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第三章 新たなる旅立ち
孤高の戦士
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ヒートヘイズの一行は、街道に沿って歩き出した。街道は北西の方向へ、やや蛇行しながら続いている。
レムランド砦の衛兵が言っていたスウィグ採石場は、レムランド砦から二時間ほどの距離にある。
「スウィグ採石場は、鉱石を掘り出す場所だったが、今は怪物に占拠されている。もはや、採石場としての役割は果たしておらん。今は確か、ロックゴーレムがうろうろしているはずだ」
バラルは、記憶を引っ張り出しながら言った。
「ゴーレムなら、気を付けなきゃいけないね」
ガンドが言った。
「うむ。ロックゴーレムは、触れた岩の周囲にある岩を自由に操れる。こんな風に、岩に手を触れているのが見えたら、要注意だ」
バラルは、身振り手振りを交えつつ言った。
ジャシードはオーリスとマーシャに、ゴーレムとはどう言うものかを、サンドゴーレムとの戦闘経験を交えて説明した。
「とにかく、手を触れる、という行動が必要と言うことだね」
オーリスはしっかり理解したようだ。
「そうだね。手を触れなければ、ゴーレムは特殊能力を使えない。ゴーレムは動きが遅いから、目を離さずに、ちゃんと見ていることが大切だね」
ジャシードが話していると、ピックがカァカァと合いの手を入れた。
「あはは、ピックは戦わなくていいんだよ」
ジャシードはピックの頭を撫でてやった。ピックは羽を少しばたつかせながら、ジャシードの肩で上手にバランスを取っている。
そうこうしている間に、スウィグ採石場が近づいてきた。全員武器を手にとって、臨戦態勢で臨む。
スウィグ採石場の周辺には、オーガが三体、まるでその入り口を守っているかのように、あちらへこちらへとうろついている。街道からほど近い場所にもいるため、戦う必要がありそうだ。
「なんだ、ゴーレムじゃないんだね。そしたら、みんなはここで待機。スネイル、頼んだよ」
ジャシードはスネイルに目配せすると、スネイルはコクリと頷き、幾つかの小石を拾ってオーガに近寄っていった。
アサシンの特技は、本当に不思議なものだ。スネイルはゆっくりと何気なく進んでいるように見えるが、気を付けていないと見失ってしまう。何も遮蔽物がないのに、だ。
「スネイル、どっかに行っちゃった……」
マーシャは早速、スネイルを見失ったようだ。
「あの辺にいる……けど、気を付けていないと見失いそうだ……」
オーリスは、目を凝らしながら、採石場付近の岩を指差した。
「見えないわ……スネイルって、凄いのね」
マーシャは目を凝らしてみたが、もはや何も見えなかった。一旦見失ったアサシンを再度発見するのは、気配を探知できないと難しい。
スネイルはオーガに近づくと、そのうちの二体に手持ちの石ころを投げつけた。
石ころが当たったオーガは、スネイル目がけて走り出した。三体いたオーガは、一体と二体に分断された。
「凄い!」
オーリスは思わず声を上げた。
「スネイルにしか、あれはできないんだ」
ジャシードも、いつもの事ながら感心していた。今回の旅では初めてだが、戦闘訓練で行ったタンネッタ池で、ゴーレムを一体ずつ引き剥がす訓練をしたものだ。
「どうやっているの!?」
マーシャも驚きを隠せない。
「多分、残り一体のオーガには、スネイルが見えてない」
ジャシードは簡単に説明したが、簡単に理解しろというのは無理がある。スネイルは、誰かにだけ気づかれるように動く、と言うのができるらしいのだ。
「これも生命力の為せる技だと言うわけね……」
マーシャは魔法の勉強をするにつけ、生命力の不思議さに多く触れてきたつもりだったが、それでもスネイルのやっていることには驚きを隠せなかった。
「マーシャとガンドとバラルさんは、ラマの辺りにいて。オーリスは僕と行こう」
ジャシードはそう言って前に出て行った。
「えっ、私も!?」
マーシャは前に行こうとしたが、バラルに止められた。
「どうして止めるの? 戦いなのよ!」
「まあ待て。魔法使いは、いざという時に備えてチカラを蓄えておくべきだ。これは料理ではないのだぞ。ジャシードはそれを知っている」
バラルはラマの綱を握りながら、荷台に座った。
マーシャも仕方なく荷台の辺りに戻ったが、自分が何もしないのは、どうも落ち着かない。
「まあ見ておれ。オーガなんぞすぐに片付く」
バラルは、自分の袋から干し肉を取り出して食べ始めた。マーシャとは正反対の落ち着きっぷりだ。
「あ、僕も干し肉食べたい」
ガンドが目ざとくバラルに食いついてきたので、バラルは干し肉を一切れくれてやった。
「お前も食うか?」
バラルは干し肉を揺らしながら言った。
「い、要らないわ……。な、なんなのこれ……」
マーシャは温度差に慣れないようだ。
前衛の方へと視線を移せば、スネイルが走って二体のオーガを引き連れて戻ってきた。
「おでまし」
スネイルは腕を交差させ、腰にある左右のダガーを引き抜くと、戦闘態勢をとった。
「スネイル、カッコいいねえ!」
オーリスは、スネイルの双剣スタイルを見て興奮している。
「さあ、始めるよ!」
ジャシードは声を上げてウォークライを放つと、オーガはジャシードに向かって方向を変えた。
ジャシードはファングを中段に構え、オーガとの距離を見つつ、その動きを注視した。片方は素手、もう片方は棍棒を持っている。
素手のオーガは、ジャシードの前で大きく腕を振りかぶった。棍棒を持ったオーガは、棍棒を真横に振りかぶっている。
ジャシードはスネイルに目配せをし、そしてオーリスに分かるように、棍棒を振りかぶっているオーガへ、長剣の切っ先を向けた。オーリスは軽く頷いて動き出した。
スネイルは素早く棍棒を持ったオーガの後方へ、オーリスは右側へと回り込む。
ジャシードへ向けた、オーガのパンチが動き出した。しかしジャシードは左へ跳んでそれを躱し、轟音を立てて迫り来るもう一体のオーガの棍棒を、姿勢を低くしてやり過ごした。
初めに振り下ろされた拳は、目的を失い地面に炸裂して土を抉った。そしてすぐ、隣のオーガの棍棒が、そのままの勢いで素手のオーガの顔面を正面から捉えた。激しい衝突音が辺りに響き、素手のオーガの顔は、棍棒の一撃を受けて更に不細工になった。
「おおっ! バカな奴だ! わはははは!」
バラルは手を叩いて楽しんでいる。
ジャシードの剣は、棍棒のオーガの腕に襲いかかった。ジャシードの得意な下段からの切り上げだ。
あまり素早く動けないオーガは、ジャシードの剣を躱すことができず、ばっさりと太い腕を叩き切られた。
「グオオオ!」
棍棒で殴られたオーガは今、苦しみのあまり悲鳴を上げた。
「お、遅いわね……」
マーシャは苦笑している。
「ガアアアアア!」
腕を切断されたオーガも、痛みで悲鳴を上げた。
オーリスは、がら空きになったオーガの右脇腹に、これでもかとレイピアの突きを喰らわせた。オーリスの剣速は非常に速く、あっという間にオーガの脇腹が穴だらけになった。
その間スネイルは、狙い澄ました一撃を食らわせる場所を見定めていた。そして腰の辺りに狙いを定めると、ワスプダガーを真っ直ぐに刺し込んで引き抜いた。その一ヶ所の穴から、大量の体液が噴き出してくる。
ジャシードは、もう一体の素手のオーガに肉薄し、露出している腹を真一文字に切り裂いた。更に返しの剣で斜めに、縦に……オーガの脂肪と筋肉は厚いが、それでも内臓がこぼれる。
オーリスは、オーガの破れかぶれな一撃を躱し、レイピアの連続攻撃を叩き込んだ。オーガの腹は蜂の巣のように穴が開き、遂に前のめりに倒れた。
ジャシードの攻撃しているオーガは、もう殆ど戦う能力が無かったが、更なるスネイルの攻撃で崩れ落ちた。
「つぎ」
スネイルは素早く踵を返し、残りのオーガを連れてきた。一対三の戦いの結果は、敢えて記すほどのこともない。
「な、一瞬だろう。まあまあ面白かったな。最初のオーガの棍棒は最高だった」
バラルは観戦を終えて満足げだ。
「ゴーレムはやるの?」
スネイルがジャシードに聞いた。
「オーガは、出っ張ってたからやったけど、わざわざ採石場まで入らなくても良いと思う」
ジャシードはそう判断した。
「そうだね、僕もやらないで良いと思う」
ガンドは同意した。
「まあ賢明だろうな。ロックゴーレムを倒すのが目的じゃあない」
バラルも同じく頷いた。
「ちぇっ。じゃあまた今度」
スネイルは少し残念そうだが、ジャシードの決定に逆らうつもりはない。
一行は街道沿いに進み始めた。スウィグ採石場の前を通るときに、採石場の方を見てみると、何体かのロックゴーレムがうろついているのが見えた。
一行は、更に北東へと街道を進んだ。スウィグ採石場を超えると、東側は平原や林が広く続いている。
「ええと、この辺りからウェダール平原だね。西側の山々は、エレネイア山脈って言うらしい」
ガンドは、歩きながら地図を広げて見ている。
「地図ばかり見て躓かないようにね」
マーシャは、ガンドが危なっかしいのが気になるようだ。
「平気だよ」
ガンドは少しだけ前を見るようになった。
「本当にガンドは、地図が好きなんだね」
オーリスは地図を覗き込んだ。
「うん。何だろうね。冒険者になる前は、こんなに地図は見なかったんだけど……いざドゴールを出るってときに、色々知っておかないといけない気がして。この先に何があるか、とか」
「ぴっかりんは、心配ばかりしてるから」
「うるさいなあ、スネイル……。でも、心配だから先に知っておきたいって言うのは本当かもね」
ガンドは、スネイルに冷やかされて自分を分析し直したようだ。
「おや、誰か来たよ」
ジャシードはラマを引きながら、前の方から街道を進んでくる人影を見つけた。
「街道で誰かと会うの、初めてかもね」
ガンドは地図から目を上げ、前を向いた。
その人物は、頭以外の全身を金属の鎧で覆っていた。
「いよう、いよう。皆の衆!」
鎧の男は、片手を上げて気さくに声をかけてきた。ヒートヘイズの面々も、それぞれに挨拶をした。
鎧の男は、整えられていない赤毛の短髪で、深く青い目、少し焼けた肌をしていて、ハッキリとした顔立ちだ。年齢はそれほど高く無さそうな若者に見える。
「おれは、ネルニード。自称『孤高の戦士』だ」
ネルニードは自己紹介をした。
「自称?」
マーシャはつい、声に出した。
「そう、自称だよ、かわいいレディー。それはそうと、おれは人を探している。オン何とかと言う人を知らないか。あるいは何とかオン」
「え、っと……」
ガンドは心当たりがあり過ぎたが、言うべきか迷った。
「どちらの条件にも該当する奴を一人知っているが、何のようで探している?」
バラルが後を引き取って、ネルニードに言った。
「本当か! まるでその皺に、ありとあらゆる知識を織り込んでいるかのような大魔法使いどの! おれはオン何とかどのに会って、魔法の武器を拵えて貰いたいと思って旅をしている」
ネルニードは大げさに両手を広げたり、前に出したりしながら言った。
「ほう、その情報はどこで手に入れたのかね?」
バラルは、耳を引っ張っている。
「この情報は、エルウィンのマー何とかに教わったものだ。色々世話になって感謝している!」
「感謝しているのに、マー何とか、なのか?」
「い、いや…………そう! そうそうそう! マーシャルだ!」
ネルニードは、おでこを指で弾きつつ、ようやく思い出した様子で言った。
「お前さんとマーシャルはどう言う関係だ?」
バラルはまだ信用できない、と言う様子だ。
「おれとマーシャルは、まだ付き合いは浅い。が……そうだ! そうそうそう! 紹介状をもらってきた」
ネルニードは荷物から、うっかり斜めに三つに折りたたまれた紙を取り出した。
「おお、ここに、オンテミオンと書いてある! オンテミオンだ!」
ネルニードは、わははと大声で笑っている。
「まあ、あきれた」
マーシャは肩をすくめた。
「全く呆れた。お前さんは何というか……」
「いやあ! すまんすまん。おれは、おっこちょちょいなもんでね」
バラルの発言を遮って、ネルニードが言った。
「おっちょこちょい、だよ」
スネイルが訂正した。
「それそれ! そういうわけで、オンテミオンを探している!」
ネルニードが、ようやく正しいことを言った。
「オンテミオンなら、ドゴールにいる。ドゴールに行け」
バラルは、もはやどうでも良さそうに言った。
「おお、ドゴールか! あい分かった! 孤高の戦士ネルニード、礼を言おう!」
「自称ね、自称」
スネイルはまた訂正してやった。
「情報ありがとう! ではまた会おう!」
ネルニードは別れを告げると、レムランド砦の方へ大股に進んでいった。
「な、何なの……」
「アネキ、疲れた?」
「凄く疲れたわ」
「わしも疲れた。なんだかどっと疲れた」
バラルは荷台に乗っかり寝転んだ。
荷台はバラルによって、男どもの衣服の袋と、食材などの袋が左右に分割され、バラルが寝転がりやすい布陣になっていた。
「なんだか、今まで見たことのない感じの、凄い人だったね!」
ジャシードは、今まで会ったことの無い種類の人間に触れ、素直に世界には色んな人がいるのだと思った。
気を取り直して進んだヒートヘイズの一行だったが、ウェダール平原にある十字路へ、その日のうちには辿り着けなかった。
スウィグ採石場と十字路の中間点ほどの所で、一行は野営する事になった。
◆◆
「おい、お前……強く、なりたいか……?」
気味の悪い笑みを浮かべた存在は、人知れず、次の目標に近づいていた。
レムランド砦の衛兵が言っていたスウィグ採石場は、レムランド砦から二時間ほどの距離にある。
「スウィグ採石場は、鉱石を掘り出す場所だったが、今は怪物に占拠されている。もはや、採石場としての役割は果たしておらん。今は確か、ロックゴーレムがうろうろしているはずだ」
バラルは、記憶を引っ張り出しながら言った。
「ゴーレムなら、気を付けなきゃいけないね」
ガンドが言った。
「うむ。ロックゴーレムは、触れた岩の周囲にある岩を自由に操れる。こんな風に、岩に手を触れているのが見えたら、要注意だ」
バラルは、身振り手振りを交えつつ言った。
ジャシードはオーリスとマーシャに、ゴーレムとはどう言うものかを、サンドゴーレムとの戦闘経験を交えて説明した。
「とにかく、手を触れる、という行動が必要と言うことだね」
オーリスはしっかり理解したようだ。
「そうだね。手を触れなければ、ゴーレムは特殊能力を使えない。ゴーレムは動きが遅いから、目を離さずに、ちゃんと見ていることが大切だね」
ジャシードが話していると、ピックがカァカァと合いの手を入れた。
「あはは、ピックは戦わなくていいんだよ」
ジャシードはピックの頭を撫でてやった。ピックは羽を少しばたつかせながら、ジャシードの肩で上手にバランスを取っている。
そうこうしている間に、スウィグ採石場が近づいてきた。全員武器を手にとって、臨戦態勢で臨む。
スウィグ採石場の周辺には、オーガが三体、まるでその入り口を守っているかのように、あちらへこちらへとうろついている。街道からほど近い場所にもいるため、戦う必要がありそうだ。
「なんだ、ゴーレムじゃないんだね。そしたら、みんなはここで待機。スネイル、頼んだよ」
ジャシードはスネイルに目配せすると、スネイルはコクリと頷き、幾つかの小石を拾ってオーガに近寄っていった。
アサシンの特技は、本当に不思議なものだ。スネイルはゆっくりと何気なく進んでいるように見えるが、気を付けていないと見失ってしまう。何も遮蔽物がないのに、だ。
「スネイル、どっかに行っちゃった……」
マーシャは早速、スネイルを見失ったようだ。
「あの辺にいる……けど、気を付けていないと見失いそうだ……」
オーリスは、目を凝らしながら、採石場付近の岩を指差した。
「見えないわ……スネイルって、凄いのね」
マーシャは目を凝らしてみたが、もはや何も見えなかった。一旦見失ったアサシンを再度発見するのは、気配を探知できないと難しい。
スネイルはオーガに近づくと、そのうちの二体に手持ちの石ころを投げつけた。
石ころが当たったオーガは、スネイル目がけて走り出した。三体いたオーガは、一体と二体に分断された。
「凄い!」
オーリスは思わず声を上げた。
「スネイルにしか、あれはできないんだ」
ジャシードも、いつもの事ながら感心していた。今回の旅では初めてだが、戦闘訓練で行ったタンネッタ池で、ゴーレムを一体ずつ引き剥がす訓練をしたものだ。
「どうやっているの!?」
マーシャも驚きを隠せない。
「多分、残り一体のオーガには、スネイルが見えてない」
ジャシードは簡単に説明したが、簡単に理解しろというのは無理がある。スネイルは、誰かにだけ気づかれるように動く、と言うのができるらしいのだ。
「これも生命力の為せる技だと言うわけね……」
マーシャは魔法の勉強をするにつけ、生命力の不思議さに多く触れてきたつもりだったが、それでもスネイルのやっていることには驚きを隠せなかった。
「マーシャとガンドとバラルさんは、ラマの辺りにいて。オーリスは僕と行こう」
ジャシードはそう言って前に出て行った。
「えっ、私も!?」
マーシャは前に行こうとしたが、バラルに止められた。
「どうして止めるの? 戦いなのよ!」
「まあ待て。魔法使いは、いざという時に備えてチカラを蓄えておくべきだ。これは料理ではないのだぞ。ジャシードはそれを知っている」
バラルはラマの綱を握りながら、荷台に座った。
マーシャも仕方なく荷台の辺りに戻ったが、自分が何もしないのは、どうも落ち着かない。
「まあ見ておれ。オーガなんぞすぐに片付く」
バラルは、自分の袋から干し肉を取り出して食べ始めた。マーシャとは正反対の落ち着きっぷりだ。
「あ、僕も干し肉食べたい」
ガンドが目ざとくバラルに食いついてきたので、バラルは干し肉を一切れくれてやった。
「お前も食うか?」
バラルは干し肉を揺らしながら言った。
「い、要らないわ……。な、なんなのこれ……」
マーシャは温度差に慣れないようだ。
前衛の方へと視線を移せば、スネイルが走って二体のオーガを引き連れて戻ってきた。
「おでまし」
スネイルは腕を交差させ、腰にある左右のダガーを引き抜くと、戦闘態勢をとった。
「スネイル、カッコいいねえ!」
オーリスは、スネイルの双剣スタイルを見て興奮している。
「さあ、始めるよ!」
ジャシードは声を上げてウォークライを放つと、オーガはジャシードに向かって方向を変えた。
ジャシードはファングを中段に構え、オーガとの距離を見つつ、その動きを注視した。片方は素手、もう片方は棍棒を持っている。
素手のオーガは、ジャシードの前で大きく腕を振りかぶった。棍棒を持ったオーガは、棍棒を真横に振りかぶっている。
ジャシードはスネイルに目配せをし、そしてオーリスに分かるように、棍棒を振りかぶっているオーガへ、長剣の切っ先を向けた。オーリスは軽く頷いて動き出した。
スネイルは素早く棍棒を持ったオーガの後方へ、オーリスは右側へと回り込む。
ジャシードへ向けた、オーガのパンチが動き出した。しかしジャシードは左へ跳んでそれを躱し、轟音を立てて迫り来るもう一体のオーガの棍棒を、姿勢を低くしてやり過ごした。
初めに振り下ろされた拳は、目的を失い地面に炸裂して土を抉った。そしてすぐ、隣のオーガの棍棒が、そのままの勢いで素手のオーガの顔面を正面から捉えた。激しい衝突音が辺りに響き、素手のオーガの顔は、棍棒の一撃を受けて更に不細工になった。
「おおっ! バカな奴だ! わはははは!」
バラルは手を叩いて楽しんでいる。
ジャシードの剣は、棍棒のオーガの腕に襲いかかった。ジャシードの得意な下段からの切り上げだ。
あまり素早く動けないオーガは、ジャシードの剣を躱すことができず、ばっさりと太い腕を叩き切られた。
「グオオオ!」
棍棒で殴られたオーガは今、苦しみのあまり悲鳴を上げた。
「お、遅いわね……」
マーシャは苦笑している。
「ガアアアアア!」
腕を切断されたオーガも、痛みで悲鳴を上げた。
オーリスは、がら空きになったオーガの右脇腹に、これでもかとレイピアの突きを喰らわせた。オーリスの剣速は非常に速く、あっという間にオーガの脇腹が穴だらけになった。
その間スネイルは、狙い澄ました一撃を食らわせる場所を見定めていた。そして腰の辺りに狙いを定めると、ワスプダガーを真っ直ぐに刺し込んで引き抜いた。その一ヶ所の穴から、大量の体液が噴き出してくる。
ジャシードは、もう一体の素手のオーガに肉薄し、露出している腹を真一文字に切り裂いた。更に返しの剣で斜めに、縦に……オーガの脂肪と筋肉は厚いが、それでも内臓がこぼれる。
オーリスは、オーガの破れかぶれな一撃を躱し、レイピアの連続攻撃を叩き込んだ。オーガの腹は蜂の巣のように穴が開き、遂に前のめりに倒れた。
ジャシードの攻撃しているオーガは、もう殆ど戦う能力が無かったが、更なるスネイルの攻撃で崩れ落ちた。
「つぎ」
スネイルは素早く踵を返し、残りのオーガを連れてきた。一対三の戦いの結果は、敢えて記すほどのこともない。
「な、一瞬だろう。まあまあ面白かったな。最初のオーガの棍棒は最高だった」
バラルは観戦を終えて満足げだ。
「ゴーレムはやるの?」
スネイルがジャシードに聞いた。
「オーガは、出っ張ってたからやったけど、わざわざ採石場まで入らなくても良いと思う」
ジャシードはそう判断した。
「そうだね、僕もやらないで良いと思う」
ガンドは同意した。
「まあ賢明だろうな。ロックゴーレムを倒すのが目的じゃあない」
バラルも同じく頷いた。
「ちぇっ。じゃあまた今度」
スネイルは少し残念そうだが、ジャシードの決定に逆らうつもりはない。
一行は街道沿いに進み始めた。スウィグ採石場の前を通るときに、採石場の方を見てみると、何体かのロックゴーレムがうろついているのが見えた。
一行は、更に北東へと街道を進んだ。スウィグ採石場を超えると、東側は平原や林が広く続いている。
「ええと、この辺りからウェダール平原だね。西側の山々は、エレネイア山脈って言うらしい」
ガンドは、歩きながら地図を広げて見ている。
「地図ばかり見て躓かないようにね」
マーシャは、ガンドが危なっかしいのが気になるようだ。
「平気だよ」
ガンドは少しだけ前を見るようになった。
「本当にガンドは、地図が好きなんだね」
オーリスは地図を覗き込んだ。
「うん。何だろうね。冒険者になる前は、こんなに地図は見なかったんだけど……いざドゴールを出るってときに、色々知っておかないといけない気がして。この先に何があるか、とか」
「ぴっかりんは、心配ばかりしてるから」
「うるさいなあ、スネイル……。でも、心配だから先に知っておきたいって言うのは本当かもね」
ガンドは、スネイルに冷やかされて自分を分析し直したようだ。
「おや、誰か来たよ」
ジャシードはラマを引きながら、前の方から街道を進んでくる人影を見つけた。
「街道で誰かと会うの、初めてかもね」
ガンドは地図から目を上げ、前を向いた。
その人物は、頭以外の全身を金属の鎧で覆っていた。
「いよう、いよう。皆の衆!」
鎧の男は、片手を上げて気さくに声をかけてきた。ヒートヘイズの面々も、それぞれに挨拶をした。
鎧の男は、整えられていない赤毛の短髪で、深く青い目、少し焼けた肌をしていて、ハッキリとした顔立ちだ。年齢はそれほど高く無さそうな若者に見える。
「おれは、ネルニード。自称『孤高の戦士』だ」
ネルニードは自己紹介をした。
「自称?」
マーシャはつい、声に出した。
「そう、自称だよ、かわいいレディー。それはそうと、おれは人を探している。オン何とかと言う人を知らないか。あるいは何とかオン」
「え、っと……」
ガンドは心当たりがあり過ぎたが、言うべきか迷った。
「どちらの条件にも該当する奴を一人知っているが、何のようで探している?」
バラルが後を引き取って、ネルニードに言った。
「本当か! まるでその皺に、ありとあらゆる知識を織り込んでいるかのような大魔法使いどの! おれはオン何とかどのに会って、魔法の武器を拵えて貰いたいと思って旅をしている」
ネルニードは大げさに両手を広げたり、前に出したりしながら言った。
「ほう、その情報はどこで手に入れたのかね?」
バラルは、耳を引っ張っている。
「この情報は、エルウィンのマー何とかに教わったものだ。色々世話になって感謝している!」
「感謝しているのに、マー何とか、なのか?」
「い、いや…………そう! そうそうそう! マーシャルだ!」
ネルニードは、おでこを指で弾きつつ、ようやく思い出した様子で言った。
「お前さんとマーシャルはどう言う関係だ?」
バラルはまだ信用できない、と言う様子だ。
「おれとマーシャルは、まだ付き合いは浅い。が……そうだ! そうそうそう! 紹介状をもらってきた」
ネルニードは荷物から、うっかり斜めに三つに折りたたまれた紙を取り出した。
「おお、ここに、オンテミオンと書いてある! オンテミオンだ!」
ネルニードは、わははと大声で笑っている。
「まあ、あきれた」
マーシャは肩をすくめた。
「全く呆れた。お前さんは何というか……」
「いやあ! すまんすまん。おれは、おっこちょちょいなもんでね」
バラルの発言を遮って、ネルニードが言った。
「おっちょこちょい、だよ」
スネイルが訂正した。
「それそれ! そういうわけで、オンテミオンを探している!」
ネルニードが、ようやく正しいことを言った。
「オンテミオンなら、ドゴールにいる。ドゴールに行け」
バラルは、もはやどうでも良さそうに言った。
「おお、ドゴールか! あい分かった! 孤高の戦士ネルニード、礼を言おう!」
「自称ね、自称」
スネイルはまた訂正してやった。
「情報ありがとう! ではまた会おう!」
ネルニードは別れを告げると、レムランド砦の方へ大股に進んでいった。
「な、何なの……」
「アネキ、疲れた?」
「凄く疲れたわ」
「わしも疲れた。なんだかどっと疲れた」
バラルは荷台に乗っかり寝転んだ。
荷台はバラルによって、男どもの衣服の袋と、食材などの袋が左右に分割され、バラルが寝転がりやすい布陣になっていた。
「なんだか、今まで見たことのない感じの、凄い人だったね!」
ジャシードは、今まで会ったことの無い種類の人間に触れ、素直に世界には色んな人がいるのだと思った。
気を取り直して進んだヒートヘイズの一行だったが、ウェダール平原にある十字路へ、その日のうちには辿り着けなかった。
スウィグ採石場と十字路の中間点ほどの所で、一行は野営する事になった。
◆◆
「おい、お前……強く、なりたいか……?」
気味の悪い笑みを浮かべた存在は、人知れず、次の目標に近づいていた。
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