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第四章 ひとつになる世界

ラグリフの誘い

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 ジャシードたちは、『審査室』と書いてある部屋へと案内された。

「証人、入ります」
 案内の女性が扉をノックして言うと、中から入るように声が聞こえた。

 扉が開かれると、奥にアウリスを含む冒険者管理委員と思われる者達が三人、その手前にスノウブリーズが四人並んで椅子に座っている。管理委員の座っているテーブルには名前が書かれたプレートがあり、左からアウリス、フォーテル、ニンクシーと書いてある。

「なんで、おまえらがここにいる!?」
「やあ、ナザクス。今朝方、アウリスさんが宿に来て、証言することになったんだ」
 ジャシードは片手を上げて挨拶した。

「誰も頼んでないぞ!」
 シューブレンがそう言って立ち上がろうとすると、なんとレリートがシューブレンの腕を押さえて座らせた。

「お前まで毒されやがって!」
 シューブレンはとても不機嫌な様子だ。

「なんでそこまで嫌うのよ。何度救われたと思ってんの?」
 ミアニルスも呆れた様子だ。

「うるさい! うるさい! うるさい! これはプライドの問題だ!」
「うるさいのはシューの方よ。審査中なのよ」
 シューブレンはミアニルスに一喝されて黙った。

「証人は後ろの席へ」
 フォーテルが言い、ジャシードたちはそれに従った。

「スノウブリーズの重大な失敗に対して、伝説級の怪物であるアズルギースを討伐したことで、処置の減免を求めている。しかしながら、アズルギースを討伐したという証拠をスノウブリーズが保持していないことから、共に戦ったと言うことで名前が挙がった、『ヒートヘイズ』を召喚いたしました」
 アウリスが言う。

「ヒートヘイズのジャシードに聞く。端的に、アズルギースを討伐したのは真実か?」
 真ん中の男が言った。

「真実です。証拠もあります」
「証拠を提示せよ」
「これです」
 ジャシードは袋から、アズルギースの尻尾と、アズルギースの爪を取り出した。

「こちらへ」
 フォーテルが証拠の提示を求め、ジャシードは部品を持って行った。

「ふむ……」
 フォーテルは、爪や尻尾を持ち上げたり、虫眼鏡を使って調べている。

「フォーテル殿、アズルギースの絵にある尻尾、爪と酷似しているようです」
 アウリスが言いながら、怪物の絵が載っている本を指さした。

「確かに似ているな。作り物でもない」
 ニンクシーは、フォーテルから爪を受け取って、絵と見比べている。

「うむ。本物だと認定する」
 二十分ほど、管理委員の三人は証拠と絵とを見比べて協議していたが、ついぞフォーテルがそう宣言した。

「じゃあ、減免されるんだな」
「やったね!」
 ナザクスが言い、ミアニルスがここぞとばかりにナザクスの腕にしがみついた。

「一段階の減免を決定する」
 フォーテルが冷たく宣言した。

「へ……!? い、一段階!? 伝説級の怪物を倒したのに、たったの、一段階!?」
 ナザクスが思わず拍子の抜けた声を上げる。

「一段階だ。よってスノウブリーズは、八級冒険者とする。これにて審査を終了する。スノウブリーズは審査室から出るように」
 抗議したそうなナザクスをよそに、管理委員は出て行くように促した。

「なんか、あんまり役に立たなかったみたいだね……」
 ジャシードはポツリと呟く。

「いや、いい……。気にするな。期待したおれが悪かった。わざわざ来てくれてありがとうよ」
「あたしからも、ありがと……」
 ナザクスとミアニルスは礼を言い、レリートは軽く頷いて部屋を出て行った。

「じゃ、僕たちも戻ろうか……」
「待て。君たちには話がある」
 アウリスが立ち上がったジャシードを呼び止めた。

「なんでしょう?」
「ラグリフ様が、君たちに会いたいと仰っている」
 返事をしたジャシードにアウリスが声をかける。

「ラグリフ様? ……って誰?」
 ガンドが素っ頓狂な声を上げた。

「ラグリフ様は、グランメリスの長だ。伝説級の怪物を倒した君たちに、感謝の気持ちを伝えたいと仰っている」
「ですから、アズルギースはスノウブリーズの協力があって、倒せたんです」
 ジャシードは再度強調した。

「君が謙遜しているのは分かっている、ジャシード君。残念だが現実として、スノウブリーズにそんな能力はない。それは彼らをずっと見てきた私が良く分かっている。君はもっと胸を張っても良い。折角の長からの招待だ。当然、応じるのだろうな?」
 アウリスはジャシードに迫った。

「……分かりました。いつ行けば良いですか?」
「今からだ。特に問題無いだろう?」
 アウリスにそう言われ、他の三人の意思を視線で確認すると、ジャシードは頷いた。

「では決まりだ。少しの間だけ、控室で待っていてくれ」
 アウリスはそう言うと、他の二人と共に審査室を去って行った。

「……初めからこっちが目的だったようだな」
 ファイナが姿を現しつつ言った。

「そうみたいだ。どんな思惑があるんだろう」
 ジャシードは腕を組んで考えている。

「ラグリフって偉いの」
「スネイル、グランメリスにいる間は、公共の場所では『様』か『さん』を付けた方がいい」
 ジャシードはスネイルに囁く。

「分かった。ラグリフさんさま」
「どっちか一つよ。わざとふざけないで」
「ごめんアネキ」
 スネイルはニヤリとした。

「ラグリフさんは、グランメリスで一番偉い人みたいだ。つまりメリザスで一番偉い人だね……なんでそんな人が、僕たちなんかに会いたがるんだろう」
「話を聞いてみれば分かるだろう」
 ジャシードに言ったファイナは、ふっと気配を消す。

「皆様、こちらへ」
 案内の女性がやってきて、四人を連れ出した。

 四人は冒険者管理委員会館を出ると、反対側にある入口へと連れて行かれた。衛兵が守っている入口から、ワーナック城に入る。

 城の内部は複雑だった。右へ曲がり、左へ曲がり、階段を上り、階段を下り、右へ、左へ、また右へ、更に二回右へ曲がり、また階段を上る……。

「迷路みたい」
 スネイルが面倒臭そうに呟き、マーシャに軽く頭を叩かれる。

 かなり長い時間歩かされ、そろそろ全員が嫌になってきた頃、大きな扉の前に案内された。

「こちらです」
 案内の女性は、ドアを開け、ドアの手前の通路に作られた、人が一人だけ入ることのできる凹みに身体を納めて道をあけた。

「やっと……」
 言葉を発しようとしたスネイルの口は、マーシャによって塞がれた。

「ようこそ。こちらへ」
 フォーテルの声が聞こえた。隣にアウリスが立っている。

 四人は案内されるがままに、更に奥にある金属製の重厚な扉に案内された。

「ラグリフ様、ヒートヘイズをお連れしました」
「うむ、入ってよいぞ」
 扉の奥から声がし、金属製の扉が開かれた。

 部屋の奥には、鼻髭を生やし眠そうな目をした、細身で中年の男が大きな机の前に座っている。濃い茶色のボサボサした髪をガリガリとかきながら、しつらえの良さそうな椅子に身をゆだね、ヒートヘイズを眺めている。
 ラグリフはヒートヘイズが入ってくるのを見ると、少し眉を動かしたのち、ニヤリとした表情を浮かべた。

「良く来てくれたな、ヒートヘイズよ」
 ラグリフは、ゆったりとした口調で話しかける。

「えっと……お招きいただき、ありがとうございます」
 ジャシードは辿々しく挨拶をする。

「良い、良い。私のような人間に会うのは初めてと見える。その若さだ、仕方の無いこと。大目に見ようではないか。肩の力を抜いて、楽にすると良い」
 ラグリフは片手を払いつつ言う。

「慣れて無くて……。ありがとうございます」
 ジャシードが答えた。

「此度の働き、見事であったぞ。アズルギースを倒すなど、並大抵の冒険者ではないと思ったが、まさかこれほどまでに若い冒険者だとは、思いにもよらなかった」
 ラグリフは、ゆっくりとしたリズムで拍手した。

「ありがとうございます。でも僕たちだけではなく……」
「良い、良い。確かにスノウブリーズもそこにいただろう。だがアズルギースのような、大型の怪物が現れたことを、最寄りであるグランメリスが捉えていないとでも思ったか?」
 ラグリフは鼻を鳴らした。

「もしかして、あの戦いは、ここからも……」
 マーシャが口を開いた。

「そう、そうだ。当然ながら、アズルギースが現れ冒険者を襲っていると言う話は、ここワーナック城に報せがあった。その中に、スノウブリーズがいるという情報も掴んでいた。城壁の上には、望遠鏡を持った兵もいる。
 ゆえにここでは、スノウブリーズが敗北し、アズルギースがここへ向かってくることを想定していた。つまりグランメリスでは、厳戒態勢が敷かれておったのだ。
 そして君たちの戦いを、固唾を飲んで見守っていた者たちが、ここには大勢いた。アズルギースは、一体で街を破壊できるほどの能力があるからだ。門を閉じても、空気の大砲で撃たれて破壊され、並の冒険者や衛兵では肉弾戦でも歯が立たぬ。
 もしも、アズルギースがグランメリスに向かってきていたら、こちらに甚大な被害が出ておったであろう。それを強大な魔法で討ち取ったのだ。感謝しかないのは、想像に難くないであろう」
 ラグリフは一頻り話して、飲み物を口に流し込んだ。

「そうだったんですね……。でも、スノウブリーズには助けられました」
 ジャシードが言う。

「良い、良い。スノウブリーズの事は良い。ところで、アズルギースを倒す程の実力ある君たちに、願い事がある」
 ラグリフはそこで一旦発言を切り、微笑を浮かべながらヒートヘイズたちの反応を見ている。

「願い事、と言うのは何でしょうか」
 ジャシードは、敢えて視線を動かさずに返事をする。

「グランメリスの冒険者として、働いてはくれぬか」
 ラグリフは、微笑を崩さずに言った。

「それを答える前に、いくつか質問があります」
「……うむ。申してみよ」
 ラグリフは腕組みをした。

「グランメリスの冒険者管理委員というのは、どんなことをしているのですか?」
「冒険者たちの級数を管理しておる。また仕事の凱旋、成否の判定だ。成功した者達には、級を上げ、より難しい仕事を与えているわけだな。君たちになら、最初から特級の位を与えてやろうぞ」

「ありがとうございます。その、級というのは、いくつからいくつまであるのですか?」
「十級から一級までだ。その上に特級がある」

「なるほど。スノウブリーズは、八級になったのですが、元々何級だったのですか?」
「あんなものでも、なかなか名の知れた冒険者であったな……。フォーテル、元々は何級だ? 二級ぐらいか?」
 ラグリフは、フォーテルを指さした。

「はっ、スノウブリーズは二級冒険者でございました」
 フォーテルが一礼して答える。

「そう言うことだ」
 ラグリフは再び腕組みをする。

「それが、アズルギースの件がなかったら、九級まで下がっていたのですか……。余りにも大きな罰ではありませんか? 一体どんな依頼だったのですか?」
「依頼の内容は極秘である」
「それを知らずに、僕たちは特級になることはできません。僕たちにはそれ以上に重要な仕事を与えるのではありませんか?」
「ヒートヘイズ、口を慎め!」
 フォーテルが怒鳴った。

「フォーテル、静まれ……。彼らには、エルウィンで武具を集めてくるように依頼した。エルウィンの武器は品質がいいと聞く。アズルギースと戦った君たちならば分かるであろう。メリザスには高品質な武器が必要なのだ。まさに総力を結集して、怪物どもと戦わねばならない」
「それのどこが極秘なの」
 スネイルは黙って聞いていたが、ついに独り言ちた。

「スネイル。少し黙ってて」
「ごめん、アニキ……」

「話を変えます。僕たちはロウメリスにも寄ってきました。ロウメリスはグランメリスと違って、街を守る壁もなく、殆ど廃墟みたいな場所でした。ラグリフさんは、ロウメリスを発展させる気はないのでしょうか」
 ジャシードは敢えて突っ込んだ話をした。

「グランメリス周辺の怪物事情を知ってなお、そのようなことを申すのか?」
 ラグリフは、ジャシードを指さし、周囲を指さした。

「僕が見たところ、グランメリスはもう十分に防備を固めているようですが……。街は徹底的に防衛向きに造られていると思います。この城もそうです。余りにも差がありすぎます。ロウメリスにも、何かしてあげられませんか?」
 ジャシードは、ラグリフがそんなことをするはずがないと分かっていながら質問した。

「ロウメリスまで資材を運ぶのも、人員を派遣するのも難しい。どうしても、よりたくさんの人間が住んでいるグランメリスが優先される。仕方のないこともあるのだ」
 ラグリフは腕組みをしながら、残念そうにそう言った。

「ロウメリスでは、商売をすると捕らえられると聞きました。これは本当ですか?」
「どうしても、ああいう場所では密売などが横行しやすくなる。ゆえに気の毒ではあるが、取引の全てを禁止しておる。その代わり、グランメリスで冒険者として生計を立てる道筋は用意しておるのだ」
 そう言うと、ラグリフは一瞬、フォーテルの方へと視線をやった。

「グランメリスの冒険者には、契約があると聞きました。また、契約を破ると、殺し屋に追われると聞きました。家族まで殺されると聞きました。これは本当ですか?」
 ジャシードがそう言うと、ラグリフの表情が一瞬、強ばった。

「何を根拠にそんな事を言っている? スノウブリーズが言ったのかね? 可愛がってやっていたのに、そんな事を吹聴して回っていると言うことかね?」
 明らかにラグリフの声色が変化したのを、ジャシードは感じ取った。

「本当かどうかを教えてください」
 ジャシードは表情を変えずに言う。

「……契約をしっかり守らせるためには、何かを犠牲にする必要もあるだろう。だが、それがいつ執行されたというのだね? 証拠はあるのか?」
 ラグリフは少し気持ちを落ち着けながらも、やや強い口調で言った。

 その時、部屋の隅で動くものがあった。

「証拠は、ある! 黙って聞いてりゃ、好き放題言いやがって!! エリナを殺したのは、どこのどいつの命令だ、ああ!? レリートの恋人だったんだぞ! それを、あんな風に……惨殺するなんざ、人間のやることじゃあねえ!」
 部屋の片隅から、怒鳴り声を上げながら、シューブレンが姿を現した。手には短剣が握られ、その身体は怒りに震えている。

「シューブレンさん!」
 ジャシードが驚いて声を上げた。ファイナの存在ばかりに気を配っていて、シューブレンの存在を捕らえられていなかった。

「シューブレン! 貴様、ここで何をしている!!」
 アウリスが大声を上げた。

「ほう。まさか落ちこぼれのスノウブリーズが入り込んでおるとは。では、ヒートヘイズを裏で手引きしていたのはお前たちと言うわけか。不可解な質問があったのも、お前たちの入れ知恵であるな」
「違う! おれは……」
「もう良い。話は終わりだ。見損なったぞ、ヒートヘイズ。衛兵を呼べ!」
 ラグリフは、懐から白い球を捕りだして、ジャシードの近くに投げつけた。

 白い球からは、もくもくと煙が立ち上る。煙は何故か、ヒートヘイズの四人と、シューブレンの周囲だけに滞留した。

「うあ、なんだ、なん……だ……」
「ね、眠く……なって……」
 スネイルとガンドは地面に崩れ落ちた。

「マ、マーシャ……」
「あ……何……これって……ジャッシュ……!」
 白い煙を吸ったマーシャは、視界が揺らぐのを感じた。薄れ行く意識の中で、ジャシードが、スネイルが、ガンドが、シューブレンが倒れ、多数の衛兵が部屋に押し寄せてくるのを感じた。
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