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第五章 正義の在処
燃えるような目
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「はぁ、何でゲートがあるのに、こんな所を旅しなきゃいけないんだ?」
革の鎧に身を包んだ、細身の背の高い男が愚痴を吐いていた。
「それはだな、おれたちの目指すものが、この辺りに棲んでいるからさ」
その隣にいる、ガタイが良く背の低い、ひげ面の男が答えた。
「で、なんだっけ。目指すもの」
その後ろを怠そうに歩くでっぷりした女が、汗ばんで首筋に張り付いた金髪を掻き上げた。
「おれたちの目標は、『ワルドガイスト』だ!」
ひげ面の男が、片腕を上げつつ少し大きな声を上げた。
「ああ、それそれ。何とかガイスト」
でっぷり女が言う。
「それ倒してどうすんだ?」
背の高い男が言う。
「名声を得る!」
ひげ面の男が、両手を腰に当てつつ言った。
「で?」
でっぷりした女が、面倒臭そうに言う。
「名声を得れば、もっと良い仕事を貰えるだろ。良い仕事をして、がっぽり稼いで、のんびり暮らすんだよ!」
「そう上手く行くのかね……」
背の高い男が、空を見上げつつ言った。
「ところで、どこに何とかガイストがいるのよ」
でっぷりした女は、イライラした様子だ。
「だから今探してんだろ」
「街道から外れないと見つからないんじゃないの?」
でっぷりした女は、ひげ面に言った。
「だから探して……お、あの人に聞いてみるか。おーい!」
ひげ面の男は、草原の方から街道の方へ歩いてくる人物に気がついて、その男に近づいていった。
「なあ、あんた。ワルドガイストって、知ってるか?」
ひげ面の男は、外套《がいとう》を纏いフードを被った人物に話しかけた。その身なりは、どこからどう見ても冒険者といった風情だ。
「なあ、知ってるかい? ワルドガイストだよぉ」
ひげ面の男は、無反応な男に話しかける。
「おい、聞いてんの?」
背の高い男がそう言って、その人物のフードを捲り上げた。
「うっ……」
男二人は、フードの中にあった顔を見て息を飲んだ。フードの中にあった顔は、燃えるような赤い目を輝かせ、男達を睨み付けた。
「ひっ!」
背の高い男が後ずさりする。
「や、し、知らないなら……いいんだ。知らないなら……な?」
ひげ面の男が、背の高い男の腕を掴んで、何とか声を絞り出した。
「も、むむむむもも、もちろんだ」
背の高い男は漸くそれだけ言って、ひげ面の男を引っ張りながら、燃えるような赤い目の人物から距離を取った。
「さささ、さあどうぞ、お邪魔しましたぁぁぁ……」
でっぷりした女は、足が竦みかけている男二人を引っ張りながら、素早く道をあけた。
燃えるような赤い目の人物は、三人をそれ以上全く気にかけることなく、南の方角へ歩き始めた。
「な、何なんだ……何だったんだ……」
「と、とんでもない、とんでもない、恐ろしいものを見た……」
「ねえ、ワルドガイスト、やめない?」
でっぷりした女は、男二人に聞く。
「あ、ああ……や、やめよう。他の、怪物だって、いるしな」
「そ、そうだね」
「そうよ、そうよ。ワルドガイストだけが、怪物じゃあないのよ」
三人は、まだ震えが止まらない足に鞭打って、街道にぴったり沿って北の方へ歩いて行った。
◆◆
アイメ山地は、幾つもの小さな山々が集合しているような、特異な場所だ。上っては下り、下っては上り、谷かと思えば再び山となる。
ヒートヘイズ一行は、登山を避けるように、この山間の谷に沿って南東方向へ進んでいる。
イレンディアには、それぞれの土地によく似合った怪物たちが生息している。アイメ山地にも同じように、この土地に合った怪物が棲んでいる。
「ちょい待って……!」
「どうしたの、スネイル」
「スネイルも感づいたか。なんか居るな」
「うん、なんかいるよ。アニキ」
「どこにいるのよ?」
マーシャはキョロキョロしてみたが、小高い山がたくさんあるだけで、他に何も見当たらなかった。
「どうした?」
荷台があるために少し遅れていたバラルが、前で止まっている四人に追いついた。
「何かいるって言うんだけど、何もいないのよねぇ」
「いる方向はどっちか分かるか?」
「あっち」
スネイルは、南東の方向を指さした。南東は、まさに今、向かおうとしている方向だ。アイネ山地は東西に広がっているが、目的地に向かうには、南東が最適な方向となる。
「分かった。一旦西に向かおう」
バラルは、馬を西の方角へ向けて進み出した。ジャシードとガンドも、とりあえずバラルの後ろへ馬を向けた。
「なんで遠回りするの?」
マーシャが抗議の声を上げる。
「少し後ろを見ててみろ。馬は止めるなよ」
バラルが指さして言った。
その指先の示す方向へと視線を走らせたマーシャは、その方向で起こり始めた事を見て息を飲んだ。
山の一つが徐々に盛り上がりはじめ、脇から巨大な手のようなものが出てきた。その手には指がなく、まるでスコップのようだ。その山は更に盛り上がると、轟音を立てながら北へ移動しはじめた。
「や、山が動いてる……」
マーシャだけでなく、ヒートヘイズの若者たちは皆、驚愕している。
北へ移動していく途中、スコップのような手で、前にある山を掘り始める。掘った土は、元々自分が居た場所へと積み上げられ、再び山ができはじめた。
山があった場所には何もなくなり、山のようなそいつがズシンと収まると、スコップのような手は山の内側へと消えていった。
「あれは、『グランクロッド』と呼ばれている」
「あ、あんなのアリ?」
ガンドは何とか声を絞り出した。
「ここの山は、あの巨大な怪物が作ったのか……!」
「そうだ。グランクロッドは、ここの他に、アーマナクルに向かう街道付近にある、ラグラン山地にも生息しているが、あちらは休眠しているようで、人の目に触れることはない。もっとも、ここのグランクロッドも、ここに来なければ誰の目にも触れないがな」
「なんで移動していくのかしらね?」
今や、単なる山にしか見えなくなったグランドを見ながら、マーシャは首を傾げた。
「さあな。理由までは分かっていない。大方、通りがかった奴を捕食するためだろう。いつか、頭数《あたまかず》を揃えて戦ってみるか」
「それ、面白そうだね。どんな素材が手に入るか……」
ジャシードは目をキラキラさせながら、グランクロッドを眺めた。
「ちょっとジャッシュ、あんなの頭数いたって、どう戦うんだよ……」
「それはその時に考えれば良いことさ」
「ま、まあそうなんだけど」
「ガンドは、腰抜け」
「何だと、スネイル!」
「後衛なのに心配しすぎ」
「後衛だからこそ、心配するんだよ!」
「ガンドの言うことも分かるわ。私もハラハラしっぱなしよ。腰抜けなのかしら、私」
「アネキは違う」
「僕とマーシャの対応の差は何なの……」
ガンドはふくれっ面だ。
「アニキにアネキに、おっちゃんもいるのに、ビクビクしてたら足引っ張るぞ。行きたいところに行けなくなったりするぞ」
「むぐう……」
ガンドはふくれっ面のまま、声を絞り出した。
「ガンドの治癒魔法がないと、死んじゃうかも知れないんだから、そんなに言っちゃだめよ。スネイルだって、良く治療してもらってるじゃないの。しかも怪物たちが居るところまで、急いで迎えに行ったりしてるのよ。スネイルって、無茶しすぎて気絶したりしてるから、ガンドの有り難みが分かってないんじゃない?」
「あ……あぁぁ……ね」
スネイルは、ばつが悪そうにしている。
「ふふん! もう治療してやらなくてもいいんだぞ!」
「ごめんごめん、ちょっとからかっただけだって」
「次に治療する時は、ゆーっくり、痛みを感じながら治ると良いよ! 大人には容赦しないぞ!」
立場逆転とみて、顎を上げながらガンドは言う。
「ぎゃー、許して」
スネイルはガンドの肩を揉みはじめた。
「ふふん! まあ僕も大人だから、許してやらないでもない。もっとやりたまえ」
元々、少しも怒っていなかったガンドは、儲けた気分になった。
グランクロッドを回避して進んだヒートヘイズ一行は、アイメ山地を抜け、広くない平原に出た。ネヴィエル山脈を南に眺めつつ、東の方向へ進路を取る。
「たくさんいる。虫かな」
スネイルが付近の気配を読んで皆に警告した。
「この辺りの怪物共は、主に虫だな。山脈の南側には、先ほどはフォラーグルがいた。空にも気を付けるのだぞ、スネイル」
「りょうかい!」
一行がしばらく進んでいくと、甲虫の群れを発見した。その甲虫は二足歩行しており、人間並みの大きさがある。太い腕は四本あり、それぞれがトゲトゲしい感じになっている。更にその集団の中には、大型の黒光りする蜘蛛が何匹か歩いているのが見える。
「二足歩行の奴はクリンガンと呼ばれる。見たままの堅さと、四本の腕から繰り出す攻撃は力強い。あの棘にも注意だな。蜘蛛はブラックスパイダー。まあ蜘蛛だから、糸で巻き付けようとする。噛まれると毒を注入されるから気をつけろ」
バラルが怪物の説明をする。
「いつも思うけど、バラルさんは、さすがに詳しいわねえ」
マーシャは今言われた名前を、ブラックスパイダーはともかくとしても、クリンガンは覚えていられそうになかった。
「なるほど。見た感じ、あの虫たちは避けられそうにないな……。マーシャ、馬を頼むね」
「うん、任せて」
ジャシードは馬から飛び降りると、背中の鞘から、虹色に輝く剣を抜き放った。
「アニキ、その剣、名前なんての?」
「名前……? 考えてなかったな」
「虹ぴっかりん」
「ぶっ! やめて……えーと……分かれるからディバイダーにするよ」
「分かれんの?」
「まあ見ててよ。戦闘開始だ! 援護頼むよ!」
ジャシードはそう言うと、虫の群れに走り出した。
「えっ、ちょっと! まだ相手の強さも分からないのに!」
ガンドはいつも通りに、腰が引けたところを見せる。
「援護ヨロシクぅぅぅ!」
ジャシードの背中を追って、スネイルも揺らめく短剣を引き抜いて走り出した。
「全く手が焼けるんだから……」
ガンドは独り言ちた。
「手が掛かるの、わりと好きなんじゃないの?」
マーシャはそう言いながら、馬をガンドの横に付けた。
「わしにも、喜んでいるようにしか見えんわい」
バラルも並んでそう言った。
「あはは……うん、嫌いじゃないよ。子供の頃から一緒の、僕の兄弟たちだからね」
「ふふ。いつもありがと、ガンド」
「改めて言われると、照れるからよしてよ……ほら、ジャッシュが飛び込んでいくよ」
ガンドは視線を無理矢理前に向けた。
「よおっし、行くぞ! 『分かて!』」
ジャシードが剣に命令すると、ディバイダーはふた振りの剣になった。
「うおお! かっこいい!」
後ろから見ていたスネイルが叫ぶ。
クリンガンたちは、敵の強襲に驚くこともなく、ジャシードに突撃していく。
ジャシードがふた振りの剣に、それぞれチカラを送り込む。するとふた振りの剣は紅く、力強い輝きをその刀身に閃かせた。
「っらあっ!」
ジャシードはクリンガンの初撃を躱すと、舞い踊るように剣を振り、剣に蓄えたチカラを解き放った。剣から放たれた紅く力強い光は、クリンガンたちを次々と切り裂いていった。
「まるでオーリスが戦っているみたいね」
「すご……僕たちの出番、ないかも」
ガンドはそう言いつつも、傷の再生速度を増す魔法を二人に放った。
「ガンド、ジャシードがあの武器で戦うのは、今が初めてだったか?」
「作りたてだし、そうだと思うけど……」
「ふむ……それでいて、あれほど使い熟すのか」
ジャシードを見ていると、時折こういったことを感じる。これを単に『凄い』と表現するべきなのか、バラルは計りかねていた。
「ジャッシュは、きっと頭の中で練習していたのよ。昔からそうだもの」
マーシャは、幼い頃のジャシードの『特訓』を思い出していた。ジャシードはいつも、誰よりも武器を上手く扱っていたし、身の熟しも上手だった。
「いや、武器の扱いというのは……魔法だってそうだが、頭で考えたからと言って……」
「上手く行くわけじゃない……。うん。分かるんだけど、ジャッシュは昔からああなの」
マーシャにはそれしか説明のしようがない。ジャシードはいつの間にか上手になっていたし、上手くなる『途中』を見たのは、力場の扱い方ぐらいなものだ。
「飛び抜けた才能がある、と言うことか」
「今更言うことなの? みんな知ってると思っていたわ」
「ううむ……」
バラルは呻るばかりだ。
そうこうしているうちに、クリンガンはほぼ倒され、ジャシードとスネイルはブラックスパイダーに取りかかっていた。
ブラックスパイダーは下手に図体が大きいため、ジャシードとスネイルの素早い動きに翻弄されていた。糸を吐き出しては、スネイルの炎熱剣に断ち切られ、ジャシードのディバイダーで足を切り取られた。
彼らはドゴールの南で、虫嫌いのガンドが虫に慣れるほどに、日々虫たちと戦ってきた。言わば、対昆虫のエキスパートだ。確かにクリンガンやブラックスパイダーは、彼らが戦ってきたウーリスー半島の虫たちよりは強いだろう。しかしその動きはやはり虫であり、より成長した彼らの敵ではなかったのだ。
こうして、彼らの前にたくさんいたはずの虫たちは、ジャシードとスネイルの活躍で殲滅された。
革の鎧に身を包んだ、細身の背の高い男が愚痴を吐いていた。
「それはだな、おれたちの目指すものが、この辺りに棲んでいるからさ」
その隣にいる、ガタイが良く背の低い、ひげ面の男が答えた。
「で、なんだっけ。目指すもの」
その後ろを怠そうに歩くでっぷりした女が、汗ばんで首筋に張り付いた金髪を掻き上げた。
「おれたちの目標は、『ワルドガイスト』だ!」
ひげ面の男が、片腕を上げつつ少し大きな声を上げた。
「ああ、それそれ。何とかガイスト」
でっぷり女が言う。
「それ倒してどうすんだ?」
背の高い男が言う。
「名声を得る!」
ひげ面の男が、両手を腰に当てつつ言った。
「で?」
でっぷりした女が、面倒臭そうに言う。
「名声を得れば、もっと良い仕事を貰えるだろ。良い仕事をして、がっぽり稼いで、のんびり暮らすんだよ!」
「そう上手く行くのかね……」
背の高い男が、空を見上げつつ言った。
「ところで、どこに何とかガイストがいるのよ」
でっぷりした女は、イライラした様子だ。
「だから今探してんだろ」
「街道から外れないと見つからないんじゃないの?」
でっぷりした女は、ひげ面に言った。
「だから探して……お、あの人に聞いてみるか。おーい!」
ひげ面の男は、草原の方から街道の方へ歩いてくる人物に気がついて、その男に近づいていった。
「なあ、あんた。ワルドガイストって、知ってるか?」
ひげ面の男は、外套《がいとう》を纏いフードを被った人物に話しかけた。その身なりは、どこからどう見ても冒険者といった風情だ。
「なあ、知ってるかい? ワルドガイストだよぉ」
ひげ面の男は、無反応な男に話しかける。
「おい、聞いてんの?」
背の高い男がそう言って、その人物のフードを捲り上げた。
「うっ……」
男二人は、フードの中にあった顔を見て息を飲んだ。フードの中にあった顔は、燃えるような赤い目を輝かせ、男達を睨み付けた。
「ひっ!」
背の高い男が後ずさりする。
「や、し、知らないなら……いいんだ。知らないなら……な?」
ひげ面の男が、背の高い男の腕を掴んで、何とか声を絞り出した。
「も、むむむむもも、もちろんだ」
背の高い男は漸くそれだけ言って、ひげ面の男を引っ張りながら、燃えるような赤い目の人物から距離を取った。
「さささ、さあどうぞ、お邪魔しましたぁぁぁ……」
でっぷりした女は、足が竦みかけている男二人を引っ張りながら、素早く道をあけた。
燃えるような赤い目の人物は、三人をそれ以上全く気にかけることなく、南の方角へ歩き始めた。
「な、何なんだ……何だったんだ……」
「と、とんでもない、とんでもない、恐ろしいものを見た……」
「ねえ、ワルドガイスト、やめない?」
でっぷりした女は、男二人に聞く。
「あ、ああ……や、やめよう。他の、怪物だって、いるしな」
「そ、そうだね」
「そうよ、そうよ。ワルドガイストだけが、怪物じゃあないのよ」
三人は、まだ震えが止まらない足に鞭打って、街道にぴったり沿って北の方へ歩いて行った。
◆◆
アイメ山地は、幾つもの小さな山々が集合しているような、特異な場所だ。上っては下り、下っては上り、谷かと思えば再び山となる。
ヒートヘイズ一行は、登山を避けるように、この山間の谷に沿って南東方向へ進んでいる。
イレンディアには、それぞれの土地によく似合った怪物たちが生息している。アイメ山地にも同じように、この土地に合った怪物が棲んでいる。
「ちょい待って……!」
「どうしたの、スネイル」
「スネイルも感づいたか。なんか居るな」
「うん、なんかいるよ。アニキ」
「どこにいるのよ?」
マーシャはキョロキョロしてみたが、小高い山がたくさんあるだけで、他に何も見当たらなかった。
「どうした?」
荷台があるために少し遅れていたバラルが、前で止まっている四人に追いついた。
「何かいるって言うんだけど、何もいないのよねぇ」
「いる方向はどっちか分かるか?」
「あっち」
スネイルは、南東の方向を指さした。南東は、まさに今、向かおうとしている方向だ。アイネ山地は東西に広がっているが、目的地に向かうには、南東が最適な方向となる。
「分かった。一旦西に向かおう」
バラルは、馬を西の方角へ向けて進み出した。ジャシードとガンドも、とりあえずバラルの後ろへ馬を向けた。
「なんで遠回りするの?」
マーシャが抗議の声を上げる。
「少し後ろを見ててみろ。馬は止めるなよ」
バラルが指さして言った。
その指先の示す方向へと視線を走らせたマーシャは、その方向で起こり始めた事を見て息を飲んだ。
山の一つが徐々に盛り上がりはじめ、脇から巨大な手のようなものが出てきた。その手には指がなく、まるでスコップのようだ。その山は更に盛り上がると、轟音を立てながら北へ移動しはじめた。
「や、山が動いてる……」
マーシャだけでなく、ヒートヘイズの若者たちは皆、驚愕している。
北へ移動していく途中、スコップのような手で、前にある山を掘り始める。掘った土は、元々自分が居た場所へと積み上げられ、再び山ができはじめた。
山があった場所には何もなくなり、山のようなそいつがズシンと収まると、スコップのような手は山の内側へと消えていった。
「あれは、『グランクロッド』と呼ばれている」
「あ、あんなのアリ?」
ガンドは何とか声を絞り出した。
「ここの山は、あの巨大な怪物が作ったのか……!」
「そうだ。グランクロッドは、ここの他に、アーマナクルに向かう街道付近にある、ラグラン山地にも生息しているが、あちらは休眠しているようで、人の目に触れることはない。もっとも、ここのグランクロッドも、ここに来なければ誰の目にも触れないがな」
「なんで移動していくのかしらね?」
今や、単なる山にしか見えなくなったグランドを見ながら、マーシャは首を傾げた。
「さあな。理由までは分かっていない。大方、通りがかった奴を捕食するためだろう。いつか、頭数《あたまかず》を揃えて戦ってみるか」
「それ、面白そうだね。どんな素材が手に入るか……」
ジャシードは目をキラキラさせながら、グランクロッドを眺めた。
「ちょっとジャッシュ、あんなの頭数いたって、どう戦うんだよ……」
「それはその時に考えれば良いことさ」
「ま、まあそうなんだけど」
「ガンドは、腰抜け」
「何だと、スネイル!」
「後衛なのに心配しすぎ」
「後衛だからこそ、心配するんだよ!」
「ガンドの言うことも分かるわ。私もハラハラしっぱなしよ。腰抜けなのかしら、私」
「アネキは違う」
「僕とマーシャの対応の差は何なの……」
ガンドはふくれっ面だ。
「アニキにアネキに、おっちゃんもいるのに、ビクビクしてたら足引っ張るぞ。行きたいところに行けなくなったりするぞ」
「むぐう……」
ガンドはふくれっ面のまま、声を絞り出した。
「ガンドの治癒魔法がないと、死んじゃうかも知れないんだから、そんなに言っちゃだめよ。スネイルだって、良く治療してもらってるじゃないの。しかも怪物たちが居るところまで、急いで迎えに行ったりしてるのよ。スネイルって、無茶しすぎて気絶したりしてるから、ガンドの有り難みが分かってないんじゃない?」
「あ……あぁぁ……ね」
スネイルは、ばつが悪そうにしている。
「ふふん! もう治療してやらなくてもいいんだぞ!」
「ごめんごめん、ちょっとからかっただけだって」
「次に治療する時は、ゆーっくり、痛みを感じながら治ると良いよ! 大人には容赦しないぞ!」
立場逆転とみて、顎を上げながらガンドは言う。
「ぎゃー、許して」
スネイルはガンドの肩を揉みはじめた。
「ふふん! まあ僕も大人だから、許してやらないでもない。もっとやりたまえ」
元々、少しも怒っていなかったガンドは、儲けた気分になった。
グランクロッドを回避して進んだヒートヘイズ一行は、アイメ山地を抜け、広くない平原に出た。ネヴィエル山脈を南に眺めつつ、東の方向へ進路を取る。
「たくさんいる。虫かな」
スネイルが付近の気配を読んで皆に警告した。
「この辺りの怪物共は、主に虫だな。山脈の南側には、先ほどはフォラーグルがいた。空にも気を付けるのだぞ、スネイル」
「りょうかい!」
一行がしばらく進んでいくと、甲虫の群れを発見した。その甲虫は二足歩行しており、人間並みの大きさがある。太い腕は四本あり、それぞれがトゲトゲしい感じになっている。更にその集団の中には、大型の黒光りする蜘蛛が何匹か歩いているのが見える。
「二足歩行の奴はクリンガンと呼ばれる。見たままの堅さと、四本の腕から繰り出す攻撃は力強い。あの棘にも注意だな。蜘蛛はブラックスパイダー。まあ蜘蛛だから、糸で巻き付けようとする。噛まれると毒を注入されるから気をつけろ」
バラルが怪物の説明をする。
「いつも思うけど、バラルさんは、さすがに詳しいわねえ」
マーシャは今言われた名前を、ブラックスパイダーはともかくとしても、クリンガンは覚えていられそうになかった。
「なるほど。見た感じ、あの虫たちは避けられそうにないな……。マーシャ、馬を頼むね」
「うん、任せて」
ジャシードは馬から飛び降りると、背中の鞘から、虹色に輝く剣を抜き放った。
「アニキ、その剣、名前なんての?」
「名前……? 考えてなかったな」
「虹ぴっかりん」
「ぶっ! やめて……えーと……分かれるからディバイダーにするよ」
「分かれんの?」
「まあ見ててよ。戦闘開始だ! 援護頼むよ!」
ジャシードはそう言うと、虫の群れに走り出した。
「えっ、ちょっと! まだ相手の強さも分からないのに!」
ガンドはいつも通りに、腰が引けたところを見せる。
「援護ヨロシクぅぅぅ!」
ジャシードの背中を追って、スネイルも揺らめく短剣を引き抜いて走り出した。
「全く手が焼けるんだから……」
ガンドは独り言ちた。
「手が掛かるの、わりと好きなんじゃないの?」
マーシャはそう言いながら、馬をガンドの横に付けた。
「わしにも、喜んでいるようにしか見えんわい」
バラルも並んでそう言った。
「あはは……うん、嫌いじゃないよ。子供の頃から一緒の、僕の兄弟たちだからね」
「ふふ。いつもありがと、ガンド」
「改めて言われると、照れるからよしてよ……ほら、ジャッシュが飛び込んでいくよ」
ガンドは視線を無理矢理前に向けた。
「よおっし、行くぞ! 『分かて!』」
ジャシードが剣に命令すると、ディバイダーはふた振りの剣になった。
「うおお! かっこいい!」
後ろから見ていたスネイルが叫ぶ。
クリンガンたちは、敵の強襲に驚くこともなく、ジャシードに突撃していく。
ジャシードがふた振りの剣に、それぞれチカラを送り込む。するとふた振りの剣は紅く、力強い輝きをその刀身に閃かせた。
「っらあっ!」
ジャシードはクリンガンの初撃を躱すと、舞い踊るように剣を振り、剣に蓄えたチカラを解き放った。剣から放たれた紅く力強い光は、クリンガンたちを次々と切り裂いていった。
「まるでオーリスが戦っているみたいね」
「すご……僕たちの出番、ないかも」
ガンドはそう言いつつも、傷の再生速度を増す魔法を二人に放った。
「ガンド、ジャシードがあの武器で戦うのは、今が初めてだったか?」
「作りたてだし、そうだと思うけど……」
「ふむ……それでいて、あれほど使い熟すのか」
ジャシードを見ていると、時折こういったことを感じる。これを単に『凄い』と表現するべきなのか、バラルは計りかねていた。
「ジャッシュは、きっと頭の中で練習していたのよ。昔からそうだもの」
マーシャは、幼い頃のジャシードの『特訓』を思い出していた。ジャシードはいつも、誰よりも武器を上手く扱っていたし、身の熟しも上手だった。
「いや、武器の扱いというのは……魔法だってそうだが、頭で考えたからと言って……」
「上手く行くわけじゃない……。うん。分かるんだけど、ジャッシュは昔からああなの」
マーシャにはそれしか説明のしようがない。ジャシードはいつの間にか上手になっていたし、上手くなる『途中』を見たのは、力場の扱い方ぐらいなものだ。
「飛び抜けた才能がある、と言うことか」
「今更言うことなの? みんな知ってると思っていたわ」
「ううむ……」
バラルは呻るばかりだ。
そうこうしているうちに、クリンガンはほぼ倒され、ジャシードとスネイルはブラックスパイダーに取りかかっていた。
ブラックスパイダーは下手に図体が大きいため、ジャシードとスネイルの素早い動きに翻弄されていた。糸を吐き出しては、スネイルの炎熱剣に断ち切られ、ジャシードのディバイダーで足を切り取られた。
彼らはドゴールの南で、虫嫌いのガンドが虫に慣れるほどに、日々虫たちと戦ってきた。言わば、対昆虫のエキスパートだ。確かにクリンガンやブラックスパイダーは、彼らが戦ってきたウーリスー半島の虫たちよりは強いだろう。しかしその動きはやはり虫であり、より成長した彼らの敵ではなかったのだ。
こうして、彼らの前にたくさんいたはずの虫たちは、ジャシードとスネイルの活躍で殲滅された。
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