R18 短編集

上島治麻

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病院に着くとまず事情を説明して、安全のために別室待機になった。一応番が成立しているため他人にフェロモンの影響は無いとはいえ、明らかにヒートを起こしているΩが近くにいて落ち着くかといわれれば、他の患者の迷惑くらいには見られる。
診察の順番が回ってくると、とりあえず血液を取られて検査に回された。結果はそう遅いものではないが、結果が出るよりも先に明らかにΩのヒートと判断されてとりあえず一錠だけ先に薬を処方されて春馬は飲まされた。
「検査結果だけど……Ωですね」
「嘘でしょ?!」
春馬がそう叫ぶのも仕方ない。医者も少し同情の目を向けつつ、春馬に説明をした。
「数値的に、βに限りなく近いΩなんですね。だから多分、中学生の頃の一次検査ではギリギリβと認定されたんだと思います」
セカンドジェンダーははっきりと線引きできるものではなく、因子の数値の量で定めている。だから同じαでもα因子の強いαもいれば、β因子に寄っているαというのもいる。それはβもΩも同じだ。グラデーションの中で、規定値に届いているか否かで認定する。
だから、思春期や何かしら外的要因があってその因子が増減する事というのが稀に起こる。その増減も人によるが、春馬の様にもともと数値がきわきわだったりすると、転換が起きる事がある。後天的に性別が変わってしまうのだ。
「今の数値と……年齢的に、多分もう転換が起きる事はないと思います」
「こ、このままって事ですか?」
「そうですね……今もβ寄りとはいえ、明らかにΩと言い切れる数値です。ここからの転換は……」
転換は、それだけで色々と社会的ダメージが大きい。転換前までの生活に戻れない事も多い。特に、αがβに転換した際は鬱になる事例もある。そういう意味では、βからΩは、まだ事例としては多い方なのは事実だ。
とはいえ、春馬はショックを隠せなかった。
「先輩、どうだって?」
待合室で待っていた暁人の隣に、春馬は力無く座り込む。抑制剤が効いていて、身体の変な火照りも落ち着いたし微熱の様な感じもない。薬を飲んで気づいたが、結構しんどかったのだと春馬はようやくわかった。
そしてこれがヒートなのだという事も。
「……Ωに、なってた」
「転換って事?」
こくん、と頷く春馬は明らかに気落ちしている。まだ転換を受け入れられていないのは明らかだ。
「……何で、僕の事番にしたの?」
「……え?いや、会った時から俺はΩだと思ってたし」
「……ピアスの穴あけた時?」
「何となく気づいてたんだけどさ、俺、先輩と初めて会ったのピアスの時じゃないけど」
顔を伏せていた春馬が意味がわからないと言った様子で顔を向けてくる。これは予想していた事だから、暁人はやっぱりと思ってため息をついた。
「俺高三の時に学祭行って……春馬先輩いちご飴売ってたでしょ」
「……した、かも」
大学一年の時に先輩に駆り出されて確かに何かさせられた気がする。いちご飴は覚えているけれど……。
「まぁ先輩からしたら、たくさん来た客の一人だから覚えてないと思うけど」
「は、話した?」
「くださいありがとうございました、くらい」
それはほぼ会話じゃない。というか会話というカウントをするとしたらそれはどうなのか。
そんな事を思っていた春馬だが、口にしなかっただけでしっかり顔には出ていた。暁人はそんな春を見て薄く笑う。
「一目惚れ。ころころ表情変わるし、年上だけど可愛いって思った」
「……え?学祭から?」
「そ。だから半年?ちょっとくらい片想いしてたし、先輩が誰かの番にならないか気が気じゃなかったよね。四月に会った時、首筋綺麗で本気でホッとした」
暁人に言われて春馬の顔は赤くなった。そんなに思われていた事も知らないし、そもそもこういう事を言われる想定もした事がない。
(……首)
ふと首筋が気になって手を伸ばす。けれど触る前に暁人に止められた。
「あ、ごめん……昨日結構強く噛んじゃって、傷になってる」
「……傷?!」
シャワーを浴びている時は気にならなかったのは、多分ヒートでそれ以外の身体のしんどさが優っていたからだろう。薬の効いている今は、触ると痛い気がする。
「……あのさ、僕……その、番になる時なんか言ってた?同意、取ったんでしょ?」
全く覚えてないけれど……と小声でいう春馬に、暁人は苦笑しながら捕まえた手をそのまま握る。
「ずっといてって言ってたから、いるし離さないって言った」
「……そ」
春馬はそれを聞いて、ふいっと顔を逸らした。少し困った様な、ちょっと悲しそうな、感情がうまく読み取れない表情で床を見ている。
「あ、とりあえず番になったのはわかったけど、大学で話しかけるのはやめてね。その……白石の取り巻き、怖い」
「……あー……ハイ」
(まぁ怖いよね。俺も怖い時あるし)
暁人の周りには色んな人がいる。将来も考えて今のうちに繋がっておこうとするα、お互いの人気を補おうと画策しているα、ただ人気者に群がるβ……この辺りまでは別にいい。暁人もよくある相手という認識でいる。
それよりも問題なのは、どうにか番になりたい下心のあるΩと、せめて恋人関係に持っていきたいβの存在だ。
いわゆるガチ恋勢と言われる類の人間たちは、何をしでかすかわからなくて気が抜けない。
(そういう意味では、本当に先輩との関係は隠した方が安全かな)
学年も学部も違うから、ずっと一緒にいる事はできない。春馬に危害を加える可能性もある事を考えると、そばにいて守れないなら関係を内緒にしていた方が安全だ。
「……Ωって、バレちゃうかな」
不安そうに言う春馬に暁人はうーん、と唸る。
「大丈夫じゃない?αの相手とか、α寄りのβと付き合ってたりすると、βの人でも結構噛まれてるし」
βはどちらの立場でも誰かと番になる事はない。番はあくまでもαとΩ間での事でβは関係ない……のだが、α寄りのβは興奮すると噛みたい欲求が出てくるし、αはβ相手でも同じくその欲求を満たすために噛んでしまう事が多い。
転換Ωの春馬は、もともと周りにβとして認識されている。転換はそうそうある話ではないから、Ωになったと思われるよりもαかα寄りのβと付き合い始めたと思われる方が可能性としては高いだろう。
「さてと、先輩薬貰って帰ろ。薬で落ち着いてるとはいえ……初めて?のヒートでしょ。家にいた方がいいよ」
言って彰人はキャップを深く被る。



「……ねぇ、薬多くない?」
春馬の家の方でテーブルに広げられた薬の量に、春馬はゲンナリしていた。
αもα用の抑制剤というのはあって、必ず家に常備しているしもしものために数錠は持ち歩いているものだ。けれどβにはそういう習慣が一切ない。
「こっちは抑制剤。もしもの時のために少しいつも持ち歩いて。こっちは避妊薬で……月イチに飲めばいいから家に置いといて大丈夫。んでこれは緊急時の避妊薬だから、必ずいつも持ち歩いて」
「……えっと、待って?抑制剤は……ヒートの時飲めばいいんだよね?」
「突発性の、一時的な発情状態の時も飲んで」
「なにそれぇぇ」
Ωにヒート期間があるのは春馬も知っている。三ヶ月に一度、三日から五日くらい続くらしく、ヒート休暇というものもあって申請すれば学校や仕事での不利益を若干緩和できる。
ただ、突発性の発情状態なんてものは知らない。
「他のΩのヒートとか、αの発情状態のラットとか……そういうのに引っ張られて誘発する事があるんだよ。あとは……ヤラシイ雰囲気とか?」
「何その面倒な感じ……」
春馬は説明書片手に暁人の説明を一応聞いていた。一回に飲む量は基本一日一錠で、抑制剤はとんぷく。避妊薬は月イチ決まったタイミングで飲まなきゃいけないのが面倒くさい。
「緊急時の避妊薬って……月イチのじゃダメなの?」
「緊急時のは作用が強いんだよ。その……ちゃんと月イチの飲んでて、例えばちょっとゴムが失敗したとかなら平気だと思うけど……ヒート中とか発情が強い時に、ノーガードでされたとかって時は緊急時の方必ず飲んで。Ωのヒート中は確率上がるから」
「……ハイ」
薄寒い話をされて春馬は少し顔色を変えた。確率と暁人は濁したけれど、ようは望まない妊娠を避けるためには絶対必要という事だ。
番になっているから基本的には暁人にしか春馬のフェロモンは反応しない。けれどもしも無理矢理誰かに乱暴された時、絶対に大丈夫とは言い切れない。反応が薄くてもそこに子宮器官は存在している。
稀にではあるが、事件に巻き込まれてΩが番以外に妊娠させられるという事例自体はある。ただ番相手ではない場合、最終的に身を結ぶ事はない。Ωの身体がやはり拒絶反応を示すらしい。この場合問題は、最後まで身を結ばなくても一時的には妊娠してしまう精神的肉体的苦痛と、その後の番との関係が悪化して番解消になるケースが多い事だ。
(まぁ、そんな事あっても解消とかはないけど)
とはいえ、一時的とはいえもしも春馬が他人に孕ませられる様な事があれば暁人も冷静でいられる自信はない。大切な番が傷つけられるのは絶対に嫌だ。αというのは、ある意味独占欲の強い生き物なのだ。
「ずっと持ってる……って財布とか?スマホ……」
「だいたいその辺と持ってる人が多いよ。先輩がいいなら俺なんか小さいケース買ってくるけど」
今日明日はあまり家から出したくない。そんな思いもあって言ってみると、春馬が少し悩んでから小さい声でよろしく、と言った。
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