R18 短編集

上島治麻

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ずっと自分の顔がコンプレックスだった。嫌いと言っても良いかもしれない。この顔に関連する嫌な思い出は夜空に咲く星の数ほどある。幼い頃は自分と母を捨てて出ていった父に似ているため嫌いだった。そして最近は、太っていた頃は馬鹿にするような目つきで見たり陰口を叩いていた他人が痩せて美しいとか、かっこいいと評されるようになってから掌を返すように擦り寄ってきたこと。世の中は顔なのだとうんざりしたものだ。でも、彼だけは違う。瀬川玲。彼は太っていようと痩せていようと変わらず優しい。彼とは太っていた頃に出会った。大学に馴染めなくてグループワークでグループを作れなくて、どのグループにも所属出来なかった俺を見つけて掬いあげてくれたのだ。屈託なく話しかけてグループに入れてくれた。それだけじゃなくて、俺がグループに馴染めるようにと、あれこれ世話をしてくれたのだ。それがどれだけ嬉しかったかきっと彼は知らないだろうけど。玲の真夏の水飛沫のような笑顔を見た時、俺は恋に落ちた。今でも目を瞑れば思い出す灼熱の太陽、教室の賑わい、玲の笑顔、世界がモノクロから色彩に彩られた恋の始まりの瞬間。アイドルだって、玲がやりたいと言ったからなったようなものだ。ステージと客席の近くて遠い関係になりたくなくて。誰よりも玲の近くに居たかったから。でも、太ったままだとオーディションに落とされてしまうから必死でダイエットした。その甲斐あってオーディションに合格しただけでなく所属したアイドルグループのビジュアル担当になったほどだ。まぁ、それによって前述した掌を返して大勢の他人が、寄ってたかって擦り寄って来たのは鬱陶しいが。
「桜木さん、準備いいですか?」
スタッフが呼びに来る。本日は雑誌の撮影だ。カメラマンの準備が整ったのだろう。
「はい」
カシャっと言う子気味いい音と共に写真を撮られる。
「良いねー!いやー、桜木くんは綺麗だから撮りがいがあるよ」
「ありがとうございます」
「でも、どうしたの?今日のテーマはアンニュイな感じだから合ってるけど、ちょっと憂鬱そうじゃない?なんかあった?」
カメラマンとは恐ろしい。レンズ越しだと人の心まで読み取れるのかと戦く。
「大丈夫です。すみません。良い写真撮れないですか?」
「いや、そんなことないよ。写真はバッチリだ。けど、何かあったなら大丈夫かなって個人的に心配になっただけ。余計な踏み込みだったね。ごめん」
「いえ、そんなことないです。謝らないでください」
心配してくれた優しいカメラマンを謝らせてしまって慌てる。
「じゃあ、撮影に戻ろうか」
「はい」
カメラマンの読みは当たってる。俺は今あることに悩んでるから。心配してくれたカメラマンには申し訳ないけど、話すことは出来ない。だって恋バナをするにはプライベートな付き合いはないのだから。
瀬川玲を好きになって恋に落ちたのは良いものの同性とあって告白できずにいた。友達の距離感も居心地が良いからと延ばし延ばしにしていたのもある。けれど、どうやら玲に好きな人が出来たらしいのだ。相手は最近話題の女優。自分の方が近くにいるのに圧倒的に、その女優の方が玲の恋人になる確率が高いであろうことがしんどい。どれだけ他人に美しいと評されても玲に好かれなきゃ意味がない。
「桜木くん、お疲れ様」
本日、一緒に撮影を行ったモデルが声をかけてくる。
「お疲れ様」
挨拶をしたら去っていくかと思ったのに、その場に居座り続けるモデルを怪訝に思う。
「あのね、桜木くん。良ければ今夜一緒に飲みに行かない?」
ーあぁ、またか
「ごめん。今夜は予定があるんだ。またこんど機会があれば」
申し訳なさそうな顔をしてから、ニコリと微笑んで次の機会がありそうなことを匂わせる。彼女は頬を赤らめて頷く。頷いたのを見届けてからマネージャーの元に行き帰りの送迎をしてもらうように頼んだ。アイドルをやり始めてからこの手のお誘いが増えた。自分の顔は、余程一般受けするんだろう。
そんなことを考えてたら、寮にたどり着いていた。考え事をしているとあっという間に時間とは経つものだと感心する。
「ただいま~」
「おかえり、優里」
玲に出迎えられる。とくんっと鼓動が跳ねる。玲に名前を呼ばれるだけで魔法にかけられたみたいに鼓動が早くなった。こんな時に、あぁ、やっぱり玲に恋してるんだなぁなんて思わされる。
靴を脱いで廊下に上がった。
「今日も、モデルの子に声かけられた。全く、俺が太っていた時なんて、誰も声かけなかったのに容姿が変わるだけでこんなに人の扱いって変わるんだな。嫌になる」
皮肉げに笑う。
「優里...。前から思っていたんだけど」
玲がなんて言えばいいのか困ったような顔をする。
「なに?」
「そういうの良くないと俺は思う。そのモデルは、優里の太っていた時代を知らないんだろ?もしかしたら、容姿に関係なく優里のことが好きなのかもしれないじゃないか。そうやって、決めつけて殻にこもるのは優里の悪い癖だよ。治した方がいい」
「なに、急に」
「ずっと思ってたことだ」
「でも、俺は今日急に言われた」
「そうかもしれないけど、俺は心配なんだ」
「何が」
「優里が、俺以外に心開ける人が出来ないんじゃないかって。他メンバーにだって一線引いてるだろ」
「俺は玲さえいれば、構わない」
断言すると少し悲しげに玲が目を伏せた。
心配してくれるのは嬉しい。けど、なぜ急にそんな心配をし始めたのだろうか。もしかして、件の女優と良い感じになったから、俺が玲がいなくてもメンバーとやっていけるようにするため?
「そんなの許さない」
小声で呟く。
「優里?」
「何でもないよ」
俺はニコリと笑って何も言ってないふうを装った。この重すぎるくらいの感情は、玲を押し潰してしまうだろう。だから今はまだ、告げられない。
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