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第一章 幼い冒険者

踊る剣と破壊の剣

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 レムリスの東門、西門それぞれに、オーク、ゴブリン、コボルドの集団がゆっくりと迫ってきた。

 街には異常事態発生を知らせる鐘が鳴り響き、衛兵たちは門の鉄格子を下ろした。

 鉄格子には、最低限の衛兵が出入りする程度の扉があり、開けられるのはそこだけに絞られた。

 城壁の上から眺めてみると、オークはざっと三十体ほど、ゴブリンが四十から五十体、コボルドは百体以上はいるのではないかという大集団だった。

 この集団が、それぞれ門へ向かって隊列を崩さずにゆっくりと迫ってきている。まるでその数を見せつけるかのように……。

「数ばかりの奴らが、この門をくぐれると思うなよ。すぐにこっちも頭数を増やして対応してやる」
 ヨシュアは槍を地面に打ち付けた。

「何で、あんなにのんびり来るんだろうな?」
 セグムは、怪物たちの動きに違和感を覚えた。

「普段なら、何の考えも無しに突っ込んでくるのだが……。この間の襲撃と言い、今日と言い、何らかの意図を感じるんだ。オンテミオン、どう思う?」
「んん、これほど統率されているというのは、わしも見たことがないな」
 オンテミオンは顎髭を引っ張りながら、セグムの方を見た。

「ヨシュア殿。ここにはどれほどの衛兵が来る?」
「あ、えーと……城壁の上の者も向かってきていますので、三十人ほどは追加できるかと思います。加えると、こちらは総勢七十名ほど。やつら程度になら、何とかなります」
 オンテミオンの質問にヨシュアが答えた。

「んん、城壁から来る者達は、半分は元の持ち場に戻させた方がいい」
「あんなに敵が来ているのに、戻せと?」
 ヨシュアは、オンテミオンの提案に眉を寄せた。

「補足するとだな、ヨシュア。ありゃ陽動だと思うわけだ」セグムが言った。
「怪物どもが陽動? セグム、お前面白いことを言うな」
「ふざけてなんかいない。もし陽動でなければ、この動きは何と説明する? 明らかに変だろうが」
「そう言われてみればそうなんだが……わ、わかった。すぐに半分戻させよう」
 ヨシュアは少し考えた後、慌てて城壁の上へと走った。

「さて、本当の狙いがここではなかったら、どこかな」
 オンテミオンの一言を境にして、三人は考えた。どこが狙いなのかを。

「あれが陽動で、どこから攻めるかと言われれば、普通考えるに裏側、南側から攻めると言うことになるな」
 セグムは、鼻の頭を掻きながら言った。

「んん……。何というか、安直だな」
 オンテミオンは、馬鹿にしたように言った。
「ホントよね……」
 ソルンが後に続いた。

「何だよ、二人して。安直だというなら、他の案を言ってみろよ」
 セグムは、二人の反応に少し機嫌が悪くなった。

「違うのよ、セグム。私たちも同じ事を思ったのよね、オンテミオン」
 ソルンがオンテミオンに顔を向けると、オンテミオンは
ゆっくりと頷いた。

「そんな誰でも……私たち三人が同じ事を思ってしまうほど、簡単な作戦をしてくるのかしら、と思ったの。あなたが安直だというわけではないのよ」
 ソルンは、セグムの腕に触れながら言った。

「そ、そうか。すまん、早とちりした」
「ううん、言い方が悪かったわ」
 セグムとソルンを、何やらほんのり柔らかい空気が包み込んだ。

「んん、まあそう言うわけでだな……」
 オンテミオンが軽く咳払いした。

「それで、何か別の目的があるのではないか、と疑っている訳だ」
 オンテミオンは、ゆっくりと進軍してくる怪物たちをのんびりと眺めながら言った。

「城壁の上、再配置完了したぞ。何か異変があったら鐘を鳴らすように通達してある」
 ヨシュアが階段をドタドタと降りてきた。

「よし。ではとりあえず、目の前の敵からやるか」
 セグムは剣を抜きながら言った。

「わしは西門へ回ろう。東はお前とソルンで支援してくれ」
 オンテミオンはそう言うと、西門の方へと向かっていった。

「なんだ、久しぶりにあの技を見られると思ったのになあ」
 セグムは残念そうに、遠ざかるオンテミオンの背中に言った。

◆◆

 ジャシードとフォリスは、街の鐘が鳴らされ、異常事態が発生したことを知った。

「異常事態、だと……何が起こったんだ……」
 食事を摂ったフォリスは鐘の音を聞くと、弱った身体で外へ出るために立ち上がったが、頭がくらくらしてしゃがみ込んでしまった。

「おじさん、無理しちゃダメだよ」
「だが……異常事態だ」
「戦えなきゃ、行ってもやられちゃうよ。そうなったらマーシャが悲しむ。ぼくが見てくるから、マーシャの近くにいてあげて」
「ジャシード……ダメだ」
 フォリスは言ったが、ジャシードは既に部屋から出て行ってしまった。

 ジャシードが治療院を出ると、街中はかなりの慌ただしさだった。それでも、住民は急ぎながらも落ち着いていて、それぞれの家に向かい戸締まりをしていた。

 これは、ヨシュアがセグムの話を受けて、万全な準備をしていたためだ。いざという時には落ち着いて家に入り、しっかりと戸締まりをするように通達していた。

 ジャシードが周囲の様子を見ていると、城壁の上の衛兵たちが門の方へと走っていくのが見えた。

「ねえ! 怪物はどっちから来るの!?」
 ジャシードは衛兵に向かって大声を出した。

「まだ避難していないのか、早く家に帰るんだ。怪物は両方の門にたくさん来ている!」
「わかった、ありがとう!」
 ジャシードは、大きな声で礼を言った。

「門にいるなら、門から見よう」
 ジャシードは独り言ち、治療院から近い西門を目指した。

◆◆

 怪物たちは、ガシャガシャと鉄鋲付きの革鎧が揺れる音を立てながら、一斉に門の前へとなだれ込んできた。それはまさに『全軍突撃』の命令が下ったかのようだった。

「東門、西門、一気に来るぞ!」
 城壁の上で全体監視を行っている衛兵が、敵の動きを見て叫んだ。

「よーし、ひと暴れするか」
 セグムは剣を構え、少し開けた場所に陣取り、ソルンは離れて門の前に待機した。

 怪物たちの叫び……グアァだのギャアギャアだの、とても聞き取れないような叫び声が、怪物たちと供に波のように押し寄せてきた。

 衛兵たちは、城壁の上から矢を放ち始めた。特に避けようともしない怪物たちは、ぶすぶすと矢を受け、時に倒れながら、無理矢理突撃してきた。

「ムチャクチャだ……」
 衛兵の囁くような声が、喧噪の中を縫って聞こえてきた。

 矢の雨を抜けて、まず到達したのは、小さくて足の速いコボルドたちだった。が、最前列で待ち構えていた衛兵たちに、次々と斬られ、叩かれ、貫かれ、コボルドたち自慢の鎧の『役に立たなさ』を証明した。

 しかし、数に勝るコボルドたちは、今やられている仲間の上を乗り越え、衛兵たちを攻撃し始めた。それらも間もなくただの肉塊となる訳だが、更にその上を乗り越えて攻撃してくる。

 数による強引な波状攻撃で、練度の高い衛兵たちも、大なり小なり傷を負い始めた。

 しかし衛兵たちも、前衛と二番手を入れ替える。そして後退した負傷兵に治癒魔法部隊が魔法をかけ、防衛線の維持に努めた。

 セグムが少し開けた場所に陣取ったのは、持ち前の機動力を活かして、怪物たちになるべく接近されないように戦うためだ。

「初めから大勢来ると分かっていたら、戦い方もあるってもんよ!」
 セグムは迫り来るコボルドを、ダンスでもするかのように前後左右に避けながら、確実に急所を狙って切り裂いていった。セグムの動きをなぞるように、怪物たちの死体が連なっていった。

 ふと、セグムは視界の端っこに接近する異物を捉え、素早く伏せて躱した。異物はセグムの上を通過し、城壁に当たって落ちた。

「弓使いがいるわ、気をつけて!」
 ソルンは大声を上げて周囲に警戒するよう伝え、矢が飛んできた方向へ向け、電撃弾の魔法を放った。

 どこか遠くで『あびゃびゃびゃ!』という声が聞こえたような気がした。

◆◆

 ジャシードは、西門の近くに辿り着いた。鉄格子が下ろされた門の向こうには、何十というコボルドたちが迫ってこようとしていた。

 ジャシードは、怪物の構成をできる限り調べ、頭にたたき込んだ。

 何かがおかしい……ジャシードは怪物の構成を見て思った。ケルウィムを出てから見なくなった怪物の種類と合わない。明らかに足りない種類がいた。

◆◆

 西門でも東門と同じように、押し寄せるコボルドたちの対応を行っていた。

 オンテミオンは、最前列の更に前に立って声を張り上げた。

「一気に減らす! わしが一撃入れてから動け、いいな!」
 オンテミオンがそう言うと、衛兵たちは口々に了解の意を示した。

 オンテミオンは、両手持ちした長剣を左側で水平に構えた。ぞろぞろとやってくる怪物達に照準を合わせると、呼吸を整えた。剣から、何か靄のようなものが揺らめき立ち上るように見えた。

「んんん……ふん!」
 オンテミオンは、構えていた長剣を水平に、力強く振り切った。

 ひと呼吸置いて、地面が轟音を上げながら砂埃を巻き上げ始めた。その近くにいたコボルドたちは、次々と衝撃波に切り刻まれて緑色に染まり、吹き飛んでいった。
 衛兵たちは、滅多に見られない剣聖の技を間近に見て、おお、と声を上げた。

「……すごい……」
 たまたま、西門の近くで、オンテミオンの豪快な技を間近に見ている者があった。彼はとても幼いが、なかなか見込みのある少年だった。

 彼は、歓声を上げるでもなく、鉄格子の外から、オンテミオンの卓越した技を食い入るように見ていた。見てすぐ、身振りを真似し、何とか自分の物にしようとしていた。もちろん、一朝一夕で身につけられるような技ではないのだが……。

 少年は、たまたま見ることのできた技を、そうして脳裏に焼き付け、いつか、自分も身につけたい技の一つとなった。

「んん。さて、あとは頼んだぞ」
 オンテミオンは、その後を衛兵たちに任せることにし、最前列から一歩引いた。彼の一撃で、数十体のコボルドたち、そしてたまたま急いて前にいたゴブリンとオークの一部が、一瞬にして死に絶えたのだ。

◆◆

「おのれ、おのれ、おのれ! あのボンクラどもは何をしているんだ! 十分後と言っただろうが!」

 ブスブスとほんのり煙を上げながら、森を密かに駆けていく者がいた。しかし誰にも気づかれることなく、森の奥へと消えていった。
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