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後日譚
アウファトの卵
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竜王の宮にやってきてから、アウファトの行動範囲は部屋の中と、そこに面した庭だけだった。部屋の中に全てが用意されていて、アウファトは部屋から出る必要はなかった。外の空気を吸いたいときは、部屋のテラスから広い庭園へと出ることができた。
アウファトが纏うのは、用意された薄手のなめらかな生地でできた寝間着のようなものだ。さらりとした肌触りの生地は軽く、肌の温度が馴染むと何も着ていないように思える。
ベッドの上に横になったアウファトは、無意識に腹を撫でた。
腹の中に、存在感がある。はっきりと、そこに何か硬いものがあるのがわかる。
変わらず平らな腹だが、もうじき生まれると、なんとなくそう思った。
「お前は、いつ出てくるんだ?」
アウファトは虚空に問う。返事はもちろんない。
腹の奥にうっすらと感じる卵に、アウファトはなんとなく愛着を感じていた。
「ジジも楽しみにしてる」
ジェジーニアは竜王の務めに出ている。昼過ぎには戻ってくると言っていたから、もうじき戻ってくるだろう。
時計のない部屋では、日差しだけがなんとなくの時間を教えてくれる。日差しはずいぶん高いところから降っているようで、部屋に差し込む光は少ない。
窓の向こうの眩い青空を眺めているうち、温かな日差しも相俟って、アウファトはいつのまにか眠りに落ちていた。
「あう?」
ジェジーニアの声に、アウファトは瞼を持ち上げた。
いつのまにか眠っていたようで、ぼやけた視界を埋めるのは、覗き込むジェジーニアの顔だ。
意識がはっきりしてくるのと同時に、 アウファトは自分の身体の異変に気がつく。
「う、ジジ」
腹が痛くて、アウファトはそっと腹をさする。
「あう、いたい?」
「ん、少し」
アウファトは浅く息を吐き、腹を撫でた。
卵が、生まれようとしている。
「卵が……」
「フィノを呼んでくる」
ジェジーニアは慌てて部屋を出ていった。
ひとり寝台の上に残されたアウファトは、浅く息を吐き、胸を喘がせた。呼吸が、思うようにできない。
腹の奥から、たまごが降りてくるのがわかる。
薄衣の寝間着は、滲んだ汗で湿っていた。
「う……」
か細い、喘ぎのようなアウファトの声は、虚空に散った。
程なくして部屋の扉が開いて、静かな足音がいくつも部屋に入ってくる。ジェジーニアと、竜人の侍従を連れたフィノイクスがやってきた。
「あう」
声とともにジェジーニアの顔が見えて、アウファトは表情を和らげた。
アウファトの額にはじっとりと汗が浮かぶ。
ジェジーニアは手のひらでそっと拭ってくれた。
ジェジーニアの隣にはフィノイクスの姿があった。
「アウファト、生まれそう?」
「腹の、奥が、痛い」
「支度を」
目配せとともに飛んだフィノイクスの短い言葉に、侍従たちが何やら支度を始めた。
「ジェジーニア、そばにいてあげて。手を」
「ん、うぅ」
アウファトの手を、ジェジーニアがしっかり握ってくれた。
ジェジーニアの両手に包まれた手のひらは温かかった。
「ひ、っ、あ」
腹の中で、ゆっくりと卵が動くのがわかる。
異物感に、アウファトは喉を引き攣らせて喘いだ。
「アウファトさま、脚を」
下肢を覆う、大きな布が掛けられたかと思うと、脚を広げ膝を立てられる。
布を掛けられているおかげで恥ずかしさはない。
「い、う、卵、降りて、くる」
アウファトはジェジーニアの手をきつく握った。
「あう、がんばって」
温かな手に力が込められるのを感じて、アウファトは小さく頷いた。
自分の母親は、こんな思いまでしてよく自分を産んでくれたと思う。
フィオディークもだ。
ジェジーニアを産むときもこんな感じだったのだろうか。
アウファトが思いを馳せるのは、はるかな昔から続く命の連鎖だった。
「ん、く」
「もう少しです、アウファト様」
「っ、あ」
窄まりが目一杯広がっているのがわかる。ジェジーニアの猛りとは違う、もっと硬くて温もりをまとった物が、皺が伸びきるほど拡げて、そして飛び出した。
「っあ!」
思わず声が漏れた。
薄い胸板が上下して、熱を帯びた肌は汗で濡れていた。
「お上手です、アウファトさま」
侍従の竜人が取り上げたのは、アウファトの拳と同じくらいの大きさの、硬い殻を持った楕円形の黒い卵だ。
「おつかれさま、あう。これがあうの卵だよ」
「こんなに、小さいのか」
恭しく艶のある布に載せられた卵は、これから竜王が生まれるとは思えないくらいに小さい。アウファトがおそるおそる指先で撫でると、つるりとしたなめらかな感触が指先に触れた。
「そう。初めはね。これが少しずつ大きくなって、竜王の子が生まれる」
「これは、その、温めたりは」
鳥はこれが孵るまで温めるが、竜王もそれが必要なのだろうか。アウファトがおそるおそる訊ねるとフィノイクスは微笑む。
「したい? しなくても時がくれば産まれるけど、しても構わないよ。君と、ジェジーニアの子だ」
この、硬い殻の中に、次の竜王が宿っている。それが自分の腹から出てきたのだ。不思議な感覚だった。
「疲れただろう。ゆっくり休んで」
「あうの世話は俺がするよ」
「では、そのように支度を」
侍従たちは寝台の周りを片付け、着替えや替えのシーツなどの支度をすると、フィノイクスとともに部屋を出ていった。
部屋には、二人と卵が一つ残された。寝台の傍らにある小さなテーブルには、籠が用意されてそこに卵が置かれた。
「あう、がんばったね」
「ジジ」
「あうも卵も、ちゃんと守るね」
ジェジーニアはアウファトをしっかりと抱きしめた。
「ありがとう、あう」
ジェジーニアの優しい声が、胸に沁みていく。
アウファトはジェジーニアの背に腕を回した。
疲れとジェジーニアの温もりは、アウファトの意識をぼやかしていく。
「ジジ」
なんとか名前を呼ぶが、もう意識は途切れそうだった。そっと髪を撫でるジェジーニアの手のひらを感じながら、アウファトは揺蕩う意識を手放した。
アウファトが纏うのは、用意された薄手のなめらかな生地でできた寝間着のようなものだ。さらりとした肌触りの生地は軽く、肌の温度が馴染むと何も着ていないように思える。
ベッドの上に横になったアウファトは、無意識に腹を撫でた。
腹の中に、存在感がある。はっきりと、そこに何か硬いものがあるのがわかる。
変わらず平らな腹だが、もうじき生まれると、なんとなくそう思った。
「お前は、いつ出てくるんだ?」
アウファトは虚空に問う。返事はもちろんない。
腹の奥にうっすらと感じる卵に、アウファトはなんとなく愛着を感じていた。
「ジジも楽しみにしてる」
ジェジーニアは竜王の務めに出ている。昼過ぎには戻ってくると言っていたから、もうじき戻ってくるだろう。
時計のない部屋では、日差しだけがなんとなくの時間を教えてくれる。日差しはずいぶん高いところから降っているようで、部屋に差し込む光は少ない。
窓の向こうの眩い青空を眺めているうち、温かな日差しも相俟って、アウファトはいつのまにか眠りに落ちていた。
「あう?」
ジェジーニアの声に、アウファトは瞼を持ち上げた。
いつのまにか眠っていたようで、ぼやけた視界を埋めるのは、覗き込むジェジーニアの顔だ。
意識がはっきりしてくるのと同時に、 アウファトは自分の身体の異変に気がつく。
「う、ジジ」
腹が痛くて、アウファトはそっと腹をさする。
「あう、いたい?」
「ん、少し」
アウファトは浅く息を吐き、腹を撫でた。
卵が、生まれようとしている。
「卵が……」
「フィノを呼んでくる」
ジェジーニアは慌てて部屋を出ていった。
ひとり寝台の上に残されたアウファトは、浅く息を吐き、胸を喘がせた。呼吸が、思うようにできない。
腹の奥から、たまごが降りてくるのがわかる。
薄衣の寝間着は、滲んだ汗で湿っていた。
「う……」
か細い、喘ぎのようなアウファトの声は、虚空に散った。
程なくして部屋の扉が開いて、静かな足音がいくつも部屋に入ってくる。ジェジーニアと、竜人の侍従を連れたフィノイクスがやってきた。
「あう」
声とともにジェジーニアの顔が見えて、アウファトは表情を和らげた。
アウファトの額にはじっとりと汗が浮かぶ。
ジェジーニアは手のひらでそっと拭ってくれた。
ジェジーニアの隣にはフィノイクスの姿があった。
「アウファト、生まれそう?」
「腹の、奥が、痛い」
「支度を」
目配せとともに飛んだフィノイクスの短い言葉に、侍従たちが何やら支度を始めた。
「ジェジーニア、そばにいてあげて。手を」
「ん、うぅ」
アウファトの手を、ジェジーニアがしっかり握ってくれた。
ジェジーニアの両手に包まれた手のひらは温かかった。
「ひ、っ、あ」
腹の中で、ゆっくりと卵が動くのがわかる。
異物感に、アウファトは喉を引き攣らせて喘いだ。
「アウファトさま、脚を」
下肢を覆う、大きな布が掛けられたかと思うと、脚を広げ膝を立てられる。
布を掛けられているおかげで恥ずかしさはない。
「い、う、卵、降りて、くる」
アウファトはジェジーニアの手をきつく握った。
「あう、がんばって」
温かな手に力が込められるのを感じて、アウファトは小さく頷いた。
自分の母親は、こんな思いまでしてよく自分を産んでくれたと思う。
フィオディークもだ。
ジェジーニアを産むときもこんな感じだったのだろうか。
アウファトが思いを馳せるのは、はるかな昔から続く命の連鎖だった。
「ん、く」
「もう少しです、アウファト様」
「っ、あ」
窄まりが目一杯広がっているのがわかる。ジェジーニアの猛りとは違う、もっと硬くて温もりをまとった物が、皺が伸びきるほど拡げて、そして飛び出した。
「っあ!」
思わず声が漏れた。
薄い胸板が上下して、熱を帯びた肌は汗で濡れていた。
「お上手です、アウファトさま」
侍従の竜人が取り上げたのは、アウファトの拳と同じくらいの大きさの、硬い殻を持った楕円形の黒い卵だ。
「おつかれさま、あう。これがあうの卵だよ」
「こんなに、小さいのか」
恭しく艶のある布に載せられた卵は、これから竜王が生まれるとは思えないくらいに小さい。アウファトがおそるおそる指先で撫でると、つるりとしたなめらかな感触が指先に触れた。
「そう。初めはね。これが少しずつ大きくなって、竜王の子が生まれる」
「これは、その、温めたりは」
鳥はこれが孵るまで温めるが、竜王もそれが必要なのだろうか。アウファトがおそるおそる訊ねるとフィノイクスは微笑む。
「したい? しなくても時がくれば産まれるけど、しても構わないよ。君と、ジェジーニアの子だ」
この、硬い殻の中に、次の竜王が宿っている。それが自分の腹から出てきたのだ。不思議な感覚だった。
「疲れただろう。ゆっくり休んで」
「あうの世話は俺がするよ」
「では、そのように支度を」
侍従たちは寝台の周りを片付け、着替えや替えのシーツなどの支度をすると、フィノイクスとともに部屋を出ていった。
部屋には、二人と卵が一つ残された。寝台の傍らにある小さなテーブルには、籠が用意されてそこに卵が置かれた。
「あう、がんばったね」
「ジジ」
「あうも卵も、ちゃんと守るね」
ジェジーニアはアウファトをしっかりと抱きしめた。
「ありがとう、あう」
ジェジーニアの優しい声が、胸に沁みていく。
アウファトはジェジーニアの背に腕を回した。
疲れとジェジーニアの温もりは、アウファトの意識をぼやかしていく。
「ジジ」
なんとか名前を呼ぶが、もう意識は途切れそうだった。そっと髪を撫でるジェジーニアの手のひらを感じながら、アウファトは揺蕩う意識を手放した。
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