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09.ここのつめ
龍の世界(その2)
しおりを挟むディオネとレアは戦場の空を飛んでいた。
ここは、龍の国と人族の国の国境。
ディオネとレアが住んでいた世界とは別の世界。
小さな川が流れ、小さな丸い石が敷き詰められた広い河原が広がっていた。
川は浅く、流れはゆるやか。
浅瀬なら人族の腰より下の深さしかなく、川を渡るなど造作もなかった。
龍族の城には、数十の龍族と数千の竜人族が籠城していた。
対して対岸の河原には、10万を越える人族の軍隊が隊列を組み、城に対して弓隊による猛攻を加えていた。
人族は、個々は弱いが群れを成すと途端に強くなった。
龍族は個々は強いが、群れとなった人族には、以外と脆かった。
竜人族もそれは同様だった。
さらに龍族も竜人族も絶対数が少なかった。
初戦、河原での戦いは、少数の人族の軍隊相手に龍族と竜人族が圧倒的な強さを見せた。
だが、人族の軍隊の数が増すと徐々に押され、龍族と竜人族は、城に立てこもるしかなくなった。
既に5体の龍族が人族の軍隊の餌食となり、数百を越える竜人族の首が切り取られ、河原に晒されていた。
ディオネとレアが龍王に依頼されたのは、龍族と竜人族に加勢してこの戦いを有利な条件で終わらせるというものだった。
戦いの終了条件は、全てディオネとレアに一任された。
つまり"板長さんのお任せコース"という訳だ。
当然、この時の板長さんは、ディオネとレアである。
つまり、ディオネとレアは、龍王に全てを丸投げされただけの話だった。
ディオネとレアが、川の対岸の上空を飛んでいた。
まずは、偵察と戦場の状況確認を兼ねて人族の軍隊の配置と武装の確認を行っていた。
ディオネとレアも状況が分からないまま、いきなり戦いに突入する程バカではない。
すると、人族の軍隊からディオネとレアに向かって攻撃の魔術が放たれた。
この戦いで倒された龍族は、全てこの攻撃の魔術で倒されていた。
攻撃の魔術については、既に龍族から聞かされており、どれほどの威力があるのかを実際に知って起きたかったのだ。
紫の光の珠がディオネとレアに向かって数十発と放たれた。
ディオネとレアが回避行動をとり、紫の光の珠をやり過ごした。
しかし、紫の光の珠は、執拗に追って来た。
ディオネとレアは、龍の大きな手で器用にアイテムバックから守りの宝珠を取り出すと宝珠に念を込めた。
守りの宝珠は、ディオネとレアを白い光で包むと、紫の光の珠からディオネとレアを守りきった。
ディオネもレアも、人族の軍隊の上を飛べば、魔術による攻撃がある事は予想していた。
だが、邪神(先代龍王)との戦いの折、女神様から配布され、叔父である榊が複製した宝珠(レプリカ)がこんな所で役立つとは夢にも思わなかった。
ディオネとレアは、紫の光の珠を放ったであろう魔術師部隊のいる場所へと急降下すると、炎のブレスを放った。
炎のブレスは、人族の魔術師達をあっという間に炭の塊へと変えていった。
一部の魔術師は、結界を張りディオネとレアの炎のブレスから逃れた。
だが殆どの魔術師は、ディオネとレアの炎のブレスの餌食となった。
今度は、ディオネとレアに向かって四方八方から矢が放たれたが、火龍の堅い鱗には矢など全く相手にならなかった。
もう、人族の軍隊にディオネとレアを攻撃できる者などいなかった。
後は、ディオネとレアが空から炎のブレスを放ち、逃げまどう人族を蹂躙するだけだった。
戦いは、数十分で幕を閉じた。
龍の国と人族との国境となっていた河原は、数万の炭の塊で埋め尽くされた。
わすかばかり残された人族達は、目の前で繰り広げられた一方的な戦いに恐怖し絶望した。
もしこの戦いが、自国の領内で行われたらどうなるかと。
だが、火龍の姿となったディオネとレアは、河原での戦いが終わるとそのまま龍の国の空へと引きあげて行った。
目の前の敵は倒した。目的は達したのだ。
これ以上、人族と闘う理由はない。
ディオネとレアは、侵略戦争をするためにこんな異世界に来たわけではないのだ。
「ほう、こいつらが龍王様から派遣された龍族か。」
「人族の姿をしておるが、強さは我らと大して変わらぬではないか。」
ディオネとレアは、龍族と竜人族が居並ぶ王の玉座の広間に招かれていた。
だが、龍族の男が放った言葉は、とても客人に対するものではなかった。
龍族と竜人族は、戦いで勝つ事はできなかった。
この戦いで勝利したのは、ディオネとレアのふたりだ。
それが、真っ先に言い放った言葉がこれである。
「おぬし、わしと剣で勝負せい。」
「わしが勝ったらおぬしを嫁にもらう。」
「今夜が楽しみじゃわい。」
ディオネは、突然の決闘要請に唖然としていた。
相手の行動が突然すぎて、空いた口が塞がらなかった。
しかし人族の姿になった龍族の男は、剣を抜き放ちディオネの前へと進み出ていた。
ディオネは、この相手、いやこの龍族達は、何を言っても聞く耳を持たないとすぐに理解した。
ディオネは、腰のアイテムバックの中から浸水の剣を取り出すとそれを構えた。
「どれ、少し遊んでやるか。」
龍族の男がディオネに向かって剣を振った。
確かに剣は早い、だが剣技は大した事はなかった。
ディオネは、失望していた。
いきなり剣を抜いて決闘を申し込んだくらいだ。
それ相応の剣技の持ち主であるはずだと、ある意味期待していたのだ。
まさか、ここまで期待外れだとは思わなかったのだ。
ディオネは、龍族の男の剣を3度受け止めた。
そして4度目の剣を受け止めた瞬間、一瞬で剣を押し返すと龍族の男が剣を握る右腕を切り落とした。
「おおっ、グワド様の腕を切り落としたぞ!」
「なんということを!」
「怖いもの知らずめ!」
龍族とディオネの決闘を遠巻きに見ていた龍族と竜人族が一斉に騒ぎ出した。
だが、悲劇はそこで終わらなかった。
切り落とされた右腕を左手で押さえながら苦しんでいる龍族の男の体が水へと変化していった。
やがて龍族の男は、水の塊となって床に水溜まりを作りその一生を終えた。
「なんと。」
「グワド様が倒されたぞ。」
「しかもグワド様の体が水と化したぞ。」
「剣の達人と称されたグワド様が倒された。」
「さすが龍王様が遣わされた龍だけの事はある。」
その場に居合わせた龍族と竜人族は、この場で一番の剣の達人と称されたグワドをいとも簡単に倒したディオネに賞賛の言葉を送った。
当然ながらディオネの耳には、周囲の賞賛の声は届いてはいなかった。
こんな仕打ちをされて冷静でいる方がおかしかった。
「これは、どういうことです。」
「私は、龍王様の名代としてここに来たのです。」
「無礼ではありませんか。」
ディオネは、言葉を荒げて玉座に座る龍の国の王に訴えた。
「ふん。何をほざく。」
「わしは、龍王になど助けを頼んだ覚えはない。」
「それは、部下が勝手にやった事だ。」
その言葉にディオエは、頭に血が上るどころか、かえって冷静になる事ができた。
「そうですか、哀れな龍の国の王。」
ふと、龍王様が出発に際して言った言葉を思い出した。
「お前は、私の名代だ。おまえが望むのであれば、何をしてもよい。私が全ての責任を取る。」
ディオネの口の両脇が少し吊り上がっていた。
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