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ーー俺だって、ずっと綾人くんのことが好きだった。
でも俺には、綾人を好きだなんて言う資格はない。弱みにつけ込んで、脅しているのだから。
だからなんとしてでも、この気持ちは隠さなければならない。
二人の間につけ込む隙なんてないと、俺は初めから分かっていた。仁と綾人はずっと前から両思いだ。二人の気持ちに気付いた時から、俺はそんな二人をこっそりと見守っていた。
だが、幼い頃から二人を見てきた俺には分かる。告白する度胸もない二人が付き合うことは、今後絶対にない。
告白もしないくせに綾人との距離が近い仁を、いつも羨ましいと思っていた。仁はずるい。俺の気も知らないで。
二人の気持ちに気付いてから、俺の思いは胸の奥にしまっておくことにした。だがなかなか縮まらない二人の距離にもどかしくなり、何度か仁に綾人のことを問いただした時だって、仁は顔を真っ赤にしながら綾人への思いを否定していた。
昨日、その場のノリで仁をからかった時もそうだ。
ーー仁くんが、そんなんだから悪いんだ。
早く綾人くんを自分のものにしておけば、俺は綾人くんに手なんて出さなかったのに。
綾人が自慰をしていた時、とんでもなく興奮した。普段そんなことを考えなさそうな綾人が、俺よりも小さく細い手で、おぼつかず慣れない手つきで、健気に自分を慰めている姿が可愛くて堪らなかった。
そんな綾人の姿から思わず目を離せずにいた時、びくびくと体を震わせてイきそうだった綾人は、仁の名を甘く呼んだ。
その時、俺の中の何かがプツンと切れる音がした。
ーーもう、いいか。我慢しなくても。
『ーーへえ。綾人くんって、オナニーする時 仁くんの名前呼びながらするんだ?』
我ながら最低だと思った。どうせ付き合えないならいっそ体だけでもと、俺は半ばヤケクソになってしまっていた。
でも、一度手を付けてしまうと止められなくて、今まで我慢していた綾人への欲求が抑えられなくなり、溺れるように綾人に夢中になっていった。
ーー綾人くんを、俺のものにしたい。仁くんに渡したくない。
そんな思いばかりが、大きくなっていった。
ーー分かってた。ただの性欲処理の相手だったことは。
それでも、どういう意図があったのかは分からないけど、最近やたら可愛いって言ってきたり、ただ名前を呼ばれるだけでも嬉しかった。ーーそれなのに。
「綾人くん!!」
翠と仁の制止を無視し、気付けば俺は家を飛び出していた。
好きなはずの仁の俺を呼ぶ声よりも、いつも何を考えているか分からないような笑みを浮かべて澄ましている翠の必死に俺を呼び止める声が、頭から離れなかった。
ーーピンポーン
翠と仁の家のすぐ隣にある自分の家に戻ってからすぐに、玄関のチャイムが鳴った。
ーーもしかして、翠·····?
さっき言ったのは嘘だ、間違いだと弁明しに来てくれたのだろうか。
素直に、すぐに追ってきてくれたことが嬉しかった。
考えるよりも先に体が動き、鍵を開け、扉の外にいる人物が翠だと信じて疑わなかった俺は勢いよくドアノブを引いた。
「翠っ········!」
期待に胸を弾ませ、見上げた目線の先にいたのは、想像していたのとは違う人物だった。
「じ····、ん·····」
ーー翠じゃ、なかった。
そんな俺の思考が表情に出ていたのか、視線が重なった仁は視線を逸らして俯くと、
「俺で悪かったな」
と眉を寄せつつ頭を掻いた。
それもそうか。冷静に考えれば、翠が追って来るわけがない。タイプじゃないと、気まぐれだと先ほど言っていたのだから。
それが何かの間違いであって欲しいと思うが、あれはおそらく翠の本音なのだろう。
ーー分かってたけど、辛い。
「··········綾?」
「あ··········」
気付けば、目の端から零れる涙が頬を伝っていた。ぐいっと指先で拭うが、拭えど拭えど熱を持っている瞼から溢れ落ちる涙が止まらず、指が追いつかなかった。
「っ、なんで·····、止まらな、ーーっ」
ーーその時、体が温かい体温に包み込まれた。
視界が暗闇に覆われ、俺に覆い被さるようにぎゅうと圧迫されると、少しだけ息が苦しかった。
ぷは、と顔を上げると、目の前には仁の顔。唇が触れてしまうんじゃないかと思うほど、その距離は近かった。
緊張で体が強ばると同時に、これが翠だったら、と思っている自分もいた。
ーー本当に、どうかしてる。
「·····仁、離しーー·····んっ、」
離して欲しい。そう言葉にしようとした時にはもう、遅かった。
重ねられた唇、交わる視線。熱い呼吸が混じり合う。
それはほんの一瞬のことだったのに、まるで時が止まったのかと錯覚するほど、長い時間に感じた。
でも俺には、綾人を好きだなんて言う資格はない。弱みにつけ込んで、脅しているのだから。
だからなんとしてでも、この気持ちは隠さなければならない。
二人の間につけ込む隙なんてないと、俺は初めから分かっていた。仁と綾人はずっと前から両思いだ。二人の気持ちに気付いた時から、俺はそんな二人をこっそりと見守っていた。
だが、幼い頃から二人を見てきた俺には分かる。告白する度胸もない二人が付き合うことは、今後絶対にない。
告白もしないくせに綾人との距離が近い仁を、いつも羨ましいと思っていた。仁はずるい。俺の気も知らないで。
二人の気持ちに気付いてから、俺の思いは胸の奥にしまっておくことにした。だがなかなか縮まらない二人の距離にもどかしくなり、何度か仁に綾人のことを問いただした時だって、仁は顔を真っ赤にしながら綾人への思いを否定していた。
昨日、その場のノリで仁をからかった時もそうだ。
ーー仁くんが、そんなんだから悪いんだ。
早く綾人くんを自分のものにしておけば、俺は綾人くんに手なんて出さなかったのに。
綾人が自慰をしていた時、とんでもなく興奮した。普段そんなことを考えなさそうな綾人が、俺よりも小さく細い手で、おぼつかず慣れない手つきで、健気に自分を慰めている姿が可愛くて堪らなかった。
そんな綾人の姿から思わず目を離せずにいた時、びくびくと体を震わせてイきそうだった綾人は、仁の名を甘く呼んだ。
その時、俺の中の何かがプツンと切れる音がした。
ーーもう、いいか。我慢しなくても。
『ーーへえ。綾人くんって、オナニーする時 仁くんの名前呼びながらするんだ?』
我ながら最低だと思った。どうせ付き合えないならいっそ体だけでもと、俺は半ばヤケクソになってしまっていた。
でも、一度手を付けてしまうと止められなくて、今まで我慢していた綾人への欲求が抑えられなくなり、溺れるように綾人に夢中になっていった。
ーー綾人くんを、俺のものにしたい。仁くんに渡したくない。
そんな思いばかりが、大きくなっていった。
ーー分かってた。ただの性欲処理の相手だったことは。
それでも、どういう意図があったのかは分からないけど、最近やたら可愛いって言ってきたり、ただ名前を呼ばれるだけでも嬉しかった。ーーそれなのに。
「綾人くん!!」
翠と仁の制止を無視し、気付けば俺は家を飛び出していた。
好きなはずの仁の俺を呼ぶ声よりも、いつも何を考えているか分からないような笑みを浮かべて澄ましている翠の必死に俺を呼び止める声が、頭から離れなかった。
ーーピンポーン
翠と仁の家のすぐ隣にある自分の家に戻ってからすぐに、玄関のチャイムが鳴った。
ーーもしかして、翠·····?
さっき言ったのは嘘だ、間違いだと弁明しに来てくれたのだろうか。
素直に、すぐに追ってきてくれたことが嬉しかった。
考えるよりも先に体が動き、鍵を開け、扉の外にいる人物が翠だと信じて疑わなかった俺は勢いよくドアノブを引いた。
「翠っ········!」
期待に胸を弾ませ、見上げた目線の先にいたのは、想像していたのとは違う人物だった。
「じ····、ん·····」
ーー翠じゃ、なかった。
そんな俺の思考が表情に出ていたのか、視線が重なった仁は視線を逸らして俯くと、
「俺で悪かったな」
と眉を寄せつつ頭を掻いた。
それもそうか。冷静に考えれば、翠が追って来るわけがない。タイプじゃないと、気まぐれだと先ほど言っていたのだから。
それが何かの間違いであって欲しいと思うが、あれはおそらく翠の本音なのだろう。
ーー分かってたけど、辛い。
「··········綾?」
「あ··········」
気付けば、目の端から零れる涙が頬を伝っていた。ぐいっと指先で拭うが、拭えど拭えど熱を持っている瞼から溢れ落ちる涙が止まらず、指が追いつかなかった。
「っ、なんで·····、止まらな、ーーっ」
ーーその時、体が温かい体温に包み込まれた。
視界が暗闇に覆われ、俺に覆い被さるようにぎゅうと圧迫されると、少しだけ息が苦しかった。
ぷは、と顔を上げると、目の前には仁の顔。唇が触れてしまうんじゃないかと思うほど、その距離は近かった。
緊張で体が強ばると同時に、これが翠だったら、と思っている自分もいた。
ーー本当に、どうかしてる。
「·····仁、離しーー·····んっ、」
離して欲しい。そう言葉にしようとした時にはもう、遅かった。
重ねられた唇、交わる視線。熱い呼吸が混じり合う。
それはほんの一瞬のことだったのに、まるで時が止まったのかと錯覚するほど、長い時間に感じた。
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