【完結】ゼジニアの白い揺籠

はち

文字の大きさ
上 下
56 / 63
後日譚

ある朝の話

しおりを挟む
 アウファトが王から譲り受けた屋敷に耳慣れない大きな羽音が近付いてきたのは、引っ越しが落ち着いてしばらくしてからのある朝のことだった。



 夏の気配はすっかり薄れ、窓から見える庭の草木には朝露が降り、夜明けから間もない清らかな陽射しを受けてきらめいていた。
 鳥の鳴き声も聞こえる、穏やかな朝。
 起き出したアウファトは台所に立ち、ジェジーニアのための朝食の支度を始めていた。
 このところアウファトは食事を摂らない。用意する食事はジェジーニアの分だけだ。アウファトが摂るのは水分だけ。今朝も火を起こして湯を沸かして、お茶を淹れる支度がそれだ。
 後から起きてきたジェジーニアは支度をするアウファトにそっと抱きつく。

「あう」
「ん、おはよう、ジジ」
「卵に、ごはんだよ」

 ジェジーニアは甘やかな声とともにアウファトを抱き寄せ、起き抜けの無防備な唇に口づける。
 真っ白い朝日の差し込む台所で交わされるつがいの甘やかな触れ合いを、アウファトは拒むこともなく素直に受け入れた。

 ジェジーニアからの口づけだけで、アウファトは満たされていく。どうなっているのかわからないが、事実、アウファトはジェジーニアとの口づけだけで一日中何も食べないで平気だった。
 卵に、というが、アウファトも満たされている。朝、起きてすぐと、夜、日が暮れてから。ジェジーニアが日中家にいる日は昼間も与えられる。それだけで腹が減らないのはアウファトには不思議だった。

 ジェジーニアはアウファトの腹に卵があると言うが、アウファトはまだ薄い自分の腹に卵があるのだと信じられないでいた。そっと撫でても、そこに何かがあるとは思えなかった。

 ジェジーニアの唇が静かに離れる。胸に生まれるもの寂しさに、アウファトは無意識に縋るような視線をジェジーニアに向けた。
 ジェジーニアはそれに気がついたのか、優しく微笑むとうっすらと熱を帯びたアウファトの頬を撫でた。

「あう、俺もお腹減った」
「そうだな、食事にするか」



 台所のそばに設えられた木製の食卓と椅子は、二人の食事のときの定位置になっていた。
 元は王の持ち物だっただけあって、繊細な装飾の施された食卓は、丈夫そうな硬い木でできていた。椅子は、体に沿うように曲線で作られて、長く座っても苦にならなそうだった。

 ジェジーニアが嬉しそうにアウファトの用意したパンを頬張る。アウファトが作り方を教わって家で焼いたものだ。美味しそうに食べるジェジーニアを眺めながら、今日の予定を頭の中で確かめる。

 ジェジーニアは朝、食事を終えると竜王の宮へと出向く。竜王の務めを果たすためだ。
 その間、アウファトは研究室へ行ったり、何もない日は家で講義の支度をする。日によっては家の掃除や洗濯もする。ジェジーニアがいるときはジェジーニアも一緒だ。

 今日は明日の講義の支度がある。余裕があれば庭の手入れでもしようかとアウファトが思ったところで、聞きなれない羽音が聞こえた。
 それも、一つではない。鳥にしては随分と大きな、ゆったりとした羽音がいくつか重なって聞こえる。
 アウファトが気が付いたのと、ジェジーニアが窓の外を見たのは同時だった。

「誰か来た」

 ジェジーニアの声で、アウファトはそれが鳥などではないことを知った。

「フィノだ」

 羽音だけでわかるのかと、アウファトはジェジーニアの横顔を見る。
 ジェジーニアも不思議そうな顔をしている。
 アウファトにもフィノイクスがやってくる理由がわからなかった。気まぐれなようで、いつも何かしらの目的を持っているフィノイクスが、何のために。考えても、その答えはアウファトの中には見つからなかった。

 アウファトの胸に生まれた不安を察したのか、ジェジーニアが窓の外に向けていた黄昏色の瞳をアウファトへと向けた。

「大丈夫だよ」

 ジェジーニアの柔らかな声と笑みは、アウファトの強張った心と身体を緩めていく。

「行こうか」
「ああ」

 ジェジーニアに手を取られ、アウファトは朝食の途中にもかかわらず、ジェジーニアと庭に出た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

潜入した僕、専属メイドとしてラブラブセックスしまくる話

ずー子
BL
敵陣にスパイ潜入した美少年がそのままボスに気に入られて女装でラブラブセックスしまくる話です。冒頭とエピローグだけ載せました。 悪のイケオジ×スパイ美少年。魔王×勇者がお好きな方は多分好きだと思います。女装シーン書くのとっても楽しかったです。可愛い男の娘、最強。 本編気になる方はPixivのページをチェックしてみてくださいませ! https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21381209

オークなんかにメス墜ちさせられるわけがない!

空倉改称
BL
 異世界転生した少年、茂宮ミノル。彼は目覚めてみると、オークの腕の中にいた。そして群れのリーダーだったオークに、無理やりながらに性行為へと発展する。  しかしやはりと言うべきか、ミノルがオークに敵うはずがなく。ミノルはメス墜ちしてしまった。そしてオークの中でも名器という噂が広まり、なんやかんやでミノルは彼らの中でも立場が上になっていく。  そしてある日、リーダーのオークがミノルに結婚を申し入れた。しかしそれをキッカケに、オークの中でミノルの奪い合いが始まってしまい……。 (のんびりペースで更新してます、すみません(汗))

君が好き過ぎてレイプした

眠りん
BL
 ぼくは大柄で力は強いけれど、かなりの小心者です。好きな人に告白なんて絶対出来ません。  放課後の教室で……ぼくの好きな湊也君が一人、席に座って眠っていました。  これはチャンスです。  目隠しをして、体を押え付ければ小柄な湊也君は抵抗出来ません。  どうせ恋人同士になんてなれません。  この先の長い人生、君の隣にいられないのなら、たった一度少しの時間でいい。君とセックスがしたいのです。  それで君への恋心は忘れます。  でも、翌日湊也君がぼくを呼び出しました。犯人がぼくだとバレてしまったのでしょうか?  不安に思いましたが、そんな事はありませんでした。 「犯人が誰か分からないんだ。ねぇ、柚月。しばらく俺と一緒にいて。俺の事守ってよ」  ぼくはガタイが良いだけで弱い人間です。小心者だし、人を守るなんて出来ません。  その時、湊也君が衝撃発言をしました。 「柚月の事……本当はずっと好きだったから」  なんと告白されたのです。  ぼくと湊也君は両思いだったのです。  このままレイプ事件の事はなかった事にしたいと思います。 ※誤字脱字があったらすみません

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

俺☆彼 [♡♡俺の彼氏が突然エロ玩具のレビューの仕事持ってきて、散々実験台にされまくる件♡♡]

ピンクくらげ
BL
ドエッチな短編エロストーリーが約200話! ヘタレイケメンマサト(隠れドS)と押弱真面目青年ユウヤ(隠れドM)がおりなすラブイチャドエロコメディ♡ 売れないwebライターのマサトがある日、エロ玩具レビューの仕事を受けおってきて、、。押しに弱い敏感ボディのユウヤ君が実験台にされて、どんどんエッチな体験をしちゃいます☆ その他にも、、妄想、凌辱、コスプレ、玩具、媚薬など、全ての性癖を網羅したストーリーが盛り沢山! **** 攻め、天然へたれイケメン 受け、しっかりものだが、押しに弱いかわいこちゃん な成人済みカップル♡ ストーリー無いんで、頭すっからかんにしてお読み下さい♡ 性癖全開でエロをどんどん量産していきます♡ 手軽に何度も読みたくなる、愛あるドエロを目指してます☆ pixivランクイン小説が盛り沢山♡ よろしくお願いします。

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

処理中です...