R18 短編集

上島治麻

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綾斗は寝息を立てながら布団に顔を潜らせていた。

「つかピザラスイチ残ってんぞ~誰ぇー?」
「夕希食った?」
「え、それひとり2枚なの?」
「うん」

クラスメイトがピザの箱を突き付けてくる。
こんな時に綾斗が起きていれば食べてくれるのに。

「要らんならいーけど」
「あ、いや食べる」

無理矢理胃に詰め込んだ。最後は水で流して味を消す。




ピザとか、そんな油っこいもの、自分には向いていなかった。

「…っゔ、うぇ……」

帰って玄関で嘔吐く。びちゃびちゃとフローリングに吐瀉物が広がった。

「けほっ……ごほっ、」

むせ返ってフラフラしゃがみ込む。リビングから弟が青い顔を覗かせた。

「……兄ちゃん…?」

震える声で言って駆け寄ってくる。

「大丈夫?」
「……っせぇ…」

頭がガンガンする。やっぱ食べなきゃ良かった。

「あ゙ー……」

疲れた。つか、吐いたら腹減った。





「……と、あやと~」

数回呼ばれて体を強めに揺すられて目を覚ました。

「もーそろ帰れば?6時」
「………………」

なんで自分は布団の中にいるのか、他の奴らはどこに行ったのか、理解が追いつかなかった。

「……おれ寝てた?」
「なんか途中うーうー言ってたけどな。塾ある奴らは帰ったぞ。夕希もなんか用事思い出したってピザ食ってすぐ帰った」
「はぁ…?もう、最悪…」

愚痴と共に起き上がる。友だちは綾斗が起き上がって空いたベッドに腰掛けた。

「だぁいじょーぶ寝顔可愛かったぜ?」
「…きもい」
「なんでそんな人前で寝んのやなの」
「……なんか、普通にやだろ」
「そうか?」
「ま、そろそろ帰るわ」

欠伸しながら立ち上がって、家を出た。




「ゆーひぃ」
「んー」

かすり傷とか切り傷とか、ヒリヒリするけど、一番痛いのはやっぱり腹の痣かな。一生ズキズキする。

「夕飛って」
「なに」

別に聞こえてはいるんだよ。無視してただけで。

「今日部活ねーから遊ぼーぜ」
「えぇ…」
「はいじゃーんけーん」

遊ぶかどうかをジャンケンで決めるのは強引な気もするが。そして夕飛が勝った。

「しゃーねぇ、夕飛が決めて」
「なにを?」
「遊ぶか帰るか」

そんなの決まってる。

「帰るわー」

かばんを持って立ち上がった。友だちは「えぇ~」と声を洩らす。

「遊ぼーよーどーせ暇だろー?」
「今日塾なんだもーん」

実際、塾は行っていない。
どこにも寄り道せずに真っ直ぐ家に帰った。家の鍵を開けて、ふぅ、と深呼吸する。玄関を開けて、一目散に自分の部屋に逃げた。



「……ん…」

部屋が暗い。いつの間にか寝ていた。それからはっと飛び起きる。

「兄ちゃん……まだか…」

良かった。胸を撫で下ろす。
途端に部屋のドアがバタンと開いて肩を震わせた。

「なんだ、起きてんのか」
「…………おかえり」
「飯食った?」
「あ………うん」

反射的に食べたと答えてしまったけど。今日は何もされなさそう、という事は、不機嫌ではないらしい。

「ぁ、俺、家事なんもしてなくてごめん、」

謝ったものの、ドアは無言で閉められた。

ある日の帰り、夕希は綾斗の隣を歩く。

「綾斗さ、なんで今日は遅刻?」
「寝坊以外になんだと思う?」
「ないと思う」

夕希がにこりと笑う反面、綾斗はいつも通りのしかめっ面だった。

「正解だけど」
「毎朝電話かけたげよっか」
「いーわ、どーせ起きん」

もう早起きするのは諦めているらしい。たまに、と言っても月曜日が多いが、綾斗が遅刻してくる事がある。その日は決まって機嫌が悪い。

「コンビニ行く?」
「なんで?」
「気晴らしみたいな。僕喉乾いたし」
「……ご心配なく」

綾斗は片手を遮るように出して呟いた。
頭の回転は早い彼だ。夕希が何を思ったのかの理解はすぐできただろう。

「いつも夜遅くまでなにしてんの?」
「……だから、ライン返したりとか、ゲームとか、」

その時、綾斗の声を遮るほどの大声が耳に届いた。

「綾斗ーっ!」
「……うわ」

綾斗の嫌そうな顔も全て無視して、違う学校の制服を着た男子高校生が自転車に乗ってやってくる。そしてその勢いで綾斗に突っ込もうとして綾斗は慌てて避けた。

「……ぶねぇ…」
「帰る時間合うとか珍しいねぇ~!」
「うっせ」

綾斗は高校生を嫌そうに睨んで自転車を蹴った。高校生は慌てて倒れそうになるのを足で踏ん張る。

「ちょっと危ないでしょーがっ」
「………………」

綾斗は無視だ。夕希は数回瞬きをする。高校生の着ている学ランはこの辺りで一番賢い進学校だ。身長は高校生の方が高い。けど、性格なら高校生の方が子どもっぽいか。

「友達?」
「んーん!双子!」

高校生が笑顔で言う。夕希は目を丸くした。

「ほんとに?顔全然違うけど」
「違うけど双子なんだぁ」
「ちっげーよ馬鹿」

綾斗が高校生を押して否定する。

「ただの近所の奴。おさなな」
「あぁ…仲良いんだ」
「一方通行なだけだ」
「へぇ~」

高校生のムスッと膨らんだ頬を見る。
あんな人、この辺りに居たっけ。幼なじみなら、小学校も中学も一緒のはずだが見覚えがない。高校に入ってから仲良くなった綾斗でさえ、中学校の時に名前くらいは知っていたのに。

「ま、帰るわじゃな」
「あ、ばいばい」

背を向けたふたりに手を振った。






「ぁ゙、まっ、っぁ、」

一度腰を突くだけで、うつ伏せの身体は跳ね上がった。シーツをぎゅっと握りしめると、後ろから身体が重なってきた。

「ねぇ綾斗、なんで僕を赤の他人にするの?妬けちゃうじゃん」
「だって、血ぃ、つながってねーし…」
「でも双子でしょ?」

浅い所まで抜かれたと思ったら、一気に深くまで貫いてくる。全身が痙攣したように頭が真っ白になった。

「……綾斗、イッた?」
「ぅ゙……はぁっ、ぁ、」
「待ってね~僕まだだから」
「ぇ、ゃ、」

再度腰を突かれて言葉にならない声を出す。
頭、おかしくなりそう。壊れる。死ぬほど熱い。
なのに、腹の中にも熱いものが流れ込んできた。

「ぁ、すき、綾斗すきっ、」

また後で腹壊すやつだ。あれ嫌なのに。

「っ…はぁ、っあー、気持ちよかった」
「っぁ……あ゙…」
「まだイッてる?じゃ抜くね」
「っ、まって、ぬくのゆっくり、」
「やぁだ」
「ゔッ、ん゙…っ、けほっ、」

萎えたのが抜かれるだけで、再び達した。ベッドから動けないでいると、首元にキスが下りてくる。

「次双子じゃないとか言ったら、僕怒るからね」
「……も、おこってんだろ…」
「ふふっ、んじゃもっかい」
「は、」
「次こっち向いて?」

体勢を変えられた間も必死に酸素を吸う。

「おや、は、」
「ん?母さん、今日は夜勤だよ?だから帰ってこない」
「……うそ」
「だからいっぱい遊べるね」

ああ、もう。明日学校だっつってんのに。彼の手が額に張り付く。

「綾斗熱っついね。熱あんじゃない?」
「……っさ…」
「ああ、それかお兄ちゃんって呼んだ方がい?」
「…………しね…」

こっちはキレてんのに相手はご満悦だ。にんまり笑って身体に指を滑らせた。

「綾斗も僕の名前呼んでよ。そっちのが愛し合ってるみたいじゃん」
「………………」
「ほら、かんなって」
「……ぁ、あ゙ー…」

ビクリと反応して寝返りを打つ。それでも構わず胸は弄られ続ける。

「学校の奴らは知らないんだろね。綾斗がこんなド変態なの」
「……変態はどっちだよ」
「でも綾斗、抵抗すんのやめてんじゃん」

ダメだ、眠いや。

「勃ってきたからもっかい入れるね、力抜いて」
「………………」

寝たいんだって。もう意識を落とすしかないか。






「綾斗~お泊まり会しよー」
「……いつ?」
「来週」

んな急な。友だちの提案にしばし悩む。奴からは一晩逃げられるけど、でも、無理だ。

「人前で寝られねぇって」
「まだ言ってんの?前爆睡してたっつの」

だからそれは朝方まで襲われてて眠気が限界を迎えてたからで。

「つかなんで寝るの無理なん」
「……だからなんとなく」

寝てたら襲われたのが始まりだったなんて言えるわけない。

「ま、寝れねぇんならゲームして起きてよーぜ。それか映画」
「えぇ…なんでそんなやる気…」
「親出張でいねーんだもん。ひとりやだし」

怖がりか。

「あと夕希誘うだけだから。綾斗行ってきて」
「あ?なんで俺?」
「いっちゃん仲良いから。俺ちょっと部活の集まり行ってくる」

結局任されてしまった。もう引退したくせに。
ため息をついて重い腰を上げる。何かを書いている夕希の前の椅子に座った。

「なにしてんの」
「日直なっちゃったから」
「あぁ…」

さて、本題に入ろうか。

「来週泊まろって。伝達」
「さっき大声で話してたもんね。聞こえてた」

なら来る必要無かったのでは。

「綾斗行くの?」
「……まあ」
「なら行こっかな~」
「そ」

本題終了。綾斗は夕希の机に寝そべった。

「だりぃ……」
「また寝てないの?」
「んー…」

夕希は学級日誌から綾斗に目を移す。

「ゲーム没収しようか?」
「……いい…」
「てかなんのゲームしてんの」
「え、えー…」

最近って何が流行りだ。死ぬほど興味無いから全然知らんのだが。

「あー、マリオ…」
「新作のやつ?」
「……あ、うん」

新作出たんだ。へぇ。





その帰り、また中学生の軍団とすれ違った。その中に見知った顔を見つけて夕希の袖を引く。

「ほら、あれ、夕希の弟?」
「え」

指をさした先を夕希も見る。

「あー、うん。弟だ」
「へえ」

話していると、その視線に気付いて弟が顔を上げた。そして、夕希を見た途端に目を見開いた。

「夕飛、おかえり」

夕希はいつもの笑顔で手を振る。

「……た、ただいま…」

夕飛と呼ばれた弟は小さな声で言った。綾斗はふたりを交互に見る。
仲がいい、とは思えなかった。弟の目が怯えて見えたから。なのに、夕希はいつも通りだ。

「……喧嘩でもしたの」
「え?なんで?」
「弟にブチ切れたか?」
「……キレてないよ、そもそも喋ってなかったし」
「あー…」

夕希って、ブチ切れるとめちゃくちゃ怖かったりするんだろうか。
まあ、よそはよそだ。自分だって普通の兄弟ではないんだから、他人の家をどうこう言える立場じゃない。まずどうでもいい。

「ま、優しくしたげろよ」
「してるって」
「どーだか。じゃな」

ついでに弟にも手を振って背を向けた。
夕飛はそれをぼーっと見送った。

「夕飛」

呼ばれてビクッと前に向き直る。夕希の笑顔はもう消えていた。

「アイツ頭切れる奴なんだ。あんまビビんないでくんない?」
「ぁ、ごめん…」
「まあ干渉はしないだろうけど…」

呟いて踵を返した。

「帰んぞ」
「ぁ、うん」
「はぁ…」

兄の声にビビるしかなかった。




「コイツさ、人前じゃ寝れんとか言ってたくせにくっそ寝てんだけど」
「昨日もゲームかなんかしてたんじゃね」

みんなでソファを囲む。クッションを抱きしめて、起きる気配もない熟睡中の綾斗には毛布が掛けられていた。

「一番最初に来て起こすなっつって寝転がりました」
「だから眠いんなら来なきゃいーのに」

友だちの声を聞きながら夕希はソファの前にしゃがむ。すると、綾斗の目がパチリと開いた。

「あ、起きた」
「お、綾斗?おはよ」

友だちが声を掛けたものの、綾斗はぼーっと夕希を見つめる。それからぐるりと視線を巡らせた。

「……寝ぼけてんのか?」

ひとりが言う。綾斗はそれを眺めて短く息を吐いた。

「…………マワされんのかと思った…」
「え?」
「や…」

起き上がって伸びをする。それからみんなを見回す。

「なにしてんの?」
「観察」
「へぇ…」
「ま、綾斗も起きたんならゲームしよーぜ~。今日だけは勉強忘れて」

家主に続いてぞろぞろと部屋に向かっていった。綾斗は立ち上がって腰を押さえる。

「ってぇ…」
「ぎっくり腰?」

まだ残っていた夕希が訊いた。否定するのも面倒臭そうだった。

「そんな感じ」
「無理して来なくていーのに」
「意外と友だち好きなんだよ」

本当に思っているのかよく分からないテンションで綾斗は呟く。

「友だち好きだっけ?」
「失礼だぞ」

ボケたら普通にツッコんでくれた。






その夜、なかなか風呂から上がってこない綾斗に友だちは疑問を持つ。

「アイツ風呂長くね?」
「寝てんじゃね。ゲームしてても飯食ってても眠そうだったろ」
「寝て溺れてんのか」
「それダメだろ」

「見てくるわ」と友だちが出ていった。残った友だちがスマホをいじっている夕希に目を向けた。

「そーいや城山、あんま食べてなかったけど良かったんか?」
「ん?うん、少食だし嫌いなもん多いし」
「結構偏食?」
「すっごい偏食。脂っぽいやつ無理」
「魚も?」
「生は無理」
「野菜は?」
「トマトは嫌い」

友だちの質問攻めに答えていく。すると、バイブ音が聞こえて会話を止めた。

「誰か電話鳴ってんぞ」
「あ、綾斗のだ」

ひとりが綾斗のスマホを手に取る。それから画面を見て眉根を寄せた。

「これ友だちかな?なんて読むんだろ」
「なにが?」
「これ」

画面に『柑那』と書かれた名前があった。みんなの視線は夕希に集まる。

「夕希読める?」
「んー…かん…」
「夕希!」

後ろから名前を呼ばれて遮られた。この家の家主が夕希の腕を引っ張った。

「綾斗運べんのお前だけだから」
「え?」
「いーから来て!」

引かれるがままに浴室に連れてこられた。そして洗面台の前で蹲る綾斗に目を丸くする。

「どした?」
「のぼせたんだって。来たらここで蹲ってた」

友だちの声を聞きながら綾斗の隣にしゃがむ。
確かに、頬から耳まで真っ赤になっている。「触るよ」と忠告を入れて額に触れると、熱があるみたいに熱かった。

「なんでこんなのぼせてんの?」
「寝てた…」
「………………」

クラスメイトの予想的中だな。

「立てないの?運ぶよ?」
「わり…」

お姫様抱っこみたいにして部屋に運んだ。途端にクラスメイトが取り囲んでくる。

「綾斗どした?」
「倒れたか?」
「のぼせただけだって。ちょっと失礼」

布団に寝かせて、クラスメイトが持ってきた冷えたタオルを額に置いた。それを見て周りのクラスメイトは静かになっていく。

「死ぬほど顔あっけぇな」
「水持ってくるわ」

綾斗はため息をついて腕を顔に置いた。

「きもちわりぃ…」
「家帰る?連絡しようか」
「いや…」

その提案でさっきの通知を思い出した。とっくに切れたスマホを綾斗に見せる。

「さっき電話来てたよ」
「……誰から?」
「木へんに甘いと、な?みたいな漢字の人」
「あ?…………あぁ…」

綾斗の中で誰か分かったらしい。

「そいつはいーわ、通知切っといて…」
「帰らんのか?」
「今から帰んのめんどくね…」

友だちが水を持ってきて綾斗は起き上がる。ふらついたから囲んでいた全員が慌てて手を差し出した。

「マジで大丈夫かよ…元から体調悪かったとかじゃないよな?」
「それはない」

腰痛そうだったけど、とは言わなかった。
綾斗は水を少し飲んで再び寝転がる。

「おれもー寝る…あと楽しんで…」
「じゃあ静かにゲームするわ」
「いーよ盛り上がっといて……」

寝るとは言ったけど、これ以上関わって欲しくないから言ったんだろう。暑くて気持ち悪いのに寝れる訳ない。

「んじゃーやろーぜ、ゆーきぃ~」
「僕パスで。お風呂いってい?」
「あそっか。次夕希だったな」

「風呂で寝んなよー」と忠告を受けた。
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