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細工

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 その夜、マザレスは姿を表さなかった。 

 見落としたかな、と少し残念に思いながらも、シアンは今夜の狩りを中断した。 

 シアンは明日のためにマザレスの船(仮)にちょっとした細工を施し、ひとまず自宅へ寝に帰ることにする。 

 狩りは、休息を摂ってからでも遅くはない。 

 

 明け方家に帰ってきたシアンは、昼前までたっぷり睡眠を取り、昼過ぎには海に出ていた。 

 一日の中で、最も日が照っている時間帯である。そんなときに堂々と賊を襲撃しに来る【賊狩り】は少ないだろう。 

 しかし、シアンは大半の狩りをこの時間帯に決行していた。難しい理由はない。単に彼が朝に弱いだけである。 

 もともとは完全な夜型だったのだが、傭兵を始めてからは日中動けないのでは仕事にならない。なので無理矢理、昼型にしていた時期もあった。今はいわば完全フリーの仕事なので、好きな時間に好きに仕事ができる。結果――彼の行動時間は、人のそれより半日ずれることになったのであった。 

 昼前に起き出して、午後仕事をしようとすると、必然的に一番日が照っている時間帯に狩りに出ることになる。 

 この習慣は、後に『黒蛇』の信頼するサポーター『蛇の牙』を苦しめることになるのだが、そんなことを彼が知る由もない。 

 この日は天気がすこぶる良かった。煌々と光る日光は、冴え渡る海の蒼に反射して美しい。 

 浅瀬と深瀬が斑に交じる海域に、昨夜訪れたマザレスのアジトはあった。  

 『黒蛇』はその中に目当てのものを見つけ、ニンマリと獲物を見定めた捕食者の笑みを、その秀麗な顔に浮かべた。 

 シアンの視線の先に、昨夜認めたマザレスの船が、まだそこに変わらず停留している。 

 けれど、心なしかアジトの中は慌ただしいように見えた。焦っていると言ってもいいかもれない。 

 『黒蛇』は、昨夜施した細工がうまく機能していることに満足した。 

 昨夜(と言っても今日の日の出ていないような朝方)、シアンは帰り際に一仕事していた。 

 大胆にも、マザレスの船に穴を開けてきたのである。『黒蛇』の秘密道具の一つ、手動ドリルの大活躍であった。 

 シアンは相手に気づかれないように夜闇に紛れて泳いでマザレスの船に近づくと、懐に入れていたドリルを船底に当てた。そして立ち泳ぎしながら、器用にもゴリゴリとドリルで船底に一穴開けてしまったのである。 

 当然、マザレスの船(仮)は浸水していった。しかし、開けられた穴が小さかったからか、すでに夜闇に紛れた時間だったからか、賊たちがそれに気づかなかった。明け方、傾いた船を発見してももう遅い。既に船は決航できる状態にないのだ。 

 船から奴隷が出されたと確認したからこその、荒業だった。 

 卑怯だ? そんなもの知るか。立派な戦術の一つである。こんな簡単な仕掛けに気づかないほうが悪いのだ。 

 『黒蛇』は、揚々と『剛鉄』のアジトに乗り込んだ。 

 

 
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