ミロクの山

はち

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悠真編

呼ばれた者

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 風呂から出て脱衣所に戻ると、手拭いのような布が置いてあった。身体を拭くためのもののようだった。身体を拭いて服を着て、廊下に出るとミロクがいた。

「ありがとう」

 身体が温まったせいか、気持ちも少し落ち着いた。
 ミロクは変わらず穏やかな表情で悠真を見つめる。

「もう寒くないか」
「うん」
「食事を用意しよう」

 ミロクに案内された先は浴室から少し離れた静かな和室だった。この屋敷のような場所がどれくらい広いのか、どれくらい部屋があるのかはわからないが、とにかく広いことだけはわかった。
 十畳ほどのその部屋には、膳に乗せられた料理がいくつも並んでいた。到底一人では食べきることができなそうな料理の数々はどれも美味しそうで、腹を空かせた悠真の食欲をそそった。

「すげえ」

 思わず声が漏れて、傍らにいたミロクが笑ったようだった。

「お前のために用意したものだ。たくさんお食べ」

 背中に手を添えて促され、悠真は並ぶ膳の前に座った。

「いただきます」

 手を合わせて、箸を取った悠真はふと思い出す。
 よもつへぐいというものがある。あの世のものを食べると、二度と現世に戻れないと言うものだ。神話にも出てくる。
 悠真は思わず手を止めた。
 ここは、あの世なのだろうか。これを食べても大丈夫なのかと不安になった。

「ミロクさま」
「どうした?」

 向かいに座ったミロクは、悠真の視線をまっすぐに受け止めた。

「ここは、あの世なのか?」

 硬い表情で問いを投げる悠真に、ミロクは穏やかな笑みを返す。

「ここは、私の領域。私に招かれたものだけが来られる場所だ。お前は死んだりしていないから安心してくれ」
「これを食べても、帰れなくなったりしない?」
「ああ」

 ミロクの言葉に悠真は安堵した。
 それなら、食べても大丈夫だろう。
 悠真は箸を伸ばし、焼かれた肉のようなものを食べる。

「これは?」

 豚のようだが、悠真の知っている豚とは違った。

「猪だよ」
「これは?」

 隣には同じように焼かれた赤身の肉のようなものがある。

「鹿だよ」
「すげえ」
「ふふ、好きなだけお食べ」
「ありがとう」

 この山で採れたものだろうか。山菜がたくさんある。天ぷらもある。普段食べることのない食材が多く、振る舞われた膳は悠真の目と舌を楽しませてくれた。

「ミロクさま、あの、門みたいなのは」
「あの門は、お前と私を繋ぐ境界だ」
「俺?」
「ああ。お前は、私が呼んだからここへやってきたんだよ、悠真」
「は」

 そうだというなら、巳禄山の行方不明者の何人かはこうやってこちらに連れてこられたのではないか。
 そして悠真もその中の一人ということになる。
 手の力が抜け、箸を取り落としそうになる。
 生贄も、おそらく神隠しに遭った者も、行方不明者も、皆、あの門からこちらに連れてこられたということになる。
 ミロクの、花嫁になるために。
 悠真は息を呑んだ。

「花嫁は、何をするんだ」

 声が硬くなるのが自分でもわかった。

「俺を食うのか」

 ミロクは首を横に振る。

「呪うのか」

 悠真の声に再び首を振って、ミロクは微笑む。

「食わないし、呪いもしない。私はお前を花嫁として迎えたい。私の子を産んでほしい」

 ミロクの声は静かだった。告げられた内容に、悠真の胸がうっすらと冷たくなる。

「俺は男だ。そういうふうにはできてない」

 悠真は当たり前のことを口にした。自分は男だ。子を産むような身体の作りにはなっていない。

「瑣末なことだ。母もそうだった」
「母?」

 ミロクに母がいるということが不思議に思えた。

「私の子は、その胎で快楽を食って、そして孵る。私もそうだった」
「は、ら? けらく……?」

 馴染みのない単語に、悠真は戸惑いをあらわにする。

「そうだよ、悠真」

 ミロクは笑みを深める。

「その腹で私の精を受けて、子を産んでほしい」

 自分は男でそういうふうにはできていないはずなのに。ミロクが言うと、そういうふうになるのだと思ってしまう。

「どうして俺なの」

 わからなかった。どうして自分なのか。目立って顔が良いわけでも、何か秀でた能力があるわけでもない。体型だって普通だ。

「私が気に入ったからだよ。我々と花嫁には相性がある。波長の合うものが、花嫁に選ばれる」

 そんなことを言われても、はいそうですかとはいかない。悠真はまだ納得できないまま、ミロクの声に耳を傾けた。
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