R18 短編集

上島治麻

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普段それほど長風呂をしない彼が指先に寄った皺を見つめて戸惑っている。エラルドはだいじょうぶだよ、みんなそうなるしすぐ治るからね、と声をかけ彼の頭を撫でた。

まだ万全とは言えないけれど咳き込むことも減り魔力量の低下は止まった様子だった。

「一緒で無くても薬湯に入ってられるかい?」

「うん、、いつもは熱い湯は苦手だけど今日は快いし、、」

「私は上がるけどそばで見てるからね。肩まで温まっていなさい。私の小さな魔物」

昨夜遅く、眠れぬままに衛兵局の最奥で祈りを捧げていたエラルドはびしょ濡れで冷え切ったままあちこちに凍傷を負って震える大公を珍しく火を吐きそうな顔の王弟から預けられた。

怪我は治癒魔法をかけあらかた治したものの本人の魔力はなかなか戻らないままだった。

震えたまま寒気を訴え咳はひどくなる一方だったので熱めの風呂を入れて魔力の回復を促す柑橘類とミントを浮かべた。

体を温めるシナモンと魔葛の根の薬茶にはまだ体力の回復が足りていなかったのでママレードをひと匙垂らしたココアを勧めたが一口で首を横に振られた。

寒い、一人にしないでと咳き込む合間に掠れた声でうわ言を囁くので装いを脱ぐ間も無いままずっと湯の中で抱きしめてやった。一睡もしないまま時折ポーションを頼んでは治癒魔法を重ねてかけて行った。

「、、フォルトの靴音がする」

「お会いになられますか?」

「、、なんとか、、話すだけなら、、。」

地下室の奥深く厚い木のドアがノックされた。

「服飾ギルド長がみえました、ヘッドガーデナー」

庭師の一人であるトビアスの声が響くとエラルドは湯船から上がりどうぞ、と返答した。

体に緩くまきつけただけの染め無しのパレオを肩だけほどいて絞りながら入り口の前に立つとトビアスの開けたドアから服飾ギルド長で大公の臣下であるフォルトゥナートが一歩進み出た。

普段夜に大公の横で見かけるフォルトと比べてスーツのシルエットが少しだけゆったりしていた。髪も元の金髪を片側で結んで黒く染めていない。

わずかに青みのあるグレーのスリーピーススーツから浮いた明るいサテンの水色のネクタイ。いつも見ているあの二つの瞳の色と同じ淡い青だ。

シャツも黒一色ではなく白。いくら言ってもスーツで庭に出ては野良着を着てくれないと嘆く大公の顔を神官は思い出していた。

フォルトはエラルドの全身を一瞥すると何も言わないまま軽く左手を挙げ3回指を鳴らした。その間にエラルドの髪も幾重にも纏っていた生地もすっかり乾いて生成りの生地は皺一つ無く軽やかに体に沿った。

魔法が行使される時、そこには存在しないはずの感覚が現れる。まるで遠い昔そうだったものを思い出すように。

触れていないはずの叩かれたような衝撃や、聴こえていないはずの大きな鐘を打つような音、そこに無いはずの香り、目に見えぬ色など。

それは魔法の使い手一人一人によって違いがあった。火・風・水・土・治癒の五大要素が同じだと似ることはあっても、同じでは無い。

大抵の人は五要素のうち一種のみの魔力を扱える。ごく少数の者だけが複数の魔法の行使が可能だ。魔物並みの体内魔素数による多大な魔力量の王家の血筋はそれを可能にする。

フォルトが風の魔法を行使する時、エラルドがいつも思い出すのは子供の自分の手を引く女性の長いドレスの重なる裾が立てる衣擦れの音だった。

いつも大公の魔法の巻き添えをくらっては薙ぎ倒されたりしがちだけれどフォルトの風の魔法は装いを乾かすのにどこか引っかかったりくすぐったりという不愉快さはまるで無かった。

鳴らした指を下ろすと服飾ギルド長はわずかに顔をしかめた。その必要が無いのに神官がサイズダウンしていたから。

エラルドはフォルトと額と額を合わせる無言の祈りを一息だけ捧げるとその間に籠の柄を握らされた。

ギンガムチェックのナフキンをよけると中にはフォルトの家であるルイーニ家の領地の特級白ワイン3本に炙られた厚切りベーコンとチーズが挟まれた簡素なサンドイッチが添えられていた。

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