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01.ひとつめ

15.街の埃から街の誇りへ

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双子の姉弟が、教会の祭壇へと振り返ると、盗賊団の男達は炎蛇と炎の女神の糧となっていた。

残ったのは、盗賊団の頭ひとり。

頭の頭上には、炎蛇がいまにも頭を飲み込もうと大きな口を開けていた。
炎の女神は、頭を背中から優しく炎の体で包みこみ頭の顔を優しく撫でていた。
頭の体からは煙がくすぶり、今にも炎が噴き出しそうだった。

「盗賊団の頭をやっていて楽しかった?人の物を盗んで人の命を奪って楽しかった?」

「私達姉弟はね、別にこの街であなた方が盗みをやろうが人を殺そうがどうでもよかったのよ。」

「でも、この教会の神官見習いのライリーさんに手を出した。それはダメよ。知り合いに手を出されて黙っているほど私達も冷血じゃないのよ。」

「お頭さん、死ぬ前に"みあげ話"を教えてあげる。」

「龍が人化するのは知ってる?私達姉弟はね、火龍の双子の姉弟なの。人族の兵隊が10万人で闘いを挑んできても勝てる自信があるわ。」

「でも、あなたの盗賊団は、たった24人で私達に挑んできたわ。それは褒めてあげる。無謀な事でもやった者勝ちよ。」

「でも、その代償はあなた達24人の命。」

「今度、私達に挑むときは、もっと強くなってから挑みなさい。」

ディオネは、盗賊団の頭に最後の言葉をかけると炎の女神に声をかけた。

「お頭に最後の至福の時を与えてあげて。」

炎の女神は、お頭の背中から胸板に向かって手を回すと、盗賊団の頭の胸の中へと炎の手を差し入れた。
炎の女神がお頭の胸板から手を引き抜くと、その手にはお頭の脈打つ心臓が握られていた。

炎の女神は、その心臓をポンと炎蛇の口の中へと投げ入れた。
盗賊団のお頭は、自分の心臓が弄ばれ炎蛇に飲み込まれた様を見て、自分の命が尽きたことを理解した。
こんな芸当は人族にはできない。
火龍か。俺は、火龍に喧嘩を売ったのか。

盗賊団の頭の体は、炎に包まれると程なく白い灰と火の粉の塊となって、教会の床へと崩れていった。
「ライリーさんもう目を開けても丈夫だよ。」

レアがライリーさんが縛られていた紐をほどく。
教会の扉をあけ放ち、皆にもめ事は終わったと告げると歓喜の声があがった。
盗賊団から解放されたライリーさんと、アイリスさんとハンナさんが抱き合って無事を喜んでいた。


ほどなくして教会に兵士達が到着した。
盗賊団は、15人以上いると野次馬達が教えてくれたが、教会の扉は既に開け放たれ、教会にはひとりの盗賊の姿もなく、盗賊団の死体も教会の入り口に横たわる2人のみだった。

双子の姉妹は、到着した部隊の隊長にのみ本当の素性を明かし、神殿騎士にのみ帯刀を許された
火龍神殿の刻印入りの短剣を見せた。

「私達は、火龍神殿の神殿騎士です。神に仇名し人に仇名す輩を龍神の名において処罰しました。本来なら他国の地で断りもなく他国の民に罰を与えるなどあってはならぬ事ですが、人質がとられており、いつ殺されるか分からない状況だったため、やむなく強行に及びました。」

部隊長は愕然とした。
目の前にいる10歳前後の子供が火龍神殿の神殿騎士の刻印が施された騎士のみが帯刀を許された短剣をかざしていた。
しかも10歳前後の子供が言うとは思えない言葉を発したのだ。

「わっ、分かりました。しかし、こちらも仕事ですので事情聴取には応じていただきたい。状況確認だけですので直ぐに済みます。」

ほどなくして見張りの数人の兵隊を残して、兵隊達は教会から帰っていった。
教会の門の周りにいた野次馬達も、兵隊からの説明を聞いてほどなく解散していった。



「ライリーさん申訳ありません。まさか盗賊団がライリーさんを人質に取ってまで強行に及ぶとは予想していませんでした。こんな事になるなら僕達のどちらかが教会に残っていれば…。」

「そんな事はありません。ディオネさんもレアさんも私のために命の危険を顧みずに戦ってくれました。」

「それに、この街に巣くう盗賊団には皆困っていました。彼らがいるために街から犯罪が絶えませんでした。若い人達を言葉巧みに誘っては、悪の道に引きずり込んでいました。ディオネさんとレアさんが盗賊団を倒してくれたおかげで、この街はきっと良くなります。いえ、私達が良くしてみせます。」

盗賊団に捕まったためなのか、他に何かがあったのか分からないが、神官見習いのライリーさんに正義のスイッチが入ってしまったようだ。

「教会の神官である私達が先陣を切ってこの貧民街を、いえこの街を良くしていこうではありませんか。なぜディオネさんとレアさんがこの街に来たのか。私なりにいろいろ考えたのです。」

「その答えは、女神様がおふたりを導いたのです。そうでなければ、おふたりが来てからの事柄が説明できません。」

ライリーさん鋭い。確かにこの街に僕達を導いたのは女神様だ。
他の街や村でも僕達が行くとくすぶっていた火種が一斉に火を噴いていた。
火種が火を噴くとふたりが火消し役に回るのだ。
恐らく女神様はそれを分かっていて僕達を導いているんだと思う。

それからは、いつもの教会のお手伝いに精を出した。
神官見習いのハンナさんとライリーさんは、僕達が作る料理を必死に勉強していた。
そしてハンナさんとライリーさんも直ぐに料理の腕前が上達していった。



そしてこのエンデルの街に双子の姉弟が来て2回目の炊き出しの日がやってきた。

「アイリス様たいへんです。炊き出しを待つ行列が300人を越えています。」

神官見習いのライリーさんが教会の前で炊き出しを待つ人達が作る行列の人の数を数えたところ、とんでもない数になっていたので慌てて報告に来たのだ。

「ライリーさん、慌てなくても大丈夫です。こんな事もあろうかと日頃教会に援助をしてくださっている有志の方々に食材を多く分けていただいております。」

「有志の方々も前回の炊き出しの評判をたいそう喜んでくださいました。その成果なのでしょうか、有志の方々がさらに増えそうなのです。」

「アイリス様たいへんです。炊き出しを待つ行列が500人を越えています。」

神官見習いのハンナさんがさんが教会の前で炊き出しを待つ人達が作る行列の人数がさらに増えたことを伝えてきた。

「えっ、500人ですか。」

「はい、500人です。既に並んで炊き出しを待っています。」

「スープの準備はどうなっていますか。」

「ディオネさんとレアさんが既に4つの大鍋のスープを完成させています。さらにパンも大量に焼きあがっています。ディオネさんとレアさんの話では、炊き出しを渡す場所を2ヶ所に増やさないと、待ちきれない人達が暴動を起こすと言っています。」

「それから近所の人を雇って皿洗いとかの雑務係や行列の整理を行う人を入れないと大変な事になるとも言っていました。」

「わっ、わかりました。近所で懇意にしている方を数名頼んできます。おふたりは、炊き出しの料理をすぐに出してください。あまり待たせると何が起こるか分かりませんから。」

「はい。」

神官のアイリスさんは、近所のおばさん達を呼びに走った。
神官見習いのハンナさんとライリーさんは、いそいで炊き出しを渡す場所をもうひとつ増やした。
ディオネとレアは、こうなることを見越して昨晩から仕込みとスープの調理を行い、パンを焼く窯を教会の外にも作っていた。

その日の炊き出しは熾烈を極めた。
炊き出しを待つ行列に並ぶ人の数が全く減らないのだ。

さらに、いつの間にか教会の前の通りに露店が立ち並んでいた。
もちろん、教会はそんな許可は出していないが、これだけの行列ができるのを見てしまったら、商売を当て込んだ連中が寄って来るのは当たり前だった。

当然、誰も何の許可も出していないのだから住民とのもめ事が起き出した。

仕方なく、神官のアイリスさんが教会の敷地内で露店の営業の許可を出した。
ただし、教会の敷地内で営業するからには、教会に指示に従うこと、提供する飲食物の値段を安くすることなどを了承してもらった。

さらにどこからか聞きつけてきたのか、大道芸人が教会の敷地内で無許可で芸を披露していた。
教会の炊き出しがいつの間にかお祭りへと変わっていた。

街の警備隊も集まる人の数が多くなりすぎたため、仕方なく警備兵を送り人々の誘導や、スリなどの犯罪に目を光らせることになった。

神官のアイリスさんは、警備隊の隊長さんからえらく怒られていた。
こんな規模のお祭りを行うのであれば、事前に連絡と準備と許可をもらってほしいと。
神官のアイリスさん警備隊の隊長さんに平謝りだった。

その日の炊き出しに並んだ人の数は1000人を超えていた。
さらに、お祭り会場と化した教会に集まった人の数は5000人を超えてしまい、殆ど収集がつかなくなっていた。

炊き出しが終わると皆ぐったりとして動かなくなっていた。
炊き出しの次の日、神官のアイリスさんは、街の役所から呼び出しを受けて出ていった。
しばらくして教会に戻った神官のアイリスさんは、皆を集めてこう言った。

「役所で怒られました。私、神官になってあんなに怒られたのは初めてでした。凹みました。」

「炊き出しの件ですが、炊き出しは続けてよいそうです。ただし、お祭り騒ぎにならないように警備隊の方が炊き出しの日に警備に来られるそうです。」

「そして、もうひとつ。」

「この街には、お祭りらしきもや人を楽しませるイベントというものがありませんでした。住民の憩いの場を提供するということで、毎月、月末最後の炊き出しの日をこの街のお祭りの日に定めるそうです。」

「このお祭りは、街の役所が支援する正式なものとなりました。」

「今までのように貧民街の皆さんに食事を振る舞うという事は続けます。ですが、それ以外にこのエンデルの街の市民へ憩いの場を提供するという重大な責務が課せられました。」

「でも、それも私達が望んだ事柄のひとつです。"いつかできたらいいな"が"いきなりできた"になってしまい、準備とか準備とか調整とか各方面への挨拶とかいろいろ大変な事が多くなりますが、私達ならできます。」

「皆さんと共に手を取り合って成功させましょう。」

双子の姉弟は、お互いの顔を見るとこの街に来た本来の目的が達せられた事に安堵した。ふたりを導いた女神様も目的が達せられたことを喜んでいると。

そして神官見習いのハンナさんとライリーさんが炊き出しの料理を完璧に覚えた頃、ふたりの姉妹は静かにこの街を後にした。
教会の3人の神官に見送られただけの寂しい旅立ちだったが、これも何度目かのいつもの光景だった。
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