君と初恋

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4、眩しい人

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「きゃー!」

 ひときわ黄色い歓声が上がったほうを見れば男子がバスケの試合中だった。もうすぐ体育祭があって今日は他クラスと合同体育の日だ。
 大きな歓声が上がったと思えば誰かがゴールを決めたところだったみたい。
 振り返ってチームメイトにキラキラな笑顔でハイタッチをするのは水瀬くんだった。

「相変わらずモテモテだね。水瀬くん」

 瑠衣が横から話かけてきた。
 私があまりにもじっと見ていたから、気にしていると思われたみたい。
 別に好きじゃない。
 だけど、かっこいいとは思ってしまった。
 あの日を連想させるまぶしさにはどうしてもひかれずにはいられないのかもしれない。

「あのまましゃべらずにいればいいのに、損な性格だよね」

 横で瑠衣が失礼なことを言う。
 瑠衣は水瀬くんのことが嫌いとかではないみたいだけど、友達にも泣かされている子が多いみたいでいつも呆れた顔をしている。
 恋じゃない、恋じゃないけど今までは目にも止まらなかった水瀬くんを学校内でよく見かけるようになった。
 最低だったあの人の裏側を知ってみたくて仕方がないのだ。
 そう、これはただの好奇心だ。
 瑠衣にはそんなんじゃ変な人に騙されると真剣に心配された。
 私だってそのくらい分かっている。
 アンナにモテる人を万が一にも好きなって後から公開するのは私自身なんだから。
 今のうちにブレーキをかけておくべきだなんてよくわかってるよ。
 見え隠れする自分の気持ちを押し込めようとするのに制御できなくてふてくされる。

「別に、私には関係ないもん」



 学校帰り。
 通学路の途中にある公園の前を自転車で通り過ぎようとしていたら人影が目に入った。いつもこの時間は公園に人なんてほとんどいないのに。
 興味本位で自転車を止めて公園の中をのぞけば奥に申し訳程度に立ててあるバスケゴールで練習している人がいた。

「よっしゃ!」

 ゴールに吸い込まれていったボールにガッツポーズをした顔は今日見たばかりのキラキラな笑顔の水瀬くんだった。
 自主練かな?
 この間話した不真面目そうな姿からは想像できない側面にまた一つ驚きが増す。
 体育祭のために一人で自主練するような人だとは思わなかった。
 遠くから見れば相変わらず王子様みたい。とそこであることを思いつく。
 慌てて入り口近くにあった自販機でスポーツドリンクを買って自転車を止めてバスケットゴールに走る。
 性格は最低だったけどあの日私を助けてくれたのは事実だった。だから、どうしても何かの形でお礼がしたい。

「水瀬くんっ」
「あれ?君、この前の」

 水瀬くんは心底不思議そうな顔をしていたけど、私のこと自体はまだ記憶にとどめておいてくれているみたいだった。

「あ、えと……これ、スポドリ! よかったらもらってください。前に助けてくれたお礼まだちゃんとしてなかったから」
「いいの? うれしい! いま、めちゃくちゃ欲してたんだよねー」

 思いのほかあっさり受け取ってくれた挙句、うれしいとまで言ってくれた。
 ホワッとした笑顔でスポドリを受け取る今日の水瀬くんは少し一番最初に見たときみたいな優しさが垣間見えた気がした。
 水瀬くんは私が買ったスポドリのフタをひねりながら近くのベンチに座る。私はスポドリを渡したらすぐ帰ろうと思っていたけどなんだがそういう雰囲気じゃなくて、困って立ち尽くす。

「座らないの?」

 めちゃくちゃ王子様っぽい笑顔を向けられる。
 むしろ、ここは座るのが普通だったの!
 ちょっと上級者すぎて私には対処できていなかったみたいだ。
 少し興味はあるけどやっぱり面と向かって話せばこのチャラさに怯えのほうが勝ってしまう。

「あ……う、うん」

 脳裏に隣のクラスの美人な子の怒った顔とか言い争いをしていた女の子の泣きそうな顔とかが浮かんだけどぶるぶる頭を振って振り払った。
 恐ろしすぎて考えたくもない。
 確かに、五百ミリのペットボトルを飲み終わるまで目の前に立たれてたらさすがに気持ち悪いよね。
 そう無理やり納得して、一人分の間を開けて水瀬くんのお隣に座らせてもらった。

「名前、聞いてもいい?」

 突然の問いかけにびっくりした私とは対照的に「この前、聞きそびれちゃったから」とおどけてみせる水瀬くん。
 私は一方的に水瀬くんの名前を知っていたから勝手に知り合いになったつもりでいたけど、そういえば自分の名前すら名乗っていなかった。
 改めて、どうしてよく名前も知らない人からスポドリをもらってこんなにおいしそうに飲んでくれるんだろうと疑問に思ってしまう。

「二年二組三十五番の綿谷凪心ですっ」

 変な疑問で返事を一瞬忘れたのと名乗っていない非礼に焦ったのとでいらない情報まで入れてしまった。
 そもそも心構えが学校一モテるだなんて言われてる人と話せる準備がされてない。
 近所のおじいちゃんと公園で会って世間話をするのとじゃ身構え方が全然違うんだってことをわかってなかった。

「……ふはっ」

 一瞬の沈黙の後、彼は噴き出していてなんだか複雑な気持ちになってくる。

「ははっ、ふふふっ!……俺は、二年一組二十九番、水瀬灯里です。よろしく、なこちゃん」

 笑い倒されただけかと思ったら水瀬くんは私に習って自己紹介をしてくれた。
 しかも、名前呼びっ!
 共学だけどなぜか当然のように男子に全く免疫のない私は名前を呼ばれて笑いかけられただけで自分の頬が熱くなっていくのを感じた。
 困難で照れたら変な奴だと思われちゃう。
 ここに瑠衣がいたら間違えなく笑われたに違いないだろう顔をしている自信がある。
 だって、そんなキラキラした顔で微笑まれたら心臓が破裂しちゃうよ。
 こんな反応したら気持ち悪いと思われちゃうよね。

「よ、よろしくお願いします」
「……なこちゃんは何か、いいね。なんでかわかんないけど安心する。もしかしたら、これのおかげかな?」
「……っ!」

 水瀬くんは気持ち悪い反応をする私になぜか優しく笑いかけてくれるけど、言葉と同時にほっぺをぷにっとつままれた。
 私の感情が頬のせいですべて筒抜けになっているってことみたい。
 もうこれ以上、私で遊ばないでー!
 水瀬くんの行動一つで私の頬はまた再加熱してしまっていた。
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