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18.火龍の神殿
48.クリスと模擬戦。
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「クリスさんってどれくらい強いんでしょう。」
ローザが何気なく言った言葉だったが、みんなの目がキラキラしてしまった。
とは言うものの、うちのチームで剣士は、クリス、ガーネ、ローザの3人と
うちのチームではないが、悪魔さんが鍛えた"みのたうろす"さんの4人だ。
模擬戦でもやってみるかと提案したがガーネは早々に辞退した。
「私の戦法は、相手のステータスを奪って弱体化させること。仲間にそんな事をしたら寝覚めが悪いから。」
と言っていた。
"みのたうろす"さんに模擬戦への参加を打診したところ。
「喜んでお相手させていただきます。私では皆さまの訓練相手にはいささか役不足かと思いますが、微力を尽させていただきます。」
"みのたうろす"さんは魔獣だが服装もタキシードだし、会話がジェントルメンだ。
ちなみにベティに模擬戦に参加するか打診したところ。
「頭に血が上ると"龍神の業火"を放ちそうなのでやめておく。」
という返答があった。確かに模擬戦で周囲全域を火の海にされたら死人が千人から万人単位になるから責任が取れないよな。
ちなみにアレスが凄く参加したがっていた。
アレスが剣で戦う訳ではない。召喚した"阿修羅"が戦うのだ。
さすがにそれは"反則"だと却下した。
すると、四天王はどうかって言ってきやがった。
もっとダメだと怒ってやった。
何が悲しくて仏法の守護神と闘わなければいかんのだ。
おそらくだがクリスと闘っても召喚した"阿修羅"なら負けないだろう。
しかし、阿修羅と戦うというのは、演習で兵士相手に弾道ミサイルを撃ち込むようなものだ。チート過ぎて許可できないよ本気で。
ということで、以下の組み合わせで模擬戦を行うことになった。
・クリス x ローザ
・クリス x "みのたうろす"さん
もしクリスが負けたら以下も試そう。
・ローザ x "みのたうろす"さん
場所は、お客さんがいない早朝のレストランの前の庭で行う事になった。
剣は模擬刀のみ。
翌日の早朝。
レストランの前の庭で、クリスとローザが模擬刀を持って模擬戦が開始された。
クリスは、模擬刀を力なく手に持っているだけに見えた。
ローザは、剣を中段に構えてクリスの出方を見ている。
「クリス殿の闘い方は、火龍神殿と水神神殿で見せてもらった。移動時の動作が全く見えないのが特徴だ。」
「気が付くと敵の腹に剣が刺さっている。いつも見るのは、クリス殿が敵の腹から剣を抜く動作だけだ。あれには恐怖を感じる。」
「しかし、来るのが分かっていれば対処の仕方もある。」
ローザは、クリスの気配にのみ意識を集中した。
クリスの剣など見ていても対処できないのは、神殿での戦いを見ていて分かっていた。
しばしの沈黙がレストランの庭に訪れた。
突然、ローザが模擬刀を横に振り抜いた。
そこには、誰もいないはずの場所でローザの腹に剣を突き刺す動作をしていたクリスがいた。
ローザは、クリスの模擬刀をいなすと一瞬で後方に飛びのいた。
ローザの息は荒く、全身から汗が流れ出ていた。
「やはりあれが限界か。腹を狙って来ると分かっていたから防げたのだ。」
「とてもじゃないが、こちらから模擬刀を打ち込むなど考えられん。」
クリスの目付きが変わった。
さっきの腹への突きをいなされた事が気に障ったようだ。
ローザは、また模擬刀を中段に構えた。
クリス殿は、いつも腹を狙って来る。しかし、今のでそれがかわされた以上、他の場所を狙って来るだろう。そうなったらもう防ぎようがない。
おそらく一撃で殺せる場所を狙うはず。ならば顔か頭か。
ローザは、クリスの気配にさらに意識を集中した。
クリスの意識が一瞬動いたように感じた。
ローザは模擬刀を中段から上段へと振り上げようとした。
しかし、既にローザの目の前にはクリスの模擬刀の先端が突き付けられていた。
「…負けました。」
ローザは、俺の横へと歩いてくると全身汗まみれの姿で庭に座り込んだ。
「神殿で見たクリス殿の剣を見て少しはやれると思った私がバカだった。神殿のクリス殿は半分の力量も出してはいなかった。…この先、10年剣技を磨いたとしてもあの領域には近づくことは敵わない。」
ローザは、肩を落としていた。到達できそうもない山が目の前に立ちはだかった心境なのだろう。
俺には、そもそもクリスがどう動いたのかも見えなかった。
「すごいですね。あのクリスさんとう方、私も主様(悪魔さん)と模擬戦をやらせていただきましたが、クリスさんには勝てる気がしません。でも全力でやらせていただきます。」
そういうと"みのたうろす"さんは、模擬刀を両手に持つと庭に進み出た。
両手に持った模擬刀のうちひとつを正面に向けて攻撃用に、ひとつを防御用に横に構えた。
"みのたうろす"さんは、2本の模擬刀を構えている。が、模擬刀からは荒々しさよりも優雅さが感じられた。
クリスは、模擬刀を始めて中段に構えた。
"みのたうろす"さんもクリスも動こうとしない。お互いに相手の動きを探っているようだ。
だれも声を出さずにふたりの動きを見守っていた。
"みのたうろす"さんが突然現れたクリスの模擬刀を防御用の模擬刀で止めた。
そこへ"みのたうろす"さんの攻撃用の剣が振り下ろされた。
だが振り下ろされた模擬刀の先にクリスはいなかった。
クリスは、元いた場所で同じ様に模擬刀を構えていた。
"みのたうろす"さんは深く息を吐いた。
これは、主様の剣にも勝るとも劣らない剣技だ。こんな剣技を持つ者が近くにふたりもいるのか。この者と剣技の修行をすれば、あるいは主様の剣に近づけるやもしれない。
"みのたうろす"さんは、先ほどと同じ様に剣を構えなおした。
突然、"みのたうろす"さんが剣を自分の体の前でクロスに組んだ。
クロスに組んだ模擬刀でクリスの剣を止めたのだ、しかしクリスの模擬刀を胸元で止めるのが精一杯だった。次の瞬間、クリスの模擬刀は流れるように"みのたうろす"さんの脇へと向かった。
そしてクリスは模擬刀を力の限り振り抜いた。
あまりの模擬刀の衝撃で"みのたうろす"さんは、横に5mほど飛んだ。
俺は、クリスを止める余裕がなかった。いや、クリスの動作が全く見えなかった。
「クリス。やめろ殺す気か。」
俺は叫んでしまった。
俺は、倒れている"みのたうろす"さんへと近づくと回復魔法をかけた。が、傷が深すぎて効果がなかった。
「お前、本気を出したな。"みのたうろす"さんだから生きているが、あれをローザに使ったら模擬刀でも死んでいたぞ。」
「…主様、申訳ありません。」
クリスは、言葉では謝っていたが、顔は笑っていた。内心は全力で戦える者が身内にできて喜んでいるように見えた。
「"みのたうろす"さん大丈夫ですか。すみません。まさかクリスが全力で行くとは思ってなかったので。」
"みのたうろす"さんは、かなり苦しそうにしていたが俺の言葉に答えてくれた。
「やはりそうでしたか。最初の一撃で"やれる"と油断した私の過ちです。」
「主様の剣技によく似ていたので、クリスさんと剣技の練習をすれば、主様に近づけると要らぬ油断を見せてしまったようです。」
"パチパチパチ。"
俺のレストランが面する通りからふたりの男が現れ、そのうちのひとりが拍手をしていた。
「榊君、クリスさんの剣技凄いね。剣筋が見えないって神がかってるね。」
拍手をしていたのは、冒険者ギルドでギルド長をしているセイカトラルさんだった。
「いや、水神様がいつこの街にやってくるか分からないので、こうやって見回りをしていたらたまたま模擬戦の場に出くわしてね。」
「それで、うちの冒険者ギルドで一番腕の立つ彼がぜひクリスさんと模擬戦をやりたいって言うので連れてきたんだよ。」
ギルド長は、たまたまなんて言ってるけど、絶対に最初から戦わせるつもりで来たんだよな。
「榊君、疑ってるね。実は君が思っている通りさ。最初からクリスさんと闘ってもらおうと思って彼を連れて来たんだ。彼はSランク冒険者だ。」
「もし、クリスさんが彼に勝ったらクリスさんにSランクを進呈しよう。」
俺は、首を振りながらクリスを顔を見た。
「楽しそうですね。いいですよ。模擬戦をしましょう。でも、ケガをしても自己責任という事でよろしいですか。」
ギルド長が連れて来たSランク冒険者は、"みのたうろす"さんが使っていた模擬刀を拾うと模擬刀を構えた。
Sランク冒険者は俺達と違って防具を纏っていた。防具はかなり金のかかっていそうな代物に見えた。
その冒険者はクリスの面前に進み出ると唐突にこう切り出した。
「私に勝ったら金貨10枚を進呈しよう。」
「逆に私が勝ったらきみを"ひと晩"自由にさせてもらうよ。」
やばい、クリスの顔が笑顔になった。これは全力で行く気だ。俺はクリスに向かって叫んだ。
「クリス、殺す事は絶対にゆるさない。もし彼を殺したら一生お前を抱かない。いいな!」
クリスの顔が途端に曇りだした。
今度はやる気を無くした顔だ。いちいち面倒だな、仕方ない。
「クリス、彼を殺さない程度で全力で相手をしろ。できたら今夜は朝まで寝かさないぞ。」
またクリスの顔が笑顔になった。
俺達の会話を聞いていたSランク冒険者は、呆れた顔で模擬刀を構えた。
その瞬間、クリスは、Sランク冒険者の懐で模擬刀を全力で振り抜いていた。
Sランク冒険者は、クリスが振り抜いた模擬刀の力で10m後方に吹き飛んでいった。
Sランクの冒険者と一緒に防具が砕けて辺り地面に飛び散っていた。
クリスの動きを追える者は誰もいなかった。
見えたのはSクラス冒険者が飛んで地面に倒れるところだけだった。
Sクラス冒険者がさっきまで立っていた場所には、クリスが全力で模擬刀を振り抜いた姿で立っていた。
ギルド長は倒れた男の元へと慌てて駆け寄っていった。
男は、立ち上がる事ができないどころか意識が無く、身に着けていた防具は完全に砕け散り見る影もなくなっていた。
丁度、治療魔法と回復魔法ができるポムくんが配達から戻ってきたので、"みのたうろす"さんと意識を失っているSランク冒険者の治療をお願いした。
「…すごいな。クリスさんの実力を侮っていたよ。冒険者ギルドに来てくれたらギルド長権限で彼女をSランク冒険者に格上げするよ。」
ギルド長が倒れているSランク冒険者の手当をしながらクリスに向かってそう話すと。
「そんな称号はいりません。私には主様の愛があればそれが全てなのです。」
ポムくんの治癒魔法で回復した"みのたうろす"さんがクリスの後に言葉を続けた。
「だそうです。クリスさんの強さはSランクとか、そういったもので測れるものではないようですね。まさかSランクの称号より愛する人の愛情を求めるとは。恐れ入りました。愛に勝るものは無いようです。」
今度は、クリスが"みのたうろす"さんの話の後に言葉を続けた。
「その男に言っておいてください。その金貨10枚は防具の修理代に充ててくださいと。」
治療魔法をかけられて起き上がったSランク冒険者は、破壊された防具を見て泣いていた。
ギルド長も、まさかギルドで一番腕が立つ冒険者が女に倒されると持っていなかったのだ。
ギルド長とSランク冒険者は、俺達が立ち去るのをただ見守っているだけだった。
次話、最終回です。お風呂回です。エッチな話です。ご注意ください。
9/3より4ヶ月間、毎日公開してまいりましたが、終わるのって寂しいですね。
ローザが何気なく言った言葉だったが、みんなの目がキラキラしてしまった。
とは言うものの、うちのチームで剣士は、クリス、ガーネ、ローザの3人と
うちのチームではないが、悪魔さんが鍛えた"みのたうろす"さんの4人だ。
模擬戦でもやってみるかと提案したがガーネは早々に辞退した。
「私の戦法は、相手のステータスを奪って弱体化させること。仲間にそんな事をしたら寝覚めが悪いから。」
と言っていた。
"みのたうろす"さんに模擬戦への参加を打診したところ。
「喜んでお相手させていただきます。私では皆さまの訓練相手にはいささか役不足かと思いますが、微力を尽させていただきます。」
"みのたうろす"さんは魔獣だが服装もタキシードだし、会話がジェントルメンだ。
ちなみにベティに模擬戦に参加するか打診したところ。
「頭に血が上ると"龍神の業火"を放ちそうなのでやめておく。」
という返答があった。確かに模擬戦で周囲全域を火の海にされたら死人が千人から万人単位になるから責任が取れないよな。
ちなみにアレスが凄く参加したがっていた。
アレスが剣で戦う訳ではない。召喚した"阿修羅"が戦うのだ。
さすがにそれは"反則"だと却下した。
すると、四天王はどうかって言ってきやがった。
もっとダメだと怒ってやった。
何が悲しくて仏法の守護神と闘わなければいかんのだ。
おそらくだがクリスと闘っても召喚した"阿修羅"なら負けないだろう。
しかし、阿修羅と戦うというのは、演習で兵士相手に弾道ミサイルを撃ち込むようなものだ。チート過ぎて許可できないよ本気で。
ということで、以下の組み合わせで模擬戦を行うことになった。
・クリス x ローザ
・クリス x "みのたうろす"さん
もしクリスが負けたら以下も試そう。
・ローザ x "みのたうろす"さん
場所は、お客さんがいない早朝のレストランの前の庭で行う事になった。
剣は模擬刀のみ。
翌日の早朝。
レストランの前の庭で、クリスとローザが模擬刀を持って模擬戦が開始された。
クリスは、模擬刀を力なく手に持っているだけに見えた。
ローザは、剣を中段に構えてクリスの出方を見ている。
「クリス殿の闘い方は、火龍神殿と水神神殿で見せてもらった。移動時の動作が全く見えないのが特徴だ。」
「気が付くと敵の腹に剣が刺さっている。いつも見るのは、クリス殿が敵の腹から剣を抜く動作だけだ。あれには恐怖を感じる。」
「しかし、来るのが分かっていれば対処の仕方もある。」
ローザは、クリスの気配にのみ意識を集中した。
クリスの剣など見ていても対処できないのは、神殿での戦いを見ていて分かっていた。
しばしの沈黙がレストランの庭に訪れた。
突然、ローザが模擬刀を横に振り抜いた。
そこには、誰もいないはずの場所でローザの腹に剣を突き刺す動作をしていたクリスがいた。
ローザは、クリスの模擬刀をいなすと一瞬で後方に飛びのいた。
ローザの息は荒く、全身から汗が流れ出ていた。
「やはりあれが限界か。腹を狙って来ると分かっていたから防げたのだ。」
「とてもじゃないが、こちらから模擬刀を打ち込むなど考えられん。」
クリスの目付きが変わった。
さっきの腹への突きをいなされた事が気に障ったようだ。
ローザは、また模擬刀を中段に構えた。
クリス殿は、いつも腹を狙って来る。しかし、今のでそれがかわされた以上、他の場所を狙って来るだろう。そうなったらもう防ぎようがない。
おそらく一撃で殺せる場所を狙うはず。ならば顔か頭か。
ローザは、クリスの気配にさらに意識を集中した。
クリスの意識が一瞬動いたように感じた。
ローザは模擬刀を中段から上段へと振り上げようとした。
しかし、既にローザの目の前にはクリスの模擬刀の先端が突き付けられていた。
「…負けました。」
ローザは、俺の横へと歩いてくると全身汗まみれの姿で庭に座り込んだ。
「神殿で見たクリス殿の剣を見て少しはやれると思った私がバカだった。神殿のクリス殿は半分の力量も出してはいなかった。…この先、10年剣技を磨いたとしてもあの領域には近づくことは敵わない。」
ローザは、肩を落としていた。到達できそうもない山が目の前に立ちはだかった心境なのだろう。
俺には、そもそもクリスがどう動いたのかも見えなかった。
「すごいですね。あのクリスさんとう方、私も主様(悪魔さん)と模擬戦をやらせていただきましたが、クリスさんには勝てる気がしません。でも全力でやらせていただきます。」
そういうと"みのたうろす"さんは、模擬刀を両手に持つと庭に進み出た。
両手に持った模擬刀のうちひとつを正面に向けて攻撃用に、ひとつを防御用に横に構えた。
"みのたうろす"さんは、2本の模擬刀を構えている。が、模擬刀からは荒々しさよりも優雅さが感じられた。
クリスは、模擬刀を始めて中段に構えた。
"みのたうろす"さんもクリスも動こうとしない。お互いに相手の動きを探っているようだ。
だれも声を出さずにふたりの動きを見守っていた。
"みのたうろす"さんが突然現れたクリスの模擬刀を防御用の模擬刀で止めた。
そこへ"みのたうろす"さんの攻撃用の剣が振り下ろされた。
だが振り下ろされた模擬刀の先にクリスはいなかった。
クリスは、元いた場所で同じ様に模擬刀を構えていた。
"みのたうろす"さんは深く息を吐いた。
これは、主様の剣にも勝るとも劣らない剣技だ。こんな剣技を持つ者が近くにふたりもいるのか。この者と剣技の修行をすれば、あるいは主様の剣に近づけるやもしれない。
"みのたうろす"さんは、先ほどと同じ様に剣を構えなおした。
突然、"みのたうろす"さんが剣を自分の体の前でクロスに組んだ。
クロスに組んだ模擬刀でクリスの剣を止めたのだ、しかしクリスの模擬刀を胸元で止めるのが精一杯だった。次の瞬間、クリスの模擬刀は流れるように"みのたうろす"さんの脇へと向かった。
そしてクリスは模擬刀を力の限り振り抜いた。
あまりの模擬刀の衝撃で"みのたうろす"さんは、横に5mほど飛んだ。
俺は、クリスを止める余裕がなかった。いや、クリスの動作が全く見えなかった。
「クリス。やめろ殺す気か。」
俺は叫んでしまった。
俺は、倒れている"みのたうろす"さんへと近づくと回復魔法をかけた。が、傷が深すぎて効果がなかった。
「お前、本気を出したな。"みのたうろす"さんだから生きているが、あれをローザに使ったら模擬刀でも死んでいたぞ。」
「…主様、申訳ありません。」
クリスは、言葉では謝っていたが、顔は笑っていた。内心は全力で戦える者が身内にできて喜んでいるように見えた。
「"みのたうろす"さん大丈夫ですか。すみません。まさかクリスが全力で行くとは思ってなかったので。」
"みのたうろす"さんは、かなり苦しそうにしていたが俺の言葉に答えてくれた。
「やはりそうでしたか。最初の一撃で"やれる"と油断した私の過ちです。」
「主様の剣技によく似ていたので、クリスさんと剣技の練習をすれば、主様に近づけると要らぬ油断を見せてしまったようです。」
"パチパチパチ。"
俺のレストランが面する通りからふたりの男が現れ、そのうちのひとりが拍手をしていた。
「榊君、クリスさんの剣技凄いね。剣筋が見えないって神がかってるね。」
拍手をしていたのは、冒険者ギルドでギルド長をしているセイカトラルさんだった。
「いや、水神様がいつこの街にやってくるか分からないので、こうやって見回りをしていたらたまたま模擬戦の場に出くわしてね。」
「それで、うちの冒険者ギルドで一番腕の立つ彼がぜひクリスさんと模擬戦をやりたいって言うので連れてきたんだよ。」
ギルド長は、たまたまなんて言ってるけど、絶対に最初から戦わせるつもりで来たんだよな。
「榊君、疑ってるね。実は君が思っている通りさ。最初からクリスさんと闘ってもらおうと思って彼を連れて来たんだ。彼はSランク冒険者だ。」
「もし、クリスさんが彼に勝ったらクリスさんにSランクを進呈しよう。」
俺は、首を振りながらクリスを顔を見た。
「楽しそうですね。いいですよ。模擬戦をしましょう。でも、ケガをしても自己責任という事でよろしいですか。」
ギルド長が連れて来たSランク冒険者は、"みのたうろす"さんが使っていた模擬刀を拾うと模擬刀を構えた。
Sランク冒険者は俺達と違って防具を纏っていた。防具はかなり金のかかっていそうな代物に見えた。
その冒険者はクリスの面前に進み出ると唐突にこう切り出した。
「私に勝ったら金貨10枚を進呈しよう。」
「逆に私が勝ったらきみを"ひと晩"自由にさせてもらうよ。」
やばい、クリスの顔が笑顔になった。これは全力で行く気だ。俺はクリスに向かって叫んだ。
「クリス、殺す事は絶対にゆるさない。もし彼を殺したら一生お前を抱かない。いいな!」
クリスの顔が途端に曇りだした。
今度はやる気を無くした顔だ。いちいち面倒だな、仕方ない。
「クリス、彼を殺さない程度で全力で相手をしろ。できたら今夜は朝まで寝かさないぞ。」
またクリスの顔が笑顔になった。
俺達の会話を聞いていたSランク冒険者は、呆れた顔で模擬刀を構えた。
その瞬間、クリスは、Sランク冒険者の懐で模擬刀を全力で振り抜いていた。
Sランク冒険者は、クリスが振り抜いた模擬刀の力で10m後方に吹き飛んでいった。
Sランクの冒険者と一緒に防具が砕けて辺り地面に飛び散っていた。
クリスの動きを追える者は誰もいなかった。
見えたのはSクラス冒険者が飛んで地面に倒れるところだけだった。
Sクラス冒険者がさっきまで立っていた場所には、クリスが全力で模擬刀を振り抜いた姿で立っていた。
ギルド長は倒れた男の元へと慌てて駆け寄っていった。
男は、立ち上がる事ができないどころか意識が無く、身に着けていた防具は完全に砕け散り見る影もなくなっていた。
丁度、治療魔法と回復魔法ができるポムくんが配達から戻ってきたので、"みのたうろす"さんと意識を失っているSランク冒険者の治療をお願いした。
「…すごいな。クリスさんの実力を侮っていたよ。冒険者ギルドに来てくれたらギルド長権限で彼女をSランク冒険者に格上げするよ。」
ギルド長が倒れているSランク冒険者の手当をしながらクリスに向かってそう話すと。
「そんな称号はいりません。私には主様の愛があればそれが全てなのです。」
ポムくんの治癒魔法で回復した"みのたうろす"さんがクリスの後に言葉を続けた。
「だそうです。クリスさんの強さはSランクとか、そういったもので測れるものではないようですね。まさかSランクの称号より愛する人の愛情を求めるとは。恐れ入りました。愛に勝るものは無いようです。」
今度は、クリスが"みのたうろす"さんの話の後に言葉を続けた。
「その男に言っておいてください。その金貨10枚は防具の修理代に充ててくださいと。」
治療魔法をかけられて起き上がったSランク冒険者は、破壊された防具を見て泣いていた。
ギルド長も、まさかギルドで一番腕が立つ冒険者が女に倒されると持っていなかったのだ。
ギルド長とSランク冒険者は、俺達が立ち去るのをただ見守っているだけだった。
次話、最終回です。お風呂回です。エッチな話です。ご注意ください。
9/3より4ヶ月間、毎日公開してまいりましたが、終わるのって寂しいですね。
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