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古竜文字
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あの苦い経験から一年が経とうとしている。
探索の後、アウファトは書き写してきた壁の古竜文字の解読を進めた。文字と、口伝で残る言葉を照らし合わせ、そこから言葉と文字を一致させ、意味を探す。その繰り返しだった。各地の伝承を漁り、掻き集めた史料を日々睨んで、ようやくだった。
アウファトは紙に書き写してきた内容をミシュアに見せる。紙には、古竜文字と現在使われているアーディス文字が並ぶ。
『我は善なるもの。忠誠と献身をもってこの扉を開ける。これは誓約である。これに背けばあらゆる責苦を、呪詛を受けよう。これは誓約である。この宝を護るという誓約である』
古竜文字を訳すと、こんな意味になる。アウファトはもう何度も読んで覚えていた。
文中にある忠誠と献身、誓約と呪詛、そして守護。アウファトはずっと、この意味を考えていた。
こんな謎解きめいたものは初めてだった。
似たような文章がないか、手がかりはないか、他の文献を探したが、アウファトが知り得る史料の中には何のきっかけも見つからなかった。
「宝を、守る、ね」
ミシュアはアウファトから受け取った紙を見つめて、誰に言うでもなく呟き、果実酒を一口飲んだ。
その表情は何かを深く考えているようだった。
「大層立派なもんが眠ってるんだろうよ。見つかったら、少し分けてくれよ」
ミシュアはグラスを傾け、薄く笑ってそんな冗談を口にする。分けられるようなものが入っていれば良いが、とアウファトは思う。
幾度となく研究者たちが挑んだが、誰も到達したことのない、白い揺籠。その白い揺籠は、フィオディカ伝承とは別に伝わる白き王の伝承にその記述がある。
『神よりの言葉を告げる黒き竜王に愛された王がいた。白き王。善なる者。預言を受けた王は国を治め、やがて黒き竜王より至宝を賜った。その名はゼジニアといった。王に反旗を翻す者が現れた。王は自らの死を悟り、ゼジニアを白い揺籠に隠した』
王の賜った至宝とは、古代兵器だとか、金銀財宝だとか、数多の魔術書だとか、聖剣だとか、諸説あったが決定打になるものはなかった。
「ちなみにこれ、音読はできるのか?」
もちろん出来るだろうと言いたげなミシュアの言葉に、アウファトは頷いた。お茶を一口飲んで喉を潤すと、静かに古竜語を唱え始めた。
「ミア、セントレ、ネ。フィデ、デディ、ウム、ラドゥ、セト、アプラ。ラドゥア、ジュラム、ニア。
ラドゥイ、イントラ、アル、ディオゾ、カスト、セブラ。ラドゥア、ジュラム、ニア。ラドゥ、トレゾ、アム、キア、ジュラム、ニア」
アウファトが音読する。その声に迷いはない。
これも全て頭に入っていた。
アウファトの声が途切れると、ミシュアは手を叩いて喜んだ。
「はは、やるな。流石は首席殿だ」
アウファトに渡された紙を指先で撫で、ミシュアは穏やかな声で続けた。
「まだ、白い揺籠には誰も到達できていない。俺もな。あの扉は、まだ誰も開けられていない。お前が到達できたら、それはお前の功績だよ、アウファト」
ミシュアは視線を持ち上げ、アウファトを見た。その目は温かい。そう言ってもらえるのは素直に嬉しかった。ミシュアは自分にとっては戦友であり師匠だ。
あれから一年、ずっと気になっていた。
あの時、あの扉を開けていたら、ミシュアは首席を辞めなかったかもしれない。
もっと自分に知識があれば、とアウファトは思わずにはいられなかった。
思い出すと、なんとも言えない苦々しい気持ちになる。ミシュアはアウファトを責めることはしなかった。元々おおらかな性格のミシュアは、アウファトの失敗にも寛大だったし、前向きだった。責められたことは一度もない。
だからこそ、アウファトはずっとミシュアに対して申し訳ない気持ちを抱いていた。
「あんたの功績だよ」
言って、アウファトは思わず苦笑した。
それを見たミシュアは怪訝そうにアウファトの顔を覗き込む。
「なんだよ、嬉しくないのか?」
ミシュアは晴れない顔をしているアウファトを見て苦笑した。
「まだ、気にしてるのか」
気にしない方がおかしいと思うアウファトだったが、ミシュアは済んだことは気にしない気質だ。
アウファトはそれを羨ましく思う。
自分なら三日三晩悩んで眠れないようなことも、ミシュアは大した問題にせず、よく寝た。眠れないなんて話も聞いたことがなかった。
探索の後、アウファトは書き写してきた壁の古竜文字の解読を進めた。文字と、口伝で残る言葉を照らし合わせ、そこから言葉と文字を一致させ、意味を探す。その繰り返しだった。各地の伝承を漁り、掻き集めた史料を日々睨んで、ようやくだった。
アウファトは紙に書き写してきた内容をミシュアに見せる。紙には、古竜文字と現在使われているアーディス文字が並ぶ。
『我は善なるもの。忠誠と献身をもってこの扉を開ける。これは誓約である。これに背けばあらゆる責苦を、呪詛を受けよう。これは誓約である。この宝を護るという誓約である』
古竜文字を訳すと、こんな意味になる。アウファトはもう何度も読んで覚えていた。
文中にある忠誠と献身、誓約と呪詛、そして守護。アウファトはずっと、この意味を考えていた。
こんな謎解きめいたものは初めてだった。
似たような文章がないか、手がかりはないか、他の文献を探したが、アウファトが知り得る史料の中には何のきっかけも見つからなかった。
「宝を、守る、ね」
ミシュアはアウファトから受け取った紙を見つめて、誰に言うでもなく呟き、果実酒を一口飲んだ。
その表情は何かを深く考えているようだった。
「大層立派なもんが眠ってるんだろうよ。見つかったら、少し分けてくれよ」
ミシュアはグラスを傾け、薄く笑ってそんな冗談を口にする。分けられるようなものが入っていれば良いが、とアウファトは思う。
幾度となく研究者たちが挑んだが、誰も到達したことのない、白い揺籠。その白い揺籠は、フィオディカ伝承とは別に伝わる白き王の伝承にその記述がある。
『神よりの言葉を告げる黒き竜王に愛された王がいた。白き王。善なる者。預言を受けた王は国を治め、やがて黒き竜王より至宝を賜った。その名はゼジニアといった。王に反旗を翻す者が現れた。王は自らの死を悟り、ゼジニアを白い揺籠に隠した』
王の賜った至宝とは、古代兵器だとか、金銀財宝だとか、数多の魔術書だとか、聖剣だとか、諸説あったが決定打になるものはなかった。
「ちなみにこれ、音読はできるのか?」
もちろん出来るだろうと言いたげなミシュアの言葉に、アウファトは頷いた。お茶を一口飲んで喉を潤すと、静かに古竜語を唱え始めた。
「ミア、セントレ、ネ。フィデ、デディ、ウム、ラドゥ、セト、アプラ。ラドゥア、ジュラム、ニア。
ラドゥイ、イントラ、アル、ディオゾ、カスト、セブラ。ラドゥア、ジュラム、ニア。ラドゥ、トレゾ、アム、キア、ジュラム、ニア」
アウファトが音読する。その声に迷いはない。
これも全て頭に入っていた。
アウファトの声が途切れると、ミシュアは手を叩いて喜んだ。
「はは、やるな。流石は首席殿だ」
アウファトに渡された紙を指先で撫で、ミシュアは穏やかな声で続けた。
「まだ、白い揺籠には誰も到達できていない。俺もな。あの扉は、まだ誰も開けられていない。お前が到達できたら、それはお前の功績だよ、アウファト」
ミシュアは視線を持ち上げ、アウファトを見た。その目は温かい。そう言ってもらえるのは素直に嬉しかった。ミシュアは自分にとっては戦友であり師匠だ。
あれから一年、ずっと気になっていた。
あの時、あの扉を開けていたら、ミシュアは首席を辞めなかったかもしれない。
もっと自分に知識があれば、とアウファトは思わずにはいられなかった。
思い出すと、なんとも言えない苦々しい気持ちになる。ミシュアはアウファトを責めることはしなかった。元々おおらかな性格のミシュアは、アウファトの失敗にも寛大だったし、前向きだった。責められたことは一度もない。
だからこそ、アウファトはずっとミシュアに対して申し訳ない気持ちを抱いていた。
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言って、アウファトは思わず苦笑した。
それを見たミシュアは怪訝そうにアウファトの顔を覗き込む。
「なんだよ、嬉しくないのか?」
ミシュアは晴れない顔をしているアウファトを見て苦笑した。
「まだ、気にしてるのか」
気にしない方がおかしいと思うアウファトだったが、ミシュアは済んだことは気にしない気質だ。
アウファトはそれを羨ましく思う。
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