32 / 33
二日目の朝 Sideセレイン
しおりを挟む
翌日の朝、セレインは昨日と同じような時間に目が覚めた。
頭領の言葉を信じるとするなら、この時間はまだ眠っていてもいいということだったが、なんだか収まりが悪い。
やはり起きるべきかと判断して、彼女は一つ伸びをしてから、するりと寝台から降りる。
とてとてと内履きを履いた足で、衣装部屋へ向かう。
金の彫金がされたドアノブを捻り、内部屋にはいる。
昨日与えられた衣装は、部屋の手前の方に収納してあった。大きな衣装部屋に反して収納してある衣服は必要最低限しか無いから、なんだか寂しいが、そもそもこの部屋の大きさがおかしいのだとセレインは思い至る。【奴隷】に与える部屋の大きさとして、これは異常だということは、いくら世間知らずな彼女でも理解できることだった。
(つくづくおかしなご主人様)
いままで彼女は人を使う立場だった。下々のことなど気にかける必要さえなかったのだ。それが、あろうことかここに来て揺るぎそうになっている。
『下々』の更に底辺である【奴隷】を、ここまで気にかける人間が、果たしてどれほどいるだろう。
圧倒的少数派だということは、容易に想像がつく。
そんな事をつらつら考えながら、セレインは気の与えられた服に袖を通した。
昨日与えられた服は、以前と比べ物にならないくらい簡素になったが、動きやすくてこれはこれで好ましい。
昨日はレース襟の紫のチュニックだったが、今日は若草色の上着に変え、履物は七分丈の細身のパンツにする。足は昨日と同じサンダルだ。初めて履くサンダルという靴は、軽くて歩きやすい。余計な飾りがゴテゴテとくっついていないからだろうか。
そこでふと、髪はどうしようかと思った。
帝国では、女は髪を長く伸ばす。平民はそれが絶対ではないが、上流階級ともなると髪を短くしている婦女子はまず居ない。かくいうセレインも、幼いことから伸ばしに伸ばして今ではふくらはぎの真ん中くらいの長さになっている。
母親譲りの、白金の髪。この髪は同年代の女の子たちの間でも、結構な評判だった。彼女の自慢でもある。
賊に囚われていたせいで所々傷んではいるものの、その輝きは衰えていない。
セレインは自身の髪に手を添える。
(……切ろう)
邪魔だと、思った。
長いこの美しい髪は、自慢だった。だが、それがどうした。
もう自分はあの家の人間ではない。堅苦しい決まりごとに縛られる必要は、ない。
何より、今は『黒蛇』に使える【奴隷】だった。なら、主人にとって最善を行うというのが務めというもの。
昨日、頭領は自分たちに武器が必要になると言っていた。そんな環境に放おりこまれるのだから、長いだけで何の役にもたたない髪は、必要ない。むしろ邪魔だ。
なら、とっとと切ってしまおう。
こういうところで、セレインはやけに思い切りが良かった。
納得したように一つ頷いて、彼女はハサミを求めて視線を彷徨わせる。
手当り次第クローゼットの引き出しや箪笥の中を覗いてみたが、目当てのものは見当たらない。どこも薄くホコリが被っているばかりだ。
「……そんな都合よく、近くにハサミが在るわけ無いか………」
頭領に相談しよう、と取り敢えず今後の予定に書き込んだセレインだった。
(ついでに掃除の仕方も教えていただこうかな)
本人曰く、掃除はそんなに熱心な方じゃないらしいから、自分たちが行わないとあっという間に屋敷の中は汚くなるだろう。そのくらいは想像がつく。懸念では済まない気もする。
掃除はしたことがなかったが、まあ何とかなるだろうと今は楽観的に考えることにした。始める前から悲観的になっては、出来るものもできなくなってしまう。
ハサミが無かった代わりに美しく包装された木箱が目に入った。昨日服屋でもらった袋の中に入っていたのだ。木箱の中にはに両端に真鍮の透かし細工をあしらった紫黒のリボンが入っていたので、今日はそれで満足することにする。簡素に一括にしただけだったが、久しぶりの髪飾りで気分が上がった。
ふと、いつリボンなんて買っていたのだろうとセレインは不思議に思った。まだ出会って二日目だが、あの頭領にそんな気遣いができるとは思えなかった。
(リーシェルさんの気遣いだろうか)
もしかしたら頭領が自分の知らない間に注文していたのかも知れないが、そう考えるより同じ女性であるリーシェルが気遣ってくれたと考えるほうが自然に思えた。
(しかし、あの店は何で『【賊狩り】御用達』なのだろう……?)
一見して、普通の小洒落た、若者が好みそうな内装の服飾店だった。見た目に反して、という可能性もあるかと思っていたが、置いてある商品も店の外見と離れていない。むしろ上手にマッチしていた。
とても、『【賊狩り】御用達』とは見えない。しかも、三下のようなそんじょそこらの【賊狩り】には敷居が高い専門店……。
(トップの【賊狩り】は、そんなに無骨な感じではないのかも知れない)
『キング・オブ・パイレーツキラー』と称される我らが主人が、アレなのだ。その可能性は捨てきれない。裏社会に巣食うマフィアだって、往々にして上層部にいる奴らは貴族並みに気品を兼ね備えていると耳にしたことがある。
(そういう感じだろうか)
あからさまにソッチ系の人間だと分かるのは、三流なのかも知れない。一流の者というのはどの業界でも、一線を画す存在であるべきなのだろうか。
その流れで、『潮風』も一見カタギの服屋にしてあるのかも知れなかった(【賊狩り】が真っ当な職業かどうかは、セレインには判断できなかった)。
そこで、ふとセレインは昨日の物騒な姉弟喧嘩を思い出す。日常の喧嘩で、あんな物騒極まる得物を取り出してくる時点で、やっぱりカタギではないのかも知れない。
(そもそも、昨日は子供服は初めてだと言っていたし)
自分たちの服を作るのは、元来専門外だという可能性大だった。弟はともかく、成人前とはいえ自分まで子供扱いされるのは大変不服ではあったが。
(専門のお客には、本来の仕事で答えているのかも知れないな)
こうして自らの疑問を解決したセレインだったが、この解決が間違っていたことに彼女が気がつくのは、もう少し後のことになる。
「お腹すいたな……」
目下の問題は、さっきから無遠慮に鳴り響く空腹の音を鳴り止ませる方法を探すことだった。
頭領の言葉を信じるとするなら、この時間はまだ眠っていてもいいということだったが、なんだか収まりが悪い。
やはり起きるべきかと判断して、彼女は一つ伸びをしてから、するりと寝台から降りる。
とてとてと内履きを履いた足で、衣装部屋へ向かう。
金の彫金がされたドアノブを捻り、内部屋にはいる。
昨日与えられた衣装は、部屋の手前の方に収納してあった。大きな衣装部屋に反して収納してある衣服は必要最低限しか無いから、なんだか寂しいが、そもそもこの部屋の大きさがおかしいのだとセレインは思い至る。【奴隷】に与える部屋の大きさとして、これは異常だということは、いくら世間知らずな彼女でも理解できることだった。
(つくづくおかしなご主人様)
いままで彼女は人を使う立場だった。下々のことなど気にかける必要さえなかったのだ。それが、あろうことかここに来て揺るぎそうになっている。
『下々』の更に底辺である【奴隷】を、ここまで気にかける人間が、果たしてどれほどいるだろう。
圧倒的少数派だということは、容易に想像がつく。
そんな事をつらつら考えながら、セレインは気の与えられた服に袖を通した。
昨日与えられた服は、以前と比べ物にならないくらい簡素になったが、動きやすくてこれはこれで好ましい。
昨日はレース襟の紫のチュニックだったが、今日は若草色の上着に変え、履物は七分丈の細身のパンツにする。足は昨日と同じサンダルだ。初めて履くサンダルという靴は、軽くて歩きやすい。余計な飾りがゴテゴテとくっついていないからだろうか。
そこでふと、髪はどうしようかと思った。
帝国では、女は髪を長く伸ばす。平民はそれが絶対ではないが、上流階級ともなると髪を短くしている婦女子はまず居ない。かくいうセレインも、幼いことから伸ばしに伸ばして今ではふくらはぎの真ん中くらいの長さになっている。
母親譲りの、白金の髪。この髪は同年代の女の子たちの間でも、結構な評判だった。彼女の自慢でもある。
賊に囚われていたせいで所々傷んではいるものの、その輝きは衰えていない。
セレインは自身の髪に手を添える。
(……切ろう)
邪魔だと、思った。
長いこの美しい髪は、自慢だった。だが、それがどうした。
もう自分はあの家の人間ではない。堅苦しい決まりごとに縛られる必要は、ない。
何より、今は『黒蛇』に使える【奴隷】だった。なら、主人にとって最善を行うというのが務めというもの。
昨日、頭領は自分たちに武器が必要になると言っていた。そんな環境に放おりこまれるのだから、長いだけで何の役にもたたない髪は、必要ない。むしろ邪魔だ。
なら、とっとと切ってしまおう。
こういうところで、セレインはやけに思い切りが良かった。
納得したように一つ頷いて、彼女はハサミを求めて視線を彷徨わせる。
手当り次第クローゼットの引き出しや箪笥の中を覗いてみたが、目当てのものは見当たらない。どこも薄くホコリが被っているばかりだ。
「……そんな都合よく、近くにハサミが在るわけ無いか………」
頭領に相談しよう、と取り敢えず今後の予定に書き込んだセレインだった。
(ついでに掃除の仕方も教えていただこうかな)
本人曰く、掃除はそんなに熱心な方じゃないらしいから、自分たちが行わないとあっという間に屋敷の中は汚くなるだろう。そのくらいは想像がつく。懸念では済まない気もする。
掃除はしたことがなかったが、まあ何とかなるだろうと今は楽観的に考えることにした。始める前から悲観的になっては、出来るものもできなくなってしまう。
ハサミが無かった代わりに美しく包装された木箱が目に入った。昨日服屋でもらった袋の中に入っていたのだ。木箱の中にはに両端に真鍮の透かし細工をあしらった紫黒のリボンが入っていたので、今日はそれで満足することにする。簡素に一括にしただけだったが、久しぶりの髪飾りで気分が上がった。
ふと、いつリボンなんて買っていたのだろうとセレインは不思議に思った。まだ出会って二日目だが、あの頭領にそんな気遣いができるとは思えなかった。
(リーシェルさんの気遣いだろうか)
もしかしたら頭領が自分の知らない間に注文していたのかも知れないが、そう考えるより同じ女性であるリーシェルが気遣ってくれたと考えるほうが自然に思えた。
(しかし、あの店は何で『【賊狩り】御用達』なのだろう……?)
一見して、普通の小洒落た、若者が好みそうな内装の服飾店だった。見た目に反して、という可能性もあるかと思っていたが、置いてある商品も店の外見と離れていない。むしろ上手にマッチしていた。
とても、『【賊狩り】御用達』とは見えない。しかも、三下のようなそんじょそこらの【賊狩り】には敷居が高い専門店……。
(トップの【賊狩り】は、そんなに無骨な感じではないのかも知れない)
『キング・オブ・パイレーツキラー』と称される我らが主人が、アレなのだ。その可能性は捨てきれない。裏社会に巣食うマフィアだって、往々にして上層部にいる奴らは貴族並みに気品を兼ね備えていると耳にしたことがある。
(そういう感じだろうか)
あからさまにソッチ系の人間だと分かるのは、三流なのかも知れない。一流の者というのはどの業界でも、一線を画す存在であるべきなのだろうか。
その流れで、『潮風』も一見カタギの服屋にしてあるのかも知れなかった(【賊狩り】が真っ当な職業かどうかは、セレインには判断できなかった)。
そこで、ふとセレインは昨日の物騒な姉弟喧嘩を思い出す。日常の喧嘩で、あんな物騒極まる得物を取り出してくる時点で、やっぱりカタギではないのかも知れない。
(そもそも、昨日は子供服は初めてだと言っていたし)
自分たちの服を作るのは、元来専門外だという可能性大だった。弟はともかく、成人前とはいえ自分まで子供扱いされるのは大変不服ではあったが。
(専門のお客には、本来の仕事で答えているのかも知れないな)
こうして自らの疑問を解決したセレインだったが、この解決が間違っていたことに彼女が気がつくのは、もう少し後のことになる。
「お腹すいたな……」
目下の問題は、さっきから無遠慮に鳴り響く空腹の音を鳴り止ませる方法を探すことだった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
食事届いたけど配達員のほうを食べました
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか?
そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。
部室強制監獄
裕光
BL
夜8時に毎日更新します!
高校2年生サッカー部所属の祐介。
先輩・後輩・同級生みんなから親しく人望がとても厚い。
ある日の夜。
剣道部の同級生 蓮と夜飯に行った所途中からプチッと記憶が途切れてしまう
気づいたら剣道部の部室に拘束されて身動きは取れなくなっていた
現れたのは蓮ともう1人。
1個上の剣道部蓮の先輩の大野だ。
そして大野は裕介に向かって言った。
大野「お前も肉便器に改造してやる」
大野は蓮に裕介のサッカーの練習着を渡すと中を開けて―…
肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?
こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。
自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。
ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる