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王都への帰還
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エンダールで過ごす最後の朝。
食堂に連れて行くと、ジェジーニアは美味しそうに出されたパンを頬張った。
「あう、おいし」
素直に喜びを滲ませるジェジーニアの声に、アウファトは目を細めた。
ジェジーニアはどうやらヴィーエガルテンのパンが気に入ったらしい。アウファトも気持ちはわからないでもないが、王都で同じような食事が用意できるか少し心配になった。
自分一人でいる分には気にしなかったが、ジェジーニアがいるとなれば気を遣ってやらなくてはならない。今のところは何でも食べているようなので好き嫌いはなさそうに見える。
食に無頓着なアウファトは、自分の味覚はあまり当てにならないとわかっている。
ジェジーニアが竜王の子ならば粗末なものは食べさせられない。王都に戻ったらシエナかミシュアに相談すれば間違いないだろうとアウファトは考えていた。これも、忠誠と献身だ。
朝食を終えて程なくして、アウファトのいるヴィーエガルテンの前に馬車が到着した。
荷物を積み込んで、ジェジーニアとともに乗り込むと馬車は出発した。
馬車に揺られるアウファトは、ウィルマルトに借りた竜王の本を開いた。まだ少し躊躇いはあったが、竜王のことを知りたい気持ちの方が強かった。
アウファトは目次から世界に七人いる竜王の話のページを開いた。読みたかったのは、黒き竜王の部分だった。
黒き竜王は黒鱗の君、黄昏の竜王とも呼ばれ、竜王の筆頭に座する。黄昏より始まり暁を迎えるまでの深き夜の闇を司る者。黄昏の地、フィオディカの大陸を守護する者である。
原初の大戦に参じた黒竜ヴェスティフォスより始まったその系譜は、トルヴァディアで途絶え、その後空位のままである。
黒き竜王の権能は呪詛と深い癒しである。短命と嘆きと苦しみを与えるその呪詛は生けるものの魂を削ぐ。反面、傷を癒やし、魂までも癒すその癒しの力は竜王の中でも上位に位置する。
黒き竜王の愛情は夜の闇より深く、夜空を渡る風よりも優しい。その愛は深く魂までも染め、迎えたつがいには穏やかな安らぎが与えられる。
ここまで竜王について詳しく書かれた書物は初めてだった。アウファトは隣にいるジェジーニアのことも忘れて読み耽った。本の中には、同様に七人の竜王のことが書かれていた。こんなにも一冊の本に没頭するのは久しぶりだった。
ジェジーニアはずっとアウファトの隣にいて、移り行く窓の外の景色を眺めていた。
何度か休憩を挟み、陽がすっかり西に傾いた頃、馬車の窓に王都メイエヴァードの街並みが映った。王城とそれを取り巻く街が、淡い金色を帯びた陽射しに照らされている。
見慣れた景色はやはり落ち着くが、隣にいるジェジーニアにしてみれば見知らぬ土地だ。
不安はないのだろうかと隣を見れば、ジェジーニアはアウファトにもたれてうとうとしている。よく眠るようだ。長く眠っていたせいもあるのかもしれない。
昨日一日時間があったおかげで資料のまとめも進んだ。王都に戻ったら仕上げて王に提出するだけだ。諸々の手続きは、シエナが元気になっていれば手伝ってくれるはず。
近付く王都から、アウファトは視線を隣のジェジーニアへと移す。
頭をアウファトの肩に乗せ、静かな寝息を立てている。着いたらすぐに寝室に連れて行ってやろうとアウファトは表情を緩める。
窓の外には、少しずつ王都が近付いていた。
それからしばらくして、アウファトの部屋のある宿舎の前に、馬のいななきとともに馬車が止まった。
「ジジ」
「ん、あう?」
呼べば、アウファトの肩に凭れていたジェジーニアが目を擦りながらまだ眠そうな声を上げた。
「ヴェイエ」
「ン」
寝ぼけ眼のジェジーニアに外套を被せ、手を引いて部屋に連れて行く。ジェジーニアはまだ眠いようで何も言わず素直にアウファトについてくる。
夕刻にはまだ少し早い時間のせいか、宿舎には人の姿は少ない。廊下で誰かにすれ違うこともなかった。この時間、学者たちは大抵各々の研究室にこもっている。ここにいるものは少ない。
アウファトは難なくジェジーニアを部屋に案内した。
まだ眠そうにしているジェジーニアを、寝室へと通す。
アウファトの寝室は、一人で寝るには少々大きな寝台が一つあるだけの質素なものだった。
整った寝台の上へ、ジェジーニアを導く。
「ジジ、ラディ、フウェル」
「ン」
古竜語でここにいてと伝え頭を撫でてやると、ジェジーニアはくるると喉を鳴らし、身体を丸めた。
ジェジーニアが目を閉じたのを確かめて、アウファトは待たせていた馬車で王立研究所にある研究室へと向かった。
食堂に連れて行くと、ジェジーニアは美味しそうに出されたパンを頬張った。
「あう、おいし」
素直に喜びを滲ませるジェジーニアの声に、アウファトは目を細めた。
ジェジーニアはどうやらヴィーエガルテンのパンが気に入ったらしい。アウファトも気持ちはわからないでもないが、王都で同じような食事が用意できるか少し心配になった。
自分一人でいる分には気にしなかったが、ジェジーニアがいるとなれば気を遣ってやらなくてはならない。今のところは何でも食べているようなので好き嫌いはなさそうに見える。
食に無頓着なアウファトは、自分の味覚はあまり当てにならないとわかっている。
ジェジーニアが竜王の子ならば粗末なものは食べさせられない。王都に戻ったらシエナかミシュアに相談すれば間違いないだろうとアウファトは考えていた。これも、忠誠と献身だ。
朝食を終えて程なくして、アウファトのいるヴィーエガルテンの前に馬車が到着した。
荷物を積み込んで、ジェジーニアとともに乗り込むと馬車は出発した。
馬車に揺られるアウファトは、ウィルマルトに借りた竜王の本を開いた。まだ少し躊躇いはあったが、竜王のことを知りたい気持ちの方が強かった。
アウファトは目次から世界に七人いる竜王の話のページを開いた。読みたかったのは、黒き竜王の部分だった。
黒き竜王は黒鱗の君、黄昏の竜王とも呼ばれ、竜王の筆頭に座する。黄昏より始まり暁を迎えるまでの深き夜の闇を司る者。黄昏の地、フィオディカの大陸を守護する者である。
原初の大戦に参じた黒竜ヴェスティフォスより始まったその系譜は、トルヴァディアで途絶え、その後空位のままである。
黒き竜王の権能は呪詛と深い癒しである。短命と嘆きと苦しみを与えるその呪詛は生けるものの魂を削ぐ。反面、傷を癒やし、魂までも癒すその癒しの力は竜王の中でも上位に位置する。
黒き竜王の愛情は夜の闇より深く、夜空を渡る風よりも優しい。その愛は深く魂までも染め、迎えたつがいには穏やかな安らぎが与えられる。
ここまで竜王について詳しく書かれた書物は初めてだった。アウファトは隣にいるジェジーニアのことも忘れて読み耽った。本の中には、同様に七人の竜王のことが書かれていた。こんなにも一冊の本に没頭するのは久しぶりだった。
ジェジーニアはずっとアウファトの隣にいて、移り行く窓の外の景色を眺めていた。
何度か休憩を挟み、陽がすっかり西に傾いた頃、馬車の窓に王都メイエヴァードの街並みが映った。王城とそれを取り巻く街が、淡い金色を帯びた陽射しに照らされている。
見慣れた景色はやはり落ち着くが、隣にいるジェジーニアにしてみれば見知らぬ土地だ。
不安はないのだろうかと隣を見れば、ジェジーニアはアウファトにもたれてうとうとしている。よく眠るようだ。長く眠っていたせいもあるのかもしれない。
昨日一日時間があったおかげで資料のまとめも進んだ。王都に戻ったら仕上げて王に提出するだけだ。諸々の手続きは、シエナが元気になっていれば手伝ってくれるはず。
近付く王都から、アウファトは視線を隣のジェジーニアへと移す。
頭をアウファトの肩に乗せ、静かな寝息を立てている。着いたらすぐに寝室に連れて行ってやろうとアウファトは表情を緩める。
窓の外には、少しずつ王都が近付いていた。
それからしばらくして、アウファトの部屋のある宿舎の前に、馬のいななきとともに馬車が止まった。
「ジジ」
「ん、あう?」
呼べば、アウファトの肩に凭れていたジェジーニアが目を擦りながらまだ眠そうな声を上げた。
「ヴェイエ」
「ン」
寝ぼけ眼のジェジーニアに外套を被せ、手を引いて部屋に連れて行く。ジェジーニアはまだ眠いようで何も言わず素直にアウファトについてくる。
夕刻にはまだ少し早い時間のせいか、宿舎には人の姿は少ない。廊下で誰かにすれ違うこともなかった。この時間、学者たちは大抵各々の研究室にこもっている。ここにいるものは少ない。
アウファトは難なくジェジーニアを部屋に案内した。
まだ眠そうにしているジェジーニアを、寝室へと通す。
アウファトの寝室は、一人で寝るには少々大きな寝台が一つあるだけの質素なものだった。
整った寝台の上へ、ジェジーニアを導く。
「ジジ、ラディ、フウェル」
「ン」
古竜語でここにいてと伝え頭を撫でてやると、ジェジーニアはくるると喉を鳴らし、身体を丸めた。
ジェジーニアが目を閉じたのを確かめて、アウファトは待たせていた馬車で王立研究所にある研究室へと向かった。
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