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第三章 新たなる旅立ち
巣立ち
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じりじりと照りつける陽光。それはドゴールではごく当たり前に在るものだ。それゆえ、ドゴールの城壁は高い。
高い城壁は日差しをいくらか遮り、街の気温を上げすぎないようにする工夫の一つだ。
オンテミオンの訓練生たちは、今日も高い気温の中、訓練を行っていた。高い気温の中での訓練は、持久力の形成においても一役買っている。戦いは必ずしも楽な環境であるわけではない。
訓練生たちは時に模擬戦を織り交ぜ、時にウーリスー半島や、もう少し遠いレミアル半島への遠征を挟みながら、それぞれの技術を向上させていた。
レミアル半島は、ウーリスー半島よりも更に南、タンネッタ池と同等の距離にある。ドゴールから行けば、往復で最低限一泊することが必要な場所だ。
その中で、しっかりと生き抜く技術を培い、日々を積み重ねて四年間、経験を積んでいった。
「今日は随分、星が綺麗だ」
レミアル半島の夜――。
星々の輝き以外には全く光がない砂地であるレミアル半島で、冷たくなりつつあった砂地に寝そべりながら、ガンドがぼそっと口走った。
ガンドは虫が大の苦手だったが、四年間かけてようやく、虫の恐怖を克服することができた。今や、いつどこで巨大な虫に遭遇しても、何も問題はない。
「そんなところで寝そべってたら、また、そのまま寝ちゃうぞ」
そう言いながら、ジャシードはガンドの横に座った。
「ね、寝ないよ」
ガンドは少し吹き出しながら言った。つい先日、同じような流れで寝てしまい、夜中に凍えて目が覚めたことがあったのを思い出した。
「ところでジャッシュ、レムリスの……何だっけ、記念日、いつだっけ?」
「来月だよ。もうひと月ないかな……そろそろ計画を立てないとね……あ、流れ星」
「え、どこどこ?」
「流れ星は、出てから教えても、もう遅い」
「じゃあ出る前に教えてくれないと」
「無茶言わないでよ」
今度はジャシードが吹き出しながら言った。
「なになに、どうしたの」
スネイルがテントから出てきた。
「ガンドが流れ星が出る前に教えろ、って言うからさ」
「おいらが教えてやろうか」
「へぇ、スネイルは分かるの?」
「嘘に決まってるでしょ。バカなの?」
「こ、このっ……」
ガンドがスネイルに砂を投げ、間にいたジャシードにも砂が掛かった。
「ちょっとやめて、大人げない」
「むぐ……ごめん」
ガンドはスネイルが舌を出して馬鹿にした顔をしているのを、暗がりの中に見ながら言った。
「オトナなのに恥ずかしい~」
十二歳のスネイルが、十七歳のガンドをからかって言った。
「オトナかあ……僕ももうすぐだ」
「アニキはいつ?」
「来月だよ。レムランド開拓記念日」
「おお、アニキも遂にオトナ」
「遂にね」
「アニキはずっと前から、ガンドよりオトナだけどね」
スネイルは再びガンドを挑発した。
「むぐぐ……本当すぎて何も言えない」
「まあまあ……僕はガンドを尊敬してるよ。頼りになる仲間だ。もちろん、スネイルだってそうだぞ」
「ありがとう、ジャッシュ。君が輝いて見えるよ」
「輝いているのは、ガンドのぴっかりん兜でしょ」
スネイルは、更にガンドを挑発した。
以前ウーリスー半島で取ってきた虫の部品は、ハンフォードの手によりガンドの兜に融合され、得も言われぬ輝きを放つようになった。
それを被ると、何だか頭が光り輝いて……それはそれは神々しく眩い輝きを放つ。これをスネイルはぴっかりん兜と呼んでからかう。
ハンフォードと言う高齢のエルフは、宝石誘導と言う技術を使って、怪物たちから取ってきた部品を武具に浸透させる事ができる。
三人は、時折怪物の部品を持っていくのだが、なかなか宝石誘導をやってくれない。ハンフォードは気難しいエルフなのだ。
「ところで最初の話に戻すけど、レムランド開拓記念日に間に合うように、レムリスに行く約束してたよね」
「してた!」
スネイルはジャシードの発言に素早く反応した。
「予定通り、レムリスに帰るよ」
「楽しみだね」
ガンドは再び星を眺めながら言った。
「ガンドは本当に行けるの?」
「ん? 何が?」
「家族に確認を取らないといけないよね」
「四年前に宣言してあるから、いいよ。あとは、行ってきます、って言えばいいだけ」
「なんだ、随分気が早いんだね」
ジャシードはつい、吹き出してしまった。
「何がおかしいんだ?」
「いや、心配したのがバカみたいだからさ。ガンドは四年前に、もう決断していたんだなって」
「あったり前だよ。子供の約束だからって大人たちは言うけど、僕たちの約束に、冗談が入り込む隙間なんてないだろう?」
「うんうん、ごめん。そうだよね……。ありがとう、ガンド。さあ、みんなちゃんとテントで眠ろう。凍えるからね」
三人は、宝石を散りばめたような夜空に背を向け、テントに入っていった。
◆◆
それから半月――。
剣聖オンテミオンの訓練生たちは、いつも訓練している大部屋に集まっていた。大部屋の外には、それぞれの荷物が纏められている。
「んん、諸君。あっという間の四年と少しだったが、わしは君たちがこんなに逞しく成長したのを本当に嬉しく思っておる」
「なに堅苦しいこと言ってるの」
オンテミオンの言葉に、スネイルが鋭く突っ込んだ。
「スネイル、先生の言うことはちゃんと聞かないとダメだろう」
ジャシードが『アニキの特権』を発揮して注意すると、スネイルは黙った。
「今日で君たちは訓練生卒業だ。しかし……スネイルは少し早いようだから、大人になるまであと三年、居残ったらどうだ」
「ごめん先生、ほんとごめん。もう言わない」
スネイルは慌ててオンテミオンに頭を下げた。
「んん。もう言う事も無いだろう。ここを出て行くのだからな……。ところでジャシード。レムリスに行った後はどうするつもりだ?」
「まだ、決めてないけど……。僕はもっと冒険したいんだ。冒険者だからね」
「もちろん!」
スネイルは、ジャシードに即座に続いた。
「僕だってついていくよ。仲間だからね」
ガンドも、当たり前だと言う顔をしている。
「んん……。うむ、そうか。もし、エルウィンに行くことがあれば、商人のマーシャルを頼るがいい。わしの仲間だ:」
「オンテミオンさんは、色んな所に仲間がいるんだなあ」
「ジャシード。君にも間もなく、そう言う存在が増えていくだろう。わしの仲間は、君たち訓練生の仲間だ。上手く付き合って行けばよい。わしの仲間は、冒険者にも街にも、各地にいる」
「うん、分かった。ありがとう、オンテミオンさん」
「なあに。これからは、わしのような老いぼれの時代ではない。君たちのような、若い世代の時代だ……。期待しておるぞ」
オンテミオンは、三人の肩を順にガッシリと掴んでいった。その手には、何かの想いが込められている気がした。
「さあ、世界へ羽ばたけ。我が教え子たち!」
「はい!」
大部屋を出て行く教え子たちの背中を眺めながら、オンテミオンはうっすら涙ぐんでいるようにも見えた。
◆
ドゴールの門に、卒業生三人とその師オンテミオン、荷物を満載した荷車とそれを引くラマが揃った。
「んん……。始まりがあれば終わりもあると言うが……、わしが君たちをこの門で見送る日が来ようとは……」
「なあにを馬鹿なことを言っているんだ、お前は」
「いちいち五月蠅いな、おぬしは」
オンテミオンは、上から聞こえる声に気づいて首を上げた。そこにはバラルが浮かんでいた。
バラルは大きな袋を卒業生たちの荷車に乱暴に預け、フワリと地面に足をつけた。
「んん……。なんでおぬしが旅支度をしておるのだ」
「なんでって、わしも一緒に行くことにしたからだ」
バラルは、宝石誘導で新たな輝きを得た、美しい装飾の付いた杖をオンテミオンの鼻先に突きつけた。
「何を企んでおるのだ、おぬしは」
「企み? 深読みしすぎなんだよ、オンテミオン。人間、常日頃新しい刺激を求めているものだ。そうだろう? お前が宝石誘導の結果に期待していることや、イヴリーンの為すことに期待していることや、この卒業生たちが為すことに期待していることと、方向性に微塵の差も無い。そしてわしは、わし個人が楽しいと思う方向に進む。ただそれだけのことだ。……それに、世界は広い。道先案内人がいる方が、何かと安心だろうよ。なあオンテミオン?」
「なんだかんだと、自分が行きたいだけではないか」
オンテミオンは、鼻先に突きつけられた杖をどかしながら言った。
「バラルさんはレムリスまで?」
「何を言っているんだ、ジャシード。わしは付いていくと言った」
「それは心強い! よろしくお願いします!」
「何をかしこまっておる。わしらはもうそんな間柄では無いだろう」
「あはは、そうだね。よろしく、バラルさん」
バラルは擦れ違いざまに、ジャシードの肩を叩いていった。
「おっちゃん、よろしく」
スネイルは真顔で親指を立て、バラルもそれに応える。
この二人は、四年前のタンネッタ池の戦いから以降、親指を立てて挨拶するようになった。
破壊的衝動に通じているこの二人は、殆ど会話を交わさないにもかかわらず、誰よりも息が合っているように感じられる。
「たまには魔法のコツも教えてくださいよ~」
ラマの近くに居たガンドは、荷台に向かって歩いてきたバラルに言った。
「あん? お前とわしでは系統が違いすぎて参考にならんと言っておるだろうが」
「もう、つれないなあ」
ガンドは膨れている頬を更に膨れさせている。
「じゃあ、オンテミオンさん……先生。お世話になりました!」
「んん! わしも時折旅に出る。また相見えることもあろう。気をつけてな」
オンテミオンの弟子たちは、少し寂しげな雰囲気を纏うオンテミオンを背に、ドゴールを出発した。
何度も見た風景、ちょっと見飽きた無機質な砂の山々が、歩を進めるごとに後ろへ流れていく。
同じではないもので構成された同じような風景は、一歩一歩、確実に彼らから遠ざかっていった。
「さて、お前たちも冒険者の仲間入りをしたわけだが……何を為すつもりだ?」
バラルが卒業生たちに問うた。
「僕は誰かの役に立ちたいんだ。今だって、街の中しか知らない人がたくさんいる。レムリスにもドゴールにも……多分他の街にも、いっぱいいるんだ。……そうか……、僕はみんなが街を出られるような、平和な世界を作りたいと思っているんだ」
ジャシードは自分で言いながら、自分で達成したい目標に気づいたようだった。
「街を出られる世界だと? 随分大きく出たな、ジャシード。この怪物ども満載の世界……怪物と言っても、全てが弱いわけでもない。ワイバーンだって、サンドワームだっている。まだお前は遭ったことも無い、もっと強力な怪物だっているのだぞ……。そんな世界をどうやって平和にするのか、見物だなコレは」
バラルはニヤニヤしながら、杖でジャシードの兜を小突いた。
「『目標は高く、夢は大きく』って父さんが言っていたんだ」
「ほう、お前の父親は今何をしている?」
「レムリスで衛兵をしているよ」
「ふん。口で何を言うても、結果が全てだろう、結果が」
「その結果を出すためには、理想を持っていないとダメって事だよ。なろうとしないものには、なれないから。理想を持っていないと、どうやってそこに辿り着けばいいか、考えることもないよね。バラルさんも、魔法を追求しようと思っていたから、今みたいにスゴイ魔法使いになったんでしょ?」
「ふふん、まあ、そうだがな」
「同じ事だよ」
「お前はなかなか、面白いな」
「そうかな。面白いことは言ってないけど」
「そう言うことじゃあないが」
バラルがそう言うのを聞いて、ジャシードは首を傾げた。
そんな事を話している間に、四人はドゴル砂地を越えた。徐々に草原が広がり、風景の色が砂色から緑へと変わっていく。
このまま南へ折れていけばタンネッタ池だが、彼らは街道に沿って東へと進路を取った。イレンディア街道は、草原を貫いて少しずつ北へと流れていく。
「何だか久々の緑だね」
ガンドが深呼吸をしながら言った。
ラマに荷物を引かせている関係で、たまに餌やりのために休憩する必要がある。今はまさにそんなひと時だ。
吹き抜けるそよ風が木々の間を抜けていき、広葉樹が形作る日差しと影の紋様に命の息吹を吹き込む。
そんな紋様の移ろいをぼんやりと見つめながら、ジャシードはレムリスへ思いを馳せていた。
セグムやソルン、フォリスやマーシャとは、ピックが運ぶ手紙のやりとりを何ヶ月かに一回はやってきた。
大人たち三人は相変わらずの様子で、いちいちジャシードに文章を寄せたりする事はなかったから、主にマーシャとのやりとりになっていた。
マーシャは魔法の練習をずっと頑張っていて、本人曰く、なかなか上達してきたらしい。それがどれほどのものか、見るのが楽しみだ。
そしてバラルが付いてきた今、マーシャにとって良い先生になってくれることも少しは期待している。フォリスは、マーシャが冒険者になることを、もう覚悟しているだろうか。それとも……。
「アニキ、もう行くって」
突然視界がスネイルの顔で一杯になった。
「ああ、ごめん。考え事してた」
「今日のごはん?」
「そうじゃないよ。僕らの家族のことさ」
「おお、かぞく!」
スネイルは妙な興奮を示した。思えばスネイルにとっては、もはやジャシードが唯一の家族だ。
寂しい幼年期を過ごしてきたスネイルは、少しでも当たり前の幸せを味わって欲しい、ジャシードはそう願っていた。
高い城壁は日差しをいくらか遮り、街の気温を上げすぎないようにする工夫の一つだ。
オンテミオンの訓練生たちは、今日も高い気温の中、訓練を行っていた。高い気温の中での訓練は、持久力の形成においても一役買っている。戦いは必ずしも楽な環境であるわけではない。
訓練生たちは時に模擬戦を織り交ぜ、時にウーリスー半島や、もう少し遠いレミアル半島への遠征を挟みながら、それぞれの技術を向上させていた。
レミアル半島は、ウーリスー半島よりも更に南、タンネッタ池と同等の距離にある。ドゴールから行けば、往復で最低限一泊することが必要な場所だ。
その中で、しっかりと生き抜く技術を培い、日々を積み重ねて四年間、経験を積んでいった。
「今日は随分、星が綺麗だ」
レミアル半島の夜――。
星々の輝き以外には全く光がない砂地であるレミアル半島で、冷たくなりつつあった砂地に寝そべりながら、ガンドがぼそっと口走った。
ガンドは虫が大の苦手だったが、四年間かけてようやく、虫の恐怖を克服することができた。今や、いつどこで巨大な虫に遭遇しても、何も問題はない。
「そんなところで寝そべってたら、また、そのまま寝ちゃうぞ」
そう言いながら、ジャシードはガンドの横に座った。
「ね、寝ないよ」
ガンドは少し吹き出しながら言った。つい先日、同じような流れで寝てしまい、夜中に凍えて目が覚めたことがあったのを思い出した。
「ところでジャッシュ、レムリスの……何だっけ、記念日、いつだっけ?」
「来月だよ。もうひと月ないかな……そろそろ計画を立てないとね……あ、流れ星」
「え、どこどこ?」
「流れ星は、出てから教えても、もう遅い」
「じゃあ出る前に教えてくれないと」
「無茶言わないでよ」
今度はジャシードが吹き出しながら言った。
「なになに、どうしたの」
スネイルがテントから出てきた。
「ガンドが流れ星が出る前に教えろ、って言うからさ」
「おいらが教えてやろうか」
「へぇ、スネイルは分かるの?」
「嘘に決まってるでしょ。バカなの?」
「こ、このっ……」
ガンドがスネイルに砂を投げ、間にいたジャシードにも砂が掛かった。
「ちょっとやめて、大人げない」
「むぐ……ごめん」
ガンドはスネイルが舌を出して馬鹿にした顔をしているのを、暗がりの中に見ながら言った。
「オトナなのに恥ずかしい~」
十二歳のスネイルが、十七歳のガンドをからかって言った。
「オトナかあ……僕ももうすぐだ」
「アニキはいつ?」
「来月だよ。レムランド開拓記念日」
「おお、アニキも遂にオトナ」
「遂にね」
「アニキはずっと前から、ガンドよりオトナだけどね」
スネイルは再びガンドを挑発した。
「むぐぐ……本当すぎて何も言えない」
「まあまあ……僕はガンドを尊敬してるよ。頼りになる仲間だ。もちろん、スネイルだってそうだぞ」
「ありがとう、ジャッシュ。君が輝いて見えるよ」
「輝いているのは、ガンドのぴっかりん兜でしょ」
スネイルは、更にガンドを挑発した。
以前ウーリスー半島で取ってきた虫の部品は、ハンフォードの手によりガンドの兜に融合され、得も言われぬ輝きを放つようになった。
それを被ると、何だか頭が光り輝いて……それはそれは神々しく眩い輝きを放つ。これをスネイルはぴっかりん兜と呼んでからかう。
ハンフォードと言う高齢のエルフは、宝石誘導と言う技術を使って、怪物たちから取ってきた部品を武具に浸透させる事ができる。
三人は、時折怪物の部品を持っていくのだが、なかなか宝石誘導をやってくれない。ハンフォードは気難しいエルフなのだ。
「ところで最初の話に戻すけど、レムランド開拓記念日に間に合うように、レムリスに行く約束してたよね」
「してた!」
スネイルはジャシードの発言に素早く反応した。
「予定通り、レムリスに帰るよ」
「楽しみだね」
ガンドは再び星を眺めながら言った。
「ガンドは本当に行けるの?」
「ん? 何が?」
「家族に確認を取らないといけないよね」
「四年前に宣言してあるから、いいよ。あとは、行ってきます、って言えばいいだけ」
「なんだ、随分気が早いんだね」
ジャシードはつい、吹き出してしまった。
「何がおかしいんだ?」
「いや、心配したのがバカみたいだからさ。ガンドは四年前に、もう決断していたんだなって」
「あったり前だよ。子供の約束だからって大人たちは言うけど、僕たちの約束に、冗談が入り込む隙間なんてないだろう?」
「うんうん、ごめん。そうだよね……。ありがとう、ガンド。さあ、みんなちゃんとテントで眠ろう。凍えるからね」
三人は、宝石を散りばめたような夜空に背を向け、テントに入っていった。
◆◆
それから半月――。
剣聖オンテミオンの訓練生たちは、いつも訓練している大部屋に集まっていた。大部屋の外には、それぞれの荷物が纏められている。
「んん、諸君。あっという間の四年と少しだったが、わしは君たちがこんなに逞しく成長したのを本当に嬉しく思っておる」
「なに堅苦しいこと言ってるの」
オンテミオンの言葉に、スネイルが鋭く突っ込んだ。
「スネイル、先生の言うことはちゃんと聞かないとダメだろう」
ジャシードが『アニキの特権』を発揮して注意すると、スネイルは黙った。
「今日で君たちは訓練生卒業だ。しかし……スネイルは少し早いようだから、大人になるまであと三年、居残ったらどうだ」
「ごめん先生、ほんとごめん。もう言わない」
スネイルは慌ててオンテミオンに頭を下げた。
「んん。もう言う事も無いだろう。ここを出て行くのだからな……。ところでジャシード。レムリスに行った後はどうするつもりだ?」
「まだ、決めてないけど……。僕はもっと冒険したいんだ。冒険者だからね」
「もちろん!」
スネイルは、ジャシードに即座に続いた。
「僕だってついていくよ。仲間だからね」
ガンドも、当たり前だと言う顔をしている。
「んん……。うむ、そうか。もし、エルウィンに行くことがあれば、商人のマーシャルを頼るがいい。わしの仲間だ:」
「オンテミオンさんは、色んな所に仲間がいるんだなあ」
「ジャシード。君にも間もなく、そう言う存在が増えていくだろう。わしの仲間は、君たち訓練生の仲間だ。上手く付き合って行けばよい。わしの仲間は、冒険者にも街にも、各地にいる」
「うん、分かった。ありがとう、オンテミオンさん」
「なあに。これからは、わしのような老いぼれの時代ではない。君たちのような、若い世代の時代だ……。期待しておるぞ」
オンテミオンは、三人の肩を順にガッシリと掴んでいった。その手には、何かの想いが込められている気がした。
「さあ、世界へ羽ばたけ。我が教え子たち!」
「はい!」
大部屋を出て行く教え子たちの背中を眺めながら、オンテミオンはうっすら涙ぐんでいるようにも見えた。
◆
ドゴールの門に、卒業生三人とその師オンテミオン、荷物を満載した荷車とそれを引くラマが揃った。
「んん……。始まりがあれば終わりもあると言うが……、わしが君たちをこの門で見送る日が来ようとは……」
「なあにを馬鹿なことを言っているんだ、お前は」
「いちいち五月蠅いな、おぬしは」
オンテミオンは、上から聞こえる声に気づいて首を上げた。そこにはバラルが浮かんでいた。
バラルは大きな袋を卒業生たちの荷車に乱暴に預け、フワリと地面に足をつけた。
「んん……。なんでおぬしが旅支度をしておるのだ」
「なんでって、わしも一緒に行くことにしたからだ」
バラルは、宝石誘導で新たな輝きを得た、美しい装飾の付いた杖をオンテミオンの鼻先に突きつけた。
「何を企んでおるのだ、おぬしは」
「企み? 深読みしすぎなんだよ、オンテミオン。人間、常日頃新しい刺激を求めているものだ。そうだろう? お前が宝石誘導の結果に期待していることや、イヴリーンの為すことに期待していることや、この卒業生たちが為すことに期待していることと、方向性に微塵の差も無い。そしてわしは、わし個人が楽しいと思う方向に進む。ただそれだけのことだ。……それに、世界は広い。道先案内人がいる方が、何かと安心だろうよ。なあオンテミオン?」
「なんだかんだと、自分が行きたいだけではないか」
オンテミオンは、鼻先に突きつけられた杖をどかしながら言った。
「バラルさんはレムリスまで?」
「何を言っているんだ、ジャシード。わしは付いていくと言った」
「それは心強い! よろしくお願いします!」
「何をかしこまっておる。わしらはもうそんな間柄では無いだろう」
「あはは、そうだね。よろしく、バラルさん」
バラルは擦れ違いざまに、ジャシードの肩を叩いていった。
「おっちゃん、よろしく」
スネイルは真顔で親指を立て、バラルもそれに応える。
この二人は、四年前のタンネッタ池の戦いから以降、親指を立てて挨拶するようになった。
破壊的衝動に通じているこの二人は、殆ど会話を交わさないにもかかわらず、誰よりも息が合っているように感じられる。
「たまには魔法のコツも教えてくださいよ~」
ラマの近くに居たガンドは、荷台に向かって歩いてきたバラルに言った。
「あん? お前とわしでは系統が違いすぎて参考にならんと言っておるだろうが」
「もう、つれないなあ」
ガンドは膨れている頬を更に膨れさせている。
「じゃあ、オンテミオンさん……先生。お世話になりました!」
「んん! わしも時折旅に出る。また相見えることもあろう。気をつけてな」
オンテミオンの弟子たちは、少し寂しげな雰囲気を纏うオンテミオンを背に、ドゴールを出発した。
何度も見た風景、ちょっと見飽きた無機質な砂の山々が、歩を進めるごとに後ろへ流れていく。
同じではないもので構成された同じような風景は、一歩一歩、確実に彼らから遠ざかっていった。
「さて、お前たちも冒険者の仲間入りをしたわけだが……何を為すつもりだ?」
バラルが卒業生たちに問うた。
「僕は誰かの役に立ちたいんだ。今だって、街の中しか知らない人がたくさんいる。レムリスにもドゴールにも……多分他の街にも、いっぱいいるんだ。……そうか……、僕はみんなが街を出られるような、平和な世界を作りたいと思っているんだ」
ジャシードは自分で言いながら、自分で達成したい目標に気づいたようだった。
「街を出られる世界だと? 随分大きく出たな、ジャシード。この怪物ども満載の世界……怪物と言っても、全てが弱いわけでもない。ワイバーンだって、サンドワームだっている。まだお前は遭ったことも無い、もっと強力な怪物だっているのだぞ……。そんな世界をどうやって平和にするのか、見物だなコレは」
バラルはニヤニヤしながら、杖でジャシードの兜を小突いた。
「『目標は高く、夢は大きく』って父さんが言っていたんだ」
「ほう、お前の父親は今何をしている?」
「レムリスで衛兵をしているよ」
「ふん。口で何を言うても、結果が全てだろう、結果が」
「その結果を出すためには、理想を持っていないとダメって事だよ。なろうとしないものには、なれないから。理想を持っていないと、どうやってそこに辿り着けばいいか、考えることもないよね。バラルさんも、魔法を追求しようと思っていたから、今みたいにスゴイ魔法使いになったんでしょ?」
「ふふん、まあ、そうだがな」
「同じ事だよ」
「お前はなかなか、面白いな」
「そうかな。面白いことは言ってないけど」
「そう言うことじゃあないが」
バラルがそう言うのを聞いて、ジャシードは首を傾げた。
そんな事を話している間に、四人はドゴル砂地を越えた。徐々に草原が広がり、風景の色が砂色から緑へと変わっていく。
このまま南へ折れていけばタンネッタ池だが、彼らは街道に沿って東へと進路を取った。イレンディア街道は、草原を貫いて少しずつ北へと流れていく。
「何だか久々の緑だね」
ガンドが深呼吸をしながら言った。
ラマに荷物を引かせている関係で、たまに餌やりのために休憩する必要がある。今はまさにそんなひと時だ。
吹き抜けるそよ風が木々の間を抜けていき、広葉樹が形作る日差しと影の紋様に命の息吹を吹き込む。
そんな紋様の移ろいをぼんやりと見つめながら、ジャシードはレムリスへ思いを馳せていた。
セグムやソルン、フォリスやマーシャとは、ピックが運ぶ手紙のやりとりを何ヶ月かに一回はやってきた。
大人たち三人は相変わらずの様子で、いちいちジャシードに文章を寄せたりする事はなかったから、主にマーシャとのやりとりになっていた。
マーシャは魔法の練習をずっと頑張っていて、本人曰く、なかなか上達してきたらしい。それがどれほどのものか、見るのが楽しみだ。
そしてバラルが付いてきた今、マーシャにとって良い先生になってくれることも少しは期待している。フォリスは、マーシャが冒険者になることを、もう覚悟しているだろうか。それとも……。
「アニキ、もう行くって」
突然視界がスネイルの顔で一杯になった。
「ああ、ごめん。考え事してた」
「今日のごはん?」
「そうじゃないよ。僕らの家族のことさ」
「おお、かぞく!」
スネイルは妙な興奮を示した。思えばスネイルにとっては、もはやジャシードが唯一の家族だ。
寂しい幼年期を過ごしてきたスネイルは、少しでも当たり前の幸せを味わって欲しい、ジャシードはそう願っていた。
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