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いっぱいのませて
卒業式
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「うぅ、ぐやじい」
吉井のヒート期間が近付いた週末。すっかり羽鳥の家に入り浸るようになっていた吉井は、リビングのソファの上、羽鳥に抱きついてぐずっていた。
しっかり抱きついて低く唸っている恋人のふわふわした旋毛を見下ろし、羽鳥保は苦笑いした。
羽鳥の恋人の吉井誉はΩである。
約三ヵ月に一度やってくるヒートの日が、吉井の大学の卒業式に重なった。ヒートの来るタイミングを記録するアプリが出した予測で、薬を飲めばずらせるのだが。
問題なのは、羽鳥が吉井とした約束だった。次のヒートは一緒に過ごそうと言ってから、ようやく迎えるヒート期間。恋人である吉井と迎える初めてのヒート期間は、羽鳥にとっても吉井にとっても特別なものだった。
羽鳥はαだが、Ωのフェロモンに当てられてミルクが出る体質だった。それを吉井に知られてから関係を持つようになり、恋人同士として正式な付き合いが始まって今に至る。
楽しみにしていた二人で過ごすヒートだが、一生に一度の大学の卒業式を休ませるのは忍びないと思い、薬でずらせるなら、折角だし参加すればと羽鳥が言ったところ、この有様だった。
羽鳥に抱きついてぐずる吉井の背中を撫でて宥め、耳元に柔らかな声を吹き込む。
「卒業式、終わったらすぐ帰っておいで」
「うぅ、絶対そうする」
羽鳥の胸板に額を擦り付け、吉井が鼻を啜った。
卒論提出も無事終えて、あとは卒業式を迎えるだけとなった吉井。卒論を頑張っていたのも、辛いはずのヒートを楽しみにしていたのも羽鳥は知っている。
羽鳥にしがみついて離れない吉井を、羽鳥は優しく撫でてやる。こんなに楽しみにしているのだからたっぷり甘やかしてやろうと羽鳥は思う。
この愛らしい恋人のΩはどんなふうに乱れるのか、密かに楽しみにしていた。
そして迎えた卒業式の日。
窓の外は雲ひとつない快晴だった。朝はまだ寒さはあるが、日中は暖かくなりそうだった。
羽鳥は吉井のヒート期間に備えて、今日から一週間有給休暇を取っていた。普段あまり休みを取らないせいか、休みを取る旨を部下に伝えたところ、逆にそれだけでいいのかと言われるくらいだった。
「じゃあ、行ってきます」
真新しいスーツに身を包んだ吉井はどこか窮屈そうにしている。卒業式に合わせて一緒に買いに行ったスーツだった。深いネイビーのスーツは色素の薄い吉井によく似合っていた。
グレーのパーカーにスウェット姿の羽鳥は玄関で吉井を送り出す。
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
スーツに合わせて見繕ったシルバーのネクタイを整えてやると、吉井は羽鳥をまっすぐ見上げた。
吉井は行きたくなさそうだったが、羽鳥が宥めるように頭を撫でてやると、嬉しそうに頬を緩めた。
「絶対早く帰ってくるから」
「うん。支度して待ってるね」
吉井を見送った羽鳥は朝の家事を一通り終えると、寝室の準備を始めた。
吉井のヒート期間は、ほぼ寝室に閉じ籠ることになる。
防水シートに、食料や飲み物、羽鳥の匂いのついた服に、念のための大判のバスタオル。二人きりで迎える吉井のヒート期間のため、準備できるものは一通り準備をした。
卒業式を終えた吉井が帰ってきたのは昼過ぎだった。紙袋を提げ、左胸にはリボンの胸章がついている。本当に式が終わってそのまま帰ってきたようで、羽鳥は思わず頬を緩めていた。
「ただいま」
「おかえり、誉くん」
吉井は持っていた紙袋を放り出し、リビングのソファに座っていた羽鳥に抱きつく。
「卒業式、どうだった?」
羽鳥は吉井の微かに上気した頬をくすぐるようになぞる。
「ん、こんなもんかな、って感じ」
「ふふ、お疲れ様。卒業おめでとう、誉くん」
ちゅ、と音を立てて頬に唇を当ててやると、わかりやすく吉井は狼狽えた。
「っ、保さん」
恋人のかわいい反応に、羽鳥は目を細めた。
「お祝い、どうしようか。合鍵はもう渡したから、何か買いに行く?」
卒論提出が終わってからというもの、吉井はほとんどの時間を羽鳥の家で過ごしていた。ほぼ同棲と言っていい状態で、卒業後は同居することも決まっている。卒論提出のお祝いに、羽鳥が鍵を渡して一緒に住もうと言ったところ、吉井は快く頷いてくれた。
何か欲しいものがあればそれにしようと思っていた羽鳥だったが、吉井から返ってきたのは意外な答えだった。
「ヒートが来たら、いっぱい甘やかして」
「それだけでいいの?」
「ん、いい」
「わかった」
「今日、ヒートの薬飲んでないから、多分、明日からくると思う」
羽鳥の肩口に額を押し付けた吉井の声に甘い響きが混ざり始める。
「うん、休み取ってあるから。大丈夫、一緒にいるよ」
「保さん、いっぱい飲ませて」
「ん、いいよ」
「あと、薬飲んだから、中で出しても大丈夫だよ」
「っえ」
羽鳥は思わず声を上げた。避妊薬があるのは知っているし、吉井が飲んでいるのも知っている。それでも、いざそう言われると慌ててしまう。
「だから、俺を保さんでいっぱいにして」
顔を上げた吉井が頬を緩めた。
淫靡な表情を隠しもしない吉井からは、甘い匂いが漂う。否応無しにα性を煽る吉井の匂いに、羽鳥のαが喉を鳴らした。
吉井のヒート期間が近付いた週末。すっかり羽鳥の家に入り浸るようになっていた吉井は、リビングのソファの上、羽鳥に抱きついてぐずっていた。
しっかり抱きついて低く唸っている恋人のふわふわした旋毛を見下ろし、羽鳥保は苦笑いした。
羽鳥の恋人の吉井誉はΩである。
約三ヵ月に一度やってくるヒートの日が、吉井の大学の卒業式に重なった。ヒートの来るタイミングを記録するアプリが出した予測で、薬を飲めばずらせるのだが。
問題なのは、羽鳥が吉井とした約束だった。次のヒートは一緒に過ごそうと言ってから、ようやく迎えるヒート期間。恋人である吉井と迎える初めてのヒート期間は、羽鳥にとっても吉井にとっても特別なものだった。
羽鳥はαだが、Ωのフェロモンに当てられてミルクが出る体質だった。それを吉井に知られてから関係を持つようになり、恋人同士として正式な付き合いが始まって今に至る。
楽しみにしていた二人で過ごすヒートだが、一生に一度の大学の卒業式を休ませるのは忍びないと思い、薬でずらせるなら、折角だし参加すればと羽鳥が言ったところ、この有様だった。
羽鳥に抱きついてぐずる吉井の背中を撫でて宥め、耳元に柔らかな声を吹き込む。
「卒業式、終わったらすぐ帰っておいで」
「うぅ、絶対そうする」
羽鳥の胸板に額を擦り付け、吉井が鼻を啜った。
卒論提出も無事終えて、あとは卒業式を迎えるだけとなった吉井。卒論を頑張っていたのも、辛いはずのヒートを楽しみにしていたのも羽鳥は知っている。
羽鳥にしがみついて離れない吉井を、羽鳥は優しく撫でてやる。こんなに楽しみにしているのだからたっぷり甘やかしてやろうと羽鳥は思う。
この愛らしい恋人のΩはどんなふうに乱れるのか、密かに楽しみにしていた。
そして迎えた卒業式の日。
窓の外は雲ひとつない快晴だった。朝はまだ寒さはあるが、日中は暖かくなりそうだった。
羽鳥は吉井のヒート期間に備えて、今日から一週間有給休暇を取っていた。普段あまり休みを取らないせいか、休みを取る旨を部下に伝えたところ、逆にそれだけでいいのかと言われるくらいだった。
「じゃあ、行ってきます」
真新しいスーツに身を包んだ吉井はどこか窮屈そうにしている。卒業式に合わせて一緒に買いに行ったスーツだった。深いネイビーのスーツは色素の薄い吉井によく似合っていた。
グレーのパーカーにスウェット姿の羽鳥は玄関で吉井を送り出す。
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
スーツに合わせて見繕ったシルバーのネクタイを整えてやると、吉井は羽鳥をまっすぐ見上げた。
吉井は行きたくなさそうだったが、羽鳥が宥めるように頭を撫でてやると、嬉しそうに頬を緩めた。
「絶対早く帰ってくるから」
「うん。支度して待ってるね」
吉井を見送った羽鳥は朝の家事を一通り終えると、寝室の準備を始めた。
吉井のヒート期間は、ほぼ寝室に閉じ籠ることになる。
防水シートに、食料や飲み物、羽鳥の匂いのついた服に、念のための大判のバスタオル。二人きりで迎える吉井のヒート期間のため、準備できるものは一通り準備をした。
卒業式を終えた吉井が帰ってきたのは昼過ぎだった。紙袋を提げ、左胸にはリボンの胸章がついている。本当に式が終わってそのまま帰ってきたようで、羽鳥は思わず頬を緩めていた。
「ただいま」
「おかえり、誉くん」
吉井は持っていた紙袋を放り出し、リビングのソファに座っていた羽鳥に抱きつく。
「卒業式、どうだった?」
羽鳥は吉井の微かに上気した頬をくすぐるようになぞる。
「ん、こんなもんかな、って感じ」
「ふふ、お疲れ様。卒業おめでとう、誉くん」
ちゅ、と音を立てて頬に唇を当ててやると、わかりやすく吉井は狼狽えた。
「っ、保さん」
恋人のかわいい反応に、羽鳥は目を細めた。
「お祝い、どうしようか。合鍵はもう渡したから、何か買いに行く?」
卒論提出が終わってからというもの、吉井はほとんどの時間を羽鳥の家で過ごしていた。ほぼ同棲と言っていい状態で、卒業後は同居することも決まっている。卒論提出のお祝いに、羽鳥が鍵を渡して一緒に住もうと言ったところ、吉井は快く頷いてくれた。
何か欲しいものがあればそれにしようと思っていた羽鳥だったが、吉井から返ってきたのは意外な答えだった。
「ヒートが来たら、いっぱい甘やかして」
「それだけでいいの?」
「ん、いい」
「わかった」
「今日、ヒートの薬飲んでないから、多分、明日からくると思う」
羽鳥の肩口に額を押し付けた吉井の声に甘い響きが混ざり始める。
「うん、休み取ってあるから。大丈夫、一緒にいるよ」
「保さん、いっぱい飲ませて」
「ん、いいよ」
「あと、薬飲んだから、中で出しても大丈夫だよ」
「っえ」
羽鳥は思わず声を上げた。避妊薬があるのは知っているし、吉井が飲んでいるのも知っている。それでも、いざそう言われると慌ててしまう。
「だから、俺を保さんでいっぱいにして」
顔を上げた吉井が頬を緩めた。
淫靡な表情を隠しもしない吉井からは、甘い匂いが漂う。否応無しにα性を煽る吉井の匂いに、羽鳥のαが喉を鳴らした。
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