ミロクの山

はち

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宗慈編

宮渡りの夜

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 ミロクが宗慈を娶って、子をなすためではない交わりが増えた。もう胎を慣らす必要はなかったが、ミロクは度々宗慈の身体を求めた。ただ、互いが快感を貪るための交わりだった。
 日に一度、多ければ二度三度と、ミロクは宗慈の身体を快楽で満たした。
 満月の日などには五度するこもあった。
 ミロクが求めれば宗慈はそれに応え、宗慈から求めることもあった。そんな時でもミロクは甘やかに微笑み、宗慈を愛してくれた。
 宗慈は、ミロクの触手へと自ら吸い付いて奉仕をする。そこから溢れる甘い粘液は、宗慈の食事代わりでもあった。
 奥まで愛でてくれるミロクの昂りへも、丹念に唇と舌と、手で奉仕する。
 宗慈は、表面の棘のような凹凸を舌で撫でると、ミロクが嬉しそうに身体を震わせるのを覚えた。

「気持ちいいね、宗慈」
「ん、気持ちいい」

 宗慈からミロクへ向けられる言葉もすっかり砕けたものになった。
 素直に甘える宗慈を、ミロクは深く愛した。
 何度も気をやって、熱い精を注がれて。日を重ねるごとに、宗慈の胎はミロクの花嫁の胎として着実に熟れていった。
 もちろん、山を富ませる子を産むことも忘れてはいない。すっかりミロクの力に馴染んだ宗慈の胎は多くの子を産み、痩せた山を少しずつ富ませていった。



 そうやって、季節の流れたある日のこと。
 その日、宗慈の目覚めは恐ろしくすっきりしていた。空腹感はない。ミロクの花嫁となってから、いつの間にか、空腹を感じることはなくなっていた。行為のたびに飲まされた触手からの甘い粘液やミロクの唾液のせいだった。
 綺麗な布団に寝かされ、身体は清められ、着物のようなものが着せられている。ミロクと同じような、白銀色の着物だ。
 宗慈は布団から起き上がり、身なりを正す。
 部屋は薄明るく、どれだけ寝ていたのかわからない。
 珍しく、近くにミロクの姿が見えない。
 部屋には誰の気配もなく、ミロクの、白檀の香りだけがした。

「ミロクさま……?」

 流れてくる白檀の香りに誘われるようにして、宗慈は部屋を出た。
 障子を開けたそこはどこまでも廊下が続く。白檀の香りを辿って歩く渡り廊下は静かだった。
 外は相変わらず濃い霧のようなものに包まれていて景色は見えない。
 香りを辿った宗慈はやがて、大きな部屋に行き当たった。宗慈は襖を開けた。
 そこには探し求めたミロクの姿があった。そして、その向かいにはミロクによく似た姿の男が座っていた。
 背丈は宗慈と同じくらいだろう。
 頬くらいの長さの髪はミロクと同じ白銀色で、絹のように艶やかだった。その瞳は金色、美しい顔立ちにはミロクの面影がある。

「ミロク様……?」
「ふふ、すっかり元気になったようだね。おいで、宗慈」

 ミロクは宗慈を傍らに呼び寄せる。宗慈は隣に座る。

「宗慈の産んだ子が、ミロクになったんだ」

 ミロクが視線で促す。目の前にいる青年は静かに微笑む。

「母上」

 青年が口を開いた。耳慣れない呼び方に、戸惑う。

「シラツルです」

 その声はミロクよりも少し低い。見た目は二十代後半の青年のように見える。

「しらつる……?」

 口に出してみても覚えのない名だった。

「大きくなっただろう。ねえ、宗慈」
「え、あ……?」
「宗慈が産んだ子だよ」
「あ……!」

 宗慈は思わず声を上げた。宗慈が初めて胎に宿した卵から生まれた、子蛇だ。

「うそ、ヘビじゃ……」
「この姿でお会いするのは初めてですね」

 話し方も落ち着いている。

「宗慈がたくさん産んでくれたおかげで山が豊かになったから、子どもたちの成長も早いんだ」
「あ……」

 思い出して、宗慈の顔が赤くなる。ミロクに卵を産みつけられ、何匹も産み落としたツチノコのような子のことだ。

「お目にかかれて光栄です。私も、ミロクとして良き妻を娶ります」

 シラツルーー新しいミロクは、深く一礼すると立ち上がった。

「それでは、私はこれで」
「頼むね、シラツル」
「はい」

 シラツルは深く一礼して部屋を出ていった。
 二人だけになった静かな部屋。ミロクはそっと宗慈を抱き寄せた。

「宗慈」

 いつになく優しい声だった。

「ミロクの名をシラツルに譲ったんだ。だから、私のことは、シラツチと呼んでおくれ」
「シラツチさま」

 それが本当の名なのだろう。
 宗慈が呼ぶと、シラツチは柔らかく微笑む。

「嬉しいよ、宗慈。この名で呼ばれるのはいつぶりだろう」

 こんなに早く、ミロクを子に譲るとは思っていなった。寂しさはあるが、嬉しそうなシラツチを見るとそんなことはどうでもよくなってしまう。

「本宮はミロクに任せて、私は奥宮に行くんだ」
「奥宮?」
「奥宮は裏巳禄にあるんだ。そちらもすっかり痩せてしまった。また、たくさん産んでくれるかい?」
「はい。シラツチさま」

 裏巳禄。覚えのある名前だった。奥宮巳禄からさらに北にある山の名だった。
 宗慈の頬を愛おしげに撫でるシラツチ。その金色の瞳は柔らかな光を湛えていた。

「今夜、宮渡りをするからね」
「宮渡り?」
「新しいミロクが、本宮に入るんだ。そして私は奥宮に入る」

 ミロクの手が、宗慈の髪を撫でる。

「ようやくゆっくりできる。お前のことも、たくさん抱いてあげる」

 宗慈の胎の奥の種火が、甘く揺らめいた。

 その夜。
 身を清め終えた宗慈を白銀の衣に包んで、シラツチは抱き上げた。

「さあ、行こうか」
「はい」

 廊下を進んでいくと、どこかから鈴の音がする。
 涼しげな音は、一定のリズムで遠くから聴こえてくる。
 シラツチはゆったりとした足取りで長い渡り廊下を進む。
 やがて、辺りを覆う霧が晴れた。
 開けた世界を見回すと、木々の影の向こうに満月が見えた。
 空は晴れ渡り、美しい月夜だった。

「宗慈、あれが奥宮だよ」

 渡り廊下の先に見えるのは、質素な宮だった。
 薄暗いそれに不安が過るが、それを遮るようにシラツチの超えがした。

「心配いらないよ。ここもすぐに豊かになる。ねえ、宗慈」

 それがどういうことか、わからない宗慈ではない。頬を赤く染め、小さく頷いた。

「さあ、宗慈。またたくさん産んでおくれ」

 シラツチの甘く柔らかなが鼓膜を震わせ、宗慈の脳髄まで甘く痺れさせた。
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