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08.やっつめ

06.龍神の王(その2)

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ここは、火龍神殿。火龍を神として敬う信徒達や、火龍神殿の参道脇の温泉施設を利用する者達。あるいは休憩施設内で繰り広げられる

大道芸や演劇などを見るためにと多くの観光客が今日も長い列を作っていた。

そんな人々がごった返す参道を数人の神官達が、ある人物を探していた。

神官達は、参道脇にあるとても繁盛しているとある店の前で足を止めると店の中を伺った。

見つけた。店のカウンターにローブを纏った子供らしき姿を見つけたのだ。

神官達は、店の中に入るとカウンター席に座るローブを纏った子供を取り囲んだ。

「ベティ様、また榊様のピッツァ屋に入り浸って、朝からこんなにこってりした物など食べて。」

「そうです。食事なら私達が毎食用意しているではないですか。」

「人違いじゃ…、いえ人違いです。私は、火龍神殿に参拝に来た信徒です。これから火龍様へ参拝する前に食事をしているのじゃ…しているのです。」

「ベティ様。言葉の語尾がおかしいです。いつもと違う言葉使いをすれば分からないとでも思っているのですか。」

「ベティ様。もうすぐ本日の2回目の礼拝のお時間です。こんなところで食事をしている場合ではありません。」

ひとりの神官が、店のカウンター席に座るローブを纏った子供の後ろから、ローブのフード部分を後へとおろした。

すると、そこには人族にはない小さくとも逞しい龍族特有の角が2本生えていた。

「わっ、何をする。やめんかバカ者。わしだとばれてしまうのじゃ。」

店の中で食事をしていた者達は、フードととった子供の頭に生えた角を見て思わずぎょっとした。

それは、この神殿で神として崇められている火龍の角そものだったからだ。

いつも火龍神殿の礼拝堂の祭壇の前に座り、皆の崇拝の対象となっている者が、信徒や観光客と一緒に店で食事をしていたのだ。

店のカウンターに座るベティの後ろに立っていた数名の神官達は、今度はベティの労腕を掴むと、まだ手にピッツァを持ったままだった

ベティをそのまま連れていこうとした。

「まっ、まてまて。まだピッツァが残っているではないか。勿体ない事をするな。それにこの後、"でざーと"の"あいす"も残っておるのじゃ。」

するとひとりの神官は、いつもの事のように店の店員に対して一礼をすると言った。

「すみません。いつもいつも。残ったピッツァは持って帰りますので、"いつものように"包んでもらえますか。」

店員も慣れた口調と手付きでカウンターの皿の上に残ったピッツァを箱に詰めると、さっとカウンターの上に出した。

「ベティ様。またのお越しをお待ちしております。本日はありがとうございました。」

「ありがとうございました。」

店の中の店員たちの挨拶が重なった。

ベティは、まだ手にピッツァを持ったままふたりの神官に労腕を押さえられ、足を引きずられながら店の外へと連れていかれた。



店の中でその光景を見ていた客のひとりが店員に話かけた。

「あの、ベティ様はいつもここに来るんですか。」

「ええ、度々こられます。ここの店のオーナーから無料パスを渡されているんですよ。だからベティ様は、無料パスを見せれば"タダ"です。」

「ほう、それは凄い。」

「他にもこの神殿の参道脇にある店の殆どがベティ様に無料パスを渡しています。」

「まあ、ベティ様が来店したら無料パスを出さなくてもどこの店も無料で食事を出しますよ。」

「ここは火龍神殿で、ベティ様はここの主ですからね。」

「ははは。確かに。」

ベティが神官達に連れていかれた店の中は、またいつもの静けさに戻った。

店員は、客の注文を受けると元気で勢いのある声で注文を店の奥へと伝えていた。

そんな店のカウンターの奥には、小さな火龍の置物が置かれていた。少し可愛くデフォルメされた火龍の像だった。

この火龍神殿に参拝に来る信徒や観光客の名で火龍の姿を見たものは殆どいない。

ベティも怖がらせるだけだけだと言って、人前では火龍の姿になった事はない。

でも、土産物として火龍の置物や火龍の可愛らしいぬいぐるみは、どの店にも置いてあった。

ここは、火龍神殿の参道脇のピッツア屋。毎日の様に繰り返される日常の出来事であった。



さて、その頃、ディオネ、レア、アイス、ラディの一行はというと…。

ディオネとレアは、人化の術を解いて本来の姿で火龍となって空を飛んでいた。

火龍に戻ったディオネの背にはアイスが、火龍に戻ったレアの背にはラディを乗せていた。



数日前、女神様からディオネの元に"邪神"討伐のための神器がもたらされた。

小さな宝珠が3個。

ディオネは、女神様に思わず言ってしまった。

「まさか"邪神"と闘うための武具がこの小さな宝珠3個ですか?」

「私達、"邪神"の配下の"漆黒の龍"を1体倒すだけでも、かなり苦労したんです。」

「それをこの、小さな宝珠3個だけで倒すのですか…。」

ディオネは、女神様にそんな苦言を言ったところで目が覚めた。

ディオネは、小さな宿屋の小さなベットの上で寝ていたのだ。

隣りのベットには、アイスが微かな寝息を立てて寝ていた。

窓から見える空にはまだ星が見え、遥か彼方に見える山の稜線がうっすらと明るくなっている時刻だった。

ふと、枕元を見ると小さな袋が置かれていた。

その小さな袋を開けてみると、小さな宝珠が3個だけ入っていた。

「まさか、本当にこれだけで戦えっていうのかしら。だとしたら異世界から召喚した勇者に、勇者の剣を渡す女神様の方がよっぽど親切よね。」

ディオネは、ベットから起き上がると枕元にあった小さな袋を見ながら考え込んでしまった。

こんな小さな宝珠3個では、ひとつの失敗でもすれば"邪神討伐"なんてできなくなる。

ディオネも、邪神を"身ひとつで倒せ"とは言わないだろうとずっと思っていた。

きっと何かとてつもない武具を渡されて「この武器で戦いなさい。」と言われるのだと思っていた。

それがこんな小さな宝珠が3個だけだとは。

これをなんとかして打開する方法はないものか。

ディオネは、ベットの上に座りながらしばし考えた。

「私達は4人。それに姉さんも一緒に戦ってくれるとして、あと叔父さんとそのお仲間さん達も戦ってくれるわよね。」

「どう考えても10人ちょっとよね。前々から分かっていたけれど、人数が多いからといって戦いが有利になる訳ではないけれど。」

「でも、"邪神"に対抗する武具がたった宝珠3個というのもね。」

ディオネは、さらにない知恵を絞りだして考えた。

せめて、女神様が渡してくれた3個の宝珠がもう少し多ければと。

そこでディオネは、ある事に気が付いた。

「あっ、そうだった。姑息な手とか卑怯な手とか、裏技的な事が大好きな人が身内にいたわ。」

「そう、叔父さん。叔父さんに相談してみよう。きっと叔父さんなら悪だくみが大好きだから、何か考えてくれるはず。」

ディオネは、まだ夜が明けきらないうちに、レア、アイス、ラディを叩き起こすと、火龍神殿に戻ると言い出した。



この世界のあちこちの王国の数多くの街や村が龍に襲われ、多くの人々が行方不明となっていた。

もうあまり時間がないのだ。

ディオネの頭の中に話しかけてくる女神様からもそう告げられた。

そろそろ腹をくくる時が近づいていたのだ。



「さて、みんな眠いと思うけど、今日はこれから火龍神殿に戻り戦いの準備をします。」

「ここからだと火龍の姿に戻って飛んだとしても火龍神殿まで2日はかかるわ。」

「女神様からも、残された時間はあと僅かとのお告げがあったの。だからあまりゆっくりしている時間はないの。さあ、荷物をまとめて。」

ディオネが、レア、アイス、ラディにそう催促すると、レアとアイスはてきぱきと身支度を整え、すぐに出発の準備ができた。

ところが、ラディはまたベットの上で寝ていた。

仕方なく、アイスがラディを背負って連れていくことになった。



まだ、誰も起きていない宿屋を出ると、村の真ん中を通る道を歩き村の外れへと向かった。

この村には、まだ龍の脅威は訪れてはいなかった。この村はまだ平和だった。

まだ夜明け前の村の畑には、人の影すらなかった。

朝もやが立ち込め、空気が少し湿っていた。

そんな中を村外れまでやってくると、アイスの背中から起き出して自ら歩きはじめた。

そして村外れの小高い丘の上へと来るとディオネとレアは、人化の術を解いて本来の姿である火龍の姿へと戻った。

火龍としてはまだ小柄な子供の姿だが、成長した飛竜と比べてもはるかに大きく逞しい体であった。

ディオネの背にはアイス、レアの背中にはラディが乗った。

火龍と化したラディとレアは、大きな翼を数回羽ばたかせると一気に空へと舞い上がった。

大きな火龍の姿ではあるが、殆ど羽音も立てずに無音と言ってもいいくらいに静かに空へと舞い上がった。

そしてさっきまで宿泊していた宿も、その宿があった村も、小さくなりやがて見えなくなっていった。

山の稜線は明るくなり、太陽が間もなく上る時刻を迎えていた。
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