R18 短編集

上島治麻

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バサバサバサ ―――

右手に確かに感じていた至福の重みが、無数の鳩が舞い上がる羽音のような乾いた音と共に消え失せた。


瞬間、足を止める。

足元を見る。

叫ぶ。


「お、俺の宝がーーーーーーー!!!!」


ちなみにここは海でも川でも山でもない。
良く晴れた平和な日曜日の商店街。

元々許容量を守らずに詰め込んでいた紙袋はついに臨界点を突破してしまったらしく、無惨にも底から抜け落ち、男が「宝」と称していた大量の小冊子は、男の足元足場を埋め尽くすほど大量に散らばったのだった。

普通の小冊子なら「大丈夫ですか?」と声を掛けてひろってくれる人も現れるだろう。

が、

ばらまかれたのはオタクのバイブル同人誌。

ネコ耳からメガネっこ。
ブルマ姿の女の子も居れば、すっかり全裸な美少女が描かれた表紙まで。

とにかくピンクで、少女のくせにやけに巨乳な女の子達が描かれた冊子が、辺り一面にばらまかれているのだ。

しかも、

183センチの身長を猫背に丸め、服装は今時ケミカルジーンズに赤と緑だか何色だかの訳解らないチェック系のアキバシャツをパンツイン。すり切れた布製のリュックに、肩まで乱雑にのびた髪。
ずり落ちそうな黒縁メガネをかけた、
本当に漫画やアニメやドラマに出てきそうな、純粋きわまりないオタク男の足元に。

普通、引くだろう。

誰もが引くだろう。

引き潮のように、サーーーーっと引いていくだろう。

おかげでそこだけぽっかりと穴が空いたかのように誰もいなくなってしまった。



しかし羞恥は感じない。

オタクにとって三次元なんてどーでもいいのだ。

後ろ指も、蔑まれた視線も、そんなもんイチイチ気にしていたら美少女系アニメオタクなんて勤まらないのだ!

今更何を恥じることがあるか! 

それよりなにより!
せっかくの戦利品達に傷、汚れがついたら大変だ!!


絵に描いたようなオタク男、森本 有希(もりもと ゆき)は、周りの視線などまったく気にするでもなく、その場に両膝を突いて座り込むと、ばらまかれた同人誌を必死に拾い集め、一冊一冊丁寧に拭きながら自分の腕の中に重ねていった。

「ああ汚れてるし!」「これじゃあヤフオクで売れねーよ」「とらあなで半額になっちまう」「メロンなら売れるかな?」「最悪K本で」などと、呪いの呪文をブツブツ口元で呟きながら。

まさに怪しさ100…いや、1000%越。

こんな男に近づく人など居るはずもない………と、

スクール水着を肩まで下ろし、両手でこぼれおちそうな巨乳を隠した、三つ編みメガネっこの表紙を拾おうと手を伸ばしたときだった。

すっと…真っ白くて華奢な指先が、
有希の手よりもさきに、そのピンクな同人誌を拾い上げると、デニムの膝の上に置いて、撫でるように埃を振り払い、両手でそれを差し出してきた。


「はい、どうぞ。大丈夫ですか?」


トーンの高い澄んだガラスのような声。
気のせいだろうが、ライムのような爽やかな香りが鼻を掠め、
太陽の光に反射してキラキラと輝く、茶色を含んだ髪が、白い頬を撫でるように風に揺れた。


「!!!」


くっきり二重に大きな漆黒の瞳。
熟れたチェリーのように、ぷるんと潤う薄紅の口元は綺麗な弧を描き、
ふわりと、上質上等な、まさにその道の匠が手がけた超高級マショマロ…まぁ食べたことも見たことも、そんな匠が居るのかよちくしょーって感じではあるが、それくらい柔らかくて甘い笑顔が、有希が見上げたそこには、まっすぐと自分に向けられていたのだ。
ピンクの同人誌とともに。


「……………ぁ」


こ…。
これは……。

これは…これは……………………………。

これはこれはこれはこれはこれはっっっっっ…………………………………



キターーーーーーーーーーーーー!!!!!!



その瞬間目に見えない雷が、有希の全身を脳天からつま先まで一直線に貫いた。

黒縁メガネの下で大きく瞳を見開き、ぱかっと開いた口は閉じることも、声を出すことも出来ず。
脈打つ鼓動だけがやけにリアルで、それがなんだか不整脈のように早くなっていくのを感じ、
気が付くと有希は、せっかく拾い上げた冊子を再び腕から滑り落として全てぶちまけていた。

バサバサと、
大量の鳩が飛び立つ羽音にも似たその音とともに。


森本有希、26歳。

年齢イコール彼女居ない歴。
職業システムエンジニア兼、企業スパイ的ハッカー。
全身どっぷり美少女系アニメにはまった、オタクの中のオタク。

一生オタクとして生きていこうと決めていたはずなのに!!
3次元なんぞに萌えを感じる事はあり得ないと思っていたはずなのに!!!

有希の中で何かが弾けとんだ。
飛びまくった。
もう砕け散ってしまったかもしれない。

真っ白で、
まっさらで、
なんていうか…表現しがたい何かがむくむくと芽をだしはじめ……


「あ、あれ?えっと、あの………だ、大丈夫………ですか?」


せっかく拾ってあげたのに、どうした事か再び全てをばらまいてしまった有希を見て、
目の前の天使(そうこれはもう天使と呼ぶに等しいであろう。っていうかむしろ神)は、再びいそいそと冊子を拾い集めた。

嫌な顔ひとつせず、真っ白な指先で。
そうして全てを再び拾い集めると、ぽんぽんっと軽く叩いて埃を払ってくれた。


「あ、ちょっと待ってて下さいね?」


笑顔とともに向けられたその言葉が、有希に通じているのかいないのか…
天使は冊子を両手に抱えたまま立ち上がると、丁度すぐ横にある店の中へと消えていった。

そんな姿をぽーっと見つめ、有希はもう骨抜き状態になっていた。

両手で破れてびりびりになった紙袋を抱きしめ、なんとかふらふらと立ち上がると、天使の消えていった店の中を覗き込む。


『ペットショップ わんにゃんはうす』


駅から自宅マンションまでの通過点にすぎないこの商店街に、こんなお店があったとは今までまったく知らなかった。
と、いうより、超インドア派の有希には気にする隙間もないというか。
おまけにペットを飼おうなんて、そんなフレンドリーな事思うはずもなかったので、
この地に住んで3年近くにもなるが、まるで気づかなかったことに不思議はなかった。


「おまたせしました!」


稍して再び自動ドアが開くと、真っ赤なエプロンをつけた天使が再び姿を現した。
最高の笑顔とともに。




有希の心臓は再びドキンッと跳ね上がり、同時に呼吸血圧脈拍は急上昇。
全身金縛りにあったかのように硬直し、何故か背筋はありえないほどにぴーーーんとのびていた。


「これ、店の袋なんですけど…ビニールだし、今度は二重にしたんで破れないとおもいますよ?はいどうぞ」


まるで鈴を転がすような声…

あぁ…ここにヴォイスレコーダーがあったら、きっと天使の全ての声を録音し、
四六時中聞きまくり、お休みの子守歌に、お目覚めの目覚ましかわりにと、全てに活用したのに…

ついほんの数時間前までは、二次元巨乳美少女に萌えまくり、
はぁはぁと怪しい呼吸とともに同人誌を買いあさっていた自分はいったいどこに消え去ってしまったのだろうか。

有希は黒縁メガネから、うっとりと天使を見つめまくっていた。


男…なんだよな……
俺と同じ男だよな…

性別なんか、もうどうでもいいや…
ってかもう、全部が全部どーでもいいや……


それよりなにより…………



萌―――――――――――――――――――――――!!!!!(叫)




「あの………やっぱり……だめ…でしたか?」


なんの反応もみせない有希を見て、袋を差しだし心配そうに上目で様子を伺い、天使は少し肩を竦めた。
そんな姿に心臓ど真ん中直球ストレートで打ち抜かれた有希は、即座に返事を返そうとして思いきり声が裏返ってしまった。


「い、いえ!!ありがたき幸せかと存じ上げるそうろうでございます!!…な、なに言ってんだ俺……あ、あ、あ、あ………ああ、あああああ、ああ……あ、あの!!!…って、「あの」言うだけでどれだけ時間を要してんだ俺………あ、ああ……………っっっありがとうございました!!またの起こしをお待ちし申し上げまくってるでありまーす!!!」


漸く言葉らしい言葉を伝えられたかと思うと、有希は天使の手から袋を奪い、超高速スピードで店の前から駆けだして行った。


「…………えっと………またの起こしって………なんだろう……」


きょとんとして、有希の言葉の意味を考え、首を傾げる天使を残して―――
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