稼ぎに行き、残ったのは老人ばかりになり現在に至るという。
 どのくらい遅れているのか聞いたら、なんと一ヶ月近いらしい。アルグもそういえば今年はやけに雪が残っていると、俺にこぼしていたが、なぜそこまで遅れているのだろうか? 
 疑問には思ったが、アルグも詳しくは聞けずじまいで、この話は蟠りを残したままで終わった。

 今晩お世話になる男性宅に着き、玄関口をコン、コンと軽くノックする。入っておいでと言う声で、扉をあけるとふわり、と優しい香りが家中に漂っていた。匂いにつられ奥にすすむと、男性の奥さんが、まるでわが子を迎えるかのように俺たちをもてなす。
 男性もその奥さんも穏やかで、とても懐かしい気持ちにさせる。そういえば、昔はこうして家族で夕食をともにしていたなぁ。兄貴もお袋も忙しいから中々揃う事はないけど、俺も妹も、たまに揃う夕食は特別で美味しく感じたもんだった。あの頃と同じ夕食は二度と味わうことはないだろう……。涙こそ出ないが、申し訳なさで張り裂けそうになった。

 久しぶり感じた団欒も終わり、俺たちが寝る部屋へ足を向けると、アルグに話があるから外に出ようと呼び止められた。改まった様子のアルグに俺も覚悟を決める。
 外に出ると、年配の方が多いためか、家々は静まり返っていた。この中で話すのは憚られるのか、少し村から離れたところの木の下で腰を落ち着けた。俺もそれに習い隣に座る。雪はないけど冷たい……。
 もぞもぞと落ち着かない俺を横目にアルグは、空を見ながら彼がずっと気になっていたことを聞いてきた。

 「今日一日ヒナタを見てて思ったんだが、なんでイチニチイチゼンしてるんだ?」

 「あー、なんだろうなぁ……。今でこそ理由とか意味が複雑化しちゃったけど、はじまりは昔聞いた言葉に感化されてかな」

 そういって俺も空を見上げる。今日の事で怒っているだろうアルグは空を見つめたまま、次の俺の言葉を待っていた。

 「その人が言っていたのは、世界中の人々が毎日一回だけでも良い行いをしていったら、いつの日かそれが輪になって、きっと世界を変えていく。なんて、そんな言葉は小さい俺の世界を変えるには十分で今に至ってる訳だ」

 そういって自分の言葉に失笑してしまう。あほだなぁ、俺。そう思い一人でクツクツと笑っていたら、それにつられたのかアルグもフッ、と小さく笑いをこぼす。場に漂っていた緊張感も和らぎ、はじめてその日アルグは自身のことを話してくれた。

 「オレもヒナタと同じで、暴力じゃない解決に憧れてたんだ。でも周りはそれを許してくれず、その結果大事なもん失っちまった。今はそれを探して旅してるんだ」

 後悔を滲ませるアルグに、俺はかける言葉が見つからない。お互い無言のまま、暫く空を見上げていたが、さすがに寒くなってきた俺は、よし、と立ち上がり明日も早いし寝ようとアルグに手を差し伸べる。アルグもそれは同じようで、がっかりと握った手は冷たかった。


 ——少しの力で立ち上がったアルグが遠くを見据えている。俺もそれに釣られ、何もない南の地平線を見つめる。
 それもそのはずだ。この村は国境にあり、少し先は春の種属が治める国、マウォル国になると教えてもらったのだから。
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