【完結】ゼジニアの白い揺籠

はち

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断たれるもの

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「これが、君が生まれる前、それから眠った後に起こったことだよ」

 フィノイクスは穏やかな声とともにその美しい金色の瞳をジェジーニアに向けた。
 ジェジーニアは押し黙ったままその視線を受け止めている。

「トルも、フィーも、死んだ……」

 ジェジーニアはぽつりと言葉を零した。か細い声は、その心中を察するに余りあるものだった。
 ジェジーニアにも、死というものはわかるようで、微動だにせず立ち尽くす姿は痛々しいものだった。

「もう、会えないの?」
「ああ。残念だけど」

 弱々しい問いに答えるフィノイクスの声が、玉座の間に静かに響く。
 白き竜王によって語られた伝承の真相はあまりに凄絶で、アウファトは言葉を失っていた。
 白き竜王が紡ぐ言葉には生々しい感覚があった。竜王の咆哮が、剣戟の響きが、耳の奥に残っている。まだ、肌が震えている気がする。
 フィノイクスの言葉通り、伝承は物語の上澄みを掬ったものに過ぎない。アウファト知る伝承が子供向けのお伽話のように思えた。

「彼の咆哮は、今でも夢に見るよ。僕が止めても聞かなかった。トルヴァディアは、フィオディークを深く愛していた。だから、その魂を投げ打ってでも、フィオディークを殺したものを裁きたかった」

 フィノイクスは小さなため息をついた。自分が止めることができなかったことへの悔恨が、フィノイクスの澄んだ声を沈ませているようだった。

「だが、竜王は神の使いだ。神に背くことは許されない。それでもトルヴァディアは、永遠に引き裂かれるとわかっていてもフィオディークを汚したものを許さなかった。黒き竜王は愛情深い。特にトルヴァディアは、苛烈過ぎるくらいにね」

 フィノイクスは苦笑した。かつての友を思い出しているような、そんな表情に見えた。
 竜王の務めを投げ打ってでもフィオディークへの愛を貫いたトルヴァディア。愚かで、それでもまっすぐで澄んだ想い。深く、苛烈な黒き竜王の情愛は、じりじりと肌を灼くような感覚をアウファトに残した。
 アウファトは何も言えずにいた。
 ジェジーニアの両親の最後を聞かされて、ジェジーニアに何を言えばいいかわからなかった。

「僕は、父君から君を託された」

 フィノイクスはその美しい瞳を真っ直ぐにジェジーニアへと向けた。

「トルヴァディアの子、ジェジーニア、きみは、竜王になるべきものだ。母君フィオディークも、そのために君を揺籠に残した」

 アウファトは目を見開き、息を飲んだ。竜王の口から語られるのは、ジェジーニアの両親の遺志だ。

「黒鱗の君、ジェジーニア。君を、竜王の座に迎えにきたよ」

 ジェジーニアは、正真正銘、黒き竜王の子だった。それは、喜ぶべきことのはずだった。
 しかし、ジジの喉は低く、ぐるると鳴る。
 怒り、警戒、不信、そんな感情がその声から窺えた。

「嫌だ。俺はアウファトと一緒にいる。アウファトは、俺のつがい」

 ジェジーニアはアウファトの手を握った。

「なるほど。つがいを見つけたのか。それなら姫君と一緒においで。証はまだのようだけど、大丈夫、じきに見つかるさ」

 天涯孤独のジェジーニアは竜王の子で、竜王となるべきもの。そして、そのつがいが自分。
 アウファトは目の前に突き付けられた事実に、言葉を失う。まだ、何も整理できていないし、飲み込めてもいないのに。

「あう?」

 呆然と立ち尽くすアウファトの顔を、ジェジーニアが覗き込む。ジェジーニアに気を遣ってやらなければいけないのは自分の方なのに、アウファトは何もできないでいた。

「また来るよ、王子様、お姫様」

 踵を返したフィノイクスに、アウファトは咄嗟に声を上げていた。

「待ってくれ!」

 フィノイクスが立ち止まり、ゆっくりとアウファトを振り返る。

「なんだい、姫君」
「貴方は、どこまで知っているんだ」
「すべて、だよ。竜王とは、そういうものだ」
「あれは、あの扉の誓約は、白き王の呪詛なのか」
「はは、面白いことを言うね」

 アウファトの問いに、フィノイクスは目を細めた。

「あれはあの通り、白き王が揺籠へ入るものを選別するための言葉だ。恐ろしい男だよ。白き王は、きっちり君をあの揺籠まで導いた。竜王をも凌ぐ魔力量が成したわざだ。そして君には、あの揺籠に入るための素養があった。君がジェジーニアと出会えたのはそういうことだよ。呪詛でもなんでもない。白き王と、君の力だ」

 フィノイクスの言葉は続く。
 アウファトは黙ってその澄んだ声に聞き入った。

「竜王は竜人よりつがいを見つける力が強い。鋭い、というべきかな。ジェジーニアが君を選んだのは、呪詛でもなんでもない。ジェジーニアの意思だよ」

 フィノイクスは揶揄うように首を傾げた。
 絹糸のような白い髪が柔らかく揺れる。

「君は、まだわかってないのかな」

 アウファトは息を呑む。その言葉に含まれた棘を感じて、思わず眉を寄せた。

「いや、本当はもうわかってるんじゃない?」

 フィノイクスの言葉は続く。

「ジェジーニアから、君にしかわからないきっかけが、もう与えられているはず」

 薄い笑みをその端正な顔に貼り付けたまま、美しい少年の声が続ける。

「君が人の雄だということで躊躇ってるのなら、そんなことは何の問題にもならないよ。君が、白き花の一族の末裔なら余計にね。白き王がそうだったように、君が竜王のつがいになることに何の困難も無いんだよ。性など、竜王にとっては瑣末なことさ」

 畳み掛けるようなフィノイクスの声に、アウファトは返す言葉を見つけられないでいた。

「まだ、躊躇っているの?」

 フィノイクスは薄く笑い、わざとらしくため息をつく。

「早く覚悟を決めないと、王子様はまた眠ってしまうよ。今度は、永遠にね」

 その言葉に、アウファトは眉を寄せ、俯く。
 なおもフィノイクスの言葉は続いた。

「竜王のつがいは、その責も重いよ。心しておいて」

 アウファトは目を見開いた。
 それ以上、言葉を継ぐことはできなかった。

「じゃあね、姫君。早く覚悟を決めて、王子様に応えてあげて」

 もう、呼び止めることはできなかった。まだ、聞きたいことは山のようにあるのに。
 フィノイクスが踵を返した。後ろ姿が見えたかと思うと強い風が吹いて、アウファトは咄嗟に目を閉じた。風が止み、瞼を開けると、フィノイクスの姿は見えなかった。

 もう退路はないと言われたのだ
 焦燥がアウファトの胸を音もなく焼く。
 退路が無くなったところで、どうすれば愛せるのかなどわからない。こんなに苦しいのが何故なのかもわからない。

「アウファト」

 王が口を開いた。俯いていたアウファトは、弾かれたように顔を上げる。
 王は穏やかで慈しみに満ちた目でアウファトを見つめる。

「事態は、思ったよりも深刻だな。その、君にとって、だが」
「……はい」

 アウファトの静かな答えに王は眉を下げ、続けた。

「報告書は読ませてもらう。だから、しばらくゆっくりするといい。君が背負うことへの助けというにはあまりに軽微だが」

 王も、少なからず動揺しているようだった。
 竜王が地上に降り立つなんて、そうそうお目にかかれるものでもない。

「落ち着くまで、ゆっくり休んでくれ。助力が必要ならばなんでもする」
「ありがたきお言葉。痛み入ります」

 アウファトは深く頭を下げた。

「黒き竜王の子、ジェジーニア。竜王の帰還、歓迎いたします」

 ジェジーニアへと向き直った王は、胸に手を当て、深く頭を垂れる。ジェジーニアは困ったように眉を下げてその様子を見つめていた。
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