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一年前の挫折
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「はは、やったな」
ミシュアの表情に喜びの色が広がる。それは心からの喜びだと、アウファトから見てもわかった。
アウファトがリガトラ王国王立研究所首席研究員という肩書きを目の前の男、ミシュアから引き継いでから一年が経とうとしていた。
アウファトは考古学者である。首席研究員という国内で最も栄誉ある研究員の称号を戴いてはいるが、就任から一年、首席の地位に相応しい成果は未だ上がっていなかった。
語学を得意とするアウファトは大陸内の言語はほぼ習得している。しかし、遺跡調査という面ではその才を十分に発揮できていなかった。先任のミシュアから推薦され無理やり引き継がされたということもあった。
ミシュアはアウファトの古い馴染みだった。民俗学者で、アウファトに引き継ぐ前は長く首席研究員をしており、アウファトの先輩で師匠でもあった。年齢よりも若く見えるがアウファトよりも五つ年上の学者で、今は王立研究所を出て個人で研究をしている。
五日後、アウファトは白い柩の調査に旅立つ。その前に先輩のミシュアに挨拶を、と思ってミシュアを呼び出したのだった。
フィオディカ大陸には春夏秋冬四つの季節がある。周囲の海流と風のお陰で年間通して温暖ではあるが、季節の移り変わりとともに寒暖の差がある。
今は夏の終わり。一年のうちでも一番気候が落ち着いて過ごしやすい季節である。この夏の終わりの竜王祭の時期にしか人の進入を許さないのが、大陸一の霊峰の麓、氷雪に閉ざされた北の辺境にある白い石の遺跡、白い柩だった。
この大陸にある古代の竜人の遺跡の中でも最大規模の遺跡で、かつての王都リウストラにあった王宮に当たる場所である。
この国で考古学を志す者なら一度は夢見る、白い柩の調査。アウファトは一年ぶりにその機会を手にしたのだった。
「はいお待たせ、お茶と、今日届いたばかりの果実酒だよ」
元気の良い女性の声とともに、テーブルに飲み物が溢れんばかりに注がれたグラスが置かれた。
澄んだ赤茶色のお茶と、深みのある赤の果実酒が並ぶ。
この時期、酒場には様々な酒が入ってくる。果実から作られたもの、穀物から作られたもの、芋から作られたもの、醸造酒もあれば蒸留酒もあり、様々だった。ミシュアが頼んだものもその中のひとつだろう。
二人は礼を言ってグラスを受け取ると、女性は、笑みを残して去っていった。
「とりあえず、首席殿の単独調査の成功を祈って乾杯といこうか」
ミシュアが意気揚々とグラスを手に持った。
単独調査と言っても、複数人で行う。過酷な環境の遺跡では、単独行動は死の危険がより高まるためだ。安全を期すための仕組みである。
普段はもっと大人数で行うそれを、研究員と助手の二人組で行う。難易度は上がるが、これで成果が上がれば功績は大きい。
単独調査を行うには、実績と王の許可が要る。アウファトは一年前の調査結果と壁の古竜文字の解読が功績として認められ、今回単独調査の許可が下りたのだった。
「乾杯」
ミシュアが持ったグラスに、アウファトは手に持ったグラスを軽くぶつけた。
グラス同士がぶつかり涼やかな音が鳴る。
「行くのはお前と、助手くんか?」
「ああ」
今回はアウファトと、助手のシエナで行う予定である。
ミシュアの言う助手くんとはシエナのことだ。
ミシュアがいる時に研究員としてやってきて、それからずっとアウファトの助手をしてくれている。ミシュアに似て民俗学をはじめとした幅広い知識を持つ、信頼のできる助手だった。
期待にその美しい瞳を煌めかせるミシュアはテーブルに肘をつき、内緒話でもするようにその身を乗り出す。
「あれの解読もできたんだろう?」
ミシュアは笑みとともに少しだけ含みを持たせた声で言う。
あれ、というのは一年前に解読できなかった古代文字、古竜文字のことだった。
一年前の竜王祭の季節。アウファトはミシュアの調査に助手として同行して、ゼジニアの白い揺籠の入り口に到達した。
それまで、王宮だった白い柩までは到達できたが、その最奥部へ到達できたものはいなかった。
そんな中、ミシュアは王の寝所に、隠された入り口を見つけた。大きな発見だった。
それまで、白い柩の最奥部には白い揺籠が存在するとは言われていたが、場所まではわかっていなかった。
そして、ミシュアが見つけた部屋には、その先に白い揺籠があるであろう、壁があった。壁に刻まれたのは竜人族の使っていた、古竜文字と呼ばれる高位の古代文字だった。今の文字とは体系の違う文字で、幾何学模様のような規則性のある字体が特徴だった。
古竜文字は、大陸にある遺跡の大半で見ることができる。古竜語を書き記した古代文字だ。
古竜語は竜人が竜王から賜った言葉だと言われ、現在公用語になっているアーディス語はこの古竜語から派生したものだと伝わっている。古竜語に関してはかつて栄えた竜人の中でも位の高いもの、より竜王に近いものが使った言語だとされている。
アウファトをはじめとする研究員の手によって解読は進んでいたが、その時にあった解読表とアウファトの知識だけでは壁に刻まれた古竜文字の解読には至らず、探索は時間切れとなった。
アウファトとミシュアは苦い思いを残したまま、遺跡を後にした。
その後、ミシュアは首席研究員にアウファトを推薦し、その座から退いた。ミシュアはそれが原因では無いと言っていたが、アウファトにはそうは思えなかった。
ミシュアの表情に喜びの色が広がる。それは心からの喜びだと、アウファトから見てもわかった。
アウファトがリガトラ王国王立研究所首席研究員という肩書きを目の前の男、ミシュアから引き継いでから一年が経とうとしていた。
アウファトは考古学者である。首席研究員という国内で最も栄誉ある研究員の称号を戴いてはいるが、就任から一年、首席の地位に相応しい成果は未だ上がっていなかった。
語学を得意とするアウファトは大陸内の言語はほぼ習得している。しかし、遺跡調査という面ではその才を十分に発揮できていなかった。先任のミシュアから推薦され無理やり引き継がされたということもあった。
ミシュアはアウファトの古い馴染みだった。民俗学者で、アウファトに引き継ぐ前は長く首席研究員をしており、アウファトの先輩で師匠でもあった。年齢よりも若く見えるがアウファトよりも五つ年上の学者で、今は王立研究所を出て個人で研究をしている。
五日後、アウファトは白い柩の調査に旅立つ。その前に先輩のミシュアに挨拶を、と思ってミシュアを呼び出したのだった。
フィオディカ大陸には春夏秋冬四つの季節がある。周囲の海流と風のお陰で年間通して温暖ではあるが、季節の移り変わりとともに寒暖の差がある。
今は夏の終わり。一年のうちでも一番気候が落ち着いて過ごしやすい季節である。この夏の終わりの竜王祭の時期にしか人の進入を許さないのが、大陸一の霊峰の麓、氷雪に閉ざされた北の辺境にある白い石の遺跡、白い柩だった。
この大陸にある古代の竜人の遺跡の中でも最大規模の遺跡で、かつての王都リウストラにあった王宮に当たる場所である。
この国で考古学を志す者なら一度は夢見る、白い柩の調査。アウファトは一年ぶりにその機会を手にしたのだった。
「はいお待たせ、お茶と、今日届いたばかりの果実酒だよ」
元気の良い女性の声とともに、テーブルに飲み物が溢れんばかりに注がれたグラスが置かれた。
澄んだ赤茶色のお茶と、深みのある赤の果実酒が並ぶ。
この時期、酒場には様々な酒が入ってくる。果実から作られたもの、穀物から作られたもの、芋から作られたもの、醸造酒もあれば蒸留酒もあり、様々だった。ミシュアが頼んだものもその中のひとつだろう。
二人は礼を言ってグラスを受け取ると、女性は、笑みを残して去っていった。
「とりあえず、首席殿の単独調査の成功を祈って乾杯といこうか」
ミシュアが意気揚々とグラスを手に持った。
単独調査と言っても、複数人で行う。過酷な環境の遺跡では、単独行動は死の危険がより高まるためだ。安全を期すための仕組みである。
普段はもっと大人数で行うそれを、研究員と助手の二人組で行う。難易度は上がるが、これで成果が上がれば功績は大きい。
単独調査を行うには、実績と王の許可が要る。アウファトは一年前の調査結果と壁の古竜文字の解読が功績として認められ、今回単独調査の許可が下りたのだった。
「乾杯」
ミシュアが持ったグラスに、アウファトは手に持ったグラスを軽くぶつけた。
グラス同士がぶつかり涼やかな音が鳴る。
「行くのはお前と、助手くんか?」
「ああ」
今回はアウファトと、助手のシエナで行う予定である。
ミシュアの言う助手くんとはシエナのことだ。
ミシュアがいる時に研究員としてやってきて、それからずっとアウファトの助手をしてくれている。ミシュアに似て民俗学をはじめとした幅広い知識を持つ、信頼のできる助手だった。
期待にその美しい瞳を煌めかせるミシュアはテーブルに肘をつき、内緒話でもするようにその身を乗り出す。
「あれの解読もできたんだろう?」
ミシュアは笑みとともに少しだけ含みを持たせた声で言う。
あれ、というのは一年前に解読できなかった古代文字、古竜文字のことだった。
一年前の竜王祭の季節。アウファトはミシュアの調査に助手として同行して、ゼジニアの白い揺籠の入り口に到達した。
それまで、王宮だった白い柩までは到達できたが、その最奥部へ到達できたものはいなかった。
そんな中、ミシュアは王の寝所に、隠された入り口を見つけた。大きな発見だった。
それまで、白い柩の最奥部には白い揺籠が存在するとは言われていたが、場所まではわかっていなかった。
そして、ミシュアが見つけた部屋には、その先に白い揺籠があるであろう、壁があった。壁に刻まれたのは竜人族の使っていた、古竜文字と呼ばれる高位の古代文字だった。今の文字とは体系の違う文字で、幾何学模様のような規則性のある字体が特徴だった。
古竜文字は、大陸にある遺跡の大半で見ることができる。古竜語を書き記した古代文字だ。
古竜語は竜人が竜王から賜った言葉だと言われ、現在公用語になっているアーディス語はこの古竜語から派生したものだと伝わっている。古竜語に関してはかつて栄えた竜人の中でも位の高いもの、より竜王に近いものが使った言語だとされている。
アウファトをはじめとする研究員の手によって解読は進んでいたが、その時にあった解読表とアウファトの知識だけでは壁に刻まれた古竜文字の解読には至らず、探索は時間切れとなった。
アウファトとミシュアは苦い思いを残したまま、遺跡を後にした。
その後、ミシュアは首席研究員にアウファトを推薦し、その座から退いた。ミシュアはそれが原因では無いと言っていたが、アウファトにはそうは思えなかった。
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